F1を支えるエンジニアたち

ネイチャー2004年10月14日号
「Science in the FAST LANE」より

 毎シーズンごとに、あるいはシーズン途中でもルール変更が行われるF1の世界で働くエンジニアたちは、ほんの数週間のうちにマシンのデザインを変更し、サーキット上でテストドライブができる段階まで持っていかなければならないことさえ日常茶飯事です。F1の世界で科学研究に携わるエンジニアたちの日常を少しのぞいてみましょう。




 クリスティーン・リアという女性がいます。リアは、大学で数学を学び、コンピュータを専攻しました。それは彼女の適性に合った選択ではありましたが、それでもリアはなにかしっくりしない、なにかが足りないような思いを感じつづけていました。
 リアは小さいころから車が大好きでした。彼女が胸に秘めていた憧れの対象、それは、モーターレースの最高峰、フォーミュラ・ワン(F1)だったのです。

 「F1の世界で働くことは、私の夢だったのよ」と今となっては口に出して語るリアですが、しかし彼女はその夢をかなえるチャンスを得たときも、その思いを胸に秘めたままでいました。
 リアには、レーシングカー業界とつながりの深い大学の空力学研究グループで、研究に携わるチャンスがあったのです。しかし夢などとうてい実現できるものではないと思った彼女は、その夢を語ることなく、飛行機関連の流体力学研究で博士号取得を目指すことにしたのでした。

 それでも、F1のレース中に解説者が「新型のエアロ・パッケージ」といった言葉を口にするたびに、リアは胸中の興奮を感じつづけていました。もっと詳しく知りたい、挑戦もしないであきらめるのは嫌だ、そんな思いにつき動かされ、彼女はついに少女時代からの夢に向かう決意を固めたのです。

 夢を実現させたリアは現在、スイスに拠点を置くザウバー・ペトロナスチームで、F1マシンの重要な空力システム開発に携わっています。赴任当時には、「女は鏡でも見ていればいいものを」というようなお決まりの冗談も言われました。それでも彼女は、自らの実力を周囲に認めさせました。今のリアが胸に秘めているものは、憧れや夢ではなく、開発プロジェクトの秘密事項ばかりです。




 科学的な学術研究において解明の対象となる自然法則は、不変のものであって、いつまででも研究者たちを待っていてくれます。つまり、学術研究における競争は、どの研究者が先にその自然法則の解明にたどり着くか、という勝負です。
 しかし、F1の世界における研究競争は、それとは全く異なる性質を持ちます。自然法則とは違って、スポーツのルールは常に変わりつづけるためです。ドライバーが、また観客さえもが常に危険にさらされているカーレースの世界では、何とかそうした危険を避けるべく、スピードを抑えようという圧力が働きます。しかしすでにF1マシンの速度は、並のドライビングテクニックではとても制御できないほどのレベルに達しています。

 とはいえマシンをデザインする側は、スピードを抑えようなどとは考えません。マシンをできるだけ速く、可能な限り速く走らせるのが彼らの目標です。さらに、超高速での走行中でもハンドルで操縦できるようにしなければなりませんし、コーナーでもふっ飛んだりしないような接地性も要求されます。そして何より、「レースで勝てる」マシンをつくりあげなければならないのです。
 学術研究者にとって、ずっと追求してきた学説を捨てるようなことは、とても我慢ならないことであるかもしれません。しかしF1のエンジニアたちは、常に「挑戦しつづけること」を楽しんでいるのだと、リアをはじめ多くのF1エンジニアを育てたインペリアル・カレッジ・ロンドンのピーター・ベアマンは語ります。ルール変更によってそれまでの研究を中止しなければならないようなことになっても、直ちに新たな目標を目指すのがF1エンジニアたちのあり方です。




 BARホンダチームのエアロダイナミスト(空力学者)、ウィレム・トートもベアマンと同意見です。
 マシン性能が頂点に達していた1994年の5月1日、サンマリノグランプリで二人のドライバーの命が失われました。一人はオーストリア出身の新人、ローランド・ラッツェンバーガー。そしてもう一人は、ブラジル出身の世界チャンピオン経験者、アイルトン・セナでした。なおこの同じレースでは、ルーベンス・バリチェロがタイヤバリアに激突して負傷、J.J.レートとペドロ・ラミーの衝突でタイヤがスタンドに飛び込み観客が負傷、ミケーレ・アルボレートのタイヤがピットアウト時に外れてメカニックが負傷、といった事故も起きています。

 この悲劇をきっかけに、抜本的なルール変更が行われました。空力パーツの大きさに制限を加え、いわゆる「ダウンフォース」を減らすことでマシンの速度を抑えることになったのです。チームはわずか2週間のうちにマシンのデザインを変更する必要に迫られました。
 トートは、当時の騒動をよく覚えています。彼らは、究極まで研ぎ澄まされていた車体のあちこちを切り落とし、なんとか新しいルールに適合するようにしてみました。その結果、ダウンフォースは30%低下しました。しかし、数日のうちにデザインのやり直しを行い、失われた性能を半分ほどは回復させることができ、マシンは競争力を取り戻しました。肉体的にも精神的にも極限の作業が続けられたとトートは語ります。




