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8・6広島に平和の力大合流へ
原水爆禁止広島集会
              新鮮な民族の怒り発揚    2011年7月8日付

 原子爆弾が広島、長崎に投下された夏から、66年目を迎える。原爆は歴史上もっとも残虐な兵器である。この兵器を頭上にまともに投げつけられたのは広島と長崎だけである。日本人だけが、日本の何十万もの罪のない老若男女だけが原爆によって焼き殺され、生き残った者も癒すことができぬ傷を負って命を縮めてきた。アメリカにいわれるまま地震列島に五四基もの原発をつくり、とうとう引き起こした福島原発の事故は、原爆で虫けらのように殺された日本人が、戦後も虫けら同然の扱いだったことを示している。そのうえ、日本をアメリカの原水爆戦争の盾にして壊滅させかねない事態が進行している。独立と平和・繁栄、核兵器の廃絶を求める世論は日本全土で渦巻き、若い世代が行動を求めて立ち上がっている。新しい平和勢力を大きく結集し、広島、長崎と全国を結びつけ壮大な原水爆禁止運動を再建・発展させることは、民族の命運をかけた課題となっている。
 第2次世界大戦の末期、日本の敗戦はもはや決定的であり、軍事的勝敗を決するために原爆を使う必要はまったくなかった。日本の制空権、制海権はアメリカが完全に握り、沖縄戦で、本土の各都市で老人、婦人、子どもたちが米軍の艦砲射撃、焼夷弾による空襲、機銃掃射によって虫けら同然に殺され、逃げまどう日日を送っていた。
 満足な武器も食糧も持たされぬ兵隊を乗せて戦地に向かう輸送船は、待ち伏せたアメリカの潜水艦によって次次に沈められていた。中国やビルマでは敗北の行軍が続き、南の島で散り散りになった兵隊はジャングルをさまよい、飢えや熱病で無念の死を強いられていた。
 日本の支配層は、国民には「一億玉砕」「徹底抗戦」へとかり立てながら、みずからは「国体護持」をこい願い「米英との和平」を追求する一方で、国民を守るのではなくアメリカが国民を殺すにまかせていた。
 国際的には、すでにヨーロッパ戦線ではナチスドイツが降伏し、戦後世界をめぐる駆け引きが主要な関心となっていた。
 アメリカが原爆を製造し、日本をその標的にしたのは、戦争を終結するためのやむを得ぬ行為などではなく、戦後世界を制覇する野望からであり、ソ連や天皇を脅し、日本を単独占領するためであった。そのためにアメリカはヤルタ会談で定められたソ連の参戦(8月9日)を前に、なにがなんでも原爆を投下しなければならなかった。そして周到な計画と訓練のうちに、人類最初の2発の原子爆弾を日本人の頭上めがけて投下したのである。
 原子力発電所はアメリカの原爆開発計画(マンハッタン計画)の途上、原爆の原料であるプルトニウムを原子炉でつくるときに生まれる、膨大な熱を利用することによって生まれたものである。北朝鮮やイランの核開発といって騒ぐときに問題になっているのは原子力発電所である。原発は電力を生産するだけではなく原爆の材料であるプルトニウムを生産する軍事工場として国際的に扱われている。
 爆発した福島第1原発はアメリカGE社の製造である。日本の原発建設は、原爆に対する強い怒りをかき消すという意図をもって、「原子力の平和利用」というかけ声で、アイゼンハワー大統領が指図し、読売の正力松太郎、自民党の中曽根康弘などが旗振りとなってすすめた。
 大事故を起こすとわかっている地震、津波の国に原発をつくること、そして事故の用意は何もなく、事故が起きたらあとの放射能の拡散に対する対応はない。政府、東電というものが現在も、国民の生命、安全を守る意志は毛頭ない現実を直視しないわけにはいかない。原爆投下から原発列島化は、戦後の売国政治を象徴的に示している。
 戦時中、米軍は「日本人は人間ではない」とサルか虫けらと見なし、「殺せば殺すほど貢献する」と兵士をあおって沖縄戦、全国空襲、戦地で非戦斗員を無差別に殺りくし、眉一つ動かさずに広島、長崎に原爆を投下した。菅政府の福島第一原発の事故対応も直接にアメリカが指図しているものであり、国民を虫けらのように見なす冷酷さは、320万人もの国民を殺した第2次世界大戦からつながるものである。

