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人ごととはいえない孤独死
北九州門司区
            病気や失職で誰でも転落   2006年6月16日付

 北九州市門司区で4月から餓死・孤独死が連続して起こっている。さまざまな事情によるケースの違いはあるが、そのよって来る原因は根深く、共通している。しかも、表面化したこれらの事件の陰には同様の悲劇が無数に起こっており、予備軍ともいえる人人は増えつづけている。現役層にとっても将来いやおうなしに直面する問題となっている。働けるうちは奴隷のごとくこき使われ、稼ぎは税金でむしりとられ、失業すればぼろ布のように捨てられる。憲法にうたう「健康で文化的な最低限度の生活をいとなむ権利」など保障されない自己責任社会の冷酷な構造を露呈している。
   
 自己責任の社会の冷酷さを露呈
 4月21日、門司区市営大里団地で78歳と49歳の母娘の遺体が発見された。死因は病死と見られ、母親の遺体は死後2年近く経過してミイラ化しており、長女も死後約2カ月が経過していた。助けを求めた次女(47歳)も、駆けつけた消防の救急隊員に「2カ月間なにも食べていない」と話し、立つこともできないほど衰弱していたため病院に搬送された。
 一家は71年に同団地に入居。94年に父親が死亡後、母と娘2人の3人暮らしをしていた。母親は以前、失対事業で働いていたときのケガで歩くことができず寝たきりになり、96年に身体障害者1級の手帳が交付されていたが、介護サービスなどの世話にはなっていなかった。
 ただでさえ失業と就職難の風が吹き荒れるなか、障害者の母を抱え、長女は胃の病気、次女は腰の持病で歩くのが不自由という状態ではまず安定した職には就けない。母親に支給される亡夫の年金をあてに生活していたため、母親の死は収入の途絶を意味した。その結果、母親の遺体をかくしつづけることになったと見られている。
 近所の人たちは昨年まで、次女が毎朝、弁当を買いに出たり、週に1回タクシーに乗ってカップラーメンを大量に買い込んでいく姿を目にしているが、今年に入ってからは目にしなくなり心配していた。最後は歩行不能になった体で這うようにして助けを求めにきたという。電気もガスも3月末で使用停止になっており、冷蔵庫の中は空だった。
 6月5日には、同区市住宅供給公社・法師庵団地で、69歳と62歳の2人暮らしの老夫婦が遺体で見つかった。夫は死後1カ月、妻は3カ月たっており、死体は腐乱していた。夫婦とも病死と判定された。
 夫婦は年金生活だったが、ともに精神的に不安定だったためそのつど病院への入退院を繰り返していた。日日やせ衰えていく姿を近所の人たちは心配していたが、異臭に気がついた住民によって無残な姿で発見された。
 同団地では6月にも単身赴任で一人暮らしをしていた60代男性の遺体が死後数日たって見つかっている。
 
 生活保護も受けられぬ
 これらの事件に対してマスコミや行政は、「生活保護の相談もなかったので対応しようがなかった」といっているが、わずかながらの生活保護を受給する過酷さは誰でも知っている。
 5月末の事件は、それを物語っている。
 同区後楽町市営団地で1人暮らしをしていた56歳の男性は、足が不自由の身で仕事を転転としてきたが、病気も重なって労働不可能な状態になった。家賃や300円の町会費も払えなくなり、昨年9月と12月に区役所に生活保護の申請を願い出たが、「息子に扶養義務があり、援助を受けるべきだ」と断られた。
 その月に不払い家賃の督促に公社職員が訪ねた際には、家の中を這うようにして玄関まで出てくるほどの衰弱ぶりだったという。そのうち水道、電気、ガスも使用停止になり、しばしばペットボトルに入れた水や弁当などを息子が運んでいたといわれるが次第に見なくなり、骨と皮ばかりになっていく様子を近所の住民も心配していた。
 ある住民は、「今年1度、救急車で運ばれたがお金がないためか2日で帰ってきた。それから寝たきりになり、人間があれほどやせれるかというほどやせていた。生活保護の基準が厳しく、軽自動車を1台持っていたから生活保護を受けられなかったと聞いた」と語っていた。
 男性は、今年に入っても区役所に「息子も生活が苦しく援助できないといっている」と電話をかけていたが、結局最後まで社会保障の手は差し伸べられることなく、男性は餓死し、やせ細った亡骸が約1カ月後に発見された。
 この団地では最近でも2、3件の老人の孤独死が起こっており、数年前には生活苦で70代の老婦人がベランダの物干し竿で首吊り自殺する事件もあった。

