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5年後には廃村にする政治
上関町議選巡る争点
              漁協に続き町も合併・解散   2006年1月28日付
 
 中国電力の原発計画をかかえる上関町議選挙が2月12日投票と迫っている。「原発によって繁栄する」といって人人をかり立ててきたが、24年たった上関町は、すっかり中電の植民地のようになり、廃村が現実問題となっている。中電が、推進派と反対派の両方の幹部を使って町民をだまし、争わせて、町の売りとばしをしてきた仕掛けはすっかり暴露されるところとなった。原発推進で踊る町民がいなくなるなかで、祝島漁協が合併を承認し漁業権を放棄するなど、「反対派」幹部の方が乗り出して売り飛ばしが起っている。町民は中電の世話になって生活しておらず、町を成り立たせている主人公は町民である。原発計画から24年はなにを意味していたか、今度の選挙後の五年ほど先を見通した上関町はどうなるのか、この現状を打開する方向はなにか、考えてみたい。

 現状維持を図る中電 最初から「出来レース」の布陣
 町議選は20日の立候補説明会をへて、顔ぶれがそろってきた。推進派候補として予想どおり加納ミスカ辞職町長・元議員が動きはじめ、岩木和美、「反対派」看板の岩木基展、山戸貞夫、推進派の西哲夫の各氏と、柏原町長を加えて加納一族独占態勢となった。
 推進派は、説明会までに何人か名前が挙がっていた若手漁民などをあきらめさせ、説明会に戸津から来た2人は結局辞退、中電雇いの推進の会事務局長の井上氏も辞退の模様。そして室津が佐々木、西氏に「反対」派転向の外村氏、白井田が篠川、吉崎氏に復活をかけた右田氏、四代が山谷氏の9人にしぼった。「反対派」が裏切りとして不信を買っているなかで、「反対派」候補を攻撃する姿勢はまったくないし、平岡、村田氏など弱体候補をつぶして推進派の議席をふやそうという姿勢はないことを示した。
 「反対派」は早早に1人減の5人立候補を表明。推進派側はそれにこたえて「反対派」の5つのポストを保証した。はじめからの「出来レース」である。それは中電・推進派側がいまの「反対派」議員らを必要としていることを証明するものとなった。中電、県の意向の枠を一つもこえることのない柏原町政・推「反」談合支配態勢の現状維持をはかったことになる。
 選挙はこのなかで、戸津の田中氏が両組織に規制されないところで立候補する意志を表明しているのが新しい動きとなっている。
 「反対派」候補の側も、外村氏の裏切りに加えて祝島漁協の漁業権放棄問題があり、岩木氏の柏原町政与党の問題があり、反対を貫いてきた町民にとって票の持って行き所がなくなっている。それ以上に推進派の側は、加納一族支配になってしまい、町を住めないようにしてしまうなどの結果、踊るものがいなくなってしまった。選挙は、町民のいないところでやろうという、マカ不思議な、選挙の格好もつかなくなった。
 24年の中電支配の結果、1人2人の候補者どころか、選挙の仕かけを丸ごと買収し、町民から奪いとってしまうことになった。これを「さすがは金の力の中電」という人間は少なくなり、「金で買えない町民の力を見せなければ」という深い世論の流れが渦巻くこととなった。
 