 日本基地に核戦争企む米国 原爆投下し乗込み

 原爆を投下して日本に乗り込んだアメリカは一貫して、「原爆投下によって、日本軍国主義の無謀な戦争の終結を早めることができた」などとみずからの蛮行を正当化し、天皇と日本の支配層を目下の同盟者にして、核兵器を根幹に米軍基地を日本全土にはりめぐらした。そして、「民主的改革」といって日本の財界、政界、官界などを民族的な利益を根こそぎアメリカに貢ぐ植民地的構造に再編した。そのうえで、圧倒的な核兵器を誇示し、日本を出撃基地にして朝鮮、ベトナム、アフガン、イラクなど侵略戦争につぐ侵略戦争を重ねてきた。
 オバマ政府は2年前、「核のない世界」の演説をしたが、たちまち化けの皮がはげた。実際には4000発以上の核弾頭を貯蔵して核兵器の独占を強め、中国、朝鮮、ロシア、イラン、シリアなどを名指しで核攻撃の対象にすることを公言し、臨界前やプルトニウムの効力を確認する核実験をくり返しておこなうなど新型核兵器の開発に拍車をかけている。
 オバマの「核のない世界」は「他国が核兵器を持つ限りは、保有し続ける」というものである。原爆が広島、長崎で使用されたのはアメリカしか原爆を保有していないときだけであった。「核拡散防止」はその意味でペテンであり、世界の核兵器を廃絶するには、アメリカが真っ先に実行しなければならない。
 近年日本とアジアをめぐる原水爆戦争の危機はいちだんと切迫したものになっている。「日米同盟重視」を掲げるオバマ政府は、昨春らい韓国哨戒艦沈没事件や、尖閣諸島、延坪島事件をめぐって挑発をあおり、それを口実に原子力空母を出動させて米韓合同軍事演習や自衛隊との共同訓練をくり返すなど、一触即発の危機をつくり出してきた。
 普天間基地の移設、岩国基地に核攻撃が可能な空母艦載機ホーネットを、大量に移転配備し、空母艦載機離着陸訓練基地を鹿児島県の馬毛島に建設するなどの米軍再編計画は、日本を核基地にして原水爆を使用する陣形をいちだんと強めるものである。「ミサイル防衛網(MD)」は、日本全土を報復攻撃の標的にし、日本とアジアを原水爆戦争の火の海にしようとするものである。
 東日本大震災発生後、アメリカは時を移さず「トモダチ作戦」などといって、原子力空母を筆頭に巨大艦船群と2万の米兵を三陸沖に派遣、仙台空港を前線基地にして自衛隊を下請軍隊として使う統合演習をおこなった。さらに、沖縄県民の強固な反対に対抗して、普天間基地に輸送ヘリ・オスプレイを配備し、辺野古に1800b級の二本立て滑走路を新設する策動を進めようとしている。
 菅政府は、「核抑止力と日米同盟がもっとも大事」といって、これに全面的に付き従い、中国、朝鮮との軍事衝突を想定して沖縄・宮古島以西に自衛隊を増強するなど、アメリカの代理戦争を請け負い、日本の国土を売りわたし破滅させる道を突っ走っている。アメリカの国益のための核戦争のために、日本を盾にし、日本を原水爆戦争の火の海に投げ込む、民族絶滅作戦が進行していることを黙って見ているわけにはいかない。

 日本社会の崩壊震災で暴露 売国政治の結末

 東日本大震災とその復興をめぐる現実は、戦後の売国政治のもとで、とりわけ中曽根、小泉などの規制緩和、新自由主義改革なるものによって、日本社会が無惨な崩壊状況にあることを暴露している。東電に買収された御用政治家、御用官僚、御用学者、御用メディアばかりがはびこっている現実を暴露した。これらの支配層は、アメリカと財界を喜ばせて自分が地位と金を得ることにしか関心がなく、国益のためとか国民のためとかはまったく関心がない。それは震災からの復興をする意志も能力も失った姿であり、統治能力を失っている無能な姿である。これこそ原爆投下に続くアメリカの日本侵略支配と売国政治のなれの果ての姿である。
 そして日本は世界最大の債権国といいながら、労働者、農漁民、都市勤労人民、中小業者にとっては貧乏国家になった。これらの勤労者を搾りに搾って大企業は二百数十兆円の内部留保をためて使い道に困り、アメリカ国債やイカサマ証券で数百兆円をアメリカに巻き上げられている。このようななかで菅政府が、消費税をはじめとする大増税をやり、TPPなる全面自由化をしてアメリカに日本を食い物にさせるのは、まさに売国政治の極である。日本の繁栄の問題も、原爆投下に続く民族の独立問題と切り離しては実現できない。

