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60年安保斗争時と酷似した現在
1959年の長周新聞評論を紹介
              独立と平和の力を確信    2006年6月7日付

 戦後61年、日本はすっかりアメリカの植民地化が進行するとともに、アメリカの原水爆戦争の前線基地とされまたも原爆にさらされる危険すら接近している。憲法改定、教育基本法の改定などがすすみ、自衛隊を米軍に統合し日本全土を米軍の作戦に縛りつける策動が専制的にすすめられている。政治も経済も医療、福祉なども、教育も文化、メディアもアメリカの隷属の鎖に縛られている。このような現在の日本社会の状況は、戦後最大の全人民的な規模の政治斗争となった60年安保斗争に至る状況とひじょうに酷似している。現在の広範な人民の、生活要求、民主主義要求、平和要求、人民的・民族的な文化の要求など、あらゆる要求は日本がアメリカの隷属下にあり、独占資本集団がその目下の同盟者となって、日本人民を抑圧、搾取し、他国の権益を拡張して肥え太ろうとしているという根源の問題にたいして全人民的な団結でもって対決しなければ実現することはできない。今日、日本人民の政治的な力量を示した60年安保斗争はひじょうに新鮮な内容がある。60年安保斗争を準備していった1959年1月と12月の長周新聞の評論を紹介し、現在の日本社会の進路を考える糧としたい。


   戦争か平和か 従属か独立か  安保改定をめぐり危機に立つ日本
                                   (1959年12月九日掲載)
 ビルマ戦線に動員された学徒兵を描いた映画「きけわだつみの声」は、陰惨な戦争の中で軍国主義指導者の肉弾として死んでゆく学徒・大学教授などの悲劇を訴えているが、死に直面したこれらの学徒・教授たちが「こうなるのであったら、なぜ“あの時”もっとたたかわなかったか、河合栄次郎が弾圧された時でも遅くはなかった」と悔恨し、また、思想転向した一人の学生運動の経験者は、死を前にして、犬死をするのに「なぜ“あの時” 死ぬまで戦争に反対してたたかわなかったか」と、真実の人生を貫き得なかった青春の悲痛な嘆きを叫んで死んでゆく。いま、またしても“あの時”に当面しているのである。安保改定をめぐる情勢は、正に「きけわだつみの声」の中の悲痛な叫びの“あの時”である。
 どうして軍備を全廃するかということは、今世紀最大の課題である。軍拡競争が、人類の貴重な財産を無際限に浪費し、国際緊張を激化し、あげくの果ては何百、何千万の貴い生命を奪ってしまうだけであることは、もう誰にも明らかである。
 戦争という野蛮な行為をやめることができたら、人類はどんなに幸福になり繁栄するかわからないほどである。わが国は、明治以来戦争につぐ戦争をもってし、その悲惨な戦争による人民の犠牲を虚偽とぎまんによってごま化し美化して、ついに、太平洋戦争による破滅へ突入したのである。軍国主義者たちは、いまだにもって、わが国が戦争によって発展したような宣伝をつづけているが、戦争によって発展したのは大独占資本だけであったのだ。
 このことの深い反省に立って、わが国は戦争を放棄し、平和な発展を国是としたのである。平和と民主主義こそが、わが国の繁栄と、人民の幸福を保証するのである。ところが、このわかりきった国のコースを、戦後の反動支配者どもは歪めてきた。それどころか、わずか戦後七年にして、アメリカとの間に日米安保条約という軍事条約を結び、今日、この安保条約を改定して共同行動をとるための軍事同盟にしようとしている。
 安保改定がどのような内容をもっているかについては、われわれはしばしばふれてきた。しかし、岸内閣が国民の意志に反してあくまでもこれを強行する方針である以上、国民はいよいよ団結を固めて、この陰謀を粉砕しなければならないのである。

