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アメリカ派遣の植民地主義者
下関市江島市長の9年間
              市民には首つりの自由     2004年3月13日

 下関市では江島潔市長の横暴をなんとかしなければ下関はとんでもないことになってしまうとの声が強まっている。全国まれな高いゴミ袋代の値下げを求める署名が人口の半数近い10万人をこえても、市民のいうことは聞かない。熱心なのは下関商港へ海自艦船、ことに米艦艇の入港歓迎であり、最近では自衛官にたいする市立水族館の割引をやり、その理由が「イラクヘ行く自衛官の後方支援をする」とか、「(軍隊を支援することが)普通の国にすること」と、普通でない見解を出して全国的に注目された。江島市長は登場以来なにをしてきたか、「宇宙人」ともいわれるがいったいいかなる正体の市長であるのか、考えてみた。

  支持者だまし登場 果ては軍港化
 江島市長が「市民党」をかかげて初当選したのは1995年で、昨年春に3選されて来年度で10年目となる。日本新党、新進党と所属政党をかえて立候補。初当選した選挙戦では「沖合人工島を見直す」「国保料を県下最低にする」などと、反自民をとなえて票を集めた。だが人目につきにくいところで、自民党・安倍事務所から支援を受け、反自民と自民の票を集めて当選した。当選すると真先に安倍事務所にあいさつにむかい、記者会見で公約は「若気のいたりでした」とホゴにして、支持者をペテンにかけて裏切るという芸当をやってのけた。政治信念、有権者の信頼というものではなく、「ボクが得することが真理」というような、下関の人人があまり考えたことのない人類であった。
 その後の選挙は、自民党・安倍、林事務所の支援で、他候補をなできって当選をつづけてきた。江島市長が在任した9年間のうちに、下関は全国でも福祉、教育の切り捨てでモデルケースとなり、電子入札で地元業者は衰退させられ、行き着く先は軍港化であった。
 2月中旬には下関商港に、海上自衛隊の掃海艦艇14隻、米掃海艦2隻が入港し、民間の経済活動に支障を与えた。昨年2月のときには歓迎レセプションをやり花束を贈呈してひんしゅくを買ったが、今度は米掃海艦が入港した翌日の人目につかないときに、艦長に会いにいき小一時間ほど会見した。なにを話したのか市民にとっては憶測しかないが、「ボクはアメリカの小学校を出たアメリカ市民。あらゆる便宜をはかるのでどんどんボクを使って」「本国のしかるべき方方にボクの名前をよろしく」といった調子だろうと語られている。
 つづけて「テロ対策をおこなう」として下関市は、2カ年計画で5億5000万円の予算を計上した。アメリカの要求で港にかんする条約改定されたのに従ったもので、今夏までに東大和町の第一突堤をはじめ、下関商港の周囲をフェンスではりめぐらして、監視カメラをつけるとしている。「テロ対策」により、米艦船はバリケードや検問をつくらないでも、いつでも入港できる態勢がつくられる。日本人が不審とみなされて、散歩や釣り人にいたるまで、フェンスのむこう側に追いやられる。
 アジア諸国にたいしては排外主義の発言をくり返してきた。2001年にはインターネット電子掲示板上で、歴史教科書問題への「韓国」政府の対応を批判した。「第2次世界大戦以前、アジア諸国が欧米列強に搾取されていたのは事実なわけですから、その当時、唯一、欧米列強に対抗できるアジアの国であった日本が、立ち上がったのは当然の成り行き」「戦後、一貫して日本がとりつづけてきた“敗戦外交”から、一歩もぬけきれていません。(内政干渉に)ビビるな!日本人」などと書きこんだ。
 同じく、アメリカの広島・長崎への原爆投下については、江島市長は「“恨”が残るだけの“忘れない”などという気持ちを“日本国家として?”持ちつづけるのは賛成できません」としていた。
 敗戦後、アジア諸国との平和貿易で発展してきた下関の経済界や漁業界などの努力はないがしろにし、アメリカにコビを売ることで国政への出世をはかっていると、関係者のあいだでは受けとめられている。
 戦争体験者は、「明治から敗戦まで下関は要塞都市で、軍港でもあった。写真撮影もダメで、立ち入り禁止がたくさんあった。米軍から大量に機雷を落とされて、街は焼き払われた。あのような時代に逆もどりしていくようだ」と、市民生活にのしかかる戦時に似た空気に危惧(ぐ)を語っている。

