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議員に市民の声を聞かせた
下関・あるかぽーと問題
              26対11で売却議案否決    2007年3月30日付

 下関・江島市長が数年越しでごり押しをはかったあるかぽーと市有地の売却議案は、市民の猛烈な市議への圧力の行動と世論によって、26対11という圧倒的大差で廃案に追いこんだ。江島市長のいいなりの飼い犬といわれてきた下関市議会が、市民のいうことを聞いて動いたのである。それは、近年にない快挙として関係する市民だけでなく、全市民が大喜びするところとなった。安倍総理をバックに暴走する江    議案否決に喜びあう市民(28日、下関市役所前)
島市長を縛り上げる市民の力を確信させ、力関係の変化を強く印象づけるものとなった。
 「反対26票、賛成11票。よって第80号議案は否決といたします」。議場全体がどよめいたのち、埋め尽くされた傍聴席から、大きな拍手と歓声がわき起こった。「やったー!」「正義は勝つよ!」。埋め尽くされた傍聴席から、だれともなくそんな声が発せられた。固唾を呑んで本会議を監視していた市民の表情には、喜びの笑顔が広がった。階下の議員たちはいつの間にか議場から姿を消していた。「万歳!」と両手を上げて喜ぶ人の姿あり。圧力攻勢にめげず、矢面に立ってきた商店主のなかには、涙を浮かべる人もいた。どの顔も自信に溢れ、喜びに満ちていた。
 1階ロビーに設置されたモニター周辺でも、人だかりができて見守っていた。市職員のなかでも、議場中継に聞き入る人が少なくなかった。中継画像が途切れた某支所では、沸き上がる傍聴席の音声から大勝利を知った。

 朝から市民が緊急抗議行動 最終本会議当日
 待ちに待った28日の最終本会議。午前9時前から、ゾクゾクと市民が市役所に集まりはじめた。議場入り口の階段は、傍聴整理券を求める長蛇の列ができた。受付を済ませた人は玄関前に戻り、議員への反対要請と、あるかぽーと開発計画の撤回を求める緊急行動に合流していった。
 「今日は最終決戦です! なんとしてもがんばって、みなさんの力で否決に追い込みましょうや」。呼びかけが終わるとお馴染みの「下関を第2の夕張にするな! 唐戸商店会」のプラカードを掲げた唐戸商店会・中尾会長を先頭に、商店街を練り歩きはじめた。【写真、上】「あるかぽーと開発をやめろ!」「江島市長も早く辞めろ!」「税金を無駄に使うな!」「ペンギンに22億円かけるより市民を大切にしろ!」「下関を第2の夕張にするな!」「満珠荘を存続させよう!」「市長や議会は市民の声を聞け!」など、迫力ある声がアーケードや市役所前で響き渡った。地元の人人が拍手したり、声援をかける姿も目立った。3月議会の過程で連日のようにくり返された行動も、この日が最大規模。ボルテージも上がったところで、傍聴におしかけた。
 22日の建設委員会で強行可決され、この最終本会議で可決されるなら、計画全体がいっきに進みはじめるが、反対に否決されるなら頓挫させるという、のるかそるかの本会議であった。このなかで「負けてなるものか」という、怒濤のどんでん返しがはじまっていた。意地になって議員をつなぎ止めようとする江島市長側と、逆に市民の側からも全市的な規模で議員を縛る行動がまき起こった。
 議会内の賛否構成は、前評判では「拮抗状態」「否決は難しいのではないか…」という見方が大勢を占めた。江島市長による工作活動も「本気だった」と議員の1人は語る。有力議員のもとには市長・助役が訪れて、「賛成できないのなら退席を」と求めたのだという話もあった。4〜5人の保守系議員が退席し、公明党・その他が賛成に回れば可決になるという予想が真顔で語られていた。放っておいたら、いつもと変わらず飼い犬議会が無記名方式で承認する、というのが大方の予想だった。
