兵器も環境に配慮する時代

ネイチャー2004年2月12日号 「Green explosives: Collateral damage」より

 兵器の使用が、環境に対して長期にわたる悪影響を及ぼすことがあります。軍部は、そうしたリスクを最小限にとどめた「環境に優しい兵器」の開発を試みています。
 環境に優しい兵器、というのは矛盾した概念だと思われるかもしれませんが、当事者たちにとっては切実な問題なのです。

 爆撃や砲撃は、もちろん生態系に害を与える行為です。しかし軍当局は、爆撃や砲撃を行う現場の兵士たちの健康を守るために、そして周囲の環境を保護するために、より毒性の低い爆薬を開発しようとしています。
 すなわち、銃を撃つ際に使用されている鉛化合物の代替品の開発や、爆薬を爆発させたり廃棄したりする際に有害物質が発生しないようにするための研究などが行われているのです。

 兵器が原因となる環境問題の発生は、戦場だけに限られるものではありません。汚染が特に深刻なのが、兵士や警察官などが訓練を行う射撃練習場です。
 ライフルやピストルなどの小火器は、トリガーを引くと、プライマーと呼ばれる少量の起爆薬が打撃や電流のショックで爆発します。そして、プライマーの爆発によって火薬に火がつき、銃弾が発射されるしくみになっています。ここで問題となるのは、最も一般的に広く使われているプライマーに鉛が含まれているということです。
 現在のプライマーは、鉛化合物であるアジ化鉛やスチフニン酸鉛(別名トリニトロレゾルシン鉛)を使ったものが主流です。そのため、射撃練習場では危険なレベルに達するほど高濃度の鉛が検出されることがあります。1991年の調査で、FBIの射撃練習場を清掃したばかりの清掃員の血液から、米国政府の定める健康基準の10倍近い鉛が検出された例があります。

 アルミニウムの微細粒子は激しく酸素と反応するので、これを鉛化合物の代替品として使用する研究が進められています。直径およそ50ナノメートルのアルミニウム微細粒子を、アセチレンブラック(導電性の炭素粉末)および三酸化モリブデンと混合します。アセチレンブラックの添加により、この混合物は導電性を持ち、電流で発火させられるようになります。三酸化モリブデンは酸素の供給源です。
 現在は、アルミニウム微細粒子を使用したプライマーの「アクション・タイム」測定試験が進められています。アクション・タイムとは、プライマーを爆発させる電流をオンにしてから、銃弾が銃口を飛び出すまでの時間のことです。軍用の場合はアクション・タイムが4/1000秒以内であることが求められます。
 アクション・タイムを含めたさまざまな条件をクリアできれば、アルミニウム微細粒子を使用したプライマーはこの先10年以内には実用化されるでしょう。

 一方、ドイツ軍もより安全なプライマーの開発に取り組んでいます。銃をすばやく撃つためには、プライマーは比較的爆発しやすい物質でなければなりません。
 プライマーに適した物質を探すためにはまず、候補となる物質を爆発させるのに必要なエネルギーを知ることが必要です。測定は、サンドペーパーにはさんでこする、上に重りを落とす、火花を飛び散らせる、といった方法で刺激を加えて行います。
 その次に、爆発物としての破壊力を測定します。鋼鉄製の測定用容器に、物質を10gほど入れて着火します。この鋼鉄製容器の蓋には、決められた大きさの穴が開けられています。爆発の際に発生したガスはこの穴から抜けますが、穴が小さくなるとガスが抜けにくくなり、容器が破壊されることになります。プライマーは火薬を着火させられることができさえすればよいので、容積35ミリリットル、穴の直径4ミリメートルの鋼鉄製容器を破壊できる程度の物質が理想的です。

 5年かけて、こうした試験を全て終えられた物質は、たったの5種類でした。全てが窒素を多く含む化合物です。
 その一つがTNTAと呼ばれる化合物で、ベンゼン環にN3とNO2が3つずつ、一つおきについた構造です。TNTAを含め、爆薬として用いられる窒素化合物は一般に、窒素原子間の一重結合または二重結合が切れて安定な三重結合に戻る際に放出されるエネルギーが爆発力となります。硝酸アンモニウム(NH4NO3、硝安)のように酸素原子を多く含む化合物をTNTAと混合すると、爆発して窒素と二酸化炭素になります。TNTAは商品化に向けての試験が進められており、2〜5年後には発売される見込みです。

