第二次緑の革命

ネイチャー2002年4月11日号 「The rice squad」より

 50年後には、世界の人口は約80億人に達するのではないかと考えられています。しかも最も増加が激しいと予測されているのが、現状でさえ栄養失調に悩む者が多い東南アジア地域です。
 世界中でのイネの生産量は、ここ30年のうちに3倍近くに増加しました。もしこのままのペースで増やすことができるなら、人口の増加により需要が増えても十分対処できるはずなのですが、実際にはこれは不可能だと考えられています。なぜならイネは、太陽光をエネルギーとして利用し、光合成によって炭水化物を作り出しているのですが、その能力には限界があるからです。計算によって理論的に導き出される、イネ生産の能力限界が近づいてきているのです。
 そのようなわけで、世界の食料需要をまかなうためには、バイオ技術によるイネの改良が鍵になるかもしれません。しかしこれは、言うほど簡単なことではないのです。


 1960年代には、品種改良によって様々な穀物の背丈を低くする試みが多くなされました。簡単に言えば、茎を伸ばすことに使われるエネルギーを節約して種子を増やし、また風で倒れるなどの被害を押さえることで、収穫を増やすことが狙いでした。こうした一連の動きは、「緑の革命」と呼ばれています。
 今回とりあげた、イネの「第二次・緑の革命」の狙いは、前述のように限界に近づいた光合成能力を増強して収穫量を上げることです。その鍵は、すでにトウモロコシなどが自然に獲得した二段階光合成プロセス、「C4光合成」です。
 イネ、コムギなど、ほとんどの穀物は、一般的な「C3光合成」しかできません。イネがより効率のいいC4光合成を利用できるようになれば、第二次・緑の革命も実現できるかもしれません。しかし近年発達している遺伝子工学技術をもってしても、それは簡単なことではありません。


 通常のC3光合成では、Rubisco(ルビスコ)という酵素を触媒にして、大気中から吸収した二酸化炭素を光のエネルギーでRuBPという物質と反応させ、炭素原子を3つ含むホスホグリセリン酸塩を作ります(そのためC3と呼ばれます)。このホスホグリセリン酸塩は、糖や炭水化物の材料として利用されます。
 一方C4光合成では、第一段階として、PEPCという物質を触媒にして、光のエネルギーで二酸化炭素をPEPという物質と反応させ、炭素原子を4つ含むoxaloacetateを作ります(そのためC4と呼ばれます)。このoxaloacetateは、同じく炭素原子を4つ含むmalate, citrate, aspartateなどに変化し、維管束鞘細胞と呼ばれる特別の細胞に移動します。さらに第二段階として、炭素原子を4つ含むこれらの物質は、維管束鞘細胞において、炭素原子を3つ含む物質と二酸化炭素に再び分解されます。二酸化炭素はC3光合成と同じプロセスでホスホグリセリン酸塩を作るのに使われ、残った物質は元の細胞に戻され、PEPとなって再利用されます。
 一見回りくどいC4光合成がなぜ優れているのかといえば、まず、PEPCはRubiscoよりも二酸化炭素と結びつく能力が高いので、大気中の二酸化炭素の濃度が低くてもうまく機能し、第二段階のRubiscoに多くの二酸化炭素を供給できるということがあります。
 さらに光合成の際にはどうしても酸素が発生するのですが、C3光合成において、Rubiscoは酸素によって働きを弱められてしまっています。しかしC4光合成では、PEPCは酸素の影響を受けませんし、Rubiscoは酸素の発生しない場所に隔離されているため、酵素としての能力が落ちません。


 さて、トウモロコシのようなC4光合成をイネに行わせるには何が必要か、ということを考えなければなりません。
 まずは酵素の問題です。トウモロコシとイネの光合成を詳しく比べてみると、7種類の酵素の働きが違っています。そこで、これらの酵素の元になる遺伝子を、遺伝子組換え技術でイネに組み込む研究が行われています。日本も協力したこの研究によれば、主要な酵素の遺伝子を1つか2つ組み込んだだけでも、そのイネの収穫量はかなり増加したと報告されています。
 ただし、収穫量の増加がC4光合成の導入とは全く関係ないのではないかという意見もあります。PEPCは、ストレスの多い環境で育った普通のイネにも多く含まれることが知られています。さらに、実験において最も収穫量が増加したのは、まさにストレスの多い環境で栽培されたイネでした。すなわち、PEPC遺伝子を組み込んだことによりPEPCが増え、イネのストレスへの耐性が上がり、それによって収穫量が増えた可能性もあるわけです。
 さらに遺伝子組換えイネは、大気中の二酸化炭素を取り込む「気孔」が通常よりも多くなっていることが指摘されています。すなわち、それだけ多くの二酸化炭素を取り込めるようになったおかげで収穫量が増えたという考え方もできるわけです。
 すなわち、収穫量の増加がC4光合成の獲得によるものであるかどうか、まだ明らかになっていません。


 次に、細胞組織の問題があります。トウモロコシの細胞は、葉脈の周りにある特別の細胞、維管束鞘細胞とその他の細胞に分かれています。しかしこうした組織構造が、トウモロコシのどの遺伝子によって作られているのか、まだ分かっていません。
 C4光合成に必要な酵素が全てイネの細胞に含まれるようになったとしても、この組織構造がなければ、Rubiscoが酸素の影響を受けるという問題を解決できません。
 トウモロコシの場合、葉の部分はC4光合成を行っていますが、その他の部分、例えば実を包む皮などの細胞は、C3光合成です。つまり、やはりC3の細胞が本来の姿であって、C4の細胞は発展形なのだと考えられます。そして、C3からC4への変換は、ごくわずかな遺伝子の違いだけで起こっている可能性も考えられており、その「遺伝子スイッチ」を探すことが試みられています。
 さらに湿地に生えるスゲの一種は、全体が水中にあるうちはC3光合成を行いますが、成長して水面上に出るようになると、トウモロコシと同じような組織構造が発達し、C4光合成を行うようになることが知られています。この植物に、C3からC4への変化の秘密が隠されているかもしれません。
 また、PEPCとRubiscoの分離を、細胞質と葉緑体、又は別々の葉緑体に封じ込めることで実現しているC4光合成植物も知られています。これが応用可能であれば、無理にトウモロコシを真似た組織構造を実現させる必要もなくなります。
 しかしいずれにしても、関係する遺伝子がまだ分かっていないので、すぐ実現できるわけではありません。


 さまざまな困難のことを考えると、イネがC4光合成を行えるようになるには、10年20年かかるのではないかと言われています。さらに、イネに関する研究資金の最大援助国であった日本が、経済状況の悪化により、こうした資金を削減するといううわさが世界に流れているらしく、資金的な困難についても心配されています。
 また、未だに遺伝子組換え技術には激しい反発が存在します。発展途上国の食糧確保、という人道的な目的であっても、素直に承諾してはもらえないのが現状です。
 しかし、多くの非政府組織が世界の飢餓を救おうと努力を続け、それでもなかなか実現できないでいる状況下、新たなる緑の革命について、見方を変えてゆく必要に迫られるかも知れません。



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