 学術研究の世界からF1にやってくる者が多いのは、むしろこうした厳しさがあるからこそなのかもしれません。空力学の最先端、それがF1だからです。マクラーレン・メルセデスチームのチーフ・エアロダイナミクス・エンジニアであるニコラス・トゥムバジスによれば、大学から直接F1にやってくるエンジニアは多く、空力学をしっかりと理解する能力がある学術研究者は重宝されているということです。
 しかし今でこそ、F1マシンの技術エンジニアたちには真の賞賛が寄せられるようになっていますが、F1の黎明期には状況も違っていました。ウィリアムズBMWチームのチーフ・コンポジット・エンジニアであるブライアン・オロークによれば、当時のエンジニアたちは「火遊びをしているカウボーイ」と言われていたそうです。(この「カウボーイ」は、できもしない難しい仕事を気楽に引き受けてしまう人、といったような意味であるようです。)
 1970年代初頭、F1マシンは「空冷」という厄介な問題を抱えていました。当時、ラジエーター(冷却器)は、マシンの前部に搭載されていました。フロントノーズにぽっかり開いた穴から取り入れられた空気は、こともあろうに運転席を通って排出されていたのです。この問題は結局、ラジエーターそのものの位置を変えることで解決されました。現在のようにラジエーターがマシンのサイドに搭載されるようになってから、フロントノーズも現在のように、空力学的にも有利なとがった形に変化したのです。




 1970年代はまた、風洞施設が発展を遂げた時代でもありました。とくに、「ローリング・ロード」の登場は画期的でした。ローリング・ロードは、高速走行における路面の動きを再現する鉄製のベルトです。これにより、単にマシンの形状による気流の乱れだけでなく、路面と車体の間の気流をも風洞施設で再現することが可能になったのです。
 そして、マシン・空気・路面の相互作用に関する理解が深まったことで、新たな発見が生まれました。マシンを路面に押さえつける空力、すなわちダウンフォースを利用することで、走行性能が上がることが分かったのです。ダウンフォースは、飛行機を空中に浮かばせる空力、すなわち揚力と正反対の向きに働く力であり、主にマシンの前部と後部に取り付けられたウィングによって生み出されます。
 1970年代に、ロータスチームのエンジニアたちは、マシンの下面をうまくデザインすれば、マシン全体にウィングのような働きをさせることができることに気づきました。これは「グラウンド・エフェクト(地面効果)」と呼ばれているもので、以来この目的でさまざまな装置が開発されました。空気の回り込みを防ぐために、スカートのような部品が取り付けられていたこともあります。そうした装置の多くはのちに禁止されていますが、現在のマシンに働くダウンフォースとグラウンド・エフェクトは、理論的にはトンネルの天井をさかさまに高速走行できるほどだといわれています。

 現在のF1マシンは、道路を走る一般的な自動車よりもむしろジェット戦闘機に近いものだと言われることがあります。しかし空力学的には、むしろF1のほうが航空宇宙工学よりも高いレベルにあると言う者もいます。なだらかな流線型の機体で空中を飛ぶ戦闘機やロケットよりも、でこぼこしたシャシーで地面の上を走るF1マシンのほうが難しい、というわけです。
 F1業界はもともと秘密主義が強いのですが、このところ、F1の技術が航空学に取り入れられるケースも出てきています。英国国防省がジェット戦闘機ハリアーGR7の開発を開始したとき、F1で蓄積された複合材料技術が採用されています。




 F1レース中に起こるアクシデントは、あくまで人的被害が生じない限りは、むしろ観客に喜ばれるものです。しかしもちろん、アクシデントは望むような形でわざと起こすものではありません。ジャガー・コスワースチームのヘッド・コンポジット・デザイナー、スティーブ・フォスターは、「我々はむしろ、ドライバーが無事にレースを終えてくれることを願っている」と言っています。
 しかし、サラブレッドのように研ぎ澄まされたF1マシンの性能、そして勝利を求めるドライバーの情熱、それらがときに大惨事を引き起こしてしまうこともあります。F1ドライバーは、レースに出走することのリスクを理解しています。そしてその陰で、ジャガーのフォスターやウィリアムズのオロークのような材料工学の専門家たちが、ドライバーの身を守り、安全性を向上させるための努力を続けているのです。

 コンポジット・マテリアル、すなわち複合材料がF1の世界に登場したのは1980年代初頭でしたが、当時はまだその存在自体がよく知られておらず、理解されていませんでした。昔は剛性が高く軽量な材料ばかりが求められていましたが、1988年に運転席のクラッシュテストが義務付けられたのに伴い、衝突時にドライバーの身を守るため、ただ強いだけではなく様々な性能を併せ持つ材料が要求されるようになりました。
 現在、運転席の安全性が様々な角度からテストされ、それらに合格できないマシンはレースに出場することができません。現在のF1マシンの耐衝撃性、安全性は、複合材料なしには到底達成不可能なものです。しかしこうした材料関係の技術について、外部の人間が詳細を知ることはふつう困難です。




 F1は、学術研究の世界よりもずっと魅惑的なものであるかもしれません。制約が少なく、時間がたっぷりあり、論文を書く必要もなく、レースに参加することもできるのです。
 F1と学術研究では、進歩の速度が格段に違います。ある研究事項が生かされるのはほんの1、2レースだけ、ということも珍しくないのです。それでも、例えば進歩が10年か15年単位でしか起こらない航空宇宙工学よりも、目まぐるしいF1の世界を好む研究者はいるもので、ザウバーのリアもその一人です。
 そしてF1には資金力があります。それはマクラーレンチームがイギリスに建設した「マクラーレン・テクノロジー・センター」、別名「パラゴン」を見れば一目瞭然でしょう。日本円にしておよそ200億円を投じて建設されたとされる、このエンジニアたちの要塞は、サーキットの雑音とは無縁の異空間だと言われています。これは極端な例としても、施設を利用するのに申し込みをして順番待ちをしなければならない大学での研究とは異なり、F1のエンジニアたちはただ設計・試作・テストという目まぐるしいサイクルをひたすら繰り返し続けるのです。

 そして何よりF1には、研究の成果を実感する喜びがあります。自分が開発した部品を使ったマシンがレースで勝利するのを見ることは、エンジニアたちにとって何よりの報奨なのです。







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