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明るい未来開く福田精神
福田正義没5周年記念集会
                 大衆とともに勝利の確信      2007年5月28日付

 長周新聞を創刊し、日本共産党(左派)の議長であった福田正義の没5周年を記念する集会が26日(土)午後4時から、下関市のシーモールホールで開催された【写真】。集会には下関、山口県を中心に福田正義ゆかりの人人はもとより、被爆者・戦争体験者、労働者、農民、教師、商工業者など全国各地から各界各層600人が参加。人民運動の各分野から朗読や意見の発表、構成詩、歌唱、映像、展示などで、福田主幹の戦前、戦後の業績と、精神を重厚に浮き彫りにし、参加者の人生と現状打開への熱い思いと響き合って、深い感銘を与えた。集会はこの5年間の人民運動の力強い発展を土台に、「死んだ者の命をとり返すことができないのなら、死なないためのたたかいを、生死をかけてやらねばならぬ」「誠心誠意人民に奉仕する」という純潔な思想で一致した勢力の存在こそが、戦争を阻止して平和で豊かな日本を実現する最大の保証であることに展望と確信を共有しあい、大きな1歩を踏み出す場となった。
 開会にあたって記念集会実行委員会顧問の頴原俊一氏(下関市・武久病院)が挨拶に立ち、福田主幹との長い親交を踏まえて、「福田さんの立派な遺志に学んで、肝に銘じて後を継いでいってほしい」と若い世代への期待を示すとともに、「福田さんの示された方向を皆さんと一緒に歩んで行きたい」とのべた。
 柳田明・実行委員長(川崎市・医師)が主催者を代表して挨拶。福田主幹没後の運動の発展をふり返り、「だれが民族の財産を奪い、なにが民族の活動を窒息させようとしているのか」が明確になったことを指摘、「“安保”というノドの遺物を除去するのか、それとも座して窒息するのかの瀬戸際に来ている。民族の創造あふれる内容をつくりあげよう」と呼びかけた。
 続いて、長周新聞社の森谷浩章・編集長がこの五年余りの活動の教訓として、「福田主幹がやってきた事業を継承する努力を続けるならば勝利に勝利を続けることができる」こと、大衆のたたかう力は全国で充満しておりそれを発展せるうえで、一切の日和見主義と一線を画して、「人民に奉仕する思想で統一された福田型の新鮮な政治勢力の結集」が不可欠であることを報告、集会をそのような勢力結集の契機とするよう訴えた。
 舞台スクリーンに、福田主幹が長周新聞社内のつどいで、社会進歩の側に立って人民に奉仕する立場を熱く語る姿がビデオで上映されたあと、長周新聞社の青年3人が登壇し、福田主幹が愛唱していた「みなしごの歌」(ソビエト映画『人生案内』より)を輪番で独唱。福田正義の生い立ちと重なる若い歌声が粛然と会場に響き、参加者の胸をうった。
 さらに、福田主幹が愛好した藤原義江の歌「荒城の月」が流れ会場に香(かぐわ)しい情緒が漂うなかで、福田正義の孫にあたる本田千恵氏(長周新聞社)が、福田主幹が幼年期に苦しい家計を支えて新聞配達をしながら病気で夭逝した友人を悲しみとも怒りともつかぬ思いで回想した「ある幼い友だち」を粛粛と朗読した。
 続いて、2・26事件から日中戦争突入の時期、福田正義が『門司新報』でコラムを執筆してたたかった様子を、下関の会社員有志が朗読とパントマイムで表現した。当時の下関の町並みを写したスライドを背景に、正月を迎えるために必死で生きぬく市民の美しさをたたえた「師走の街々」の朗読のあと、「手紙 ヒトラー様」を机で書く演技とともに、ヒトラーの仮面とハーケンクロイツ旗を登場させて風刺とユーモアをにじませた発表に、会場はどよめいた。
 劇団はぐるま座団員3人が構成詩『展望前後』を上演した。昭和8年の弾圧事件のあと、福田正義ら下関の青年たちが「金があってもないでもやらねばならん」と雑誌『展望』を発行したいきさつと、同世代の友人の多くが戦死し、同窓会もできないという悲痛な思いとともに、軍国主義の亡霊がのさばりはじめるなかで、「死んだ者の命をとり返すことができないのなら、死なないためのたたかいを生死をかけてやらねばならぬ」という切実な思想を彫り深く描写した朗読は、現実的な課題を帯びて参加者の心に迫った。