 岸内閣の軍事浪費 国民生活を根本から破壊
 たとえば、岸内閣は、アメリカの中古ジェット機・ロッキードを200機購入しようとしている。アメリカでは、ジェット機製造工場はもはや成り立たないようになっており、機は下落の一途をたどっている。ジェット機工場をどう転換するかは、アメリカの航空機資本にとって大問題なのだ。ところが、昨年、岸内閣がジェット機購入計画を発表して以来、アメリカの航空機株は暴騰した。使いものにならぬ工場が使えるからだ。だから、アメリカのジェット機関係のセールスどもが、政府関係にまみれつき、さらに、日本の航空機製造の大資本が加わって、まんじ巴の不潔な関係を現出した。これが、全部国民の血税によって賄われるのだ。
 今度のロッキード一つとってみても、その金額は約1000億円であり、かりに若干をアメリカ側の援助をうけたとしても、その負担はほとんど赤ん坊を含めてまで国民1人あたり800円以上につくのである。この金額は、山口県だけでみても12億円という金額になりほとんど県庁費の総額に匹敵するのである。さらにこれを下関市にとってみると約2億円であり、教育費の全額にあたるのである。すなわち、全国市町村の教育費は、ロッキードという古ぼけたジェット機を買うというような馬鹿なことをしなければ、全部賄えるという計算になり、したがって、現状の教育費を倍化できるということである。
 岸内閣が、いわゆる防衛費と称して、ありもしない仮想敵国をつくり上げてやっている経費は、年間1500億円以上である。この金額は、国民1人あたり、つまり赤ん坊を含めて1700円ばかりにあたる。5人家族なら1家族あたり8500円負担していることになる。
 このことは、もしも全国都道府県に還元したとなると、山口県では25億5000万円になり、県民税、事業税など一切の県税を3分の1にすることができる。また反対に、もしもこれを県民のために使うとなると、たとえば教育費総額60億円を86億円に、つまり1・5倍にすることができるし、社会・労働施設費と保健衛生費の合計を4倍にすることができるのである。
 これをまた一都市についてみれば、下関市でみると3億6000万円という金額になり、市民税を全廃したうえに自転車荷車税を全廃することができる。下関市の教育費はわずか1億9000万円であるから、これを3倍にすることができる。競艇などという犯罪など重ねる理由などまるで問題にならない。
 以上のことは、現状の予算構成を認めたうえでも、憲法違反の軍事費をやめるだけでできることである。これをみただけでも、どれくらい岸内閣が戦争気狂いで、国民生活の向上・文化の発展を犠牲にしているかがわかるのである。
 それだけならまだよい。岸内閣が準備している今日の戦争というのはどういう戦争であろうか。岸内閣が、これほどの国民に犠牲を強いているが、その犠牲の結果としてやられる軍備は、アメリカの中古ジェット機である。ミサイル時代といわれ、宇宙ロケットが月に命中し、宇宙ステーションが月の裏側を廻ってくる時代に、ソ連、中国を仮想敵国としてこういう浪費をやるというのが、どんなに馬鹿化ているかは説明の余地のないところである。
 おまけにこのソ中仮想敵国視政策が、今日ソ連との間の平和条約、全面的な貿易・文化の交流を妨げ、中国との間の一切の関係を断絶せしめているのである。
 これらの非生産的浪費によって国民はぼう大なる犠牲を強いられるだけであるが、これで利益を得るのは、岸信介一派の汚職政治家と大独占資本だけである。

