生殖や新生児に関わる医療の発達により、胎児が子宮の中で過ごさねばならない期間が短縮されつつある。しかし、全く人間の子宮によらない妊娠は、果たして近い将来に現実のものとなるのであろうか。
1997年、クローン羊ドリーの誕生が発表されると、倫理学者や政治家たちは驚愕に包まれた。それから5年経っても、世界中でクローンに関する法律の改定は続けられている。
「人工子宮」に関しても、それが実現すればクローンと同じような扱いを受けることになるかもしれない。
オルダス・ハックスリーのSF小説「すばらしい新世界」では、胎児が子宮ではなく研究所の瓶の中で培養されているのだが、そのようなことがまさか現実になろうとまでは考えられていない。少なくとも専門家の間では。
しかし、従来なら生き延びることができなかった未熟児を生き長らえさせるための研究が進んだことで、妊娠24週で生まれた未熟児でさえ、助けることができるようになっている。
一方で、体外受精(IVF)でつくられた胚は、子宮に着床させる前に3日間なら体外で培養することができる。
もしも「胎児が子宮の中でなければ生きられない期間」がより短くなり、「受精卵を体外培養できる期間」がより長くなれば、いつかこれら二つはつながってしまうかもしれない。つまり、受精卵を子宮に入れる必要が無くなるわけだ。
こうした技術を研究する者たちは、別に妊娠の場所を女性の身体から研究所に移そうと試みているわけではない。そんなことはあくまでSFの中だけの話だと研究者たちは考えている。
しかし誰もが同じように考えてくれるはずも無い。研究者たちの思惑とは別のところで、倫理的な問題が勃発する。さらにこうした研究は、妊娠中絶問題にも影響を与えているのだ。
これまで、何より重要視されていたのは、早産による未熟児を生き長らえさせることだった。1980年代初めから研究されているのが、酸素を運ぶ能力の高い不活性有機化合物(血液の代用品としての研究も進められている)で未熟児の肺を満たし、それによって肺に酸素を送り込む方法である。妊娠23週くらいで肺はすでに酸素を取り入れる力を備えているとされており、臨床試験でも、他の手段では手の施しようの無かった未熟児への効果が確認されたという。また、23週以前の未熟児に対してもある程度の効果が期待されている。
しかし研究者は、この方法の先行きを楽観視していないようだ。その理由は技術的なものではなく、費用などの問題である。未熟児に対する新生児医療は市場規模が小さいので、製薬会社などが臨床試験に費用を負担してくれるものかどうか、確信できないのである。
酸素を含んだ溶液を肺に入れるという方法とは別に、血液に酸素を直接取り込ませて新生児を救うという方法も考えられる。こちらの方法は、1960年代から1970年代にかけて、動物実験ですでに研究されていた。
しかし東京大学では、未熟児を救う手段として、また同時に胎児の生理学研究の一助となることを期待して、この方法を研究しつづけていた。1990年、この研究チームは「人工胎盤」とも呼べるものを使用して、妊娠中期〜後期のヤギ胎児を人工的に育て上げた。ヤギ胎児を人工羊水の水槽に保持し、臍の動脈と静脈にカテーテルを通して、栄養を添加した血液を流してやったのである。
胎児が身体をよじったり足でけったりすると、カテーテルが抜けたりつぶれたりする危険があったので、筋弛緩剤を投与して麻痺させた。こうすることで、通常より3週間早く子宮から取り出されたヤギ胎児2匹を体外で生存させることができた。ただし、筋弛緩剤により筋肉の発育がうまくいかず、補助無しでは立っていることも呼吸もできないヤギになってしまった。4週間後に呼吸補助器具を外したところ、そのヤギは一時間もしないうちに死んでしまったという。
この研究プロジェクトは1992年に東京大学から順天堂大学に移り、続けられている。ただし、現在では胎児の脳の周りにおける血液の流れを調査するためにこの方法が利用されているのだそうだ。カテーテルに関する問題の解決策が見つかるまで、未熟児に適用する計画は保留状態である。しかし肺が発達する前の、妊娠20週あたりの未熟児を生き長らえさせる手段としての可能性は確かに持っていると専門家は主張する。
さらにもっと未熟な状態で生まれた子供のために人口胎盤を開発するのは難しそうである。まだ妊娠20週にも達していない胎児の臍の動脈や静脈は、細すぎてカテーテルを入れられない。さらに、血液が機械の中で凝固しないように添加される抗凝血剤が、非常に未熟な胎児に脳出血を引き起こすことがある。
しかしそうした障害を克服して人工胎盤を開発しようということ自体、あまり試みられていないようだ。
さて、もっと最近のことに目を向けると、妊娠期間をもう一つの端から短縮する研究も行われている。
通常、受精した卵子は子宮の内側の子宮内膜に着床するのだが、その代わりに子宮内膜細胞をコラーゲン担体で培養して本物の子宮の組織に良く似た構造をつくり、そこで体外受精卵を育てようというのである。研究によれば、受精卵は通常と同じく、受精後6日で人工子宮内膜に着床したという。しかしこの研究は、受精卵を人工的に育ててやることで人工授精の成功率を上げること、そして胎盤の成長についての研究に利用することが目的である。目下の目標は人工子宮内膜で受精卵を受精後14日まで育てることであるが、さらにその先の段階までチャレンジするつもりは無いらしい。
しかし研究者らの意図がどうであれ、こうした研究は「人工子宮の実現化に近づくもの」と見なされ、各方面における論争を引き起こす。
例えば、人工子宮が実現すれば、代理母の利用を望まない不妊カップルが自分たちの子供をつくることが可能になる。しかしそれが許可されるには、どのような条件が必要とされるべきであろうか。そんな問題についても、倫理的に考えてゆかねばならない時代になっている。
現段階においてさえ、未熟児を生き長らえさせる医療が発達したことが、妊娠中絶の許可される期間に影響を与えている。例えば英国で、理由如何によらず法的に妊娠中絶が認められる期間は妊娠24週までである。しかしこの期間は、1990年までは28週までであった。これから医療技術によってもっと未熟な胎児の命を救うことが可能になれば、それだけ妊娠中絶の許可される期間を短縮すべきだという声は当然出てくるだろう。(※ 日本では現在、22週以降の中絶は禁止されている)
人間が研究所で生産されるという「すばらしい新世界」はまだまだ遠いものであるとしても、胎児が子宮の中で過ごさねばならない期間を短縮するという技術は、尊い命を救うという美しい面だけではなく、倫理的に様々な問題をはらむ危険な面も抱えているのだ。