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荒れる下関A中学校
「子ども天下」で学校が崩壊
教師が新鮮な時代意識を

 下関のA中学校が荒れていることで親たち、地域の人たちが心を痛めている。授業中に突然非常ベルが鳴ったり、学年がいつもざわついていたり、何人か外に出たりで授業が成り立たないし、まじめだった子がたばこを吸いはじめたりとなっている。子どもは「学校がおもしろくない」といい、教師の方は一人が失意のうえに休職し、多くは敗北感にとらわれ、あたらずさわらずの対応をしている。この学校は以前にそうとう荒れていて、教師、親、地域が一体となった努力で立て直したといわれていたが、またも荒れてしまったというので、下関はもちろん県内でも注目されている。
 事なかれでは荒廃拡大
 それは直接にはつぎのようないきさつを経ている。ある女教師が生徒のスカート丈の膝上規制をはじめた。しばらくしたのち、生徒が女教師をなぐるという事件が起きた。そのいきさつがこじれて、その親は学校に抗議した。父兄が呼ばれて開かれた総会では、校長が長長としゃべったが、父兄にはなにが問題なのかわけがわからない総会だったという。そのまえに、校長とその教師、親の会合の場で、校長がその教師に謝らせた。校長はそれでおさまることを期待していたふうだが、生徒は逆に荒れていった。結果は、それまでも「生徒の気持ちをわかる先生がいなくなった」といわれていた教師集団の権威ががた落ちとなってしまって、すっかり「子ども天下」となり、教師は頭をかかえることとなった。
 教師と子どもが対等の関係となり、教師が子どもを教え、導くという関係が崩壊し、学校が学校でなくなっているのである。ところで、このようになる状況は、この事件のまえからあり、多くの学校でも程度の差こそあれ共通しているといわれている。
 教育理念を破壊する「個性重視」教育
 十数年まえからアメリカ直輸入の「子どもの人権」論が叫ばれるようになり、文部省が「個性重視」教育をとなえるようになってからひどくなってきたというのが、多くの教師の実感である。「子どもが主人公」といい「個性重視」「興味と関心」といえば進歩的な装いだが、実際には教育理念がなくなり、子どもを自由勝手にさせ、学校は子ども天国のようになってしまった。
 親や地域は、「最近の先生は子どもをしからない」「サラリーマンじゃいけない」という意見が大多数である。子どもがなにをやっても擁護し学校に文句をいう親はまったく一部である。ところが教師の側はそれが大多数に見え、「うかつに子どもをしかったら教師として首をかけることになる」と語る状況がある。少数の子どもの主張に親が同調し、教育委員会からマスコミ、警察ざたにまでなって、「子どもの人権侵害事件」になってしまいかねない社会状況ができているのである。そして先生は子どもの子守のようなもので、下男か女中のような屈辱感を味わう羽目になっている。
 生まれたときは猿と違わないところから、人間になっていく過程、しかもより発展した社会の担い手になる過程で、親、社会、学校が子どもを導くことをせず、子どもたちが努力して学び、自分をきたえ、成長していくようにせず、興味と関心のおもむくままにさせるというのでは、動物の放し飼いをしているのと同じといってよいだろう。子が親を殺し、親が子を殺す、関係のない他人を無惨に殺す、まるでケモノのような人間があらわれているのは、このこととかかわっている。そしてそれは、アメリカのブッシュが自国の自由のために他国の自由をじゅうりんする、そのためには核兵器までも先制使用するという野蛮きわまりない自分勝手な戦争政治につうじるものといえる。
 もっともおもしろくないのは子供達
 このような状況に、心から危惧(ぐ)するのは親たち、地域の人人であり、もっともおもしろくないのはなにをしに学校に行っているのかわからない子どもたちであろう。子どもたちのなかでは、「しっかり勉強しなければいい学校に行けず、いい就職はできない」といってもいまやなんの信頼もない。就職がないことはだれでも知っており、自分たちの未来が明るいと思ってはいないのである。
 最近の子どもたちにたいして二つの評価がある。被爆者や戦争体験者は、その苦労や悲しみ、怒りの体験を語って、「最近の子どもは人の心がわかるようになった。豊かな時期の子どもは聞く耳がなかった。最近の子どもは苦労している」と語る。その話を聞いた子どもたちが心から感動して生活態度を変えていく。それはまさに魂にふれる教育になっている。それは現代の子どもたちが、自分の祖父母の世代の戦争をはさんだ歴史的な体験を学び、平和で豊かな未来のためにがんばろうという意志をしっかりもっていることを確信させるものである。その面を本質的な要求としてもちつつ、もう一方で「子ども天国」で好き勝手もしているといえる。