 壮大な原水禁運動の再建へ 伝統を蘇らせ

 アメリカに原爆投下の謝罪をさせ、日本全土の核基地を撤去させなければならず、日本とアジアを核戦争の戦場にさせてはならない。アジアと世界の平和愛好勢力と団結して、原水爆の製造、貯蔵、使用を禁止する、日本における全国民的な規模の運動を起こす機運が強まっている。それは原水爆を禁止するとともに、核兵器を中心とする軍事支配による日本の民族的な隷属を拒絶し、真に独立し、人民生活が繁栄した平和な日本を建設する強い意志と結びついて日本全土で渦巻いている。
 戦後日本の原水爆禁止運動は世界の平和運動の中心を担っていた。この伝統をよみがえらせることが求められている。
 1950年、占領下の広島で初めて原子雲の下の惨状を写真で公然と明らかにし、アメリカの原爆投下の目的をあばいて、人類の名において許すことのできない犯罪として糾弾するたたかいの火ぶたが切られた。このたたかいはアメリカ占領軍が原爆の被害を明らかにすることを禁じていた枠をうち破って、広範な広島市民の魂を組織して8・6平和大会を勝利させた。
 この運動の中心に立ったのは、中国地方の労働者であり、目前の経済要求第一の運動を拒否し、原爆反対、戦争反対の全人民的政治課題を第一義的な労働運動の任務として掲げ、勤労諸階層、青年学生、婦人、教師、文化・知識人、宗教者らの共同斗争として発展させていった。このたたかいがたちまち全国に広がり、五年後には世界大会を広島で持つまでに発展し、その後朝鮮戦争でもベトナム戦争でも原水爆を使用させない力となった。
 現在、原水協、原水禁などの勢力は、オバマの口先だけの「核のない世界」を持ち上げて、広島、長崎の被爆市民の怒りを買っている。「日共」集団などは北朝鮮やイランへの「制裁」を叫び、アメリカの核戦略の片棒を担ぐ、排外主義をやっている。
 この十数年来、峠三吉の時期の運動を継承する「原爆と戦争展」が下関から始まり、広島、長崎市民の運動となり、沖縄でも衝撃的な反響を呼び、全国に広がった。この活動を描いた劇団はぐるま座の『峠三吉・原爆展物語』が各地で衝撃的な感動を呼び、敗戦後から60年安保斗争をたたかった人たちが、あのときの運動を再び起こさなければならないと行動に立ち上がるすう勢が生まれている。そして青年、学生、中・高校生など若い世代が、平和で豊かな社会の実現と結びついた生き方を求め、行動を求めて大きな動きを起こしている。
 今年の8・6広島は、平和への強い問題意識を持った全国の人人が集まろうとしている。
 広島では、7月の土日、8月は6日まで毎日、原爆展全国キャラバン隊による平和公園での「原爆と戦争展」の街頭展示が計画されている。
 7月30日から8月7日まで広島市まちづくり市民交流プラザ(袋町小学校となり)で第10回広島原爆と戦争展が開催される。
 8月5、6日には小中高生平和の旅。
 8月4日は午後2時からと夜6時半からアステールプラザ中ホールで劇団はぐるま座の『原爆展物語』公演。
 8月6日には峠三吉の時期の原水爆禁止全国実行委員会による6・6広島集会が開催される。
 これらの運動は毎年広島市民がもっとも共感を寄せる運動として大きな存在感を持ってきた。今年は、広島市民をはじめ、長崎、沖縄、下関・山口県をはじめ東北福島など全国の被爆者、戦争体験者、そして現役の世代、若い世代の大交流が実現し、平和と独立のための全国的な新鮮な運動の強まりをつくり出すことは疑いないものとなっている。

スローガン

◎広島、長崎の新鮮な怒りと、戦争の真実を若い世代に、全国、世界に伝えよう!
◎アメリカは広島、長崎への原爆投下を謝罪せよ!
◎原水爆の製造・貯蔵・使用の禁止!
◎アメリカは核を持って帰れ!
◎日本を米国本土防衛の盾にするな! 核戦争の戦場にするな!
◎自衛隊をアメリカの下請け軍隊にするな!
◎原爆製造につながる原子力発電所の運転と建設を中止せよ!
◎中国、朝鮮、アジア近隣諸国の平和愛好勢力との友好・団結を!
◎峠三吉の時期の私心のない運動の原点に返り、平和勢力は大結集し、力ある原水禁、核戦争阻止の全国民的運動を再建しよう!

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