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一週間後に迫る礒永詩祭
新しい教育・文化運動を推進する契機に
     礒永秀雄詩祭実行委員長    海 原 三 勇
                                  2016年11月28日付
 
 「没40周年記念・礒永秀雄詩祭」(12月3日午後1時から、海峡メッセ下関)がいよいよ1週間後に迫り、とりくみはますます熱を帯びてきている。いまわしい戦争体験をもとに日本民族の魂をうたいあげた礒永秀雄の詩や童話への共感が子どもたちからお年寄りまでに広がり、礒永秀雄の世界を舞台に蘇らせようと出演者の準備に熱がこもり、展示部門に出品する書や絵の作品も続続と事務局に届けられている。詩祭の実行委員長・海原三勇氏(元下関市PTA連合会副会長)からメッセージが寄せられたので、全文紹介する。なお、事務局では多彩で豊富な展示をより多くの人人が鑑賞できるよう、展示部門は午前10時に開場することを決めた。
 

 礒永秀雄詩祭実行委員長    海 原 三 勇
 
 礒永秀雄の没40周年を記念する詩祭が目前に迫った。全国各地の116人の実行委員のみなさん、また長周新聞紙上や号外感想などで、礒永秀雄の詩や童話についての意見を寄せていただいた方方、舞台出演や作品の展示への応募など、礒永秀雄の作品に心を動かされた関係者のご尽力に感謝したい。当日は、戦争体験者から子どもたちまで世代をこえた熱気あふれるつどいとなり、会場全体が礒永秀雄の世界を現代にいきいきとよみがえらせる場となると確信している。
 礒永秀雄は常にみずからの戦争体験に立ち返って、時流に流されることなく、平和のため多くの人人のために詩や童話をつくり続けた。その多くが福田正義主幹が創刊した長周新聞で発表されたものである。礒永秀雄が逝去した後5年ごとに開催される詩祭は、礒永秀雄にまだまだ活躍してもらいたかったと願う各界各層の人人が実行委員会を立ち上げ、その気高い詩精神を代弁しその時期の社会情勢によみがえらせようとの思いで出発したと聞いている。
 詩祭の歴史を振り返ると、その時期ごとに礒永精神の受け止め方に共通するものが大きくなっている。礒永秀雄の作品世界は詩祭ごとに奥深いものへ発展し、全国へ広げる足がかりとなってきた。私自身、前回の没35周年の詩祭で本格的にかかわったが、当時の感動が今も続いており、周りにもDVDの観賞を勧めてきた。
 5年前は東日本大震災、福島原発事故があった年であり、被爆者、戦争体験者、現役世代から子どもたちまで、礒永秀雄に勇気づけられたという意見が共通して出された。詩祭を通じて、礒永精神を共有できること、またそうすることの大切さがわかったように思う。それ以後も、礒永秀雄の作品が教材に使用され、劇団はぐるま座による「礒永秀雄の詩と童話」の上演も全国各地でおこなわれてきたが、私の校区も含めて、とくに子どもたちが奮起し、生き方を考え生活を変える糧となってきた。
 以後、5年の間に世の中の情勢は大きく変わったように思う。今回の礒永秀雄の没後40年に当たり3回にわたる実行委員会の討議を通じて、被爆者、戦争体験者、現場教師、退職教師、商店主、大学の先生など各分野の一人一人の方の意見を聞くなかで、今まで礒永秀雄を知らなかった人も含めて、礒永秀雄の世界を現代によみがえらせる意義が深まり、より深い感動が共有されていった。みなさんがお互いに自分自身のとりくみとして奔走してこられたことが伝わり、深い感動を覚えた。
 このたびの詩祭をとりくむ過程では、「一かつぎの水」の詩や「鬼の子の角のお話」「おんのろ物語」の童話に見られるような、自分だけよければ良いといった風潮とたたかい、みんなのために奉仕する無償の行為をたたえ、弱い者への思いやりやみんなを苦しめる者に立ち向かっていく礒永秀雄の精神世界に共感が集まった。
 また、第3回目の実行委員会で、とくに教育の分野で、スマホが出回るなかで、本を開いて鑑賞したりじっくり考えたり、心の余裕を持たせるというアナログの世界を蔑視する風潮がはびこるなかで、多くの教育関係者に「これは、良いとりくみだ」と歓迎されていることへの確信を共有することができた。礒永秀雄の作品とともに朗読や歌、絵画や書などさまざまな文化のジャンルを、しかも世代をこえて持ち寄る詩祭への教育の面からの期待が急速に高まってきた。
 殺ばつとした現代社会に生きる青少年は日頃、いろんな体験をして学んでいるが、本当の生きた話を読み聞くことで自分自身を変えていく。こうしたなかで、詩祭会場の展示部門では、とくに下関市内の書道教室の先生の協力を得て、子どもたちが礒永作品から好きな言葉をのびのびと書いた作品100点余りを出品することになった。
 もう一つは、礒永秀雄の平和への痛切な思いが、死後40年を経た今によみがえり、平和運動を広げる力となっていることである。沖縄からの出演、書道家や画家の出展に熱が入っていることも、そのことを確信させてくれる。
 私はこの間、市内の街頭や商店に貼られたポスターに、多くの人が関心を持たれ、立ち止まって見入る姿に胸の高なりを覚えた。こうした多くの人たちと感動を共有し、今後の礒永詩祭につなげていくことが大切だと思っている。平和運動、教育運動、文化芸術運動など、いろんな運動のなかで、礒永秀雄の作品を広げていくことが、それ独自の運動を発展させる力を強めていくことになるだろう。
 こうしてみると、礒永秀雄の新鮮な時代意識にたった作品と精神には、福田正義さんの人民に奉仕する、幾千万大衆とともにという不撓不屈の精神が入っていることを痛感する。それがこの詩人の顕彰運動、五年ごとの詩祭を単発的に終わらせるのではなく、40年間持続してきた原動力になっているのだと思う。
 戦後七一年目の年に開催するこのたびの詩祭が、被爆者、戦争体験者から現役世代、教師と子どもたち、そして文化・芸術愛好者など各界各層の人人が礒永秀雄の詩の朗読、寸劇、音楽、絵画や書などの発表、交流をとおして、平和で繁栄した日本社会を展望し、新しい時代意識に立った文化芸術の創造と、学校、家庭、地域が一体となった教育運動を推進する力強い契機となるよう願っている。また、無私の精神で誠実に働く人人の誇りを高らかにうたった礒永秀雄の世界を共有し、さらに五年後に向けて、この下関の地から全国に発信する新たな出発点となることを期待している。
 詩祭に参加された方が、見て聞いてどう感じるか。いずれにしても、これからの自分の生き方につなげてほしいと願っている。私自身これから5年ごとの詩祭を皆さんとともに築いていくために、このたびの詩祭で学んだことを日常の活動に生かしていくことの大切さを噛みしめている。

 

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