 規制だけでなく展望与える教育を
 A中学校の現状を解決するのは、第一に教師集団の任務である。このさい、自由放任がいけないというので規制だけを強めて表面上を整えるというのでは、なんの解決にもならないというのは試験ずみである。求められているのは子どもたちに展望を与える新鮮な教育の理念であろう。子どもたちはいまの時代を反映して生きている。それは一方では、失業や貧困、戦争へと流れる弱肉強食の暗い時代であり、そのなかで明るい未来へつながる確かな発展的な時代の意識を見出したがっていることは疑いない。
 教師たちは新鮮な時代意識を見出さなければ新鮮な教育理念をつかむことはできないが、それは抽象的な理念ではない。なによりも勤労する親たち、地域の人人のなかに足を運び、子どもたちが生活している親たちの生活と斗争について、その苦しみや怒りや喜びについて、また子どもたちの教育へのほんとうの願いについて、そこに流れるよりよい社会をつくろうという発展的な意識について、真剣に学ばなければ見出すことはできないだろう。親や祖父母は教育できないなどと見るのはとんでもないごう慢である。
 この点でも、七〇年代の「人確法」以来、教員の給料を大きく上げ、人民生活と切り離し、無力な世間知らずにしていくというのも意図的な政策としてやられてきた。これがいまや大矛盾をきたしており、子どもが抵抗したら簡単に破産したりしているのである。パチンコ屋や飲み屋にはやけに教師がめだったり、精神疾患になったり、ハレンチ教師もあらわれたり、休職、退職も少なくないのはその辺の事情と深くかかわっている。
 現在ひじょうに重要な問題は、このような状況で先頭に立つべき教職員組合の多くが、子どもの教育を第一義とするのでなく、「自分の権利」のとりことなり、自由放任、自由、人権教育の側に立って、真先に破産していることである。
 現代の子どもたちは口でそうはいわないが本質上、いまより平和で豊かな立派な社会の担い手になりたいと願っている。この教育のためには、教師集団が勤労父母、地域の人民と団結して、エネルギーをもってのぞまなければできない。
 心配する地域や父母 授業不成立がふえる
 下関市内のA中学校の保護者や地域の人人から、「半年のあいだに子どもが急激におかしくなった」と訴えが出されている。
 約千戸の市営、県営住宅と一戸建ての住宅地をバックにひかえ、古くからの農家の畑に囲まれた丘陵地に、A中学校が立てられて二〇年近くになる。市内では新しい中学校で、五年ほどまえにはナイフで先生を刺したり、放火や暴力事件といった荒れ状況があったが、学校関係者の努力もあってここ数年は落ちついていた。
 A中学校の二年生男子生徒らは、授業中のようすについて以下のように話している。「授業中はほとんどみんなしゃべっているから、授業の半分くらいは成り立っていません」「授業中も女子七〜八人くらいが廊下に出ていて、授業もざわざわしています」「すごく荒れている人には先生はいわないで、ぼくたちばかりにいうようになった」と、学校に行っても楽しくないと口口に訴えている。
 エスケープをしたことがあるという二年生女子生徒たちは、「わたしもノートは真白、二学期に入ってなにも書いていません。おもしろくないから授業中はおしゃべりしています」「先生の話を聞かないで、お化粧している人や手紙の交換をしたりしているけど、あまりいわれません。先生より生徒の方が強いから」と、学校でのうっ憤ばらしにタバコを吸って親にたたかれたという。
 学校帰りに集団で固まっていためだつ姿の女子生徒らは、「ピアスをしても髪をそめてもスカートのすそを上げても、先生はいちいちうるさい」「わたしたちの気持ちもわからないのに」と派手な服装をして学校や先生に反抗したり、むちゃくちゃをするアナーキーな反面、「わかってくれる先生は出てこないのだろうか」と、満たされない思いをふくらませつづけている。地域で暴れて回る一部の三年生より、学校のなかで反発するこの二年生が、学校をまきこんで事態は深刻化しているといわれている。
 二学年になってわずか半年、このあいだに学校や子どもにどんな異変が起きたのか、いちばん心配しているのは親や地域の人たちである。二年生の娘の母親は、「参観日で行ったとき、女子生徒がほかの教室に出入りしていて荒れていてびっくりした。娘の話では何人かの女子生徒が活発で、それを中心に授業ができない状況だという」と、がらりと変わってしまった子どもたちに信じられないようす。ある父親は「たたいてでもきびしくしつけてほしいのに、逆に学校に行かせるたびに子どもが悪くなるのはなぜか」と、いらだちをかくせない。
