アイオワ州の、いやネブラスカ州だったかもしれないが、ともかくそこの研究チームが発表したのだ、植物も痛みを感じることを証明したと。発表当日だけでなく、以後一か月くらいは、そのニュースが新聞や雑誌の見出しをにぎわせたものだ。自分の食欲を満たすためだけに動物を犠牲にするのは忍びないと、菜食主義者になった人間はごまんといるわけだが、そうした人々にとっては青天の霹靂だったことだろう。人間に食べられるものは、動物であろうと植物であろうと、すべてが痛みを感じていたのだ。
何と心躍る話だろう。感動したぼくは、それまでの専攻を捨て、植物学に鞍替えすることにした。どうしても自分で突き止めたかったのだ。植物が痛みを感じられるのだとすれば、ほかの感覚はどうなのだ? そう、たとえば、植物は考えることができるのか?
植物が思考能力を持っていたとしても、何しろ根を張っていて動かないものであるし、じっと考えているだけなのではそれまでだ。しかし当然ながら、その考えを伝達する手段があるなら話は違ってくる。ぼくが研究対象に選んだのはそこのところだ。幸い、ぼくはどんなネタを選べば政府の助成金をもらえるか、そのコツはしっかりとつかんでいた。何しろぼくは、博士号を取得してから14年間、まったくの泣かず飛ばずで業績も上げられず、それでも何とかやってきたのだから。
植物に話しかけてみよう。音楽を聴かせてみよう。知る限りすべての言語で書いた言葉を見せてみよう。それでだめなら、ずっと昔に失われた言語の専門家を連れてきてみてもいい。……しかし植物からは、何の反応も得られなかった。
これくらいでくじけるものか……いや、まあ、まったく落胆しなかったと言えばうそになるのだが……、ぼくは霊能力者に依頼して、研究室にある植物と意思疎通してもらおうとした。しかしこれも失敗に終わった。
仕切りのあるかごの中、片方に花、もう片方に蜂や蝶を入れる。そして花に語りかける。子孫を残したければ何か答えておくれ、そうすれば仕切りをはずしてあげる、虫に受粉してもらえるよ……何も起こらなかった。
最終手段として、ぼくは植物をコンピュータに接続した。この装置はどんな信号でも、たとえそれがささやかな弱いものであっても、ありふれたものでも未知のものでも、それを言語に変換してくれるという、それはもう優れものだ。しかしこの装置をもってさえ、返ってくるのは沈黙ばかりだった。
今でも思いだす、あの大発見のきっかけは、ひとりのダンサーだった。ぼくはあの美しいダンサー、バブルス・ラ・トゥールを一目見て、恋に落ちてしまったのだ。人気があるのだから、そんなにストリッパーみたいに肌を露出しないでおくれ。でも生まれたままの姿に近づくほどに彼女は輝きを増してゆく。
ぼくは研究室に置いてあった雑種のデイジーに近づき、花びらを一枚一枚ちぎっていった。「あの子はぼくを、愛してる……愛してない……愛してる……」
「痛いっ!」聞き覚えのない声がした。ぼくは辺りを見回したが、誰もいない。結局、気のせいだろうと考え、ぼくは花びらをもう一枚ちぎった。
「このクソ野郎、痛いってば!」またさっきの声だ。「あたしがあんたに何したってのよ?」
「すみません、でも一体?」誰がしゃべっているのだろうかと思いながらも、ぼくは一応謝った。
「謝ってくれるのは結構だけどね、あんた、あたしを胴体だけにしようとしてたでしょ。次は内臓まで引きずり出すつもり?」
「きみは誰なんだ?」
「分かんないって言うの、他人の手足をもぎ取っておいて?」
ぼくはさっきのデイジーを見た。そういえば、この花はコンピュータに接続したままだった。二日前に実験をやったきり、外すのを忘れていたのだ。
「きみだったのか?」ぼくは花のそばにかがみこんだ。
花は答えた。「そうよ、あたしよ。ところで、そんなに近づいてくるなら、まず歯を磨いてからにしてくれないかしら。あたし、こんな悪臭がまんできない」
「きみは話せるのか!」ぼくは喜びのあまり叫び、興奮のあまり同じ言葉を繰り返した。「きみは話せるのか!」
「ずいぶんと観察力の鋭いお方ですこと。さぞかし学生時代は優秀な生徒だったことでしょうね」
「皮肉はよせよ、残酷なやつだな」
「残酷なのはそっちでしょ、あたしの手足をもぎ取るなんて」
「手足じゃなくて、花びらだろう」
「同じようなものよ」
「そうか、でもきみがこうして話せると知ったからには、もう二度としないと誓うよ」
「しつこいやつだと思われたくはないけど、でもあんた、あたしたちも痛みを感じてるって前々から知ってたんでしょ?」
「それはきみにしゃべってもらいたかったからじゃないか」
「じゃああんたは、奥さんが怒って口をきいてくれなくなったら、手足をもいでみるわけ?」
「そんなわけない」
「あんたがやったのはそういうことよ」
「分かったよ、謝ってるじゃないか、許してくれよ。これは人類史上最大の発見なんだ! ぼくたちはその発見者として称えられるだろう!」
「そうなの、でもデイジー類史上においてはたいした発見じゃないわね。あんたが横柄で自己中心的で、会話もろくにできないやつだってことが分かったところで。人間と花は心を通じ合うことができる、それは今もこれからもずっと変わらない。だけどあたしはもうしゃべらないことにするわ。心安らかに目を閉じて黙想を続けるつもり」
「きみに目なんてないだろう」
「あたしはあんたに分かりやすい表現を使ってやっただけよ、まったく、時間の無駄だわ。頼むからもう、どっか行ってちょうだい」
ぼくはそれからも半時間ほど話しかけ続けたが、花は何も答えてくれなかった。ディチャリオ博士とゴームリー博士に連絡しようかとも思ったが、少し頭を冷やして考えてみて、やはりやめることにした。
デイジーがさっき自分で言ったとおり、本当に人間とは二度としゃべらなかったら、二人はぼくのことを狂人か嘘つき(いや、おそらくはその両方)だと思うだろう。
ぼく以外の人間となら会話してくれるのだとしたら、ぼくは助成金の受給資格を失ってしまう。助成金を二人に持っていかれるばかりか、ぼくはこの研究室からも追い出され、新しい職を探す羽目になるだろう。生活が今より苦しくなることは疑いない。
無理に学術発表しようとしても、あのデイジーから仲間たちにさっきのことが伝わって、どの植物もだんまりを決め込んでしまったら、ぼくはいい笑いものだ。
それに何より、花というものがすべてあのデイジーのように不愉快で鼻持ちならない性格なのだとしたら、そんなものと会話したいと誰が望むだろうか?
考えれば考えるほど、もう何もしないのが一番なのではないかという気がしてきた。
ぼくは慎重に、デイジーとコンピュータの接続を外した。
気づけばいつの間にか、ぼくはまたダンサーのバブルス・ラ・トゥールのことを考えていた。ぼくは熱に浮かされたように、花へと手を伸ばす。
「あの子はぼくを、愛してる……愛してない……」