  大手の談合に自由 中小には倒産の自由
 江島市長の経済政策は、下関の食いつぶしであった。2002年の8月から、小泉首相の地元・横須賀市につづいて全国2番目に電子入札、および条件つき一般競争入札を導入した。物品購入でも2月から予定価格80万円以上を対象にはじめ、4月には500万円以上の中小規模の公共事業にも導入される。年間で400〜500件の入札が対象となる。
 またISO(国際標準化を推進する機関)取得しなければ、入札参加の優遇が受けられないとしており、案件に応じて取得を条件に加えるとしている。国際取引とは無縁である地元業者まで、審査登録機関に認証として数百万円、毎年の更新で60万円前後を払わされて、審査を受けることになる。国交省の出向役人が旗振りとなって、国際競争力をつけることや透明性をはかるとして、海外ゼネコン、企業からの入札も可能にするシステムがとりいれられた。
 こうして地元建設業者の参加する入札はたたきあいとなっている。昨年4月から8月までの5カ月で、下関市が発注した2000万円以上の公共工事は54件、総額で53億5000万円であったが、このうちたたき合いとなったのは、件数で6割(金額ベースでは12%)を占めている5000万円未満の工事だった。
 1件の入札に多いときで38社が殺到して、32件の平均落札率は77.1%となった。中小業者の廃業、倒産がつづいており、担保に入れた家屋敷までとられて、家族離散といった悲劇も起こっている。資金繰りのために経営者がみずから命をたって、生命保険を借金返済にあてている。労働条件の悪化と就職難も強まっており、来春就職希望の高校生・内定率は、1月末で69%であった。10人中3人が人生の門出をまえに、職が決まらずに不安な日日を過ごしている。
 4年間で安倍代議士の出身企業である神戸製鋼所九州支店への2百数十億円にのぼる発注がおこなわれた。林代議士のサンデン交通なども、競艇場や水族館への補助に加えて老人パスへの補助などで分けどり状態。
 「自由化」「自己責任」というが、中小が「首つりの自由」なら、大手企業やゼネコンは「談合の自由」であった。自由競争というが、大手との関係では利権優遇であった。これが小泉政府の構造改革の先進モデルというわけである。
 「イラクに税金を使うぐらいだったら、国内にむけてほしい。小泉さんは“痛みにたえて”というが、自殺者は年間で3万数千人にのぼっている。中小企業や一般の人たちはイラクどころではない。自衛隊員より難儀な目にあっている人ばかりだ」と、50代の経営者は、荒廃していく地元経済に心を痛める。高校生の就職先も奪っていく市政にたいして、「職をよこせ」の世論が噴き上がっている。