   意図的に荒廃へ導く 将来示唆する24年の現実
 中電はこの柏原町政・推「反」談合の支配体制を維持してなにをやらせようとしているのであろうか。そのためには24年がなんであったかを見定めなければならない。
 いますべての町民が共通して語る問題は、人が住めない町になったということである。24年まえには、「1万人以上いた人口が7000人ほどになった」と騒いだが、昨年の国勢調査ではその半分の3700人ほどに激減した。
 離島の八島が一番悲惨で、20年まえに200人ほどいた住民がいまでは60人余り。年寄りばかりで、自然消滅か集団移住による廃村が現実問題となっている。祝島も1200人ほどから700人弱になり、蒲井、白井田、四代も半減、戸津や室津も3割以上の減となっている。
 人がいなくなると商店も疲弊したり、亡くなったりで、買い物ができない。漁業の町であるのに魚も買えないといわれていたが、そのほかの食料品にも困っている。年寄りに病院はつきものだが、奥地から柳井の病院に行くには、1日がかりのうえに交通費だけで1万円ほどかかる。
 36世帯ある蒲井の消防団はおバアさんが隊員の半数をつとめる状態。憲法は国民が等しく生活する権利があるなどといっているが、上関の年寄りは、いまやアフリカあたりの難民と変わらないのだと語っている。
 原発狂いの町政は、道路や交通の便をはかることはせず、病院や介護などの整備など、町民の生活に関心はない。30億円もかけた豪華な小学校を建てたが、町民の子弟のためというより、都会育ちの中電職員の坊ちゃん、嬢ちゃんのためといった調子。
 都会に職がなく、帰りたい若者は多いのに、住めない根本の問題は、職がないし、原発の争いがあって嫌気がさしていることが語られる。町を支える最大の産業は漁業であるが、漁協は原発推進のための組織にされ、二十数年にわたり漁業に必要な協同組合としての機能が二の次にされて、困難を強いられてきた。町の職員も平生町など町外に家を建て子どもを育てるのが流れとなっている。
 祝島の魚価は、意図的に他の漁協の半値以下に押さえられてきた。上関をはじめ、各漁協も祝島と比べればいいが、それでもよそと比べたら相当に安いまま押さえられてきた。油代も祝島は20円高かったが、上関も10円は高かった。あっちこっちにピンハネばかりがはびこって、生産者はやっていけないのである。合併は、県漁協の直接のピンハネを加重させることになり、ますます困難にさせる。農業で現金収入を得る困難はきわめて大きい。農道の整備はずっと放置状態で、徳川時代と変わらぬ人力農法。
 65歳以上の高齢化率は47・19%になる。この状態であと5年したら、上関町はどうなるか。年寄りばかりが住む各地区、とくに離島や奥地ではいまの半減以上となり、廃村が現実問題になると深刻に語られている。
 そして、町長や町議は、このような町民の生活を心配したり、町をどうするかということに関心などない。中電のいいなりで、どう嫌われないようにし、自分のポストを守り、いざというときには町外にどう逃げるかという調子である。四代の山谷町議は柳井にマンション、祝島の清水町議も平生町に一戸建てをつくっているという調子である。

 中身は町の売り飛ばし 「原発による地域振興」
 明らかに原発推進町政のこの24年、人の住めない廃村にする政治が働いてきたのである。自然にそうなったのではなく、ワザとそうしてきたのである。「原発による地域振興」は中電が推進派を踊らせる中心の文句であった。その中身は、町の売り飛ばしであり、人の住めない町にすることであった。
 原発ができないから住めなくなったのではなく、原発を建設するには人が住まないようにするという政治が働いてきたのである。町が豊かになったら文句が多く、貧乏で人が住めない方が、原発を建設したのちにはなおさら都合がいいとみなしているのである。とくに、原発が第一級の軍事施設として、すでに海上保安庁の巡視船が常時沖合に待機する態勢をとり、自衛隊が出動・警備する施設ならなおさら、上関町内は住民がいない方がよいとみなしていることは明らかである。
 さらに、これほどに上関町を疲弊させるのは、原発の問題だけではなく、いま日米間で問題になっている米軍再編にかんして、米軍岩国基地に厚木基地の空母艦載機を移転にともなって、この着艦訓練場を上関町につくる意図をもないとはいえない。八島などは廃村寸前であり、丸ごと海上に浮かぶ不沈空母として狙われるのは、じゅうぶん警戒すべきことである。
 すでに八島では、石を切り出す事業が外部業者と推進派有力者によってはじまっているが、そのような名目の土地買収が防衛施設庁の狙い目だというのはよくある話である。

