阿久津梨園へようこそいらっしゃいました

50年の歴史を誇る当園は、栃木県東部にある関東でも有名な芳賀梨団地の中心に位置し、ハッチョウトンボが群生する小川や無数のホタルが飛び交う自然豊富な環境の中で、甘くてみずみずしい梨を栽培しております













 
園主
阿久津 益昭 (あくつ ますあき)
誕生日
昭和29年2月7日生
面積
220a(22000u)
梨樹
約500本(育成中150本)
栽培割合
幸水60%、豊水30%、新高10%、にっこり養成中
家族構成
娘:結香、父:時雄、母:ミヨ





当梨園は稲毛田地区では最も古い梨園で今年で53年目を迎える歴史ある梨園です。阿久津梨園の初代はこの地で梨園を最初に始めた人物で、雑木林を切り開き、土を肥やして、一本一本丁寧に苗木を植樹し、雨の日も風の日も梨栽培一筋だったと聞いております。時は経ち現在では、栃木梨の産地として有名になったこの地区には数え切れない程の梨園があり、今や「芳賀の梨団地」と呼ばれるほどです。またここから出荷される梨は「芳賀梨」と呼ばれ関東の各スーパーで売られております。 当園で最も古い樹齢26年の梨樹は200〜400個の梨を毎年実らせてくれます。梨は一般的に苗木から収穫までに4〜5年かかり、成木になるには10〜15年の歳月が必要です。どの梨樹もそれぞれに想い出深く愛着があります。 その中でも昭和44年まだ私が学生の頃、大粒の雹(ヒョウ)が降って梨園が全滅してしまい親父が頭を抱えていたことは一番の苦い思い出です。 その後私の世代になってからは大きな自然災害もなく、毎年「大きくてみずみずしく甘い」梨を沢山実らせてくれます。数年前から新種「にっこり」の苗木を養成しており、これからが楽しみです





阿久津梨園4代目。1年中空を見上げて梨を育てているため顔は真っ黒に日焼けしています。決して「ゴルフ焼け」ではありません。 昭和48年から「シンビジュウム」の栽培も手がけていましたが、平成10年で「シンビジュウム」栽培を止めて、現在では梨栽培一筋です。 学生の頃はジャズバンドを結成しサックスを担当、管弦楽団ではトローンボーン、クラリネットなどを担当し、音楽で生きていこうかと真剣に思った時期もありましたが、現実は厳しく結局梨園の4代目を選んだのでした。 地域では毎年優勝候補として恐れられている「稲毛田ソフトボールクラブ」に所属し芳賀町ソフトボール大会などに出場しております。現在の趣味は、近郊の梨園主たちと大勢でワイワイとゴルフをプレーする事が一番の快楽です。 また夏まつりとなれば結香(娘)と一緒に「太々神楽」を舞い稲毛田八雲神社に奉納するなど、「まつり大好き!ゴルフ大好き!」の優しいおやじです。星の数ほどあるホームページから当園のページに来られてこの内容をご覧いただいているのも何かの縁でしょう。こんな私ですが今後ともよろしくお願い申し上げます





「この野菜や果物は本当に安全ですか?」皆さんはこのように思った事はありませんか? この事は私たち農業を営む者でさえ数年前から少なからず思っていた事です。 数年前は、上部団体からの生産指導や出荷数確保の現状から大量の農薬を散布せざるをえない状態でした。この事が腹立たしく思へ、危機感さえも覚えました。 毎日顔を合わせる他園主たちとの話題もこれに集中しており、そのような中「生産者にとっても消費者の皆様にとっても安全な梨をご提供できる農業を目指そう!」と奮起した次第です。 農薬を散布する私たち自信が「より安全」であるためには、まず農薬をできる限り減らす事でした。それが消費者の皆様に「安全な梨」をご提供するための第一歩であり「食を守る」観念からは当然の事と考えております





私が住んでいる芳賀町は、山と川と緑に囲まれた昔ながらの純農村地帯です。首都東京から100Km圏内という立地条件にありながら、一番近いインターチェンジまでおよそ1時間30分という不便さが幸いして、あちらこちらに自然の残る環境は私たちの自慢の一つです。農園の近辺には、水の綺麗なところでしか生息しない「ハッチョウトンボ」や「ホタル」が群れ、「イワタバコ」などで覆われた奇岩をはじめ、栃木の景勝百選に指定されている庭園や沼などがあり「水と空気がおいしい」自然豊富な環境です。 そのような環境の中に関東でも有名な「芳賀梨団地」があり、その中に当梨園があります。上空から見ると梨園の防御ネットが一面を覆っております。 また、富士山自然公園には稲毛田地区が360度一望できる大パノラマ展望台があり、芳賀梨団地を取り巻く自然のすばらしさを満悦できます
 

富士山自然公園からの大パノラマ (撮影:スカイトライアル