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11月5日に礒永秀雄詩祭
没35周年を記念
                大衆の手で礒永の世界描く      2011年9月19日付

 山口県を拠点に戦後日本民族の魂をうたった詩人・礒永秀雄が逝去してから35周年にあたる今年、礒永作品を鑑賞しその詩業を顕彰する大衆的な大運動をまき起こそうと、17日、下関市の福田正義記念館で「没35周年記念・礒永秀雄詩祭」に向けた第1回実行委員会が開催された。8月下旬に劇団はぐるま座と長周新聞社が連名で実行委員会への呼びかけをおこない、この日までに山口県と全国の105人が実行委員に名を連ねた。第1回実行委員会には下関原爆被害者の会、下関市民の会、また山口県下の教師や退職教師、平和の会の高校生、父母、原水爆禁止各地区実行委員会の活動家など約40人が参加し、礒永作品の反響を出しあいつつ、どんな内容の詩祭にするかが活発に論議された。
 
 現代に蘇る詩精神

 はじめに事務局の近藤伸子氏(劇団はぐるま座)が詩祭に向けての提案をおこなった。「戦後66年たった現在、とくに東北被災地の復興、平和と繁栄の日本を求める世論が高まるなかで、礒永秀雄の作品と詩精神は一段と生命力をもって訴えている」「礒永秀雄詩祭を、被爆者、戦争体験者から現役世代、教師と子どもたち、そして文化・芸術愛好家など各界各層の人人が一堂につどい、詩の朗読、寸劇、音楽、絵画や書などの発表を通して礒永作品を現代によみがえらせ、独立と平和、繁栄の日本を築く主人公としての誇り高いとりくみにしたい」とのべ、礒永秀雄詩祭を11月5日午後1時から4時まで、下関市の生涯学習プラザで開催すること、実行委員長に佐藤公治氏(宇部市上宇部小学校教師)、顧問に柳田明氏(川崎市・医師)を推せんし、事務局長に近藤伸子氏、事務局を長周新聞社におくことを提案した。
 提案を受け、この間の準備状況や礒永作品の反響などが旺盛に出しあわれた。
 はぐるま座からは、「広島県のある町から実行委員に参加している人たちは、今年『動けば雷電の如く』公演をとりくみ、12月には『原爆展物語』公演を準備している。同町では毎年の町民ミュージカルが合併による予算削減でできなくなり、“華華しいものでなく地域に根ざした誰でも参加できる文化行事をやりたい”と話されていた。そこで礒永作品を紹介したところ、『鬼の子の角のお話』がたいへんよいと評判になり、子どもたちを含め多くの町民で礒永作品による文化行事を来年には実現したいととりくみを開始している」と報告された。
 また「原爆と戦争展」や『原爆展物語』に参加してきた広島市の高校生や若い世代も「戦争をくぐった人の詩や童話をたくさんの人が演じる詩祭にぜひ参加したい」といっていること、沖縄県では『原爆展物語』公演を見た50年代の復帰斗争経験者が、礒永の『八月の審判』の一節を書にあらわし、詩祭参加を待ち望んでいることも報告された。
 長周新聞社からは、この間礒永作品を掲載した長周新聞号外を広く宣伝し、『礒永秀雄の世界』『おんのろ物語』を普及した経験から、「礒永作品は商店のおばちゃん、企業の奥さん、お年寄りや青年など大衆的な反響がすごい。童話『とけた青鬼』が評判で、土建屋の奥さんが“このように安心して読める物語は少ない”と孫に読み聞かせている。詩『一かつぎの水』を読んだクリーニング屋の奥さんが無償の奉仕の精神に感激し、30代の店長は“震災後、マスコミは信用できないと思いテレビも新聞も見なくなったが、この詩が今後の人生の支えになるのではないか”と語っている」とのべた。また、光市や周南市で礒永秀雄の教え子の反応が熱烈で、「大学受験も間近なのに教科書はほとんどやらず、人生観や文学の世界のことなど情熱的に語っていた。生徒と血の通った関係があった」「自分も高校の教師になったが、いつも礒永先生ならどうするかと考えてきた」など何十年も前のことを鮮明に思い起こし、詩祭に期待を寄せている様子を報告した。