 熱こもる発言や構成詩 被爆者や戦争体験者
 このあと、被爆者・戦争体験者による「戦争体験と若い世代に託する思い」の発言に移った。
 はじめに、山口県甲飛会会長の安岡謙治氏が同世代の多くの同僚を特攻隊で亡くした痛恨の思いから、アメリカの物量にまかせた殺りくとともに、大量の兵隊を置き去りにした日本軍の奇妙な戦術について語った。また、安倍首相や下関市長がおこなった六連島での戦時訓練をばかげた「戦争ごっこ」と批判。「慰霊だけでなく、若い人たちと戦争反対でともにたたかっていく」と決意をのべると、会場から熱い拍手が送られた。
 下関原爆被害者の会の石川幸子氏は、同会が再建以後、さまざまな妨害をはねのけて、「思想信条、政党政派を超えて被爆体験を語る使命で団結」し、「原爆展運動を全国に広げ戦争体験者と力をあわせて平和運動に貢献できた」最大の要因が「福田さんがアメリカの占領下でものがいえなかった時期に、被爆した苦難に心をよせ、はじめて被爆者の問題を世に出した」ことを知って感動したことにあるとのべ、今後とも「福田さんに学び長周新聞とともに歩み、平和のために体験を語り継ぐ使命を貫く」と決意をのべた。
 続けて、長周新聞社の岡本太一氏が福田主幹の社内講話から「人民に奉仕する」を朗読。「人民の事業のために刻苦奮斗する」ということは、「言葉のいいまわし」や「理屈がうまい」というようなものでなく、徹底して「人民の苦難を調べ、それを助けていく活動をするなら、かならずそういう事業は人民に支持される」という真理を明確にした。
 さらに、下関原爆被害者の会の升本勝子、小西好美の両氏が1950年8・6平和斗争についての論文「広島と長崎」の抜粋を朗読した。両氏は人類史上かつてない残虐な兵器を唯一日本人に対して使用したアメリカの犯罪はかき消すことができず、どのような欺瞞をもってしても、「人民大衆をだます」ことはできず「いかなる理屈も大衆には無意味であった」こと、1950年8・6斗争以後、原水爆禁止世界大会が開かれるまでになったが、数限りない弾圧による「犠牲の先頭にはつねに共産党員と戦斗的な労働者が立っていた」ことを力を込めて訴えるように読み上げた。
 続いて、長周青年勤務員による構成詩「長周新聞創刊と根本精神」に移った。「大衆の利益を代表して、書けない記事は1行もない長周新聞」の事業を継承する若い世代の群像が、「吹雪も風も俺たちの行く手を阻むことはできない。平和の歌響く!」(「大行進の歌」)と未来に向けてうたい上げると、会場一杯に熱い期待と励ましの拍手が響いた。

