思考実験(3) どこでもドア2

のび太は、学校の前で気がついた。

「扉をくぐる前」と「扉をくぐった後」……
変わったのは、景色だけであり、のび太は相変わらず『のび太』だった。

心配してドキドキしながらドアをくぐりぬけたことも、
ドラえもんと会話したことも、はっきりと覚えている。

「な〜んだ。ボクはやっぱり『このボク』じゃないか。
 心配して損したよ〜」

のび太は、元気に教室へ向かって歩き出した。

――――――――――――――――――――――――――――


その同時刻……。

のび太は、暗闇の中で気がついた。

「あれ?ここは何処だろう?
 ――あ、そうか。
 ボクは 『どこでもドア』 の中にいるのか」

四角い狭い空間だった。あたりは壁で何もない。

することもない、のび太は、しかたなく、
向こうの『のび太』に思いをはせる。

「………きっと、ボクの肉体の情報が、スキャンされて
 学校にある『どこでもドア』の方では、ボクと同じ肉体の『のび太』が
 再現されているんだろうなぁー。
 でも、あれ?
 なんでボクはまだ意識を持っているんだろう?
 それに……もしも、こうしている間に、向こうの『のび太』が
 すでに再現されていたとしたら――」

のび太が、ふとそんな疑問を持ったそのとき、
どこからともなく『シュー』という音が聞こえてきた。

けむり?

何気なく、手を見ると、

――どろり

指が溶けていた。

「え?」

カラダが溶けて……いる?

そう気がついた瞬間、

のび太は、『痛み』を感じた。


ぎゃアアアアああぁあぁっぁああ
 アアああぁぁああぁっぁああぁ!!!!!!」

カラダ中の皮膚が、ぐつぐつと煮え立ち、ドロドロに溶けはじめていた。

阿鼻叫喚、筆舌に尽くしがたい激痛がのび太に襲いかかる。

ドラえもぉぉぉ〜〜〜〜ん!
 助けてぇ!助けてよぉ!!」

のび太は、半狂乱であたりの壁を叩きまくったが、
周囲は完全に閉じられており、助けが来そうにもなかった。

(どうして!?
 分子破壊光線で、痛みを感じる間もなく、
 一瞬でコナゴナになるんじゃなかったの!?)

――――――――――――――――――――――――――――


「おはよー、しずかちゃん!」

「あら、のび太さん、おはようー」

「今日はね、どこでもドアで 学校に来たんだ。
 いやあ、最初、怖くてさー」

「うんうん、わかるわかる。アタシも最初、とっても怖かったわ。
 でも、使ってみるとゼンゼン問題なかったわよね」

「そうなんだよー。なんであんなに怖かったんだろ。
 それにしても、便利な世の中になったもんだよねえ」

「ええ、本当に。
 朝、ゆっくりシャワーが浴びれて、とても嬉しいわ」

――――――――――――――――――――――――――――


のび太の生き地獄は、まだまだ終わらない。

肉を飛び散らせながら、体中を掻きむしり、
激痛にのた打ち回っていた。

このどこでもドアが、
「その使用者にあらん限りの苦痛と惨めさを与えてからコロス」
ように作られていることに疑いはなかった。
どこでもドアを作った人間の狂気じみた悪意を感じた。

もはや、のび太に湧き上がってくる感情は、絶望と後悔だけだった。

 そうだよ!よくよく考えれば、わかりきったことじゃないか!
 自分のカラダが壊されるより前に、
 「すでに学校でのび太が再現されてしまっている状況」だって、
 充分、考えられたじゃないか!

 だとしたら、はっきりしている!
 学校の『のび太』は、絶対に「このボクと同一人物」なんかじゃない!

 だって!
 この痛み」を感じているのは
 「このボク」だけじゃないか!

 逆に、向こうののび太が、怪我しようが死のうが、ボクにはわからない!
 何も感じることができない!
 ようするに、『他人』だってことだ!

 偉い学者たちは、物質的観点から、ふたりは同一人物だというかもしれない!
 友人たちは、どちらも同じ記憶を所有する「のび太」であり、
 会話しても区別できないのであれば、
 両方とも「のび太」だというかもしれない!

 そんなことを言うヤツラは、実際に、どこでもドアに入ってみればいい!

 自分とまったく同じ人間ができようがどうしようが、
 はっきりしていることは、

 この世界で、この痛みを感じているのは、
 このボクだけだ!

 という事実だ!!
 
 『この世界』の中で、
 実際に 『この痛み』や『この惨めさ』を感じているのは、
 『このボク』だけであり、『このボク』でしかありえないんだ!

――――――――――――――――――――――――――――


「そうそう、のび太さん、
  今度みんなで、スネオさんの別荘に遊びにいく計画があるんだけど」

「え?ほんとー?いくいく!絶対いくー!でも、別荘って遠いのかなあ?」

「うん、少し遠いみたいだけど、どこでもドアがあるから、一瞬よ。
  うふふ、たのしみだわー」

――――――――――――――――――――――――――――


もはや痛みすら感じることもできない、もうろうとした意識のなかで
のび太は夢をみていた。

――世界中の人間が、楽しそうに笑いながら、
どこでもドアを出たり入ったりして、どんどんと発展していく社会の夢を。

たぶん、このコトは、社会的には絶対に表面化しないだろう。
おそらく、学校にいる『のび太』は、どこでもドアに対する恐怖心を無くし、
今後は、当たり前のように、どこでもドアを使い続けるはずだ。

そして、これからも社会や、国家や、家族は、なんの問題もなく、継続する。
むしろ、今まで以上に発展するだろう。

人々が楽しそうに生活している映像が見える。
平穏な日常、便利な世の中、豊かな社会、どこにもおかしなものはない。

それでものび太は呟く。『こののび太』 だけが呟く。

「こんな世界・・・狂ってる・・・・」

だが、のび太はふいに気がつく。
そんなことは、どこでもドアが発明されるよりも前に、
最初から、この世界に内在していたことじゃないか。

――「死」という形式で。

もはや誰がみても、『のび太』とは識別できないであろう肉塊は、
最後にこう呟いた。

「死にたくない、消えたくない、ボクは、のび太だ」


(続く)



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もしボクがいなくなったら
ボクは絶滅するんだ

野比のび太 27巻「のび太は世界にただ一匹」