トップページへ戻る

8・6広島に平和勢力大結集へ
原水爆禁止全国実行委
             基盤広がる震災後の新情勢    2011年6月20日付

 原水爆禁止全国実行委員会は18日、下関市で今年2回目の全国会議を開き、原爆と戦争展や劇団はぐるま座の『峠三吉・原爆展物語』公演のとりくみなど、4月の第1回全国会議以後のとりくみを交流・総括し、8・6広島集会を中心にした今年の原水爆禁止運動を飛躍させる課題を討議した。
 初めに川村事務局長が提案をおこなった。川村氏は東日本大震災の復興と福島原発事故を巡って、戦後日本社会の対米従属の構造があらわとなっていることを指摘。日本政府が震災をもうけのチャンスとする米日の大資本の参入に道を開こうとしていること、また即座に米軍が2万人の兵員を派遣、首相官邸に入り込み、自衛隊を指揮下に置いて演習をおこなうなど、実質的な有事体制をとっていることを明らかにした。
 一方で大衆のたたかう機運が力強く発展していることを強調。震災後の情勢が激変するなかで8・6集会を頂点とする広島行動に向けて運動を飛躍させることを提起した。

 根本変革の世論が高揚 広島・沖縄・福島等

 討議ではまず初めに各地でのとりくみの様子が報告された。
 広島では4月以降、北広島町やそごう呉店、広島大学などで連続的に原爆と戦争展を開催。そのなかで学生120人が新たな賛同協力者となるなど、東日本大震災と原発事故で人人の意識が激変し、日本社会のあり方を巡って根本的な変革を求める世論が強まっていることを強調した。とくに福島原発を巡って、国民を「安全だ」とだまし続け、事故後も遠くから眺めて救済しないという対応に、アメリカによる原爆投下、戦後は被爆者をモルモットにしたことと重ねて新鮮な怒りが噴き出しており、体験を語り継ぐ意欲が高まっていることが報告された。
 沖縄からは、劇団はぐるま座の『峠三吉・原爆展物語』第2次公演のとりくみが高揚していることが報告された。各地で実行委員会が結成され、賛同協力者は200人となり、各地の高校で『原爆展物語』の紙芝居が開催されるなど大きく盛り上がっている。またその過程で具志川やうるま市で原爆と戦争展を開催。6月には読谷村で、8月には那覇市のてんぶす館や市役所での開催が決まっており、被爆者や戦争体験者を中心に精力的な運動が展開されている状況が報告された。とくに戦後の復帰運動を経験した退職教師などが中心となって運動を担っており、そこに若い教師たちが合流していることを報告。「平和教育の担当になったが、これまでのガマの話ばかりでは行き詰まりを感じ、“基地奪うための沖縄戦”なら見方を変えないといけないといって、積極的に参加してきている」とのべ、戦後社会のインチキがはげ落ち、人人の意識が高まるなかでの8・6斗争の意義を強調した。
 岩国の活動家は、5月に開催した原爆と戦争展は参観者の3分の2以上が若者だったことを紹介。「震災後人人の意識が変わり、とりわけ上関原発を絶対中止させないといけない、どんな日本をつくっていかなければならないかという意見が多く出された」とのべた。世論を反映して周辺市議会で凍結や中止決議が相次いでいることにふれ、「多くの人人の怒り、要求を結集していけるよう奮斗したい」とのべた。
 劇団はぐるま座の団員は、四月以降『原爆展物語』公演が長崎県内や広島県内、山口県内の美祢や美東でおこなわれたことを報告。「震災以後、舞台に対する見方、切実感が変わってきていることを感じている」とのべた。公演をとりくんだ80代の婦人が、観劇後「現状をつぶさに描いている。今からどうしていかないといけないのか指し示してくれた」とのべるなど、「戦争体験者は現状を見て、今自分たちが語らないといけない、日本を立て直す力にしていかなければという意識がものすごい勢いで動いている」と語った。どこかに頼るのではなく、一人一人が力をあわせていかなければいけないという意識が強まっており、エピローグの内容が切実感を増していることを語り、「人人が思っていることを本当に描けているかどうか、激変している大衆の意識に学んで改造していかなくてはと思う」と語った。
 原爆展キャラバン隊として福島県に行った劇団員は、強制的な住民の追い出しがおこなわれるなかで原爆と戦争展をおこない、真剣な反響があったことを報告。広島・長崎の復興の経験から「福島が復興できないわけがない」という新たに加わったパネルに注目が集まり、東電も国も学者も真実を語らず、マスコミも80`圏内に入ってこないなかで福島県民を激励したことを明らかにした。「第2次大戦で国が国民を殺すに任せたことと、現在の原発事故対応や日本中に原発をつくって産業をつぶし、原発依存型の町に変えていったことなどが重ねて語られた。第2次大戦後アメリカにつき従って延命してきた上層部がそのように日本を導いてきたこと、“ここを変えないと本当の復興にはならない”“日本に明日はない”と語られた。多くの人が根本的に変えなければいけない、たたかわないと生きていくことができない社会になっていると真剣な思いが語られた」と反響をのべた。また全国に福島の実際を伝えてほしいと託されたことにふれ、ぎりぎりした切実感のなかで運動を大きく広げていくことが求められており、間近に控える第2次沖縄公演とともに、8・6広島集会や8・4『原爆展物語』広島公演への全国結集を強める決意をのべた。
 愛知の活動家も原爆と戦争展を開催するなかで、原発問題が論議となり、「広島や長崎の経験があるのになぜつくったのか」「アメリカ製なのか」と論議になり、原発と原爆がつながってきていることをのべた。「放射能が怖い」という敵がはっきりしない反原発派との違いが鮮明となり「今のアメリカ支配がはっきりしてきている」とのべた。
 その他大阪や山口県内からもこの間のとりくみと反響が出され、全国で共通して戦後社会の有り様を巡って世論が大きく動いていることが浮き彫りにされた。論議はこの情勢のなかで今後の運動の課題にふれて発展した。

