未来SF:『掃除屋稼業』

ネイチャー2005年5月5日号
Paul McAuley作「Meat」より

 わたくしどもが、お客様のことを「ポークチョップ」と呼んでいる、ですって? それはタブロイド紙の勝手な作り話でございます、誤解なさらないでくださいませ。
 それに、わたくしどもの仕事は、みなさまが考えていらっしゃるほど魅力的なものではないのですよ。確かにわたくしは、クラブやレストランには開店の日に、映画や演劇、ファッションショーには初日にばかり行っておりますし、世界中の超一級ホテルに泊まったこともございます。しかしそれらは自分の楽しみのためではなく、あくまで仕事のためでございます。
 『掃除屋』であるわたくしの仕事は、お客様のお身体から生きたままこぼれ落ちる細胞が『肉屋』の手にわたるのを防ぐことなのです。



 調査、防衛、清掃。それらがわたくしの仕事の全てです。
 まず、お客様のご到着前に、全ての周辺調査を完了させます。従業員たちの人間関係から化粧室の状況まで、全ての安全を確認する必要があります。申し上げるまでもなく、化粧室というのはお客様が最も無防備になる場所でございますから、配管に小型カメラが設置されていないか、トラップやフィルターが取り付けられていないか、確認しなければなりません。また、特殊な微生物の噴霧と紫外線ランプを使用して、ごくわずかな皮膚細胞をも検出いたします。
 椅子も、食器も、カクテルグラスに敷くナプキンまでも、わたくしどもはチェックリストに従って全てを調査いたします。



 お客様のご到着後、わたくしどもの仕事は防衛に変わります。
 『肉屋』は決して100メートル以内に近づけさせません。しかし『肉屋』たちは、金で従業員を買収したり、無害そうに見える老婦人を人ごみにまぎれさせたり、さまざまな手口でお客様を狙ってきます。あるいは二流の芸能人が、まとまった金欲しさに有名人の細胞をかすめ取ろうとすることもございます。『肉屋』の一味のデータベースも作成しておりますし、不審な行動をとっている者はいないか常に見張りも欠かしませんが……いえ、これ以上のことはお話しすることができません。
 そして最後には清掃をいたします。ありふれた作業ではございますが、これが最も重要な仕事なのです。わたくしはいつも、自らの目で最終確認をいたします。『掃除屋』仲間の中には、移動中のお客様の警護に重点を置く者たちもおりますが、わたくしはお客様が立ち去った後の場所を、それこそ無菌の手術室よりも完璧に清浄化しつくすことが第一だと考えております。お客様の移動中はボディーガードたちが警護いたしますし、お乗りいただくリムジンには、ウィルスさえも出入りできないレベルのバイオハザード封じ込め設計を採用しておりますので。
 ホテルの清掃は大変です。いえ、ホテルに限らず、お客様がご利用になる可能性のある場所のほとんどには独自の清掃方法がございますから。しかしわたくしとしましては、その独自の方法に、わたくしどものやり方を特別に付け加えさせていただきたいのであります。



 『掃除屋』の多くが、もともと公衆衛生関係の出身者でございます。わたくしも例外でなく、昔は法医学研究所でDNA解析を担当しておりました。ちょうど十年前ですか、「肉」の取引が最も盛んでしたのは。当時わたくしたちは一日に10000件体のサンプルを解析しておりましたが、そのほとんどは偽物でした。一例を挙げれば、「プリンセス・ダイアナ」は、アルバニアに住む58歳の女性の身体から切除されたガン細胞を元に作られたものだったのです。にもかかわらず、20トンにものぼる偽物の「プリンセス・ダイアナ」が『肉屋』たちによって取引されていました。
 しかしそんなことがあってから、「肉」の愛好家たちは自らDNA解析を行い、また自分が欲しい「肉」を自ら培養するようになりました。クローン細胞と培養器さえ用意できれば、あとは生物化学の一般知識が少々と、細胞培養の基礎知識さえあれば、誰でも欲しいだけ「肉」を手に入れることが可能なのです。
 そしてわたくしがある調査班に加わるころには、ほとんどの「肉」が本物の有名人の細胞からクローン培養で作られたものになっておりました。たとえ体組織のひとかけらでも、生きた細胞が『肉屋』の手にわたってしまえば、「肉」は世に出回ってしまうのです。それを阻止する方法はただひとつ、培養の現場を押さえることしかないのでした。



 危険な仕事ではないのか、ですって? それほどではございません。「肉」取引はあまりに専門的であるため、いわゆる犯罪者の介入は少ないのです。とはいえ、「肉」取引の顧客は決して少数の限定された人々ではございません。
 ある犯罪組織の首領は、敵の「肉」を特製のソースで仕上げたものがお気に入りですとか。政治家や実業家も、やはり敵の「肉」を豪華な一皿にして楽しんでおります。
 しかし「肉」の需要を主に支えているのは有名人のファンたちなのでございます。最近では、「肉」を口にできない者は本当のファンではない、とまで言われております。「肉」の摂取、それは相手を占有する究極の形態であり、言ってみればキリスト教の聖体拝領と通じる部分があるのかもしれませんが……いいえ、そんなものは某ベストセラーの安っぽい作り話から発生した、単なるヨタ話にすぎません。



 クローン・ベビーは作られていないのか、ですって? あれは夢物語でございます。体細胞を加工して胚にするのは非常に難しい技術ですし、ましてや出産にこぎつけるのはさらに至難の業なのです。細胞を培養して表皮や筋肉を作るのとはわけが違うのですよ。
 わたくしが知る中で最も奇妙な事例といえば、自分自身の「肉」を作っていた男のことでしょうか。彼は、自分の「肉」のみを口にして生きていました。これぞ究極の自給自足体系と言えましょうか。



 「肉」取引が根絶されるには、まだ時間が必要でしょう。「肉」の元となるクローン細胞は大部分が押収されましたし、わたくしども『掃除屋』などの努力もあって、『肉屋』が新たな「肉」を手に入れるのは難しくなったはずなのです。しかし最近、ナノテク技術という新たな敵が現れました。間もなく、生きた細胞などなくてもDNA配列さえ分かれば「肉」を作ることが……いえ、クローン人間さえも作成可能になるかもしれないのです。



 新たな技術をゆがんだ目的に利用しようとする人間がいる限り、『掃除屋』の戦いは終わることがありません。そう、乱れきった世の中を掃除することこそが、わたくしども『掃除屋』の仕事なのです。









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