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またも民意を読めぬ姿
安倍代議士・下関で演説
              山口県政界の劣化も表す
   2007年12月10日付

 9月に首相職を放り投げて引きこもりをやっていた安倍晋三代議士が7日、選挙区の下関市にやって来て、演説をやった。市民のなかでは、どんな顔をしてあらわれるかという強い関心があったが、敵前逃亡のいいわけどころか首相としての実績の自慢話のオンパレードで、わが身のおかれた位置と民意の読めない不思議な政治家との印象を強く残すこととなった。

  「実績」自慢のオンパレード            下関へきた安倍代議士(7日)
 下関市では同日5時30分から、駅前のシーモールホールで囲む会がもたれた。挨拶に立った安倍晋三後援会の伊藤会長は、「再び安倍代議士が日本を世界をリードする日が必ず来る。総理在任中は大臣のよからぬ事件があったけれども、教育基本法、国民投票法、防衛省誕生の3つだけでも大きな成果。いずれ近い将来、必ずやこの成果がクローズアップされる日が来る」と語った。
 下関市の江島潔市長は、「安倍政権の評価は後生になされるものと確信している。必ずや再登板へのラブコールが全国的に高まるものと確信している」といった。
 登場した安倍代議士は、海外出張中にウイルス性腸炎にかかり、断腸の思いで総理の職を辞したとし、「内閣では、21世紀にふさわしい教育基本法をつくった。防衛庁を省に昇格させた。さらに地方分権推進法も通した。教育再生のための法律も3本成立させた。国民投票法も成立した。戦後レジームの前提である公務員制度を改革するための法律もできた。就任当初は中国と韓国を訪問し、アジアの信頼を回復した」と実績を誇示。
 「ニッポンは60年間平和を守り、民主主義をしっかりと育て上げ、人権を守り、自由を守ってきた。この価値観を共有する国国と同じ同志として、自由を束縛されている人人を自由な世界で才能を発揮してもらえるような地球にしていくためにリーダーシップを発揮していく」とのべた。
 また「吉田松陰先生は“栄辱によって初心に背かん”といわれた。挫折をして屈辱のなかにあるときでも、初心を忘れてはならないということだ。参議院選は山口県では堂々たる成績を残した。山口県は別世界だった。残念ながら全国では大敗して過半数を割った。私は責任を痛感しているからこそ、続投を決意した。しかし冒頭に述べた理由で辞した。ねじれ国会では、テロ対策特措法はなんとか通過させなければならない。来るべき選挙でも心強い支援をいただけるようお願いしたい」とした。
 司会者が「戦後2度総理になった方はいない。ぜひ再チャレンジしていただきたい!10年たってもまだ63歳」と賛同を求める演出もあった。
 この間、地元では「政治生命は終わった」と見なす流れのなかで、衆院山口四区の代議士ポストを林芳正参議院議員が譲り受け、安倍代議士は比例に回り、さらに空いた参議院ポストに子分どもが色気を出すという、一連のポジションスライド構想もささやかれていたが、会見では一蹴。地盤を死守するパフォーマンスとなった。
 興味津々で会場に来た人人のなかでは、失敗の原因となった「実績」の自慢話を聞かされて唖然とする結果となった。一連のつっ走りをした結果、参議院選挙で強烈なしっぺ返しを受けて、首相職の放り投げをする羽目となったわけだが、それを自慢しているのが信じられないといっている。政治情勢は激変し、我が身のおかれている位置も激変しているが、変化する前の意識、昔の姿のまま、すなわち「過去の人」になった姿で下関市民の前にあらわれたわけである。
 「ごめんなさい」がいえず、「お願いします」がいえない人物、民意が分からぬ人物、事態の変化に対応することのない人物との印象を強く残す結果となった。下関、山口県の取り巻きが、いまになってもおべんちゃらばかりを言っているのは、安倍代議士を教育するのではなく、さらに大きな恥をかかせる要因であるとも語られている。この帰関劇は安倍代議士もさることながら、山口県政界の劣化もあらわすものとなった。迷惑しているのは山口県民である。

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