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8・6広島行動へ大合流を
日本を核の戦場にさせぬ
               峠の時期の運動全国へ    2013年7月19日付

 広島に原爆が投下されて68年目の8月6日が迫っている。アメリカは第二次世界大戦末期、日本の敗戦が決定的であったとき、広島・長崎のなんの罪もない人人の頭上に、原爆を立て続けに投げつけ、瞬時に幾十万もの人人を殺りくした。広島、長崎に原爆を投下したアメリカの行為は、人類への許しがたい犯罪である。その残酷な情景は年を経るごとに、例えようのない怒りとともにまざまざと蘇ってくる。安倍政府がアメリカの核戦略のお先棒を担いで、戦争の反省を踏みにじり憲法改定やアメリカ下請の国防軍創設を叫び、日本全土を原水爆の火の海にする危険にさらそうとするなかで、アメリカに原爆投下の謝罪と核基地の撤去を求め、「広島、長崎をくり返すな」の世論が民族の怒りとなってわき立っている。これを一つに束ねて8・6広島行動に大合流させ、全国民的な基盤を持つ原水爆禁止運動を全国隅隅に押し広げ、世界へ発信することが期待される。
 人類史上もっとも凶悪な無差別殺人の核兵器をまともに人間の頭上に投げつけたのはアメリカだけであり、投げつけられたのは日本人だけである。アメリカは今なお原爆を使用したことを謝罪しないばかりか、逆に「正義のためであった」と開き直ったままである。そのうえ、臨界前核実験やエックス線を使った実験をくり返し、最新鋭の核ミサイルや核搭載のできる戦斗機、無差別殺傷の無人機などを開発するなかで、原爆の先制使用を公言、とくに日本への配備を強めてアジアでの緊張をつくり出している。オバマ政府の「核のない世界」「核削減交渉」なるものが核兵器を排他的に独占し、使用するためのペテンであることがすっかり暴露されている。
 オバマ政府は「東アジア・太平洋重視」の新たな核戦略のもとで、日本全土に迎撃ミサイルを配備、核兵器を搭載する戦斗機や軍艦を集積させるなど、中国、朝鮮、ロシアなどに向けた核出撃基地にする動きを加速させている。それは、アメリカがグアムなど「安全地帯」に退く一方で、日本列島をアメリカ本土を守る盾にしようとするものであり、日本国民を報復ミサイルの標的にさらし、国土を原爆の廃虚にしようとする危険極まりないものである。とくに岩国を中心にした被爆地広島周辺の軍事基地・施設を拡充し、広島湾岸一帯を核出撃の拠点にしようとする屈辱は断じて許すことはできない。
 しかし、安倍政府はこのようなアメリカに媚びへつらい、NPT(核不拡散防止)会議では核兵器廃絶を求める署名を「米国の核の傘下にいる以上米国の核所有には反対できない」といって拒否するなど、恥ずべき売国的な態度をとっている。それは国民の声に耳を貸さず沖縄の新基地建設や岩国への核搭載艦載機の大量移転、「ミサイル防衛網」の強化、日米合同演習に犬馬の労をとり、イージス艦の増強などに拍車をかける策動が、アメリカの核戦争のためであることを自己暴露するものとなっている。
 安倍政府が憲法改定を叫び、「尖閣問題」を口実に自衛隊を米軍にならって海兵隊化するなどして中国や北朝鮮との武力対決を買って出たり、橋下大阪市長の「慰安婦発言」などアメリカに媚びを売り朝鮮人や女性を侮蔑する馬鹿げた姿に、被爆者・戦争体験者は原爆も戦争も知らぬ政治家がアメリカのいうがまま戦争に踏み出し、再び原爆の惨状をもたらそうとするのをあけて通してはならないとの思いを募らせている。
 「原水協」や「原水禁」の潮流は今では、オバマの擁護者となって被爆市民に敵対し、朝鮮や中国との対立を煽ることで戦争への道を掃き清める役割を果たし、大衆からまったく見離されている。
 原爆を投下し独占してきたアメリカがすべての国に先んじて原水爆を禁止しなければ、世界中の核兵器は廃絶することはできない。また日本民族にとって朝鮮、中国の植民地支配から中国との戦争に乗り出し敗北した歴史の厳しい教訓からも、アメリカの属国となってふたたび中国と戦争したり、アジアを戦場にするのは愚かなことである。近隣諸国と友好・連帯関係を主導的に強めることこそ民族の誇りである。

