「春の新商品『さくらスパークリング』試飲キャンペーン中でーす! どうぞっ!」
仕方なさそうにピンク色の缶を受け取った青年は、上から下へ、下から上へと彼女の身体に視線を走らせた。それは単に、仕事とはいえこの寒い中によくこんな布地の少ない服で立っていられるものだと感心したからだったが、刺激的なボディラインを桜色の薄布で際立たせた「さくらイメージガール」の自尊心はそれで満足させられたらしい。
「来月には新発売キャンペーンがありまーす! また来てくださいねっ!」
「これはお酒です。お酒は20歳になってから」と目障りなほどに大きく記された缶を彼は手の平で転がす。
ここ経済特区日本では、オートIDチェックで客が20歳以上であることを確認した上でなければ酒類を販売することができない。街頭での無料配布もそれに準じるため、あの寒々しい格好の女性も、おそらくはあの派手なブレスレットに内蔵されたチェッカーで相手のIDを確認していたはずだ。
しかし彼は、自分がまだ本当は19歳であることを知っていた。国際IDを持っていなかった彼に、ヴェーダがコードネーム「刹那・F・セイエイ」とともに与えた偽造ID、それに記載されている生年月日は本当のものではない。幼い日に両親に祝ってもらったおぼろげな記憶があるだけの、彼の本当の誕生日は、まだ少し先だった。
どこの誰とも知れない相手にもらったものを飲むだと?
刹那はかすかに苦笑する。確かにそうだ、毒物が混入されているかもしれない。実は爆弾かもしれない。開けたとたんに毒ガスが噴出するかもしれない。
でもそんなことを気にしても仕方ないんだ、この国では。
文明圏にいる限り、ソレスタルビーイングの一員として、テロリストとして、発見され拘束される危険性はどこの国にいようとさほど変わるものではない。ならば、突発的なテロや犯罪に巻き込まれることの少ない日本が最も安全なのだろう。アザディスタンでのように余所者扱いされる心配もない。
ちょうど、のども渇いていた。ここで飲んでしまおうか、と刹那は缶を見つめる。しかし思いなおしてそれをポケットに突っ込むと、彼は自動販売機かスタンドを探して歩き出した。
今日は薄いピンク色の花を枝一杯に咲かせた木がどこに行っても目につく。前回、半月前にこの日本を訪れたときには、こんな木があったことにも気づかなかった。あれが「桜」、日本人が古来より愛してきた花だという。
ビジネスホテルの窓から見下ろせば、「花見」という風習らしく、木の下にシートを敷いて大人数で集まり飲み食いしている人々の姿が見える。しばしその喧騒を眺めてから、カーテンを閉め、シャワーを浴びにバスルームへ向かった。
KPSA時代は言うまでもなく、ソレスタルビーイングでも、メンバーの誕生日は互いに知らなかったので祝ったことはなかった。自分で自分の誕生日を祝う、というのもやったことはない。
でも今日、俺は20歳になったのだ。世界中、ほぼどこの国でも一人前の大人と見なされる年齢に。
ソレスタルビーイングにいたころは、いつも周囲から子供扱いされていた。でも今では、ロックオンやアレルヤには届かないまでもそれなりに身長も伸びたはずだ。顔からも幼い雰囲気は消えたはずだ。だから、もう誰も……。
ああ、俺はこんなにも、子供であることにコンプレックスを感じていたのか。
湯気にくもった鏡にぼんやりと自分の姿が映っている。ほら、もう俺は大人だろう? もう子供扱いなんてできないだろう?
鏡にざっとシャワーをかけた。いきなり鮮明になった自分の裸体を目の当たりにして、急に気恥ずかしくなった。なぜホテルのバスルームの鏡というのはこんなに大きいのだろう?
髪と身体を完全に乾かし、冷蔵庫に入れておいたピンク色の缶を取り出した。
酒か、飲んでみたいと思ったことは無いな。あの戦術予報士の醜態を日頃から見ていればなおさらのことだ。
自分が極端に酒に弱いということはないだろう。もしも特定の物質に過敏反応を示す体質であれば、マイスターにはなれなかっただろうから。でも、念のために確かめておくのは悪いことではないかもしれない。
缶を開けて中身を備え付けのガラスコップに注ぎ、幅の狭いベッドに腰掛け、人生で初めての酒を静かにのどに流し込んだ。
……甘い。5歳の子供でも、与えられればきっと喜んで飲んでしまうほどに。おそらくこれは、スメラギ・李・ノリエガがいつも飲んでいるやつとは種類の違うものなのだ。彼女もこういう甘いのだけにしておけば、泥酔することもないだろうに。
コップをベッドランプの光に透かして見る。綺麗な色だ。でもどこか懐かしい、なぜだろう……?
そうか、フェルト・グレイスだ。この色は彼女を思い起こさせる。彼女は無事でいるのだろうか。プトレマイオスのクルーたちは、他のマイスターたちは。
生きていればいつか再会できるかもしれない人たち。生きている限り二度と会えなくなってしまった人たち。そして、この世とあの世、どちらで会えるのか分からなくなったままの人たちもいる。けれど……。
少し眠くなってきた。もしかすると、俺は酒を飲むと眠くなるタイプなのかもしれないな、気をつけておこう。
今夜はこれを飲んでそのまま眠ろう、夢の中なら誰にでも会える。生きている人にも死んでしまった人にも、どちらなのか分からない人にも。
懐かしい誰かに会えそうな気がする。
そろそろロックオンが、ミルクではなくてコーヒーをおごってくれるかな。
成人の日ということで、ひとりきりで20歳の誕生日を迎えた刹那のお話を。4月7日生まれとのことなので桜と絡め、アレルヤが苦い酒を飲まされたのでこっちは甘くしてみました。まだまだ精神的には大人になりきれていない感じですが、やはりまずは周囲が大人として扱ってくれるようにならないと、それは無理だと思うんですね。
ちなみにこのお話は、海外の方が書かれた刹那×フェルトの創作を読んだ直後に思い浮かんだことが元ネタだったりします。ピンク色のお酒からフェルトのことを思い出しているのはその名残です。
この後、刹那はこの「さくらスパークリング」を一缶だけ買って、コクピットの物入れに放り込んでおきます。で、フェルトが20歳になったことを知ったときにそれを思い出して、一緒に分け合って飲む……というのが裏設定。
余談ですが、試飲缶を配っている人、当初はロボットにしようと思ったのですが、そういえば00の世界に人造人間はいてもアンドロイドの類は出てこないですね。リヒティの身体が半分機械になっていたことなどから、精巧なアンドロイドを作る技術は十分にありそうだと思うんですけど、なぜなんでしょう?
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