   岸内閣のめざすもの
 岸内閣は、このような戦争政策、緊張激化政策に夢中である。それは、単純な、汚職と軍需工場による“あぶくの利益”を得るということだけではない。それは、岸コースともいうべきひとつながりの体系をもっている。
 それはいうまでもなく独占資本のみの利潤追求という道であり、独占資本による支配である。荒廃のさ中につき落とされたはずの敗戦日本が、わずか14年間にしてその生産力が戦前をはるかに上廻り独占資本のみが肥え太っているというのも、労働者をはじめとする農民、中小企業者その他一般勤労人民の血のにじむような犠牲の結果以外の何ものでもない。
 独占資本は、アメリカ帝国主義の目下の同盟者となることによってアメリカ帝国主義者に援けられ、アメリカ帝国主義の指令に忠実に従うことで、彼ら自身を復活強化し、人民を支配してきた。アメリカ帝国主義は、日本独占資本を下馬としつつ、日本を極東の軍事戦略拠点とし、ここを足場にソ連、中国、朝鮮などへの侵略計画を忘れる日がない。独占資本はこのアメリカの野望に従うことで、かつての「大東亜共栄圏」の見果てぬ夢を見つづけている。朝鮮戦争、ベトナム戦争、台湾海峡事件などはその現れである。
 アメリカ帝国主義にとっては、日本が軍事基地であるだけでは不十分でありNATOのようなアメリカを盟主にする軍事同盟が必要であり、それによって行動を共にする目下が必要なのである。すでに極東においては、米韓、米台、米比の軍事同盟ができあがっており、米日軍事同盟が完成すれば、これらを結びつけて、対ソ中包囲鉄環が極東に完成するわけである。直接の対ソ中軍事行動が困難な今日では、極地限定戦の形態で、韓国、台湾、日本などが軍事緊張をつくり出し、軍事衝突を起こすことがもっとも望ましいのである。このようなアメリカの要請が今日、安保改定となって現れているのである。
 アメリカのこの要請に最も忠実な岸内閣は、早くからしめされているアメリカの要請に応えて、すべての政策を統一してすすめているのである。
 それは第一に、国内体制の全面的な反動化であり、とくに官僚支配体制の強化である。また憲法改悪へ向けての陰謀である。とくに国内暴力装置を強化し、一方では教育の反動化のために狂奔している。
 それは第二に、全産業の企業合理化をすすめ、労働者、中小企業などの直接の犠牲の上に、彼らのみの繁栄と海外進出を実行に移しつつある。
 それは第三に、国内のアメリカ軍事基地へミサイルなど核兵器の持ちこみを許し、自衛隊の拡充と核武装化を強力にすすめている。
 それは第四に、ソ連、中国、朝鮮、ベトナム共和国などへの驚くべき野蛮な敵視政策をとり、緊張激化につとめている。そのためには、国民の強い要望である日中漁業協定、貿易協定、文化協定などを事実上不可能にし、国交回復どころか恥ずべき誹謗をこととしている。
 このようなことは、当然にも、アジアと日本自体の平和を脅かし、アメリカ帝国主義に軍事的、政治的、経済的に従属することで、日本の民族的独立を売り渡すことになっているのである。岸首相や藤山外相のたぐいは、口を開けば「中国を敵視していない」というが、アメリカに日本中の重要な基地をあたえ、それと軍事同盟を結んで、ソ連、中国、朝鮮などへ向けて、原子兵器の砲列をしき、「敵視していない」もないものであるし、ましてや「政治と経済は別」などということは、考えてみるほどもない馬鹿化て破廉恥ないつわりである。
 要するに、岸内閣のもとでは、ソ連、中国、朝鮮などアジア諸国との間に平和な友好関係をうちたてることはできないし、国民は不断な“戦争への危機”に脅かされざるを得ない。同時に、アメリカの軍事戦略の一部分として、民族の独立は完全にふみにじられたままである。
 すなわち、事態は、日本の支配層の利害感覚が、すでに日本国民の民族的な利害感覚と完全に離れていて、アメリカ帝国主義者の利害感覚と一致していることを明らかに物語っているのである。そのことによって、民族的な利害は完全に日本の支配層によってアメリカ帝国主義に売り渡されているのである。安保改定が、そのような角度から企まれていることこそ今日それが最大の民族的危機の切迫として重視されているのである。

  全愛国国民の団結のみが勝利への鍵 思想信条をこえて
 すべての愛国者は、いまや団結しなければならない。安保改定の問題は単純な、一時的な、小さな政策上の問題ではないのだ。それは、国と人民のコースを決定する重大な分岐点である。
 アメリカ帝国主義への従属を深めて、アメリカと軍事同盟を結び、戦争へ向けて緊張激化の道を歩むか? 民族の独立をかちとって、いかなる国にも従属せず、互恵平等、平和共存、相互不可侵など平和五原則に立って、平和の道を歩むか?
 このいずれを選ぶかは、主権をもつ国民に属している。ところが岸内閣は、圧倒的多数の国民の要求をふみにじって、いま、前者の道へ国全体を押しやろうとしているのである。そのために彼らが選んでいる手段は、アメリカとの間での秘密接衝であり、国会内の多数決であり、権力と暴力装置による国民の運動の弾圧であり、国民の統一と団結に分裂のくさびを打ちこむことである。

