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8・6頂点に全国的運動体結集
原水爆禁止全国実行委
             安倍戦争政治への憤激束ね    2013年7月8日付

 峠三吉の時期の原水爆禁止運動を目指す原水爆禁止全国実行委員会は6日、下関市で全国会議を開き、4月以降のとりくみを総括し、今年の8・6集会に向けた活動方針を確認した。敗戦から68年目の夏を迎えるなか、320万人の犠牲を出した第2次世界大戦・原爆投下から続くアメリカの植民地的支配に対する鋭い問題意識とともに、再登板した安倍政府による戦争策動に対して全国的な憤激が巻き起こるなかで、日本民族の歴史的な経験に根ざした独立と平和を求める広範な世論を8・6広島集会に大合流させ、全国民的な基盤を持って原水爆禁止運動を発展させていくことが一致された。
 はじめに、事務局の川村なおみ氏からこの間の活動の経過と教訓について提起された。
 この間、全国各地で開かれてきた「原爆と戦争展」では、かつてなく多数の賛同者が名を連ね、広島で12年、長崎では9年間続けられてきた「原爆と戦争展」は盤石の存在となり、被爆者は後世のために使命感を強めて語り継ぐ活動に献身し、会場では胸に底深く秘めてきた原爆や戦争の体験や願いが日本の現状への怒りと重ねて、堰を切ったように語られていると報告。また、1950年代、京都大学の原爆展運動や、沖縄の琉球大学原爆展を担った世代が、当時の国民的規模の原水禁運動、本土と一体となった復帰運動を継承する運動に心から感動し、今後の協力を申し出たり、はぐるま座公演の先頭に立って奮斗していること、広島では大学教官が被爆者を招いて授業をしたり、学生が平和公園での街頭原爆展キャラバン活動や宣伝活動にぞくぞくと参加するなど、「原爆と戦争展」が人人が結集し行動していく基盤となっていることを明らかにした。
 また、『原爆展物語』『動けば雷電の如く』『礒永秀雄の詩と童話』の全国公演を展開中の劇団はぐるま座は、福岡、長崎、岡山、広島、沖縄など各地で公演をとりくみ、戦争への動きを危惧し、生産振興、雇用の創出と地域の活性化、米軍基地撤去、社会変革を願い地域に根ざして日日たたかっている勤労大衆に大きな展望を与えている。
 被爆者や戦争体験者に学び、鉄棒逆上がりやかけ算九九全員達成を目指す教育実践は、山口県各地、北九州へと若い教師たちのあいだで熱烈な支持を集めながら勢いよく広がり、困難に負けず、みんなのために力をあわせて目標を成し遂げる集団を育てる教育は、「個性重視」「自由保育」などを掲げた文科省の教育政策のもとで個人主義が煽られ、アメリカの戦争の肉弾として差し出す基盤とされるなか、働くものの後継ぎに育てる大きな展望を示すとともに戦争反対の重要な一翼を担っていることも確認された。
 オバマ米政府は、「核の先制攻撃態勢づくり」を進め、日本全土を中国・朝鮮・ロシアに向けた核攻撃基地にする方向を急いでおり、安倍政府は憲法改定や「日米同盟の強化」を叫んで、第二次大戦以来のアメリカのアジア侵略の野望に引きずられて民族全体を核戦争の戦場に追い込んでいく愚かさを露呈していると指摘。「アベノミクス」で大企業やヘッジファンドだけをもうけさせる一方で、東北での復興放置、TPP交渉参加、原発再稼働、輸出、さらにはその足がかりとして新規立地の焦点となっている山口県上関町では水協法も無視して漁業補償金をねじ込み漁業権を奪いとろうとするなど超法規的な横暴を極めているが、それは同時に「国民的な基盤を失った支配者の統治能力の喪失を万人の目に焼き付けている」とした。
 そのうえで、全国各地で「安保」斗争のような全国的な政治斗争を求める世論と行動が発展してきた背景には、原水禁・原水協などの修正主義、社民を通じた原水禁・平和運動の分裂破壊策動をあばき、各階各層の大多数の人が安心して参加できるよう奮斗してきた1950年8・6斗争を継承する努力があり、それらのインチキな「革新」潮流が消滅するなかで、「大衆を主人公とするまったく新しいタイプの運動を生命力をもって発展していることを鮮明にし、これを一段と発展させることへの期待が高まっている」ことを提起。全国的な期待に応えて私心なく人民に奉仕する活動者集団を形成、拡大し、八・六集会に大結集させることが呼びかけられた。