 表に出ない悲劇は無数
 これらの事例は事件として表だっただけのことであり、表に出ない悲劇は無数にある。また、紙一重の状態におかれている人となればもっと多く、周囲の人人は「明日はわが身」の切迫した思いを抱いている。
 市営団地に住むAさん(57歳・女性)は、腰を痛めて仕事を辞め、37日間入院していた。
 「働けないため収入がなく、年金もまだもらえない。寡婦手当をあてても医療費が5万円もかかっては生活できないので、区役所に生活保護の相談に行っても成人した子どもがいるということでけんもほろろに断られた。20代でまだ経済力がないうえに家族もちの息子を頼るわけにはいかない。孤独死は他人事ではない」と語った。
 さらに、「隣の家も、奥さんが肺ガンで入院して意識不明。85歳の主人が1人で家にいるが、ほとんど外出せずどんどんやせていく。コメはどこかから送ってきているが、おかゆでも炊いて食べている形跡がない。このまま置いていたら死んでしまうので気が気でない。以前、近所に住んでいた元タクシー運転手も亡くなった。少ない生活保護費の中からこつこつためていた50万円で葬式をしたようだ。親戚も引き取り手がなく、無縁仏にされた」と歯止めのかからない老人の孤独死にやり場のない憤りをにじませた。
 別の市営団地に住むBさん(60代・男性)の妹は障害者で1人暮らしだったので生活保護を受けていたが、去年11月に打ち切られた。家賃が払えなくなって家を追い出され、寒い冬空のもと路頭に迷い、夜な夜なこっそりもといた家に帰っては夜露をしのいでいた。今年2月に、区職員が家の中に倒れている妹を見つけて、すぐに入院させたが1週間のちに亡くなったという。
 何の連絡も受けていなかったBさんは妹の死によってその事情を知った。「表ざたにはなっていないがそういう話はざらにある。勝手に保護まで打ち切られ、経費節減のために殺したようなものだ。許せるものではない」と冷酷な福祉行政への憤りはおさまらない。

 現役世代も綱渡り状態
 このような事件が増えている背景には、現役世代が親を養えないという現状がある。不安定雇用や派遣労働が増え、低賃金のうえにケガや病気で失職すればたちまち生活苦の深淵に落ち込んでしまう綱渡り状態におかれている。
 2人の小学生の子どもを持つ30代の母親は、「パートで老人施設に働きに出ているが、そこでも親族もお金もない老人は悲惨だ。亡くなったあとも病院には引き取り手のないお骨が放置してある状態。わたしの母も年金5万円で暮らしているのでなんとか引き取ってあげたいが、子どもを抱えて家計も厳しい。夫婦共働きだが、税金から家賃、光熱費、医療費などは値上げされ、食費から切り詰めているくらいだから引き取ることができない」と話す。
 区内の公団住宅に住む50代の女性は、飲食店を経営していたが、不規則な生活がたたって脳内出血で倒れ、40代で半身不随の身になったことから生活が一変したという。
 数年前に離婚して、20代の息子1人、初年性認知症の母親をかかえ、家事さえまともにできない体では店もたたむほかなく、息子も失業中でアルバイト生活。収入はないが、医療費はかかる。藁をもすがる思いで区役所に生活保護の申請を相談にいった。
 「働けるようになるまででいいから助けてもらえないか」と必死に頼み込んだが、母親がかけていた生命保険があることを理由に断られ、それからは何度頼んでもノレンに腕押し。生命保険は母親の葬式代としてとっていた唯一の蓄えであって切り崩すわけにはいかず、その後は、家族3人が月7万円の母親の年金での生活となり、電気はつけない、トイレの水も流せないという毎日を2年間送った。
 「何十年も一生懸命働いて保険料や税金を納めても、結局とられるだけだった。銀行や大企業はつぶれそうになれば莫大な国家予算がつぎ込まれるのに、市民は死んでも放置される。政治の体質が変わらない限りはこういう問題はなくならない」と怒りをこめて語った。
 また、死後数カ月たって見つかるケースが増えていることについて、夫婦共働きが増えてほとんど家にいない親が増えていることや、市の予算削減で、市営住宅に管理人をおかなくなったり、自治会のお祭りや行事が極端に減ったことで地域のつながりが希薄になっていることなどが語られ、社会保障費を切り捨てる「自己責任」政策の結果と語られている。
 門司区の濱田保護課長は、「わたしたちは国の定めた法律にのっとって仕事をしている。生活保護の審査については不公平さのないよう厳格におこなっている。後楽町団地の件は、水道や電気が止められていることは把握していたが、息子さんに扶養義務があり、当然援助すると判断したのでその後の状態は確かめなかった。行政の対応は適切だったと思う」と語っている。

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