 既に政府は全分野で進めている
 政府は、全政策を各個別別のように見せかけているが、前にもふれたように、安保改定を頂点として全分野にわたって勝手に政策をすすめているのである。したがって国民の安保改定に反対するたたかいは、これらの全戦線によってたたかわれねばならず、これら全戦線にわたってのたたかいがそれぞれ独自にたたかわれると同時にそれらの、内面的な諸関係を結びつけつつ全戦線の統一をはかることが何よりも重要である。
 たとえば、日中国交回復の運動は、友好運動をさまざまに発展させつつ大きく拡がっているが、この運動は安保改定が抜きさしならぬ障害であることを明らかにしつつあり、この運動自体として安保に反対する力となりつつある。
 反動教育の一連のコースから子どもを守り、平和と民主主義の教育を守るたたかいが、安保改定に反対するたたかいに深く結びついていることは明らかになっており、安保改定者たちが民族の教育の将来をどのように歪めようとしているかを国民の前に明確にしつつある。水爆に反対する運動、平和を守る運動も、その運動の発展は日本の核武装化の問題、日本を極東の原子戦略基地にする問題に直接当面しないわけにはいかなくしているのである。
 全産業にわたる合理化の問題も同様である。
 同時にまた独占資本の合理化と裏表の関係にある独占物価のつり上げは、全人民に加えている圧迫であるが、これらの物価値上げに反対するたたかいは、労働者に賃金との関連においても、独占資本の安保改定をめざす野望を浮きぼりにしつつあるのである。
 マスコミが、独占資本の支配の道具となっており、これが、きわめて巧妙に、米日反動層の全戦線にわたる世論の歪曲をやり、安保改定へ向けて組織しつつあることも、たたかいの中で明らかになりつつある。また、西尾一派が、米日反動の指令に忠実に、安保改定を阻止しこれを破棄しようとする人民の困難なたたかいを分裂させるために、巧妙な仮面をかぶってまかり出ていることも、このたたかいのなかで暴露されている。
 これらの諸情勢を分析して、安保改定阻止破棄山口県民会議は、全県民の中でのさまざまの戦線でのたたかいを独自的に発展させ、その内部関係を明らかにし、全県民のエネルギーを結集することを目指して、10日の第9波に全県的な規模で討論集会を組織する。この集会へ向けて、それぞれの地域でのさまざまな行動が組織され、運動を鋭く反映させることは、いまきわめて重要なことである。
 安保改定を阻止し、廃棄するたたかいは、決して容易なものではない。しかし、このたたかいを勝利させるかどうかは、愛国国民の団結いかんにかかっている。分裂主義とたたかい、平和・独立・民主・中立・繁栄をのぞむすべての国民が、政党政派、思想信条にかかわりなく固く団結してたたかうなら必ず勝利することができるだろう。反対に、国民が団結せず、小異にこだわり、あるいは分裂主義者たちにあざむかれるなれば、必ず敗北するだろう。
 重ねていう、安保改定の問題は民族の運命にとってまことに重大な問題である。いまここでたたかいにひるむことは、悔いを千才に残すことである。かって、われわれは日本の戦争政策に決定的にたたかい得なかったことで、国を破滅に導くことを許し、いく百万の親兄弟・夫息子を殺し、家財を焼き払われたのである。いま、すべての愛国者は、勇気を持って、この習慣に民族の破滅への道の転落を防ぎとめねばならないし、そのことが可能な時期に立っている。
 

   安保条約を廃棄せよ
         原子戦略への道 安保改定が目指すもの    (1959年1月1日掲載)

 日中関係の破壊から勤評に露骨にあらわれている反動文教政策、労働運動の弾圧、さらには警職法の改悪、独占禁止法の事実上の空文化など、昨年中のあわただしい動きは、帰するところ日米安保条約改悪、憲法九条の戦争放棄条項の改悪など、日本をアメリカを中心とする極東原子戦略に公然と組みこもうとする軍事冒険政策への道行きにほかならない。しかも、憲法は事実上じゅうりんされつつあり、安保条約は、国会にすら発表せずにアメリカとの間に改定交渉を急ぎつつある。岸内閣のこういう一連の売国政策は、いまや全国民の前に暴露されてきた。今年の劈頭からの全愛国勢力・全民主勢力のさし迫った課題が「安保条約の改定反対・廃棄」を中心とする岸内閣と別個の平和・独立・民主・生活の安定の政策によるたたかいであることは当然であろう。
 1951年9月―すなわちいまから7年前に、この条約は、いわゆる単独講和がやられたときにアメリカとの間に結ばれたものである。実際にはアメリカは安保条約の締結を不可欠の条件にして、サンフランシスコ講和会議をもったというのが正しいのである。そしてこの安保条約には行政協定がさらにくっついて、アメリカ軍による日本占領の継続、日本におけるアメリカ軍の勝手な行動を合法化しているのである。
 この条約は、その前文でヌケヌケと日本が自国にたいする武力攻撃を阻止するために「日本国内及びその付近にアメリカ合衆国がその軍隊を維持することを希望する」と書いている。これによれば日本国民がアメリカ軍に「おって貰いたい」と望んだことになっている。こういうバカバカしいことを誰も考えはしない。こういうことを考えたのは、占領中にアメリカの庇護によってその勢力を拡大した日本の独占資本であり、その代弁者の吉田茂であった。彼らは当時、いわゆる“あきす論”なるものを発明して、アメリカ軍が撤退するとその留守に泥棒がはいるといったり、また“真空論”なるものも発明して、アメリカ軍がいなくなると真空になるともいった。こういう子どもだましのようなつくり話で、戦後日本が独立国として新しい平和と民主主義の道を進むことを完全に妨げたのである。
 他国の強大な軍隊が駐留しているという独立国があり得ないことは、いろはである。家家の中に武器を持った他人が威圧している状態を、何と理屈をつけてみても“独立した家”といえぬことは漫画を読む子どもでも理解するところである。
 日本の独占資本は、あの全国民を苦難の中にたたきこんだ太平洋戦争の首謀者の一人であり、天皇制支配機構の一翼としてしこたま儲けたにもかかわらず、戦後は、アメリカ占領者と結託してその復活をはかると同時に、その目下の同盟者として、アメリカ帝国主義とともに日本人民の支配者としてのぞんでいるのである。
 だから、武装を解除された彼らが何よりもアメリカ軍に期待することは、人民の反抗が高まることにたいしてであり、そのために彼らは、安保条約の中で「日本国における大規模の内乱及び騒じょうを鎮圧するため、日本政府の明示の要請に応じて与えられる援助を含めて」アメリカ軍隊が出動することを規定しているのである。
  