 しかし力関係は変わっていた。「江島市政刷新の市民集会」が開かれた20日以後の終盤、とりわけ最後の2〜3日で「拮抗」といわれていた状態から「否決有力」の流れが決定的なものになっていった。市民が支持議員を縛る動きが、電話攻勢や直接の詰問など格段に強まったことと合わせて、さまざまな人が議員を問いつめて賛否を明言させた情報などが飛び交った。「○○議員に反対させる」と意気込む人は、唐戸、長府、シーモールの商店主たちはもちろん、全市の商店主、中小業者、そして日頃表には出てこない全市内の各層市民が、各議員に相当な圧力を加え、吊し上げていた。
 市議選では江島与党派が軒並み凋落し、江島市長批判派が大勝していた。市民の生活は様変わりとなり、その世論も激変し、市内の力関係は激変していることを証明した。ところが市議選が終わると、江島市長も市議連中も、いつもの調子で走りはじめた。江島批判の無所属で選挙で当選した部分なども、選挙後はさっさと自民会派に集合して江島与党体制を構築。しかし市民は黙っていなかった。「いい加減にせい!」の市民の怒りは爆発して、揺れていた保守系議員が「あるかぽーと計画には絶対に反対します」とチラシをまきはじめていた。市民世論が議員にいうことを聞かせたのである。

 傍聴席は大監視団で満席に 悪質なのは自民林派
 「最終本会議を傍聴しよう」の呼びかけが世界に誇る海峡を守る会から発せられ、呼応した人人、地元住民や唐戸商店街、シーモール下関の商店主、長府や市内各所からも駆けつけ、迫力ある大監視団が傍聴席をほぼ満席に埋めた。下関市議会では近年稀にみる緊張した議会風景だ。【写真、下】
 注目の第80号議案(あるかぽーと市有地売却議案)について、門出建設委員長が緊張気味に委員会審議の結果を報告。反対討論には、傍聴席から拍手が起き、こらえきれずに立ち上がって身を乗り出す市民には、関谷議長が「傍聴席は座ってください」と注意した。
 反対討論に立った兵頭典将議員は、あるかぽーと市有地への大型商業施設誘致を市民が要求したことは1度もないこと、大型店が既存の地元商店街に深刻な打撃を与え、自殺や一家離散などの痛ましい事件にもつながっており、最終的に商業者をぶっつぶし、働く者を食べていけなくさせるものだと指摘した。また、市長周辺や安倍首相の縁故企業に売り飛ばす不可解な経緯と同時に、この賛否を決める議員の責任ある判断を呼びかけた。江島市長にたいして「市民が望んでもいないものを意地になってごり押しする姿は、市民から選ばれた代表ではなく、安倍総理の子分であり、林芳正内閣府副大臣の仲間であり、神戸製鋼や三菱、JR、サンデンなど大企業の利益のために奉仕し、市民を苦しめる独裁者の姿だ。下関に独裁者はいらない。“さっさと市長の座から下りたらどうか”これは、市民の圧倒的な世論です!」と述べると、傍聴席から大きな拍手と「そうだ!」の声が飛んだ。
 採決では、松村議員から記名投票でおこなうよう動議が出され、4名以上の賛成者を得て承認。門出議員らが「過半数を得ていないじゃないか!」「賛否は記録に残るのか?」と議長に詰める場面もあったが、いつもとは違って、熱気に包まれた議場の雰囲気は反対が押せ押せの状況。反対26票、賛成11票と、圧倒的大差での否決となった。江島市長の冴えない顔つきとは対照的に、市民の晴れやかな顔が傍聴席を埋めた。
 唐戸商店会メンバーの男性は「長年のたたかいが実った。感慨深い。みんなの力だ」と感極まっていた。別の商店主は、「市民の力が強いことを実感した。江島市政が問題なのはあるかぽーとだけじゃない。市政刷新の集会  議案が否決されうつくむく江島市長
でも色色な意見が出されていたが、それらすべてを解決するよう市政を動かしていくのは、私たちの力だと思った」と話した。「江島市政との対決は、まだまだいまからが勝負だ」という住民の1人は「胸が晴れた。市民の快挙。みんなが行動したら強い。いまからにつながる」と喜んだ。