 単独占領の為大量殺戮 米国の原爆投下

 原爆投下は「無謀な日本軍国主義から日本国民を解放し、戦争を終結させるため」ではなかった。アメリカが原爆を投下し、沖縄戦や都市空襲で日本全土を焼き尽くしたのは、当時のソ連を脅しつけて日本を単独で占領支配するためであった。このことは、なによりも独立が踏みにじられた日本社会の現状が、はっきり証明している。
 アメリカは日露戦争前後から日本侵攻を計画し広大な中国市場を獲得する足場にしようとし、第二次世界大戦で日本を挑発してそれを貫いた。中国での戦争で完全に敗北した天皇制軍国主義はみずからの支配的地位の延命をはかるために1941(昭和16)年、負けるとわかっていたアメリカとの戦争につき進んだ。
 早いうちからアメリカに制空権も制海権もとられ、兵士を乗せた輸送船は海の藻屑とされ、中国でも南方でも兵士は飢えと病いに倒れていた。アメリカはこうしたなかで、沖縄で20万人を殺し、日本の都市という都市を空襲で焼き、1945年8月、広島と長崎に原爆を投下したのである。
 天皇を頂点とする支配体制が国民の憤激によって覆されることを恐れた日本の支配層は「一億玉砕」を叫んで、国民をアメリカによる民族絶滅の無差別殺りくにさらし、民族の利益のすべてを売りわたすことで、アメリカに認められ目下の同盟者として、その支配的地位を保障された。
 アメリカは日本を長期にわたって植民地支配で縛り付けるために、サンフランシスコ講和条約とともに、安保条約を締結させ、本土と沖縄を切り離してひき続き占領状態を強いてきた。それは沖縄や岩国などの核兵器を配備した基地を根幹に、日本の権力機構を通して抑圧支配するものであった。そのもとで日本の国家主権を奪い、産業・社会を丸ごとアメリカに売り飛ばし、日本の冨を奪い尽くす今日のTPPに通じる体制が築かれてきた。
 アベノミクスは破綻した小泉改革の新自由主義の二番煎じであり、アメリカのヘッジファンドと一握りの大企業だけが富を手にする一方、勤労大衆にはかつてない失業と生活の困窮を押しつけ、貧富の格差をさらに拡大するものであることが暴露されている。
 そのうえ、「カネだけではなく、ヒトを出せ」というアメリカの要求にこたえて、子どもに英語を押しつけて民族的な魂を抜き、冷酷な個人主義を植え付けて殺人が平気でできるような今日的特徴を持つ軍国主義教育を推し進め、戦争ができる体制づくりに拍車をかけている。
 福島原発事故とその処理をめぐる顛末は、地震列島に54基もの原子力発電所をつくらせたのは広島、長崎の被爆体験を抹殺してきた原爆投下者とそれに隷属した売国勢力であり、その残虐性の延長であったことを教えている。安倍政府が東北被災地では棄民政策をとり、福島原発事故の原因究明も収束もできていないのに、アメリカの指図で圧倒的な国民世論を踏みにじって原発再稼働を強行し、諸外国に売り込む役割を果たしているのは、そのなれの果てである。そのうえ、山口県上関町で原発の新規立地の実績をつくるために水協法を踏みつけにして、祝島の漁師に埋め立て補償金をねじこむという常軌を逸した策動が暴露されている。
 同時に、こうした米日支配層による横暴な振舞は一方で、国民的基盤を失った支配階級の統治能力の喪失を万人の目に焼き付けており、第二次世界大戦と原爆投下によるアメリカの占領と植民地支配からの脱却にこそ日本民族の活路があることを示すものとなっている。
 全国のいたるところで政府・官僚、マスメディア、御用学者に頼ることはできないと、社会の主人公である勤労者がみずからの手で生産を振興し、雇用を創出するために地域共同体の連帯・団結を強め建設的な行動に立ち上がっている。労働者、農漁民、商工業者、医療関係者、青年学生、婦人、文化人・知識人らが連携してTPP反対、原発再稼働反対の運動を発展させている。これらの運動は植民地支配からの脱却を求め、売国政策に反対する旗印を明確にし、安保斗争のような全国的な政治斗争を求める大衆的な基盤を拡大して発展している。
 このような人民運動の新たなうねりを、「アメリカ政府は原爆投下の謝罪をせよ!」「原水爆の製造、貯蔵、使用の禁止!」「アメリカは核を持って帰れ!」「日本を中国、朝鮮への核出撃基地にするな! 米国の核戦争の盾にするな!」を高く掲げた全国民的な原水爆禁止運動に合流させることが、重要な課題となっている。