 若い世代が行動に参加 広島も長崎も

 その後、各地の参加者から活動報告と展望について意見が出された。
 広島からは、広島市内の五日市、呉市、北広島町をはじめ、県立広島大、修道大、広島大で「原爆と戦争展」がとりくまれ、「身近に感じる戦争への危機感と被爆者の戦争阻止への強い思いが結びつき300名をこえる新たな賛同者が集まっている」ことを報告。「憲法改定や国防軍規定などの戦争策動を絶対に阻止しなければという被爆者、戦争体験者の迫力が増し、その思いをむだにするなと学生や青年が運動に加わってきている。若い世代の行動意欲が強く、平和公園でのキャラバン隊スタッフや宣伝行動に20人をこえる学生が参加を申し出ており、10年間の蓄積のなかでの市民の支持や期待をつかんで“これからも参加したい”と意欲を強めている。ある大学教員が被爆者を招いて体験を語ってもらうとその場ですぐにスタッフを希望する学生が出てきて主体的に活動しており、教員のあいだでも“今こういう活動が大事だ”と積極的に呼びかけられている。若い母親や公務員、会社員などのなかでも“福島事故から意識が変わった”“他人事ではない”と行動参加を求める動きがあり、パネルの“アメリカの植民地支配からの脱却”をめぐって日本社会の構造に問題意識が強まっている」と報告された。
 長崎からは、第9回目の長崎「原爆と戦争展」が開催され、これまで表に出なかった被爆者や戦争体験者がぞくぞくと訪れ、長年の差別や、永井隆や本島元市長といった「原爆投下肯定」論者が平和の象徴のように祭り上げられ、「祈り」のベールのなかで語ることができなかった体験や思いを激しく語り、現役世代や学生がパネルや被爆者の発言に衝撃を受けて「戦争の実態がよくわかった」「体験者の生の声が戦争反対の最大の力になる」とスタッフとして行動に加わるなど、戦後の欺瞞をやぶって長崎市民の運動が各世代と結びあいながら発展してきたことを報告。
 また、広島、長崎の被爆者たちのあいだでは、市内の小中学校や修学旅行生に体験を語るなかで「今年は子どもの真剣さや表情が違う」と喜ばれており、「戦争の危機感を一番敏感に感じているのが子どもだ」「戦争をくい止めるには教育が一番重要だ」と意欲を高めていること、表面上で自民党が暴走するなかでも「今年は正念場だ」「みんなが団結してこれを乗り越えれば将来が見えてくる」と語られていることが報告された。
 沖縄の活動家からは、オスプレイ配備への全島的な怒りのなかで名護市で第3回目の「原爆と戦争展」をおこない、沖縄戦の体験や、若い世代からも憲法改定などへの危惧が寄せられ、他の市町からもパネル展示の貸し出し要望が寄せられていることを報告。また「7回目となる那覇市での展示では650人が参観し、周辺市町村からも集団的な参観があった。自治会や公民館などで1000枚のポスターが貼られ、200人が賛同者に名を連ねている」ことが報告された。一昨年にはぐるま座の『原爆展物語』公演がとりくまれた企業で「アメリカに謝罪を求める」署名が職場ぐるみで集められたり、労働者の反応が強いことも報告された。