  軍事冒険への猪突
 さて、このような条約は、完全に廃棄されねばならない。この条約には改定することで若干でもよくなる余地は全然ないのである。ところが岸内閣は、国民の安保条約にたいする不満を巧みに利用して、何か改定することによって改善されるような幻想を与えつつ、アメリカとの間にその交渉をすすめているのである。そこに、藤山外相のいい分が、たとえば「双務協定にする」とか「内乱にアメリカ軍を使用しないようにする」とか「軍事行動については日米間で協議する」という風な表現で、まことにまぎらわしく偽装をこころみているのである。
 ところが、すでに暴露されているように「双務協定にする」ということが、実は、憲法をふみにじってやってきた自衛隊の戦力がすでに戦前をはるかに上廻るものになっており、アメリカの原子戦略にはっきり日本を組みこんで、アメリカの指揮下に共同軍事行動をとるということであって、より一層危険な道に踏みこむことにほかならない。
 「アメリカ軍を内乱に使用しない」ということも、アメリカの援護のもとに増大した自衛隊ならびに全警察をふくめた暴力装置が、すでに日本独占資本にとっては人民弾圧に十分な力をもってきたことのためで、国民感情を刺激するような「アメリカ軍の内乱出動」を避けることが、米日反動勢力に便利であるからにほかならない。
 これを要するに、戦後、アメリカ帝国主義と結びついた日本独占資本は、アメリカの力を借りて復活し、アメリカの目下の同盟者となって日本国民の支配をつづけてきたが、いまやアメリカが戦後一貫してそれを要求してきた日本の軍備がアメリカのほぼ満足すべきところまで充実してきたので、米日反動間で、国民感情を利用しつつ、新たなる軍事体制にはいろうとしての改定計画なのである。かって重光外相が安保改定問題で渡米したときには、「自衛隊をもっと増強せよ」と一言のもとにダレスに蹴られたことは、まだ耳新しいことである。
 アメリカ帝国主義は日本の独占資本にたいして指揮者としてのぞんでいるが、日本の独占資本もまたアメリカ帝国主義を利用しつつこれら相互の間には一定の矛盾をもちつつも、アメリカはその極東原子戦略体制をすすめることで日本を重視しており、日本独占資本はアメリカの下馬となることで、自己の帝国主義的復活を考えている。これらの政策の犠牲になるのは日本国民であり、同時に、アジアの平和を愛好する諸国民である。
 今日、安保条約の改定が日程にのぼっているという事実は、日本の独占資本が、新たなる軍国主義政策の積極的な道に立ち、アメリカの企図する極東原子力戦争への戦略体制の重要な一環として、日本の軍国主義化を急いでいることを証明している。
 これらの目的のために、日中間の一切の友好関係を破壊して貿易・漁業・文化の交流などを杜絶させ、国内において反動文教政策から警職法の改悪、労働組合の弾圧、ジェット機の機種問題のような軍事生産の増大、自衛隊の戦力の増大、防衛庁の国防省昇格、内務省の復活、核武装、防諜法の制定をふくむ反動政策の強行となって現れているのである。安保条約の改定・憲法の改悪=東北アジア軍事同盟の結成を頂点とする日本の滅亡的冒険主義との斗いに向けて、一切の国民の政治目標を明確に位置づけること、その斗いのため統一戦線を組織することが不可欠の課題であろう。

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