「『人間の顔面』の他人への移植は、半年以内にも実現化するだろう」
有名な外科医の発言が、ロンドンで波紋を呼んでいます。
顔面移植と聞いて、ジョン・トラボルタとニコラス・ケイジの映画、「フェイス・オフ」を連想する人も多いかもしれません。しかしこれは、ハリウッド映画から飛び出して現実化しようとしているかもしれない話なのです。
すでに、事故などで手を失った患者に他人の手を移植し、患者の意志で動かせるようにすることには成功しています。つまり、手や顔のように、皮膚や骨や筋肉が複雑に組み合わさった器官であっても、もはや移植は不可能なことではありません。そして世の中には、顔に醜い傷跡が残っているために苦しんでいる人々も多いのです。
しかし、自身がそうした苦しみを負った人々にしても、顔面移植に対する捉え方は様々です。
ロンドンを拠点とする、顔に傷を負った人を支援する会の創設者であり会長でもある男性は、「その話題は、公にする前に、心理学者や外科医などの専門家によって非公式に吟味するべきではなかったのか。むしろ、過剰にメディアの関心を引いてしまったことにより、顔の傷跡に悩んでいる人々を苦しめてしまう恐れさえある」という意見を表明しています。彼自身、顔にひどいやけどの跡があるそうですが、それでも自分の顔には確固たるアイデンティティーが存在すると主張しているのです。
一方、別の支援団体の創設者であり、自身も25年前にガンによって顔の半分を失ったという女性は、ひどい傷跡を気にして外出もできない人々、あるいは飲食や会話にも支障をきたす人々にとって、意義のあることではないかと考えています。しかし彼女自身、もし自分が顔面移植を受けられることになったとしても、すぐに受ける決断はできないと言っています。
同じ外科医の意見としては、むしろ技術的な問題よりも、顔のドナーを見つけること、そして心理学的な問題を克服する方が難しいだろうというのが一般的であるようです。
顔面移植は、究極的に言えば、骨格や筋肉までも移植しなければ完璧とは言えません。しかし当面は、せいぜい皮膚と皮下組織、血管程度にとどまるでしょう。これなら、顔は全く提供者(ドナー)のものになってしまうわけではなく、患者自身の造作をとどめたものになるはずです。
現在では普通、患者自身の皮膚を顔以外の部位から取って移植していますが、やはり他人のものであっても、「顔」の皮膚のほうが柔軟性などの点で優れているのではないかと考えられています。
顔面移植であろうと臓器移植であろうと、移植を受けた患者はその後生きている限り、免疫抑制剤を飲みつづけなくてはなりません。そうしないと、患者自身の免疫システムが移植された部位を排除しようとしてしまうからです。
しかし免疫システムが抑制されるということは、それだけガンや感染症と戦うための能力が低下するということになります。したがって倫理的な観点から、顔面移植が許容されうるのは、顔の傷跡のために自殺したいほど悩んでいる人、または顔面のガンのために生命の危機にさらされている人などに限定されることでしょう。
それならむしろ、他人の顔面よりも人工材料のほうが拒絶反応も少なくて現実的だと考えている専門家もいます。この技術は発展途上ですが、いずれ優れた材料が開発される見込みがあります。
顔面移植の実現化を主張する外科医は、患者の免疫システムを抑える別の技術の開発に望みを託しています。それは、先にドナーの骨髄を患者に移植しておくという方法です。もちろん骨髄移植の際には免疫抑制剤が必要になりますが、動物実験の結果では、この骨髄移植によって患者の免疫システムが寛容な状態になり、同じドナーの他の組織を移植しても拒絶反応が起こりにくくなるそうです。
しかしこの方法はそもそも、骨髄ガンに伴って他の組織が機能不全になった場合に限って適用されるべき方法だという考え方もあります。
人間の顔を、人体の組織の一つとして他人に移植できるようになるには、解決すべき問題がまだまだ多そうです。