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安倍・自民党が歴史的な大惨敗
参議院議員選挙結果
              売国と戦争政治に鉄槌    2007年7月30日付

 29日に投開票された第21回参議院選挙は、小泉、安倍首相とつづいた自民党暴走政治にたいして、痛快なまでに鉄槌をくらわせ、自民党は歴史的な大惨敗となった。それは地方、都市部ともに共通した特徴となった。小泉政府以来の構造改革、国民に聞く耳のない専制政治、売国と戦争の自民党政治にたいして国民が加えた鉄槌となった。同時に、自民党大惨敗のなかで、それに対立すると自称する「日共」修正主義集団、社民党が自民党と歩調を合わせて消滅寸前という惨敗となったのも際だった特徴となった。

 自民支配軒並み崩壊 構造改革で切った地方選挙区
 改選121議席のうち、自民党は37議席(改選議席64)。民主党は、反自民の世論をさらって60議席(改選議席32)と大幅に議席を増やす結果となった。自民党と連立与党を組む公明党は9議席(改選議席12)で凋落。「日共」修正主義集団は、改選となった5議席から3議席になり、社民党は改選3議席のうち2議席と凋落した。
 各選挙区を見てみると、とりわけ構造改革によって切り捨てられてきた地方選挙区で、軒並み自民支配がひっくり返った。中国地方では、岡山県で片山虎之助・自民参議院幹事長が落選。青木幹雄・自民参院議員会長のお膝元である島根県では、自民現職が落選して国民新党新人が当選した。鳥取県でも自民現職が落選。中国地方の1人区では山口県を除くすべてで自民が議席を失う結果となった。改選2議席が争われた広島県では、民主党候補者が57万票を獲得したのにたいして、自民現職は39万票の大差となった。四国地方では4県すべてで自民現職が落選して全敗した。
 九州地方では、伊藤市長の銃殺事件があり、「原爆はしょうがない」の発言で注目された長崎県で、久間前防衛大臣が擁立した自民党のサッカー監督候補が落選して民主候補が当選。佐賀県でも自民党が温めてきた定番議席を民主候補が奪い取った。熊本県、宮崎県、沖縄県も自民現職が民主新人・無所属新人・元職に振るい落とされた。大分県では野党勢力が大乱立した隙間で自民新人が当選。対抗勢力の得票は当選した自民候補をはるかに上回るものでもあった。保守の牙城とされた鹿児島では、自民現職が当選したものの、次点の民主新人と約3000票差の大接戦となるなど、かつてない状況になった。
 北海道、東北、北陸地方の7つの1人区でも反自民世論が吹き荒れた。青森、秋田県で自民現職が落選し、岩手、山形、富山、森元首相のお膝元である石川県でも自民が敗北した。山梨では非改選も含め初めて自民が惨敗。その他、三重、奈良、滋賀、栃木県でも、自民候補が大差で撃沈した。
 改選数2の2人区では北海道、宮城、福島、茨城、長野、兵庫、広島、福岡など8選挙区で自民、民主両党が議席を分け合った。北海道ではその票差は26万票にもなった。宮城では19万票差。福島では13万票差。改選数5の東京では民主党が2議席を奪い、自民の本命候補は落選し、女子アナウンサーがかろうじて当選ラインに乗った。改選数3の埼玉、千葉、神奈川、愛知でも民主党が各2議席を獲得。神奈川県は小泉純一郎前首相のお膝元だ。自民党は地方で大惨敗しただけではなく、都市部でも大惨敗となった。
 選挙区73議席では、民主党が40議席。自民党が23議席。公明党が2議席。「日共」が0議席。社民党が0議席。国民新党が1議席。その他の勢力が7議席となった。
 比例代表の48議席では、自民党14議席、民主党20議席、公明党7議席、「日共」3議席、社民党2議席、国民新党1議席、新党日本が1議席となった。