 蘇る復帰斗争時の経験 『雷電』沖縄公演通じ

 6月末に沖縄県内で『動けば雷電の如く』公演をおこなった劇団はぐるま座からは、「県内13市町村から53人が実行委員になり、『原爆展物語』公演からつながった祖国復帰斗争をたたかった世代や、琉球大での原爆展をやった世代の人たちも参加した。現在の沖縄をとり巻く状況から“このままでは戦争が近い”“沖縄が真っ先に標的になる”という声が強く、今声を上げないといけないという戦争阻止の切実な思いとつながった公演になった。教育関係者のなかでも子どもの家庭の経済状況や基地があるゆえの矛盾が激化するなかで、劇の内容が歓迎され、小中学校では授業を使って紙芝居がやられるなど“このような生き方を青少年につかませたい”との強い熱意でとりくまれた」と発言。
 明治維新でも「下からのたたかいで時代を変えていった」ように、沖縄のたたかいの歴史も同じであり、「現在も同じ状況だ」と各世代で論議され、県内各地から青少年が100人規模で観劇したこと、「“明治維新革命によってアジアで唯一、欧米列強の侵略を阻止し、民族の独立を守り抜いた”という解説場面では客席から割れるような拍手が起こって鳥肌が立つほどだった。欧米列強が民族を堕落させて、国を愛する心をなくしてアジアを植民地支配し、江戸幕府がそれにこびへつらっていく構図と、現在の安倍政府のTPPや原発推進とを重ねて“今もまったく同じ課題だ”と論議された。庶民が下から団結することや“私利私欲なくみんなのために頑張る”生き方が子どもたちから感動を集め、戦争を阻止するための“正義の戦いが必要だ”と語りあわれている」と報告された。
 また、『原爆展物語』や礒永秀雄の作品の全国公演も中高生の強い感動を呼んでいるとし、「各地の公演が戦争阻止の力をつくる思いでとりくまれており、その力を8・6に結集していきたい」とのべた。
 人民教育同盟の教師からは、鉄棒逆上がり全員達成の実践が各地に広がり、その実践を基礎にして山口県内や北九州で教師の交流会を開いてきたことが語られ、「それぞれ条件が違っても、そこで教師が集団になって子どもの成長に責任を持って、生き生きと発展させていくことにみんなが展望を感じている。そのことが戦争反対の重要な一翼を担っているという意識に立つことが重要だった」とのべた。
 また、小中高生平和の会で被爆者の体験を学び、街頭に出て「平和の旅」のカンパ活動をすると「子どもたちがみずから生き生きとやり、その姿が市民から喜ばれて協力してくれるのでますます頑張るという響きあいがある」とのべ、「“平和”や“戦争反対”というと抽象的に政府の政策を批判するという傾向があるが、大衆はみんな無条件に戦争反対であり、アメリカ的な個人主義教育のなかで“人を殺しても平気”という子どもが育つことに心を痛めている。そのなかで鉄棒・かけ算実践は、みんなのために力をあわせて頑張る勤労者の後継ぎを育て、戦争をくい止める最大の力になると喜ばれており、そこに確信を持って訴えていくなかで若い教師たちも立ち上がっている。8・6に向けてその力を結集したい」と強調された。

 広大な基盤持つ運動へ 路線の教訓鮮明にし

 各地からの報告を受けて、戦争情勢が激化するなかで広大な基盤を持った運動を発展させていく教訓について論議された。
 愛知の活動家は、「体験世代の“黙っておれない”という機運と若い世代の真剣さはかつてないものになっている。安倍や橋下発言への怒りも、戦争を引き起こし、原爆を投下したものへの怒りと一体のものだ。石原慎太郎が尖閣問題で中国との戦争を煽れば“お前が真っ先に鉄砲持って行け”というし、橋下が慰安婦や米軍の売春を肯定すれば“お前の嫁や娘を差し出せ”というのが大衆の感覚だ。歴史資料うんぬんの話ではないし、支配者と大衆との矛盾だ。そこで確固として大衆の立場に立つことが必要だ」とのべた。
 事務局からは、この間の運動の発展は、広島を突破口にして禁・協などのアメリカの手先と一線を画して、なにもないところから全市民を基盤にして運動をつくってきた10年来の運動の到達であり、「上関原発阻止斗争でも、“反対”を掲げていたすべての政治勢力が裏切り、反対運動の内部から崩す策動を打ち破って町民自身のたたかいが発展している。そのうえではインチキ反対派の正体を暴露することが決定的だったし、全町民の生活を学び、その信頼を得ていく努力なしにはなしえなかった。1950年8・6斗争も、アメリカの占領下で、また共産党中央からの弾圧がかかるなかで、全広島市民の願いを代表することで勝利した。“禁・協”はその後にその運動に乗っかって潰してきたものであり、いまや消滅の流れにある。歴史的な総括にたってこれらのインチキ潮流と決別していくことが運動発展のうえで不可欠だ」と提起された。
 また、「大衆に学び大衆とともに時代を動かす側でいくのか、自分の安住や充足を求めるのかの矛盾は激化している。修正主義や社民追随の古い路線と斗争して、大衆とともに自分を変えて新しい社会を建設していく斗争なしにこれほどの発展はなかったし、それとたたかうことで爆発的な反響が返ってくる」(はぐるま座)、「安倍自民党が暴走するなかで、自分の利益しかみえない潮流は排外主義になって大衆に説教し、ますます大衆から嫌われている。かつての共産党が戦争が苛烈になるなかで消滅したのと同じ流れだ。情勢が苛烈になるなか、大衆はよりどころを求めており、活動者の側は傲慢な思想を一掃し奉仕していくことに徹することが要」と路線上の教訓が語られた。
 最後に今年の8・6集会を頂点にした行動を通じて、活動家集団を形成し、堂堂とした確信にたってさらに全国的に押し広げていくことが提起され広島・長崎の全市民を基盤にして発展する原爆展運動、原発阻止で30年たたかって現地を基盤にして勝利してきた上関原発阻止斗争、勤労人民と結びついて各地に波及している人民教育運動、全国的な大反響を呼んでいる文化・芸術活動など、全国を牽引する運動への広範な関心に応えて、なぜそのような運動ができるのか大いに論議し、全国的な運動体の結集を目指して奮斗することが確認された。

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