  国のモデルケース 真っ先に予算削減
 ゴミ袋の50円は日本中で怒りとともに笑いものになったが、下水道料金は全体で20.6%引き上げられ、市民税、シルバーパス、ユースホステルなど、公共料金の値上げラッシュがおこなわれた。「相応の負担をお願いすることになった」などといって福祉や市民生活を切り捨ててきた。
 教育や文化、郷土の歴史などの切り捨てはいちじるしい。下関市立大学の来年度予算は、一般会計からの繰入はわずか141万円だった。学生の支払う授業料、入学料がピンハネされるという事態はかろうじて免れたが、約3億円(推定)の地方交付税は、大学には回されずに市発注の大型工事の方につぎこまれた。
 市大は自主財源率99.9%で、学生一人当りの予算が全国一少ない公立大学である。教員一人当りの学生数もトップクラスであり、非常勤で補っているため、学生にとって疑問点を聞くことすらむずかしい大学運営を強いられている。
 大学図書館の蔵書数が少なく、語学を習得したくても本の購入がむずかしい。体育館も田舎の中学校よりひどく、来年度の予算要求が出されたが、毎年の恒例で延期された。グラウンドでは運動部がひしめきあってサークル活動をしている。パソコン台数が少なく学生に行き渡らない。昼食時に食堂に学生が入りきれず、夏場は蒸しぶろの教室で講義を受けている。
 下関市内の小・中学校におりてくる地方交付税も、同様の使われ方がされている。あちこちの学校では壁面の落下が起きているが、できるのはロープで通行禁止にするぐらい。予算縮小も改修工事でままならない。バザーで図書購入費をつくり、地域からカンパで運動会をおこなうが予算が足りない。プリントや消耗品まで保護者負担に回され、来年度からは児童・ふれあいクラブ利用料は、月1000円だったが2倍の2000円に引き上げられた。
 吉田の東行庵に保管されていた高杉晋作の遺品は、萩に散逸させた。表向きは市民の署名をやらせながら、裏では萩の野村市長と示し合わせてやったものであった。今度も仲良く新撰組キャンペーンに出かけるといわれている。歴史的建物として保存要求がおこり、第一別館のとりこわしは撤回したものの、活用せずに崩れるのを待つだけである。長府時代祭りや、地域でおこなわれてきた夏祭りなどへの助成金は、「マンネリ化している」などと一方的にうち切った。
 小・中・高校や大学の教育費についても、少ない予算で運営することはいいことなどと、予算削減を公言してはばからない。「自己責任」「受益者負担」をかかげて、市民生活にかかわる予算を削ることで、国の方に予算削減のモデルケースとして売りこんでいる。

  出張の旅費は聖域 熱心なのは海外視察
 江島市長が聖域として逆に予算をふやしている一つが出張旅費である。江島市長の今年度の出張は、海外が7回で45日と全国の首長のなかでもあきれるほど突出している。国内出張の96日を合わせると、年間で3日に1日にあたる141日役所をあけていた。行き先はドイツ(10日間)、ブラジル(10日間)、トルコ(7日間)、中国(6日間)、「韓国」(4日間が3回)となっており、市長1人に使われた出張費は日当もふくみ約580万円であった。
 下関市の国際交流費は来年度予算で1億3000万円にものぼり、政令指定都市より高額になっている。ところが、熱心な海外視察でなにを勉強してきたのか、市民も議会も聞いたことがない。下関が良くなったことがないのである。「ボクが遊ぶのも自由」という論理のようである。
 以上を見てくると、権力を得るためには人をペテンにかけるのも平気、市民の意見は聞かない権力者政治、倒産や失業がふえ、若者に就職がなくても、下関の経済を振興させるのでなく食いつぶしてしまう、郷土の歴史や文化、教育などはカネにならないとばかりに切り捨てる、その行き着く先が、「韓国」などのアジア諸国が批判をすると文句をつける一方で、アメリカの軍艦には「ウエルカム」外交、自衛隊には「軍隊を賞賛する普通の国にする」というものであった。
 郷土愛も愛国心もなく、アメリカを心の古里とするアメリカ市民意識であり、下関にはアメリカから派遣されてきた植民地主義者として、さんざんに食いつぶすだけのために振る舞っているように見られる。これはアフガンやイラクのカイライ政府のような観を呈している。
 このような反市民の利権市政にたいして、警察は談合情報や政治と金にまつわる話が流れてもまったく動かず、市議会は保守も革新も区別のつかないオール与党状況、まったくチェック機能は働かず、なんのために1000万もの議員報酬をとっているのかわからない。
 ゴミ署名運動は市民の力を示すところとなったが、市民が声を上げ、力を束ねて江島市長とその背後勢力の横暴を規制することが唯一の市民の活路となっている。

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