シリコンチップの製造プラントというのは、ゴミひとつ落ちていない、とてもきれいな場所です。なにしろ、超小型電子回路を組み立てるためには、異物の粒子が1立方メートルあたり数個しかないという環境が必要なのですから。
プラントで働く人々は、髪の毛や皮膚からの異物による汚染を防ぐために、身体全体を被うような服を着ています。また、半導体製造に使われる水は念入りにフィルター処理され、わたしたちの飲む水道水よりもはるかに純度の高いものになっています。
しかし、それほどまでに清浄な環境だからといっても、それがすなわち「環境に優しい」ということだと言い切ることはできません。「チップの製造プラントは、実は巨大な化学工場のようなものだ」とさえ言われているのです。
半導体材料の電気的性質を変化させるために添加されるヒ素やリンは、とても毒性の高い物質です。また、回路をチップ上に刻み込む際には、洗浄のために揮発性の有機溶剤が使用されています。
さらに、プラントひとつを操業するためには、一時間あたり数千メガワットの電力が必要であり、さらに莫大な量の排水も発生します。
半導体製造業は、他の工業に比べても最も環境汚染を引き起こしやすい、というわけではないのですが、何しろここ数十年にわたり、毎年10%以上の成長率を見せている、発展いちじるしい分野なのです。現在、世界中では、およそ900のプラントで数十万人の人々が働いているとされています。
そのようなことから、環境保護論者や米国政府は、半導体製造業が環境や健康に与える影響について関心を寄せるようになりました。しかし、多大な資本をつぎ込み、新たな技術の開発がいちじるしいこのような工業分野で、環境への対策は、そう簡単に一朝一夕でできるようになるものではありません。
20年前に比べれば、業界も環境や健康への影響についてずいぶんと考えてくれるようにはなってきているようです。しかしもちろん、まだまだ十分ではありません。歴史的に、半導体製造業界は環境への関心が薄かったと言えます。何しろ、半導体製造の発祥の地であるカリフォルニアでは、有害廃棄物の浄化対策を優先的に行うべきとされている地点の5分の1が、もと半導体製造プラントであったといいます。
また、半導体製造業に従事する人々の健康問題も重要です。1980年代、グリコールエーテルと呼ばれる溶剤が、女性作業員の流産率を高めていたことが明らかになりました。また、1996年以来、ガンの発症は会社のせいだとするIBM社の元社員による訴訟は、数百件にのぼっています。
IBM社は発ガン性との関連を否定していますが、SIA(米半導体工業界)は、半導体製造業に従事していた20万人の健康データを調査することを発表しています。
この業界が直面している問題の多くは、過去のツケが回ってきたような種類のものです。しかし、より高速なコンピュータを作るための新型チップを供給するためには、従来の製造方法を変え、新たな装置や化学物質を使用する必要が生じてくるものです。このような変革は、予想だにしない新たな環境問題を生むこともありますが、同時により環境への負荷が少ない方法へと改善するチャンスにもなるのです。
プラントの水使用量を減らすための取り組みも行われています。マイクロチップを常に清浄な状態に保つには、何度も洗浄を行わなくてはならず、大量の水が必要となります。とはいえ、調査の結果、洗浄水のリサイクルがベストな対処法とはいえないことが分かりました。水の再浄化には、たくさんの電力が必要となるためです。すなわち、水を節約しようとすることで、電力を浪費することになるわけです。
そのために考案された対処方法は、マイクロチップ表面の汚染状況をセンサーで監視し、洗浄水を節約するというやり方でした。この方法により、水使用量を20〜65%削減することが可能になりました。
さらに根本的な改革を図るなら、例えば水の代わりに『超臨界』二酸化炭素を使うという方法も考えられます。超臨界とは気体と液体が混在している状態で、二酸化炭素は温度30℃以上、圧力数百万パスカルで臨界点を超えて超臨界状態になります。超臨界二酸化炭素は液体のように流れますが、界面張力が非常に小さくなっています。従って、超小型電子回路の深いくぼみにも容易に入り込み、回路に残っていた溶媒や薬品を溶かし出すことが可能です。そして洗浄に用いた後は、常圧に戻せば気体になり、溶かし出した汚れだけが残ることになります。つまり超臨界二酸化炭素は水に比べてリサイクルや廃棄物処理が簡単なのです。しかも二酸化炭素は、プラント内の他の工程で副産物として発生するものであり、入手が容易です。
しかし超臨界二酸化炭素にも問題がいくつかあります。例えば、溶解度特性が非常に複雑であり、圧力などによって溶解度が変化しやすいという問題があります。超臨界二酸化炭素で洗浄を行うために、新たな化学物質を使う必要が生じる場合もありえます。また当然ながら、水の代わりに超臨界二酸化炭素を使用するのであれば、プラントの改造が必要になります。企業が超臨界二酸化炭素の導入に積極的でないのは、結局これが一番の理由でしょう。
とはいえ、チップ上に刻み込まれる回路はすでにナノメートル単位の微細さであり、水での洗浄は困難になってきています。水は表面張力が大きく、洗浄の際に回路を破壊する危険さえあります。そのようなわけで、環境に配慮した結果ではないものの、新設のプラントでは超臨界二酸化炭素が使用できるようになってきています。
これは、技術革新と環境配慮、双方の目的が合致した、稀有な例と言えます。
環境対策のために余分の資金を費やすのは、贅沢な行為であるという考え方もまだ残っています。しかしいずれは、プラントを環境に配慮したかたちに変えてゆくことが、長い目で見れば財政的にも有利となってゆくものとみられています。