 決意こめ朗読や合唱も 教育・市民運動・文化等
 ここで、休憩に入ったあと、後半は福田主幹の社説や評論の朗読から始まった。
 まず、山口県の小学校教師4人が『教育論』から、「民族の子として育てよう」を朗読。子どもたちが「民族的劣等感」を持ち、「民族の背骨を折るような、アメリカ的生活様式の賛美」のもとに置かれていることへの深い危惧(ぐ)とともに、個人主義的、享楽的で刹那的、金銭万能主義を厳しく批判し、子どもをたくましく育てる方向を提示する論説は、現代の状況と重なり、会場で深くうなずく姿が見られた。
 続いて、宇部市の教師・町田由美子氏が福田正義の教育論に学び、「今こそ勇気を持って子どもたちの未来のために、親、父母とひざを突きあわせて深く掘り下げて話し合い、子どもたちを社会の宝に取り戻す教育運動に全力をあげて取り組んでいきたい」と決意を表明した。
 さらに、今田一恵氏(小中高生平和の会教師)が「戦争遺児と靖国参拝」を戦争遺児であるみずからの体験と深い思いを込めて朗読。子どもたちの父親に対する思いや、戦争反対への願い、母親たちの苦労への深い愛情とともに、それを逆手にとってだまし、新たな戦争のために利用する者への激しい怒りをこめた彫り深い論説を全身で表現した。
 下関市民の会の10人の会員は、『市政・市民論』から、婦人を中心に「母親は力を合わせつつある」、男性を中心に「生き生きとした街に」を、戦前戦後を通じた生活体験とゴミ袋値下げ署名運動以後の市民運動の発展を踏まえて格調高く朗読。下関市議選のテーマソングとなった「働く仲間」を全員で力強く合唱した。
 『文化・芸術論』の朗読では、京都市の詩人・きどよしみ氏がみずからの活動の歴史的経験をふり返り、その反省と新たな決意を込めて「日共分裂問題を描く――金達寿『日本の冬』について」を朗読。山口市の藤井夏子氏が、「日本は自由過剰の国」といって堕落する文化人を社会の現実を突きつけて痛烈に批判して、「全人類解放の自由」を対置した評論「鯨の胃袋の中で」を、今日の状況に通ずる論点として新鮮な感性で明快に読み上げた。さらに、福岡県の桑原嗣子氏が、現実への働きかけの意欲と感動を失った芸術家の態度を批判した「現実の外にある机」を、新たな芸術創造の立場からみずからの課題と重ねて朗読した。

 福田路線に勝利の展望 響きあい会場高揚
 ここで、「下関の階級的で革命的な労働運動」についての意見発表に移り、元下関大丸労働組合委員長・伊東秀夫氏が登壇した。伊東氏は、福田主幹が「大洋独占の横暴に反対するたたかいは、下関市民を代表するたたかい」だと励ましを受けて導かれ、「組合員の固い団結」で勝利した経験を紹介、福田路線に導かれた新しい労働運動の発展に強い期待を表明した。
 続いて、劇団はぐるま座が構成詩「福田正義と劇団はぐるま座〜反修決起前後」を上演した。1967年、福田主幹の指導で、当時劇団が労働者、農民大衆を蔑視する小ブルジョア知識人の体質を改善することを課題に、山口県の農村・弥富に蒲団を担いで入って人民劇団としての面目を一新した体験を生き生きと描いて表現、人民の気分感情を発展的に描いて力を与える文芸創造への力強い決意をともなった演技に期待の拍手が送られた。

 福田路線に勝利の展望 響きあい会場高揚
 ここで、「下関の階級的で革命的な労働運動」についての意見発表に移り、元下関大丸労働組合委員長・伊東秀夫氏が登壇した。伊東氏は、福田主幹から「大洋独占の横暴に反対するたたかいは、下関市民を代表するたたかい」だと励ましを受けて導かれ、「組合員の固い団結」で勝利した経験を紹介、福田路線に導かれた新しい労働運動の発展に強い期待を表明した。
 続いて、劇団はぐるま座が構成詩「福田正義と劇団はぐるま座〜反修決起前後」を上演した。1967年、福田主幹の指導で、当時劇団が労働者、農民大衆をべっ視する小ブルジョア知識人の体質を改善することを課題に、山口県の農村・弥富に蒲団を担いで入って人民劇団としての面目を一新した体験を生き生きと描いて表現、人民の気分感情を発展的に描いて力を与える文芸創造への力強い決意をともなった演技に期待の拍手が送られた。
 さらに、長周新聞人民保育所の子どもたちが満場の注目を集めて舞台に登場し、「勤労人民を尊敬し、労働やたたかいや生き方に学ぼう」「大きい子は小さい子を温かい心で指導しよう」「女子は男子に負けないぐらいがんばろう」など5つのスローガンを中心にした構成詩を力一杯元気よく発表。豊北原発斗争のなかで生まれた歌「つぶせ原発」と、次代の担い手として生き生きと育つことを誓う「ひまわりの歌」を大きなはりのある声で響かせると会場から自然に手拍子が起こり、激励の声が飛び交った。
 最後に、「福田路線を学び、全国的運動を発展させる」をテーマに意見発表となり、下関市民の会理事長、市議会議員の兵頭典将氏と、原爆展全国キャラバン隊の山宮綾氏(劇団はぐるま座)が発言に立った。両氏は福田主幹の路線と精神に立脚することによって、敗北していくすべての日和見主義の流れとたもとを分かち幾千万大衆と共に勇躍前進することができることを報告。さらにこの大道を進む決意で締めくくり、会場から連帯の感情を込めた拍手が送られた。
 会場の感動がさめやらぬなか、福田槐治・福田記念館館長が閉会の挨拶。「感動を共有し、ともに前進する決意」とともに、「福田正義記念館の活用」を訴えてプログラムのすべてを終了した。参加者は感動と連帯の思いを口口に語りつつ帰路についた。
 会場ロビーでは、「幾千万大衆と共に――福田正義の世界」(パネル65枚)と、桑原嗣子風刺画「戦争と平和」48点が展示され、開会前から多くの人人が熱心に見入る姿がくり広げられた。


