不確定性原理

ある粒子の運動量と位置を
 同時に正確に知ることは、原理的に不可能である」

たとえば、なぜ、「そこに野球のボールがある」と認識できるかというと、
「太陽なり、電球なりから発せられた光が、ボールに当たり、
 ボールから反射した光が、目の網膜に届く」
からである。

もし、光がボールとぶつかっても、跳ね返らなければ、透明なボールとなり、
誰もそこにボールがあるとは気付かないだろう。
ようするに、光がボールとぶつかって、跳ね返るから、
ボールの存在を認識できるのだ。

手で触って、「そこにボールがある」と認識できるのも仕組みは同じである。
手の「分子」が、ボールとぶつかって、跳ね返るから、
「ボールがそこにある」と感じたり、つかんだりできるのであって、
もし、手の「分子」がボールとぶつかっても跳ね返らなければ、
手はボールをすり抜けてしまい、
やっぱり、誰もそこにボールがあるとは気付かないだろう。

つまるところ、我々にとって、「何かの位置を測定する」というのは、
「ナニカ(光など)を飛ばして、ナニカが反射してくれば、
 その位置に何かがある」
ということをやっているにすぎない。

これは人間だけの話じゃない。どんな測定器でも、仕組みは同じなのだ。

さて、野球のボールくらい大きければ、何も問題ない。
問題は、電子のように、とても小さいものについて測定するときだ。

たとえば、電子に光を当てて、電子の位置を調べるとする。
だが、電子はあまりにも小さいので、
もし、光の波長が赤外線のように長いと、光は電子を通り過ぎてしまい、
電子の正確な位置はわからない。



じゃあ、紫外線のように波長を短くすれば良いかというと、
今度は、電子を勢いよく弾き飛ばしてしまう結果になってしまう。



波長が短いということは、つまり波の勢いが強いってことだ。
たとえば、赤外線は、皮膚を通り抜けて進むが、
紫外線は、皮膚に強烈にぶつかって、火傷を引き起こす。

そんなわけで、電子を弾き飛ばしてしまうと、
「電子がそこにあった」という位置についてはわかるが、
「その電子がどこから飛んできて、どこに飛んでいったか?」
という運動については、よくわからなくなるのだ。

これは、光の波長をどんなにうまいこと調節しても、無理で、
「位置を正確に測ろうとすると、電子の運動が正確にわからなくなる」
→(光の波長を短くして、鋭くぶつけると、電子を弾き飛ばしてしまう)
「電子の運動を正確に測ろうとすると、電子の正確な位置がわからなくなる」
→(光の波長を長くして、優しくフワッとぶつけると、通り過ぎてしまう)
というジレンマが起きてしまい、
結局、
「位置と運動量(質量×速度)を同時に正確に知ることはできない。
 一方を正確に知ろうとすると、一方が不確定になる」
ということになってしまうのだ。
(ちなみに、同じ論法により「時間とエネルギー」も、
 同時に正確に知ることができない)

これは、今後、どんなに科学や技術が進んでも避けようのない原理的な問題であり、
そのため、不確定性『原理』と呼ばれる。

(補足)
ただし、この話だけでは、不確定性原理の説明としては不十分である。
そもそも、この話は、
単に「電子を正確に観測できません」と言ってるだけにすぎない。

だから、
「ふ〜ん、なるほどね。正確に観測できないってことはわかったよ。
 でもさあ、それって、あくまで『観測が正確じゃない』っていう話であって、
 実際には、電子の位置と運動量はちゃんと決まっているんでしょ?」
という結論になってしまう。

そりゃあ、そうだ。
宙を飛んでいる野球のボールを観測するときに、たまたま測定器の性能が悪くて、
ボールの正確な位置や運動を知ることができないと言っても、
ある時刻におけるボールの位置や運動は、当然、決まりきっているはずだ。
たまたま、人間がそれを知る測定器を持っていないというだけの話だ。
普通はそう考えたい。

だが。
量子力学においては、そういう結論にはならない。
もっと飛躍した発想で、この不確定性原理を捉えている。

量子力学には、一見すると奇異な「観測至上主義」的な見方がある。

「いいですか?
 電子のようなミクロの物質は、
 観測されて初めて、位置や運動量が決定されるのです!
 観測されないときに、電子が、どの位置にあるかとか、
 どういう運動しているかなんて、言ってはいけないのです。
 観測していないとき、電子の位置と運動量は、
 本当に『不確定』で決まっていないのです!」

これが量子力学の考え方だ。
ようは
「だって、観測してねぇんだから、
 位置も運動量もへったくれもねぇんだよ!
 決まってねぇんだよ!」
という話だ。

ともかく、こういう発想があるものだから、
「原理的に観測には限界があり、一定の不確かさを避けられない。
 そして、観測が不確かな範囲においては、位置も運動量も、決まっていない。
 だって、観測できないんだから!」
というのが、不確定性原理の結論になる。

では、なぜ、「観測至上主義」という常識ハズレな見方をするのか?
それは、「観測によって、物質の状態が決まった」としか考えられないような
不可思議な実験結果に出会ってしまったからだ。
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