アジアの核家族

ネイチャー2003年5月8日号 「Asia's nuclear family」より


 北朝鮮が核兵器を保有しているのだとすれば、近隣諸国……日本と韓国も、自国で核兵器を開発したいと望むようになるかもしれない。そうなった場合、両国の科学者たちは、開発に協力するつもりなのだろうか?




 ニュートリノは、ほとんど全ての物質を何の障害もなく通り抜けてしまう、幽霊のような粒子である。しかしそんなニュートリノのビームを、敵国が密かに保有している核兵器を破壊するために利用するという案を考え出した科学者がいる。ニュートリノが核兵器のプルトニウムに衝突すると、相互作用が起こり、核兵器を誘爆させられるはずだというのだ。
 この計画は超現代的な要素を含み、今すぐ実行に移せるようなものではない。しかし、この発案者は高エネルギー物理学の権威である日本人である、という事実が、核拡散の問題が日本の研究者たちに及ぼしている影響がいかに大きいかを如実に表していると言える。

 核兵器破壊ニュートリノビームを照射する対象国はどこなのか、それについては言及されていない。しかし、北朝鮮がその一つであろうことは疑い無い。アジア諸国にとって、何をしでかすか分からない危険な隣人であるこの国は、核兵器を開発する能力を持っている。もしかしたら、すでに開発してしまっているかもしれない。
 したがってアジア各国は、北朝鮮が軍事的優位を手にすることを恐れ、自ら核兵器計画を推し進めるか、それともあくまで核拡散に抵抗するか、苦しい選択を迫られている。

 北朝鮮が現在、核兵器を保有しているのかどうか。それはまだはっきりと分かっていない。しかし、この国の「威嚇的軍事力誇示」が単なるハッタリなどではないことは、専門家らも認めるところである。
 首都平壌(ピョンヤン)の北方100km、寧辺(ヨンビョン)には、5メガワット原子炉と、使用済み核燃料の再処理施設がある。原子炉でウランを燃やし、その廃棄物を再処理すると、核兵器に使われるプルトニウムを抽出することができるのである。




 実際にヨンビョンを訪れたことがある外部の科学者や技術専門家はわずかであるが、証言によれば、ヨンビョンの核施設は数百人の研究者を擁していると考えられる。そうした研究者らはほとんどが旧ソ連で訓練を受けた者たちであるが、ピョンヤンの金日成大学で教育を受けた若い層もいるという。
 ヨンビョンの研究者たちは、核兵器こそが自国の安全を確固たるものとするのだと固く信じており、献身的に命がけで任務に取り組んでいる。

 献身的な研究者たちは、苛酷で危険と隣り合わせの作業環境に耐えている。暖房も照明も不足しており、原子炉や処理施設も、現在では安全性や信頼性に問題があるとされている、旧型のものだ。

 原子炉は、1956年にイギリスで最初に使用された、「マグノックス」と呼ばれるタイプである。ウラン燃料棒の燃料被覆に用いるマグネシウム合金の名から、このような名称がつけられている。改良型のマグノックスは現在でも使用されているが、北朝鮮のものは、信頼性に問題があるとされる初期型である。証言によれば、イギリスのコールダー・ホールで最初に建造された1956年型マグノックスを、真空管に至るまで忠実に再現したものであるらしい。
 再処理施設はもともとアメリカで設計されたタイプであるが、こちらも旧型で、放射性物質の流出・漏出の危険が大きいものである。

 このように老朽化した施設であるにも関わらず、ヨンビョンではすでに8〜16kgのプルトニウムが抽出されているものと目されている。これは、核兵器を2基製造するのに十分な量である。 使用済み核燃料の再処理が行われるようになれば、この量がさらに増えることも予想されるが、1994年からずっと貯留されたままの使用済み核燃料が「使い物になる」かどうか、疑問視する見方もある。