 重要さ増す束ねる役割 運動の大飛躍へ

 東北現地で建築規制や漁業権の民間開放など私権制限がファッショ的におこなわれるなか、下関でも原爆と戦争展への会場貸し出しを断るという緊張状況があることが明らかにされ、「敵の側は有事体制で来ており、全国的に緊張した状況がある。しかし大衆世論は戦後社会の有り様を巡って大きく動いており、ここに訴えたらコテンとひっくり返るという情勢」であることが指摘された。「戦後政治の象徴が原発であり、アメリカとそれにくっついて国を売り飛ばしてきた財界が、震災を機にさらに新自由主義でもうけようとしている。大衆世論はそれと全国的政治斗争をやらないといけない、アメリカは核を持って帰れ、独立だとなっている。そうしないと生活できないし次の瞬間は原発が標的になる戦争だ。戦中・戦後の経験から大衆は根源の解決に向けて動いている。そこを束ねていく勢力の役割が重要になっている」「運動を担う側が目の前だけしか関心がなく、その日暮らしというのを転換していかないといけない」と論議された。
 読谷村の『原爆展物語』第2次公演のとりくみを巡っても、役場や図書館で「不安を煽ってはいけない」と原爆と戦争展の開催にストップがかかり、実行委員に名を連ねるのも抑圧感があるなど、鋭く矛盾があらわれたことが語られた。しかしそこで、ある実行委員が「この問題は安保の解決としてやらないといけない。こっちが多数派だとすればいいんだ」と地域を歩いて実行委員を組織し、第1次公演より大衆的な運動となっている。「復帰運動をたたかった退職教師は“復帰後組合が経済主義になってダメになった。あの頃の運動をもう一度起こすんだ”という構えでとりくんでいる。合流してきた若い教師も、“全体のことを考えないとダメだ”という意識を強めている」と語られた。
 十数年やってきた原爆展運動と『原爆展物語』が日本全国を動かす運動となっており、原発と原爆の切り離しも「同じじゃないか!」との世論が強まっており、福島県にも大きな影響を与えていることが論議され、確信を持って大胆に訴えれば、これまで以上の運動になると教訓が語られた。
 また民主党政府となるなかで、他の政治勢力はオール与党となっており、これまで被団協などの既存の政治勢力と依存しあって原爆と戦争展をしてきた地域で矛盾が起こっていることが出され、論議された。
 沖縄の男性は「以前の運動は社民の基地反対斗争の後追いだった。ここを転換するということで、原爆展を各地でやり、戦争体験者に学ぶところから始まった」とのべた。さらに「沖縄市役所に来た人だけに見てもらうという姿勢を転換し、那覇のど真ん中で賛同者を募って開催するなかで広がり始め、対馬丸の関係者が“もっと大きな視野で見ないといけない”と参加してきたり、ひめゆりの関係者などにも年年広がってきた」とのべ、独自の姿勢を持って、課題を鮮明にさせることで運動が広がることを強調した。
 広島や長崎でも禁・協や被団協などと一線を画して原爆展運動を始め、パネルの内容に賛同した被爆者が結集して大きな運動となった教訓が出され、「パネルは大衆の経験を学んで概括しているのだから、社民勢力より多数派だ。社民勢力と共存していたら逆に広がらない。断固こちらの路線に確信を持って独自にやることで広がっていく」と語られた。
 劇団はぐるま座の団員からは、10月の大阪公演に向けて準備がすすむなかで、大阪でも長い間公演をしてきたが、大阪空襲の経験を聞いたことがなかったことに気づいたことが出され、「これまで“日本が悪いことをしたから大阪空襲がやられた”という自由・民主・人権勢力に依拠してきたことがわかった。アメリカに対する態度をはっきりさせること、既存の勢力とまったく違うこと、市民のなかに徹底的に入って学ぶこと、その3点を貫けば、大阪の本当の姿が見えるし、大きな運動にすることができる。これまでの路線をひっくり返せるように頑張りたい」と意気込みを持って発言された。
 沖縄などで『原爆展物語』の紙芝居を大衆が預かって各地でやり始めており、反響が大きいことが出され、たくさんつくって全国各地で紙芝居を開催していくことも提案された。最後に川村氏が「自分たちのなかにある改良主義や組合主義とたたかって、根本的な変革を求めている大衆に応える活動をしていこう」と呼びかけ、会議を閉じた。

トップページへ戻る