トップページへ戻る


8・6に戦争止める力大結集
原水爆禁止全国実行委員会 
再び核戦争の廃虚にさせぬ
                        2017年4月12日付

 原水爆禁止全国実行委員会は9日、下関市内で今年最初の全国会議を開き、今年の8・6に向けて活動方針を決定した。戦争の危機を深める世界情勢に連動し、平和を求める全国的、世界的な大衆世論と行動も段階を画して盛り上がっており、戦争を押しとどめる全国的な原水爆禁止運動をさらに発展させるため、各地で精力的な活動をくり広げていく方針で一致した。

朝鮮半島やシリア情勢緊迫のもと 被爆地から世界に貢献

 はじめに事務局の川村なおみ氏が基調を提起した。「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ体制の下で、沖縄での辺野古基地建設、岩国基地の大増強と艦載機部隊移駐、佐賀空港へのオスプレイ配備など日本全土の軍事基地化が進められ、「安保法」の具体化として南スーダンへ自衛隊を派遣し、共謀罪の創設、学校教育での「教育勅語」や銃剣道の復活など戦時体制づくりが進んでいること、米軍によるシリアへのミサイル攻撃、朝鮮半島をめぐって過去最大の米韓軍事演習と北朝鮮のミサイル発射があいつぐなど、切迫感を持って戦争の危機が増していることを指摘した。
 同時に、昨年の原水禁運動では、当時のオバマ大統領が広島に直接乗り込み、広島・長崎の被爆市民の声を抑圧しながら「日米和解」を演出したが、被爆体験を根底にした広島市民の歴史的な怒りの世論を前にして、市民から隔離された空間でのパフォーマンスをやり、逃げるように広島を去っていくこととなった。8・6を頂点にした広島行動では、被爆地を代表する世論として「アメリカは核も基地も持って帰れ」の主張が全国・世界から強い支持を集め、広島で大きな存在感を示した。戦争情勢のなかで、「禁・協」など小集団の利益を代表するだけの自己主張・自己充足型の運動は消滅の道を歩んでいること、それらと一線を画し、あくまで大衆の利益に立脚し、その先頭に立ってたたかう1950年8・6斗争路線を堅持して、全国的な平和運動の面目を一新する新たな情勢を切り拓いていくことを呼びかけた。とくに青年や若い世代の組織化に力を入れ、今年の8・6を勝利させることを強調した。

 広島の活動家は、今月初旬の安佐南区での原爆と戦争展で、被爆二世、三世をはじめ若い親世代の反応が強く、被爆や戦争への関心が強まっていることを強調。とくに国連での核兵器禁止条約交渉に日本政府が不参加を決めたことへの怒りは強く、「アメリカの核の傘の下というが、日本政府の態度に違和感を覚える」「アメリカ追随はいいかげんにすべき」「岸田外相(広島選出)はなにをしているのか。県民を挙げて国会にデモをかけなければいけない」との意見が激しく語られていることを報告した。
 今月半ばに開催する廿日市では、市議会が米軍岩国基地への空母艦載機部隊と夜間離着陸訓練施設の移転に反対する意見書を採択するなど、近隣で進む軍事要塞化への強い危惧が高まっており、「北朝鮮は岩国基地を狙っており、アメリカは日本を防波堤にしている。ミサイルの迎撃など不可能で、再び広島は廃虚にされる」「いったん戦争を始めれば相手を殺さなければ、殺される。絶対に始めてはならない」と戦争体験者が使命感を高めて活動していることをのべた。「核禁止条約への不参加については、岸田後援会の人人の怒りが特に強く、保守系の人人から協力姿勢が強い」と特徴をのべた。
 また、被爆した母親の壮絶な生き様を綴った手記『あざみの花』(作・古川豊子)を掲載した本紙を読んだ市民から「戦地から復員したとき、被爆して半死半生で生きていた弟に輸血したことを思い出した。家族で原爆展に行きたい」との手紙が来たことを報告した。

沖縄や岩国、佐賀を結び

 沖縄の活動家は、米軍キャンプシュワブ前での抗議集会で翁長知事が辺野古埋め立て承認の撤回を表明し、「沖縄のたたかいは、全国の運動と結びついて新しい段階にきている」と強調。原爆展運動には、沖縄戦やフィリピン戦の体験者などが賛同しており、艦砲、戦車砲、火炎放射器などありとあらゆる砲弾の雨のなかをくぐって生き延びてきたことや、毎日のように遺骨収集や埋葬をしていた体験を語っていることをのべ、「沖縄県民の戦中戦後の歴史的な怒りを発動している」とのべた。さらに、石垣島での第2回目の原爆と戦争展が、尖閣問題をめぐる自衛隊基地建設に反対する住民運動と結びついてとりくまれていることを報告。「住民は“石垣島が再び本土の防波堤にされる”“辺野古の米軍基地建設も石垣への自衛隊配備も戦争準備の一貫だ”と語っている」とのべた。
 また、別のメンバーは、先日の佐賀空港へのオスプレイ配備反対の住民集会でも、農漁業や居住環境を潰す空港基地化に反対する地域ぐるみの運動が盛り上がっており、森友問題や沖縄、岩国などと連動して「世直しのたたかい」「約束も守らず、住民生活をないがしろにする戦争準備をやめさせることにこそ正義がある」「勝つまでたたかう」と漁業者や自治会、老人会など地域コミュニティが一体となって一歩も引かぬ決意でたたかわれていることを報告した。「戦争か平和・独立かという全国共通の課題として沖縄のたたかいへの共感も強く、デタラメな国策に対して連帯してたたかう志向が強まっている」とのべた。
 岩国の活動家は、「基地周辺の住民たちが“岩国基地が騒がしくなっている”と心配していた矢先に米軍がシリア攻撃を開始した。基地が騒がしくなると世界で必ず米軍の殺戮が始まるというのが市民の歴史的体験だ」とのべた。「その岩国基地が極東最大の攻撃基地にされようとしていることに、“岩国は廃虚になる”“子や孫たちのためにこれを許していいのか”と論議になる。“アメリカが日本を守るわけがない。利用するだけだ”とはっきりと語られている」と報告した。「全国と団結してたたかう機運が高まると同時に、これまで盛り上がった米軍基地撤去の運動を党利党略で利用して潰した『日共』修正主義の犯罪性への怒りが口口に語られ、市民主体の運動を発展させることが求められている」とのべた。
 さらに、『あざみの花』を読んだ元学校長や教育関係者から、手記に綴られた原爆犠牲者の心底の思いに対する共感とともに「今また安倍首相が教育勅語を本気で信奉し、戦争への道をひた走っている。彼の祖父・戦犯を崇拝し、後に続こうとしている。今度こそわれわれは欺されることなく、真実を見極め、誤った道を進まないよう、正しい平和な道を進まなければならない」と記された手紙が届いていることを紹介した。