 原爆展運動大きく発展 50年広島斗争が原点

 1950年、米軍占領下の広島から始まった原爆反対のたたかいは、思想・信条、政党・政派を超えた全国民的な原水爆禁止の出発点となった。原爆詩人・峠三吉が活躍したこの時期の運動はたちまち全国に広がり、国際的な影響を広げて朝鮮やベトナムで原爆を使わせない力をつくった。
 この十数年来、この1950年8・6斗争の原点に立ち返った「原爆と戦争展」運動が全国のすみずみに広がり、被爆者の新鮮な怒りを共有し、若い世代が受け継ぐ運動として生命力を持って発展してきた。
 今年に入って、広島、長崎をはじめ全国各地で、被爆者が生生しい体験を子どもたちや若い世代に語り継ぎ、新鮮な怒りを共有し、二度と同じ目にあわせてはならないと決意しあう活動が、かつてなく熱を帯びて広がり発展してきた。子どもたちや学生たちもこれまでになく真剣な眼差しでその思いを受けとめ、積極的に行動に移している。学生は大学教員の支持のもと、原爆展スタッフやポスター行動に参加するなかで、新しい平和の担い手として登場している。
 被爆者、戦争体験者に学び、鉄棒逆上がりやかけ算九九の全員達成を通して、自分中心ではなくみんなのためにがんばる子どもを育てることで、「自由・民主・人権」を掲げたアメリカ仕込みの軍国主義教育をうち破り、戦争に反対する教育運動が急速に発展。教育関係者の熱い支持と注目を集めている。
 各地の「原爆と戦争展」は、町内会、遺族会、民生児童委員、医師会、商店、会社・企業、また教師や保育士など教育関係者、大学教員、学生、留学生、文化人、宗教者など各界各層の熱い期待と支持、共感のもとに、さらに幅広く層の厚いとりくみとして発展している。
 1950年代、京都大学の原爆展運動や沖縄の琉大原爆展を担った世代が、当時の国民的規模の原水禁運動、本土と一体となった復帰運動を継承する運動の存在と発展に心から共鳴し、「原爆と戦争展」に協力し、はぐるま座公演の先頭に立って奮斗する状況が各地で生まれている。
 一方、思想の根底からアメリカの原爆投下に感謝し、擁護して、原水禁運動を内部から攪乱、分裂する役割を果たしてきた修正主義、社会民主主義の潮流は依って立つ大衆的な基盤を失うなかで、峠三吉の時期のような私心のない運動を継承する勢力こそが幾千万大衆を主人公とする新生の運動を勢いよく発展させていることが鮮明になっている。
 このような運動を全国に押しひろげ、民族の切実な課題に応えて誠心誠意奉仕する活動者を形成、拡大することに熱い期待が寄せられている。
 今年の広島にはこうした情勢を反映して、全国からかつてなく高い問題意識を持った人人が現状の打開の方向と行動を求めて、学習に訪れる。そのような期待にこたえて、八・六広島集会を頂点とした広島行動にこの間の運動の成果を携えて、世代をこえて幅広く結集し、大きく勝利させることが求められている。