 プライマーだけでなく、爆薬にも環境問題を引き起こしているものがあります。
 米国で、使われなくなった軍の訓練施設の土壌と植物を検査したところ、TNT(トリニトロトルエン)による汚染が見出されました。TNTは、米国環境保護庁が人間に対する発ガン性物質として定めている物質です。現在、米軍はTNTをほとんど使っていませんが、鉱山業では今でも広く使われている爆薬であり、これが地下水汚染の原因となることが懸念されています。第二次世界大戦以後、TNTは他の爆薬に取って代わられてきましたが、それは新しい爆薬の方が強力だったためであり、環境保護のためではありませんでした。
 専門家によれば、米軍は数千トンの爆薬を在庫として保有しており、20〜50年後には使用期限が来て廃棄しなければならなくなるといいます。しかし環境への影響を考えると、爆薬の処分は簡単なことではありません。

 窒素原子と酸素原子を含む化合物、HMX(シクロテトラメチレンテトラニトラミン、別名オクトーゲン)やRDX(シクロトリメチレントリニトラミン、別名シクロナイト、ヘキソーゲン)をポリマーと混合したものは一般にプラスチック爆弾と呼ばれ、用途に応じてさまざまに成型することができます。プラスチック爆弾は、爆発させずに固体燃料のように燃やして処分することが可能なので、環境に与えるリスクは大きくないと専門家は考えています。しかし、軍施設の付近住民は、ポリマーの燃焼によって一酸化炭素のような汚染物質が発生することを懸念しています。
 軍当局は、より安価で威力があって爆発を制御しやすく扱いやすい爆薬を求め、新たなプラスチック爆弾の開発に取り組んでいます。1990年代に実施された研究で、HMXやRDXを加熱で溶融するポリマーと混合する方式が開発されました。これなら、あとで爆薬だけを分離して保存することも可能です。しかし、この溶融ポリマーは非常に粘性が高く、爆薬との混合が難しいので、製造には高価な設備を必要とします。
 一方、それ自体をプラスチック爆弾のように利用できる、新しい爆薬も開発されました。窒素原子に富む化合物、TNAZ(1,3,3-トリニトロアゼチジン)は、ポリマーと混合しなくても溶融・成型が可能です。しかし、HMXやRDXの製造コストは1キログラムあたり数十ドルなのに対し、同量のTNAZの製造コストはおよそ200ドルと高価です。
 HMXやRDXの廃棄に必要なコストを考えれば、溶融ポリマーやTNAZの製造コストは問題とならない、という考え方もあります。しかし、今現在の出費を抑えたい軍上層部を納得させるのは難しいことであるようです。

 米軍は、より環境に配慮した爆薬の開発を進めていますが、その詳細については、セキュリティ等の理由からあまり公表されていません。しかし、軍が進めている他の研究の内容から大体のところを推測してみることができます。
 現在、軍用ロケットや宇宙船の推進剤についても、より環境に配慮した化合物の検討が進められています。スペースシャトルでは、発射直後からの2分間、すなわち最大推力が必要である時間帯に、2基の固体燃料ブースターでアルミニウムを燃焼させてパワーを発生させています。アルミニウム燃焼のための酸素供給には、過塩素酸アンモニウムという化合物が使用されています。しかし、塩素イオンを含んだその排ガスが、オゾン層の破壊や酸性雨を引き起こすことが懸念されています。専門家らは、この塩素イオンによる環境への影響は非常に小さいものであると考えていますが、それでも、より効率的で環境に配慮した推進剤の探求は続けられています。
 過塩素酸アンモニウムに代わる酸化剤の候補として代表的なものが、ADN(Ammonium Dinitrramide)、HNF(Hydrazinium Nitroformate)、CL−20(HexanitrohexaazaIsowurtzitane)の三つです。これらは全て塩素を含まず、主に窒素と酸素で構成される化合物です。
 とはいえ、新しい推進剤の導入は簡単なことではありません。燃料と酸化剤、そしてその二つを凝集させる結合剤、これらの適切な組み合わせを見出せたとしても、ブースターそのものの設計からやり直さなければならないかもしれないのです。前述の酸化剤候補三つのうち、いずれかが宇宙計画に利用されるようになるまでには、もう10年ほどかかりそうです。
 しかし、これらの酸化剤候補は窒素を含んでいるおかげで、爆薬としても利用できるのです。少なくともCL−20については、フランス、ドイツ、英国の軍研究者が爆薬としての使用を検討しているといわれています。

 新しい爆薬の開発は、危険な作業です。ささいなミスが命取りになります。実験中の事故で指を失いながら研究を続けている者もいるのです。このように危険で軍ともつながりのある研究では、新人の採用も困難なので、研究スタッフを失うわけにはいきません。
 若い研究者たちが軍関係の研究に携わろうとしないことは十分に理解できることだとしながらも、新しい爆薬の開発を進める研究者たちは、新たな研究者を育成する必要性を強く感じています。人を殺すためではなく、防衛のため、環境を守るために、誰かが危険な研究に取り組まなければならないのだと、彼らは考えているのです。



環境研究室に戻る

ネイチャーランドトップに飛ぶ

All in One! トップにワープ