 子供達に響く礒永童話 教師や被爆者も意欲

 北九州市の教師は、童話『とけた青鬼』を小学4年生のクラスで読み聞かせした経験を紹介した。「子どもたちはすごく真剣に聞いた。感想を書かせたところ、最後に青鬼がすもうに勝ったあと、自分の命を救ってくださいと命乞いをするのでなく、みんなの幸せを願って溶けていったところにとても感動して多くの子どもが感想に書いていた。今の子どもたちがみんなのために頑張りたい、みんなで力をあわせてなんでもやっていこうという気持ちをもっていることのあらわれだと思う。『鬼の子の角のお話』も、赤ちゃんに自分の身体の一部をあげるところに感動し、自分もできることはやりたいと思ったと心を寄せ、鬼の絵を書いてみたい、猪の役をしてみたいと子どもの心に響いている。今の時代に本当に待たれている作品だと思うし、同僚教師と一緒にとりくみ、父母、祖父母のなかにもぜひ広げていきたい」とのべた。
 宇部市の教師は「3・11の大震災から人人の意識が激変しているし、子どもや教師の意識も激変していると思う。震災後にとりくまれた『原爆展物語』宇部公演を観劇した親や子どもたちが、人人のために働くスタッフの活動にうたれ、その後の原爆展や8・6集会、教育集会で大きな力を発揮している。戦後日本社会のあり方が根本的に問い直され、みんなの力で今の日本をつくりかえるんだというところで子どもたちが非常に活動的になっているし、平和の担い手になるんだという青少年運動が大きく発展している。この時代意識に立って礒永秀雄をとりくむことに大きな意義がある。不正、腐敗、権力に屈しなかった礒永秀雄精神を発揮すれば大きな運動になると思う」とのべた。
 平和の会代表の教師は「30周年から5年、社会の大きな変化があったが、礒永作品は今の時代の子どもたちに響いている。時代と結びついて発展する詩だと思う。反修詩『ただいま臨終』は、自称革命家に対する厳しい批判であると同時に、純粋に今の社会を変えようという人人の真実の心をうたっており、その詩が子どもたちにピターッとくる。また、被爆体験を学び戦争も核兵器もない社会をつくっていくんだという子どもたちの決意と“うらぶれた虎になるな”“吼(ほ)えろ虎”の詩がピターッとくる。人人のなかに深く浸透し奮い立たせていく作品であり、もっと多くの人人に勧めたい」とのべた。
 前下関市中学校PTA連合会会長の海原三勇氏は「父母や子どもに礒永さんの詩や童話を紹介すると非常に評判がよい。小学校の授業の一環で、はぐるま座の『天狗の火あぶり』もやった。詩祭のとりくみを下関のなかで盛り上げたい」と語った。
 また下関原爆被害者の会の被爆者からは、「礒永さんの詩は心にしみ入るようないい詩だといつも思っている」という意見や、「これまで礒永さんの詩は読んでいないが、この機会によく読んで、しっかり宣伝していきたい」などの意欲が語られた。
 下関市民の会からも、「自分は魚屋をしていて、これまで詩には縁がなかった。今年の8・6集会に行くとき、礒永さんの『連帯』を読んで感動した。これからしっかり読み、宣伝していきたい」「礒永さんの詩や童話から学ぶことが多い。読むことで自分の生き方を考えられる。もっと広げていきたい」などの発言があった。
 下関市会議員の本池妙子氏は「今下関では市民生活が厳しく、タクシーも商店も客がこないと至るところで話されている。そこに礒永の号外を持ち込むと、まったく礒永を知らないタクシーの労働者がハッとして『虎』や『ゲンシュク』を食い入るように読み始めた。市民のみんなの共通問題として中尾市政を変えようという運動が広がっているが、礒永の詩はその力を呼び起こすものになると思う」とのべた。
 顧問の柳田明氏は「3・11は大きな転機になっている。東北の惨状は人人の感覚を揺さぶるものであり、これからどう進んでいったらいいのかをみんなが考えている。民族の将来、人間としてどう生きるか、真実とはなにか、戦後の高度成長や教育はなんだったのかを問い直す新しい機運が起こるなかで、戦争体験から日本民族の復興のために詩人を志した礒永の作品がそれを指し示していると思う。政治家にはもはや頼れないので、医者と高齢者が結束し、戦争体験と乗り越えた力のなかに希望を見出そうと話しあっているが、それと今回の詩祭が同じ方向だと思う」と語った。

 皆で作り上げる詩祭に 内容巡り創意溢れる

 礒永作品の各層のなかでの大きな反響や今年の詩祭の意義が熱っぽく語られるなか、詩祭の内容をどんなものにするかをめぐっても創意的な意見が交わされた。
 はぐるま座からは、「『修羅街挽歌』に挑戦したい。『原爆展物語』のとりくみに参加してきた被爆者や戦争体験者の思いを代表できるような舞台をつくりたい」と出された。
 教師からは、「『とけた青鬼』か『鬼の子の角のお話』の劇か朗読を子どもたちととりくみたい」「礒永作品を読んだ子どもの感想を発表する場をつくっては? 子どもはすごく鋭い内容を書いている」などが出された。
 小中高生平和の会の高校生は、10月に2度の平和教室を予定しており、1回目は『おんのろ物語』を読んでの感想交流と感想画を描く、2回目は詩祭で発表する詩の練習をするとのべ、「平和の旅の構成詩のときのように、みんなで力をあわせてすばらしい発表ができるよう頑張る。詩の朗読は『虎』『ただいま臨終!』などを考えている。みんなの感想画も出品したい」と決意をのべた。
 原爆被害者の会や市民の会からも、詩の朗読をやってみたいと意欲的な発言が続いた。
 はぐるま座からは「参加者全体で礒永秀雄の世界を描きあげ、今の時代を変えることを願う人人に届けよう。今後私たちはそれを舞台化して、全国に持って行きたい。その全国公演のなかで、あちこちで礒永作品を朗読し鑑賞する文化運動を広げる。詩祭が全国を動かす文化運動の出発点になればと思う」と意見がのべられた。
 長周新聞社からも「礒永詩祭のとりくみは、既存の文化人が非常に低調であり、その一方で一般大衆のところですごい反響になっている。死後35年たってますます響きを増しており、これこそ本物の芸術だ。今回の詩祭は広範な大衆が主人公になって、自分が演じるとともに鑑賞し、みんなでつくりあげるものにしたい。そして大衆に歓迎される芸術運動を日本で起こしていこうという志ある人人が登場してくるような会にしたい」と発言があった。
 最後に実行委員長に選ばれた佐藤氏が、「礒永秀雄詩祭の運動を、みんなの力で壮大な運動にしていこう。全国にうって出るという観点が大事だし、そういう時代にきている。力を合わせて頑張りましょう」と力強くのべ、閉会した。次回の第2回実行委員会は10月16日(日)午後2時から、下関市の福田正義記念館。

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