 広島の8・6へむけた行動 全国の運動を大合流

 8月に入って、広島では次のような行動が展開される。
 第12回広島「原爆と戦争展」が1日(木)から6日(火)まで、広島県民文化センター第2・3展示室(地下1階、中区大手町1丁目)で開催される。全国的に原爆と戦争展パネルを使った展示活動を広げようとの機運が高まっている。また、5日(月)午後4時ごろから、同会館で全国の被爆者、平和愛好者による交流会がおこなわれる。
 さらに、「原爆と戦争展」運動の10年を記録した劇団はぐるま座の『峠三吉・原爆展物語』も同会館ホールで、5日(月)午後2時からと午後6時からの昼夜2回公演で開催される。
 平和公園では、七月は毎週土曜・日曜、八月は六日(月)まで毎日、青年学生が主体となった原爆展キャラバン隊による「原爆と戦争展」の街頭展示が原爆の子の像前で開かれる。例年海外からの参観者も多く訪れ、国際連帯の重要な場となっている。
 8月5、6日には山口県の小中高生平和の旅が広島を訪れ行動する。5日午後1時から、平和公園で結団式をおこない被爆者から体験を学ぶ。6日午前10時から原爆の子の像の前で平和集会をし、原水爆禁止広島集会で構成詩を発表する。
 8月4、5、6の3日間、広島市内で広島の被爆市民の本当の声を訴える複数の宣伝カーによる宣伝活動がおこなわれ、広島の本当の声を全国、海外から訪れた人人にアピールする。
 8月6日にはこれら一連の行動を総結集して、原水爆禁止広島集会(原水爆禁止全国実行委員会主催)が午後1時から、原爆と戦争展会場と同じ広島県民文化センターで開催される。集会には、戦争体験者から子どもたちまで世代を超えて参加。広島、長崎、下関の被爆者の発言をはじめ、沖縄、岩国の基地撤去のたたかいや青年学生の意見発表、劇団はぐるま座の詩の朗読、小中高生の構成詩などが予定されており、新しい広島アピールを採択。集会後、子どもたちの詩の群読を先頭に市内を整然とデモ行進して、広島の被爆市民の真実の声を訴える。
 毎年の八・六行動は広島市民がもっとも共感と信頼を寄せる運動となり、広島の声を発信する最大の平和勢力として展開されてきた。今年は、広島市民をはじめ、長崎、沖縄、下関・山口県をはじめ全国の被爆者、戦争体験者はもとより、これからの運動を担う教師ら現役世代、青年学生の大交流が実現し、全国的に新鮮な運動を速度を速めて広げる契機となることは疑いないものとなっている。

スローガン

◎広島、長崎の新鮮な怒りと戦争の真実を若い世代に、全国、世界に伝えよう!
◎アメリカは原爆投下を謝罪せよ!
◎原水爆の製造・貯蔵・使用の禁止!
◎アメリカは核を持って帰れ!
◎日本を中国、朝鮮への核出撃基地にするな! 米国の核戦争の盾にするな!
◎自衛隊をアメリカの下請け軍隊にするな! 戦争の反省を覆す改憲策動を許すな!
◎原爆製造につながる原子力発電所の運転と建設を中止せよ!
◎中国、朝鮮、アジア近隣諸国と敵対でなく友好を!
◎峠三吉の時期の私心のない運動の原点に返り、平和勢力は大結集し、力ある原水禁、核戦争阻止の運動を再建しよう!

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