 PTAのある役員は、事態の説明をあまりおこなわない学校に業を煮やし、「学年総会がおこなわれたが、先生たちはみんな陰うつな表情で、なにが起こったのか、学校はどう評価しているのか納得のいく話はなく、学校の名が出てほしくない、校長の名が出てほしくないという事なかれ主義を感じた。悪いことは悪いと、はっきりさせてほしい」と、いっこうに解決にむかずに、深刻化していく子どもたちの実態に心を痛めている。
 地域の近所の人人のあいだでも「生徒一人一人はいい子なのだが、学校に行くと群れて悪くなる」と、日に日に急激に変化しているA中学校の子どもたちをまえに、なにが起こっているのかもわからず不安を募らせている。
 子や親、教師みんなが今年三月までは平穏だったと認めていた二年生になにがあったのか。四月には新しい担任が決まり、新しいスタートを切るはずだった。一つの崩れの起点となったのが、六月中旬に二年三組の担任が女生徒になぐられるという事件といわれている。女生徒の保護者にたいし担任が謝るというおかしな事態に行きつき、教師の権威失墜につながったと語られ、ある先生は「教えるものと教えられるものの関係が逆転してしまった」と、子どもが学校内で自由、人権を振り回すことを奨励する結果になったとふり返る。
 学校の説明や関係者の話によると、四月から二年三組は新しく女の先生が担任となった。この先生は子どものあいだでは服装や持ち物チェックなどできびしいと知られている、同校では在籍も長いベテラン先生で、とくにミニスカートだったこの女生徒にはものさしをあてて、ひざ上何aか丈をはかるなどきびしかったという。それまでとはやり方が違うとの思いをもつ女生徒は、たびたび担任に反発するなどしていたという。
 ことのはじめは六月中旬に、二年三組で担任が授業をおこなおうとしたところ、この女生徒とのあいだでトラブルとなって平常に授業がすすめられなかったという。このため担任は女生徒と話をするために、相談室に連れて行った。そこのやりとりのなかで、「なぐるぞ」「なぐれないくせに」ということになり、担任がメガネをとったところに女生徒が二発なぐり、三発目で別の先生が止めに入ったという。
 それを知った校長は、担任に「保護者のところに謝りに行きなさい」と迫った。校長は同校にたびたび苦情をいっていた保護者をつうじて、女生徒が担任の厳格な服装チェックなどにたいして反発をもっていたことを、五月ごろにはつかんでいた。「校長先生は親に謝りさえすれば、ことがおさまると判断したのだろう」とも話されており、結局ことの是非をはっきりさせないまま、翌日の放課後、校長室で校長、教頭をまえに担任が「女生徒にきびしくあたったことはよくなかった」などと、保護者に謝ることになった。このことの子どもにたいする教育的効果はまったくよくなかった。
 この話はたちまちにして二年生の生徒たちに広がっていった。子どもたちは「先生は逃げている」「校長先生は肝心なところでヘナヘナとなった」と口口にいい、二年三組の担任にたいする権威だけでなく、ほかの先生の権威も失墜してしまい、授業の混乱に拍車がかかったのである。「先生たちが引いたと見たら、子どもたちは群集心理でおれもやってみようとなる。平和だった学校が崩れはじめるのはあっという間だ。人権論をやられると先生が引いてしまう。そこに一つの問題がある」と、ある市内の先生は話す。校長先生がかかわっておこなわれた解決策は、事態を収拾させたいという学校の思惑をこえて、二年生全体の混乱にまで行きついた。
 二年生全体に授業が成り立たない状況が広がっていることに危機感をもった教師たちが要望し、七月五日には学年総会が開かれるが、なにが問題なのか学校も収拾がつかないなかで、校長の説明は親たちの不安をいっそうかきたてただけだった。「学校の指導がきびしすぎるから子どもが荒れている」との一部の親から意見が出ると、子どもの自由、人権を守らなければならないという流れになり、「時代は変わり、子どもも変わっている。担任の先生は指導に行きすぎがあった」と学校もその方向におさまった。教師と親、地域が話しあって、教育を正常化するためにやろうという大部分の意見がかき消された形となった。
 その後、事態はいっこうに解決せずにますます深刻化しているのである。

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