 構造改革への憤激 全国で痛烈な批判・与野党縛る力示す
 今回の参議院選挙で自民は歴史的な大惨敗となった。過去最低は89年の宇野内閣時の36議席だが、定数の変化との関係を見ると実質最低となった。自民党の基盤となってきた地方で自民離れがすさまじいことをあらわした。農漁業の壊滅的な破壊、市町村合併、農漁協合併、郵便局も学校もなくすといった地方生活の破壊にたいしてすさまじい怒りがあらわれた。
 都市部でも自民党批判が圧倒。市場原理改革というなかで、労働改革によって労働者は非正規雇用増大、製造業者は大企業の買いたたき商業者は流通改革でつぶされ、年金、介護、生活保護などの社会保障は切って捨てられ、勤労者の怒りが噴出するところとなった。そして教育や医療の破壊、植民地的な腐敗堕落文化などへの怒りも尋常でないものであった。
 そして国民に聞く耳のない専制政治への怒りである。選挙が不利となると、投票日を1週間遅らせて、10数法案を審議なしで強行して選挙を有利にしようという転倒した手法。選挙にすすむと、安倍首相の国民世論が分からない感情むき出しの姿が丸見えとなって、雪崩を打って自民党鉄槌の流れをつくった。その専制ぶりの極めつけが、選挙大惨敗にたいする辞職しない表明であった。その国民無視の姿勢が大惨敗したのだ。
 さらに安倍首相は憲法改定を争点とするといっていたが、とくに戦争に乗り出すことが最大眼目である。これにたいする批判は、とくに広島、長崎、沖縄で自民党が軒並み惨敗したことが際だって証明した。

 安倍首相は続投を表明 顔を引きつらせ
 安倍首相は、選挙でかつての自民党惨敗としては新記録になったのに、辞職しないと表明したが、そのさい「改革が私の使命」などといっていた。まさに日本の国民を代表するという意識はなく、別の所すなわち国民と対立した財界とアメリカに与えられた使命と見なしていることを示すこととなった。久間発言に対する批判は全国を覆ったが、それは「日本人の思いが分からないアメリカ人ではないか」「日本を守る防衛省ではなく、アメリカを守る防衛省なのだ」というものであった。まさに小泉、安倍とつづいて働く労働者が子供を産み育てることができないようにし、農水産物の自給を放棄し、教育も医療も破壊するなど日本社会をぶっつぶしてアメリカに民族的な利益のすべてを売り飛ばす売国性への痛烈な批判が全国で共通したものとなった。
 選挙で大惨敗が明らかになるにつれて、安倍首相の顔つきはだんだん引きつりながら、自分はやめないと言明。「今回の選挙は厳しい結果であるが、改革を続行することが私の使命。選挙結果は国民の声と思うが、わたしたちがやってきた政策は間違っていなかった」と開き直った。
 安倍首相は当初「小沢さんとわたしのどちらを選ぶのかの選挙だ」といっていたが、形勢が不利になると「参議院は政権選択の選挙ではない」といいはじめ、そして選挙の結果「わたしはやめない」「わたしは美しい国をめざす」と開き直った。民意などクソ食らえというわけだが、いうこととやることが違っても平気な姿を広く暴露した。
 民主党が大量議席となったが、これは自民党批判の受け皿となったことを意味した。小沢代表が「生活を守る」「格差是正」をとなえて地方を重点的に選挙し、自民党の支持基盤を崩した結果となった。しかし民主党も対米従属と憲法改定という基本的体質では自民党と変わることはないが、選挙結果は民主党に対しても国民が強い縛りをかけたことを示した。
 また、これだけ反自民が雪崩のようになっているなかで、「日共」修正主義集団と社民党が自民党に同調してこれまた歴史的な凋落をしたことも重要な特徴となった。国民は、かれらについて、自民党と運命共同体と見なしていることを示した。自民党と対立した政治勢力と見なされておらず、また大衆を代表する政治勢力と見なされていないのである。社会党は安保も天皇も自衛隊も認めて自民党と連立で村山政府をつくってもらい、小泉・安倍政府につづく現在に至らせるのに大きな役割を果たした。
 「日共」修正主義集団も、自分の党は惨敗しているのに、「新しい時代が始まった」と人ごとのような解説をしている。この「新しい時代」は「日共」集団が消えてなくなりそうな時代であるが、それでも自分が反省する姿勢がない。その姿勢は、惨敗してもやめないという安倍首相に負けないことを示した。何をやっても自分は正しく、みな人が悪いというのが、戦後アメリカ型の自己中心イデオロギーである。革新の顔をしたイカサマが通用しなくなったという「新しい時代」は確かに始まったといえる。
 安倍首相と自民党の幹部連中は、安倍首相擁護の声を一斉に上げている。暴走政治を突っ走ろうというわけだが、国民の前に通用するわけがない。暴走姿勢は、アメリカと財界に飼われているということと、参議院で野党多数といっても、基本的なところは翼賛政党だからたいしたことはないというものである。しかし国会は議員だけで動いているのではない。日本中の国民が、お互いの意志を確信しあったことは、この選挙の重大な成果である。今回の選挙で示された圧倒的な民意は、強烈な圧力となって与野党を縛ることは疑いない。

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