 実行委員長挨拶  柳田明
 福田主幹没後5周年にあたり、ひと言ご挨拶申し上げます。
 この5年間を振り返ると、2003年には全国のおもな図書館1000カ所に福田さんの書籍が寄贈され、2004年5月16日に福田記念館がつくられ、図書室も完備しました。そして記念館2階には、福田正義の業績紹介コーナー、礒永秀雄の世界展、書道の道岡香雲書作展、3階には「原爆と峠三吉の詩」の紹介があり、この他にも維新発祥の地下関の紹介もおこなわれてきました。さらには子どもたちに良い映画を見せるためのコーナーなども併設されて活用されています。
 この記念館でエネルギーを補給し、あるかぽーとのたたかい、満珠荘のたたかいが発展し、長崎や広島をはじめ全国のおもな都市で「原爆展」がやられてきており、「全国各地で」注目と歓迎されてきたことは、福田記念活動の5年間の大きな成果です。

 民族の生き返りをめざして
 しかし日本列島を見ると、都会でも田舎でも、農業や漁業、林業にしても、荒れに荒れ果ててきています。商店も学校も郵便局も同じであり、これに医療機関が加わろうとしています。海も畑も山も、子どもの出生から成長も、高齢者の豊かな老後も、破壊されています。これでは日本列島が呼吸するにもできない、声も出せず窒息状態に陥ろうとしています。民族の継承が阻害され、破壊されています。日本民族がまさに半死のチアノーゼ状態にあります。
 だれが民族の財産を奪い、なにが民族の活動を窒息させようとしているのか? 全国の幾千万の日本(にっぽん)を愛する人人が考え始めています。
 私たちが呼吸をし、食物を嚥下(えんか)し、民族の生命活動を保障しているのどをふさぐ異物が次第に明確になってきた。長崎では市民の声を代弁してきた市長を凶弾で口をふさぐというテロをおこなうところまできました。今日、この「安保」というのどの異物を除去するのか、それとも座して窒息するのか、日本の農漁業から教育、医療までが瀬戸際にきています。
 50年ほど前、安保のたたかいがあり、日本全国で数10万人が祖国をしばる鎖を断ち切ろうと立ち上がりました。各界各層幾千万大衆の民族の呼吸が、のどの蓋をする異物をたたき出し、吹き飛ばし、みずからの魂の声をはき出す時期がきているのです。
 本日の福田主幹没5周年記念集会におきまして、皆様方おおいに論議を重ね、民族の創造あふれる内容をつくりあげていただきたい。