教育・文化運動も連動

 山口県内や北九州の小学校教員は、文科省による「教育勅語」や銃剣道の復活という動きのなかで、「若い教師が生産者や勤労者の側に立った教育をやろうとしている。かれらが持っている力を発揮していけるように奉仕していくことが課題だ。原水禁平和運動は重要な時期にさしかかっているが、教師のなかには子どもたちを戦争の肉弾にさせない強い気持ちがある。今年は構え直して平和の旅や平和教室をとりくみたい」と決意をのべた。
 劇団はぐるま座団員は、『礒永秀雄の詩と童話』『原爆展物語』の公演を山口県内や佐賀県、長崎県内でとりくみ、戦争遺族や遺児、宗教者たちが行動意欲を高めて参加している状況を報告した。「子どもたちの変化が感動を呼んでいる。戦争体験を継承し、二度と戦争をくり返させないという使命感があらゆる層のなかに強くあり、その願いを学び、つないでいくなら広大な運動ができる」とのべた。
 愛知の活動家は、本紙号外「語れなかった東京空襲の真実」1万枚の配布を開始していることを報告し、「愛知でも豊川海軍工廠空襲など、戦後に語れなかった体験が山ほどある。刻印されている歴史、抑えられてきたアメリカへの怒りがある。戦争遺児、遺族の思いや空襲体験など、配れば配るほど反応が出てくる。大胆に大量に配ることで広範な関心が引き出されている。“語れなかった”という見出しと、共謀罪でものがいいにくい空気がつくられていることへの問題意識がつながり、アメリカと日本支配層の犯罪を正面から暴いた号外は非常に歓迎されている」と報告した。
 また、「去年からは様変わりし、強い平和運動を全国的に発展させようという行動的な世論が高まっている。活動する側がこの大衆世論に合致した体質へと改善していけば飛躍的な発展ができる状況にある。峠三吉の時期の私心のない運動を継承してやってきたこの十数年の活動への確信をもち、トランプ登場後の情勢の激動と、日本本土へも直接ミサイルが飛んでくるという切迫感をともなった状況のなかでもう一段期待に応えていかなければいけない」「森友学園問題や安倍政府の教育勅語復活の問題は、戦後未決着のままだった天皇や日本支配層の犯罪を浮き彫りにしている。戦後の『革新』潮流はアメリカ民主主義への幻想から“だまされた国民がバカだ”という観点を振りまいて、体験者の口をふさいだ。だが、戦争体験者の側には、親兄弟を奪われた凄惨な体験から、戦争へ動員した張本人である天皇をはじめ支配層が、戦後はアメリカに免罪されてぬくぬくと育成され、安倍や稲田などの戦犯の末裔が今日再び日本を戦争に動員しようとしていることへ激しい怒りがある。その意識を共有して論議し、朝鮮戦争で原爆を使わせなかった50年8・6斗争と同じ質の、極限状態のなかで戦争を阻止する運動をつくることが求められている」と論議になった。
 事務局が『あざみの花』を書籍として長周新聞社が出版することとかかわって、大量に普及することを呼びかけ、「これを媒介にしておおいに論議ができるようにならなければいけない。大衆との深い関係を築いていくうえでも、普及のなかで市民の深部の思いや怒りに学び、積極的な意識を発揚できるように私たちの体質も変えなければいけない」「だれもが安心して参加し、運動を広げていく糧になる」「体験に関心をもっている若い人たちに届けたい」と論議になった。
 原爆と戦争展パネルの完全英訳版を発行し、世界的な関心に応えていくことについても報告があった。広島のメンバーは、パネル英訳版を監修したフィリピン人教授が、「胸を打つ記事がいくつもあり感動した。フィリピンにも戦争写真集はあるが、ほとんどがアメリカの視点だ。このパネルは日本人の体験の側から描かれ、しかも中立で偏っていない。フィリピンでは年配者は“日本人は嫌い”が多く、若い人にはそれはないが歴史を知らない。日本軍も侵略したがアメリカ軍もマニラなどで皆殺しの爆撃をしている。そのような総合的な第二次大戦の真実を英訳版にして伝えることは画期的なことで、東南アジア諸国でもやるべきだ。喜んで監修をやらせてもらっている」と感動をこめて語っていたと報告した。これらの書籍を積極的に活用し、世界的規模での平和運動の再建に貢献していく決意をのべた。この方針に立って全国各地で旺盛な活動を展開し、今年の八・六広島に大合流することを確認して会を閉じた。

 

トップページへ戻る