 選挙後は町解散狙う 町村合併求める県
 この選挙後、中電とくに、県は柏原町政と新議会になにをやらせようとしているのか。
 祝島の漁協合併・漁業権放棄をやり遂げることが第一であろう。組合議決はしたが、県漁協は負担金徴収の段階にきて、大混乱がはじまっており、破たんは必至の状態にある。「漁協がやっていけないから合併」としたが、高資材と低魚価で苦しむ漁民に県漁協の大きな負担を強いるか、そこで漁業権裁判をおろし原発補償金をもらって県漁協が巻きあげるか、「中電の金をもらうわけにはいかない」として合併を撤回するか、漁協清算にともなってさまざまな不明朗な問題も表面化するのは必至で、一波乱も二波乱もある。山戸氏に臆面もなく立候補させ議員ポストを与えるというのは、県と推進派のバックアップでそれをやり遂げさせようという意図だと見られる。
 さらに漁業権裁判の取り下げは、共有地裁判の取り下げにつづくことを危惧しないわけにはいかない。そのほかにある共有名義となった反対派の土地も、売却問題が焦点となる。これは町内推進派にはできないことであり、反対の看板をかかげた裏切り者しかできないことである。
 このような、原発手続きにかかわる町民側の諸権利を売り飛ばさせること、それが推進派側が既存の「反対派」の五議席を無条件で与えてやる理由と見るのが自然である。
 町の運営は、財政の破たんとしてあらわれている。すでにさまざまに出していた補助金はカット、来年度の予算編成のめどは立たない。国が最近出した基準は、1万人以下の破たん自治体は、倒産企業と同じように、首長の責任をとらせ、自治体財産を売り飛ばして、整理するというものである。柏原氏が自分が犠牲を払って町を守るという、郷土愛の精神の持ち主とはだれも思っていない。
 中電と推進派は、「だから原発を急ぐ」というが、原発交付金がおりるのは着工後である。詳細調査をはじめても、土地問題などが解決してしまうメドはないし、国の安全審査の段階でも、中電が解決すべき障害はひじょうに大きい。町財政が破たんするまえに原発交付金がおりる可能性はゼロといってよい。
 町政で見ると、国と県は上関町に市町村合併を求めている。片山町長が切り捨てられたのは、国が上関町にいっさいの特別措置をとらずに合併・町の解散を求めたからであり、中電が協力金を拒否したからである。中電は、柳井市には寄付を出しても上関にはいっさい出さないし、柏原町長と議会は「協力金を要求しない」と約束することでポストを与えてもらった。議会もすっかり、中電のチルドレン議会になってしまった。
 かりに原発ができても現地に遠い柳井の方に巨額な交付金を与えた方が、その後の反発が少ないし、八島の空母艦載機の訓練場となるとなおさらとなる。中電も県も上関町を発展させる気などまったくないのだ。

 黙ってはいない町民 大衆斗争こそが力
 以上のように、原発にかんする町民側の権利を奪いとったあと、町を合併・解散させ、上関町を人が住めない廃村にしようとしているが、町民の側が、それを黙って見ていることはありえない。
 上関という一つの町は、20年ほどまえから乗りこんできた中電が好き勝手にできるものではない。上関の父祖たちの歴史を受けつぎ、現在の生産を担う人人を中心につくられてきた町である。そこには町の固有の生産のありようがあり、それに根ざした、共同体としての人人の交わり、風俗、習慣、文化をふくむ数百年をかけてつくられた歴史がある。これを、この20年余りのことで、原発だけの金もうけがすべての拝金主義でつぶすことなど簡単にできるわけがないのである。
 中電は原発をつくるために、上関の海と土地を買いにきたはずであった。しかしいまや、町長もカイライ、議員もカイライ。組合長も区長。神社地問題では、神社本庁と組んで宮司をかえさせお宮を丸ごと中電神社にして奪いとった。それは、個人情報を収集して全国ネットの企業動員で町民を脅したり買収し、まるでGHQかCIAのようなふるまいの、占領状態にしたからである。町全部を手に入れたが、その交渉もせずその対価も払っていない。ホリエモンも詐欺や姉歯建築士らの強度偽装詐欺が暴露されているが、上関こそ大がかりな詐欺である。
 上関町では、上で踊るものは我欲ばかりの町民のなかでもっとも信用のないものと見られており、上関にいる良識派は、中電の騒ぎによって陰にかくれてきた。拝金主義、投機主義に加えた人だましがはびこって、仁義も人情も捨て、疑心暗鬼をつくって、人と人との信用関係も破壊してきた。
 町議選は、推進派と「反対派」が何人対何人になるか、立候補を仕組んだ連中自体が二の次にしたことをあらわしたが、町民にとっても関心の乏しいものとなった。「オール推進」候補で、少なくなった推進派町民だけで選挙をしようというのである。しかし選挙は、すべての町民にとって町の進路をどうするか重大な関心である。中電の手下になって町を売り飛ばす政治と、町民の団結と町を町民の手にとりもどし、町の地道な発展を願う、すべての町民の対立はきわめて鋭いものとなっている。
 国、県がバックアップした中電の金力、権力による町民支配の構造にたいして、それを打ち壊す力が求められている。それはエライ指導者様にお願いしてもダメであったことは立派に証明された。もっとも偉大な力を持っているのは働く大衆であり、大衆斗争こそがこの構造を崩壊させる力である。この選挙のなかで、町民のなかで町の進路をめぐって論議を強めること、戦後60年を引きずった24年を総決算して、推進派、反対派の行きがかりを捨てて町の正常な発展を願う大衆的な力を再結集することが、この選挙における最大の課題である。

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