 長周新聞社の挨拶  編集長 森谷浩章
 福田正義主幹の没5周年記念集会のためにご尽力いただいた実行委員会のみなさん、またお忙しい中を、遠路はるばるお集まりいただいたみなさん。私は長周新聞社を代表して心から敬意を表し、お礼を申し上げます。
 福田主幹が亡くなられて早くも5年半が経過しました。いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関として、福田主幹によって創刊された長周新聞は、没後5年間をたたかい抜き、創刊52周年を迎えることができました。それは読者・支持者のみなさんの心あふれるご支援のたまものであり、改めて感謝するものです。
 この5周年にさいして、2回の実行委員会が開催され、新聞紙上で28人の方方が発言され、また戦争体験者の座談会、労働運動座談会などが行われ、そして本日の記念集会に向けて多くの方方がさまざまな準備をされて参加されております。それは、非常に熱のこもったものであり、福田主幹の事業を継承することによって、現在の社会の展望を切り開くことができるという意欲に満ちたものとなりました。
 われわれのこの5年間の経験をふり返ってみますと、福田主幹がやってきた事業を継承する努力をするならば、勝利に次ぐ勝利を続けることができるし、それに反するならばつぶれていくということを、非常にはっきりと証明してきたと思います。
 戦前から引き継ぐ福田主幹の事業、その理論と実践、そこに貫く思想と路線は、まさに幾千万の日本人民の斗争の歴史であり、戦後62年たった現代において、ますます多くの人人のなかでよみがえってくるものだということを確信することができます。とりわけ戦争に向かう反動的な流れのなかで、それを突き破って日本人民の平和で豊かな未来を切り開くため、きわめて新鮮な生命力を持っていることを確信を持って報告することができます。
 福田主幹は、あの戦争をくぐって、「死んだ者の命が返らないのなら、死なないためのたたかいを命をかけてやらねばならぬ」といわれています。さらに、戦争に突き進み人民がもっとも苦難のなかにあるときに、日本の共産党が、その手助けができずに消滅しましたが、中国ではたちまちにして全中国を解放しました。これはなぜかというのが、問題意識であったといっています。それは一切のごう慢な支配階級の思想に反対し、人民に奉仕する思想に徹して、苦難にある大衆の手助けをしていったからだといっております。その思想・立場を貫いていくなら、戦争に立ち向かって人民が勝利できるということであります。
 敗戦後5年目の1950年、朝鮮戦争のさなか、戒厳令状態の広島で突破した8・6平和斗争はその立場に立って組織されたものであり、長周新聞はまさにその精神で創刊されました。
 福田主幹の立場と思想は、まさに戦争に突き進む苛烈な情勢のなか、それは同時に支配勢力の権威がすっかり崩壊するなかで、人民大衆を導いて勝利する路線であります。
 現在、戦後さまざまに登場した「平和や民主主義」を叫ぶ政治潮流のほとんどが、アメリカ賛美の正体を暴露し、支配勢力の手下となって人民の側を攻撃する姿を暴露しています。日和見主義の本質は、少数の者の利益のために大多数の者の根本的利益を犠牲にし支配勢力と同盟することだといわれています。福田主幹の立場と思想はそのような一切の日和見主義、修正主義とは根本から違ったものであります。
 われわれはこの間、下関から始まった峠三吉の原爆展運動を、広島、長崎、東京、沖縄そして全国と、すでに数千カ所で展開してきました。このなかから第2次大戦の真実のパネルが作成され、現在展示活動を進めていますが、このなかで、「なぜあの戦争で320万人も死ななければならなかったのか」「戦後社会は、誰が誰を支配しているのか」、そして、現在の問題として「なにがなんでも戦争を押しとどめなければならない」ということが、戦争体験者から若い世代、かつての労働運動体験世代など、広範な人人のなかで大論議されるところとなっています。これは小泉、安倍政府とくるなかで、戦後日本を覆ってきた欺瞞のベールがはげ落ちて、人民世論の歴史的な転換が始まっていることを示しています。
 大衆のたたかう力は、全国どこでも充満するところとなっています。それが形をなし、力になるためには、一切の日和見主義、修正主義潮流のインチキを暴いて、なにもないところから、大衆を団結させ、敵と正面からたたかい抜く献身的な政治勢力の結集が不可欠です。それは人民に奉仕する思想で統率された政治勢力、すなわち福田型の新鮮な政治勢力でなければなりません。一切の私心を捨てて、大衆の根本的な利益を守り、敵に対して先頭に立ってたたかい抜く、そのような指導的勢力を全国的に結集するなら、60年安保斗争のような大政治斗争を起こすことが可能であり、日本社会の戦争と反動の流れを変えることができるということであると思います。
 福田主幹の没5周年集会は、独立、民主、平和、繁栄の日本を実現する人民の巨大な勢力を結集する契機としなければならないと思います。長周新聞社の勤務員は、5年間のたたかいを締めくくり、新たな5年に向けて、さらに福田主幹の根本精神と、労働運動、文化運動をはじめ、より多面的な事業を継承するように努力し、幾千万大衆の役に立っていくために奮斗することをお誓いしてご挨拶とします。

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