 ヨンビョンで抽出されたプルトニウムを使って、北朝鮮がすでに核兵器を造っていたと仮定しても、果たしてそれをどう使うつもりなのかが不明である。外国に輸出するつもりなのだとする説、アメリカとの交渉材料とするつもりなのだとする説、各説あるのだが、おそらく北朝鮮本国にも、その真相を知っている者はほとんどいないものと考えられている。

 理由が何にせよ、北朝鮮がこうした動きを見せる限り、日本と韓国も核兵器開発へ向けての圧力を感じざるを得ないだろう、というのが専門家の一致した意見である。この二国に、核兵器を造る能力はあるだろうか?
 日本はといえば、国内に8トンものプルトニウムを保有している。原子力発電に使うのだといくら主張しようとも、それが核兵器製造に転用できるものであることに変わりは無いのである。
 韓国はといえば、アメリカとの協定により、兵器級核物質は製造しないものとしている。とはいえ、その気になれば核兵器を開発できるだけの能力を持っていることは間違いない。




 もしも日本や韓国が核兵器開発を行うことを決めたならば、物理学者や核技術者たちはどのような反応を示すことになるだろうか。両国の姿勢は、世界の注目を集めている。核兵器の開発は、熟練した科学者がいなければ実質的に不可能である。1970年代、パキスタンやインドでは核兵器開発計画が進められていたが、実は当初、軍部は核兵器にほとんど関心を示しておらず、計画は科学者中心で推進されたのだといわれる。
 少なくとも表面的には、日本の科学者らは核兵器反対の姿勢をとっている。日本は、核兵器の製造・保有・使用を決して行わない、という原則を貫いており、平和的目的のためにのみ核エネルギーを利用するという理念はすでに日本人のDNAに刻み込まれている……そう主張する日本の科学者もいる。
 韓国の科学者にしても、表立っての態度は日本と似たようなものである。

 しかし、もっと詳しく調べてみると、そもそも日本や韓国の科学者が核兵器に反対している理由は、単に面倒な政治的問題に巻き込まれたくないからである、という一面も見えてくる。
 決して核兵器開発に携わらないことを誓約する「ピースプレッジ」に署名した日本人研究者は、2003年1月現在で110名である。
 署名しなかった者たちは、その理由を公にはしていない。日本人の文化的傾向として、個人的な見解を表明することを好まないのもその一因かもしれないが、「日本における核兵器開発」というものを、一つの選択肢として残しておきたい、という意識が働いているのかもしれない。
 「ピースプレッジ」の代表者によれば、「将来的に核兵器開発への協力を打診される可能性を考えて」署名を拒否した者は確かに存在したという。また、大学の教え子たちに意識調査を実施したところ、日本もいずれは核兵器を開発する必要に迫られる時が来るのではないか、と考えている者が30%いたという。どうやら、核兵器反対は、日本の科学者たちの意識にさほど深く根付いているわけではなさそうである。
 「ピースプレッジ」は韓国の研究者らにも署名を求めたが、それは困難だった。ある韓国の研究者は、北朝鮮の動向に応じて韓国が核兵器開発を始めることはまず無いだろうと考えているが、もしも日本が核兵器開発に着手したならば話は別である。まず間違いなく、韓国は日本に対抗して核兵器開発を進めることになるだろう。「ピースプレッジ」への署名を拒否した韓国の研究者らは、日本のプルトニウム保有を指摘し、日本の核兵器開発が全く有り得ないものではないと主張しているのである。

 これらは事例証拠に過ぎないが、もしも日本や韓国の政治指導者が核兵器開発を実行に移そうとすれば、それに協力する科学者も出てくるものと予測される。北朝鮮の意向が不明瞭である以上、こうした問題が実際に起こる可能性についても未知数である。
 しかし、北朝鮮が本当に核開発計画を進めているならば、核拡散を防止するためには、国境や派閥を越えた協力が必要となるかもしれない。



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