 賛成した11票の内訳を見てみると、建設委員会の委員長・副委員長である門出眞治議員、平岡泰彦議員の自民党林派コンビを筆頭に、自民党林派・小浜前議長が率いた神鋼、三菱企業選挙組を中心とする旧政友クラブの生き残り議員が4人とも足並みをそろえ、林芳正内閣副大臣の派閥が参議院選挙を前にして市民愚弄の方向へ突っ走ったのが重要な特徴となった。さらに安倍派佐伯議員が率いる旧郡部議員が4人で、「下関のことはわからないので江島市長のやることにはみな賛成する」といって、安倍、林、江島市長へのヒラメの姿をまたもさらすこととなった。異儀田議員は選挙までは江島市長の批判を叫んで回り、当選後は「野党の悲哀は嫌だ」といって「強いところ」へ転向したつもりだったが、そこはまたも弱いところであった。市民から「寝返り損」といわれ、地元豊浦町でも、旧市内の中小建設会社からも非難を浴びる結果になった。

 市長の暴走止めた市民の力 開発計画の経緯
 そもそも、このあるかぽーと開発計画はどのようなものだったのか。江島市長は、自分の選挙運動の会計担当をした人物の会社に、関門海峡沿いの1等地を1平方b当り6万5105円(郊外なみ)という二束三文で売り飛ばし、地元商店街をつぶす大型商業施設や外資ホテルを誘致させるために暴走してきた。
 96年に埋め立てが完了したのち、2000年に開発事業者を選定する公募がおこなわれ、市役所内部の審査委員会で安倍晋三首相の出身企業である神戸製鋼グループに決定。同年に下関みなとまち開発が設立された。しかし実質的に行き詰まって、04年には神鋼が連帯保証人を断り、事業会社の社長からも引くなど、計画は破綻していた。神鋼は当時、奥山工場ゴミ焼却炉(105億円)、リサイクルプラザ(60億円)と、下関市内の公共事業にピンハネ目的で入り込み、相次いで官製談合騒ぎを引き起こしていた。市民の批判世論が強かったことも、背景にあって引っ込んだ格好となった。
 しかしその後、神鋼と入れ替わりで登場したのがみずほ銀行であった。安倍首相の叔父である西村正雄氏(昨年8月に死亡)が会長をつとめたみずほホールディングスは同行の持ち株会社。もともと日本興業銀行の頭取として、合併でみずほグループを立ち上げた存在である。投資額135億円のうち95億円を担保なしで融資するという不可解な内容で、みなとまち開発の社長には、神鋼出身者にかわって、江島市長の資金管理団体「江翔会」の会計責任者だった藤井氏が据わった。
 あるかぽーと開発の実態としては、資金を融通するみずほ銀行の事業であり、開発業者が破産しても巨大銀行が大口債権者として土地利権を握ること、しかも下関市との契約では10年間を過ぎればこの土地を転売できるというデタラメなものであった。市は一昨年、土地評価額を従来から38%減額した。水族館・海響館には1平方b当り20万円で売却しているので、その土地単価は5年前の3分の1以下ということになる。いわば身内にたいする特別大特価であり、しかも土地評価に関わった不動産会社のうち1社は藤井社長の親類の不動産会社で、もう1社も江島市長絡みの会社というやり方であった。大型商業施設を誘致するための2万平方bの賃貸料金も、隣接するカモンワーフの半額というデタラメさが怒りをかった。 
 安倍総理誕生を境に、強引で詐欺的なやり方はさらに度を増して、反発する地元の唐戸商店会では前会長ら1部執行部が独断で開発事業に合意するということも起きた。これにたいして、立ち上がった店主らが総会で新執行部を立て、「合意」を撤回。反発する地元自治会にたいしては、市の顧問弁護士が開発会社の代理人となって脅迫文書を送るなど、強権的なやり口も目立ちはじめた。しかしこれに負けず、地域や市内全域の商店街、さらに江島市政の暴走を止めようとする全市民と団結した行動となって、さらに迫力を増していった。
 下関市内では、議会を動かし圧倒的大差で白紙撤回を勝ち取ったことに、あらためて市民の力への確信が深まっている。これは、単にあるかぽーと問題に限らず、満珠荘問題や文化会館建て替えの安倍実兄企業への利権問題、さまざまな市民生活切り捨てと、六連島戦時訓練や人工島の軍港化、また財政をわざとでも破綻させて下関を北九州に身売りする方向などに反対し、地域に根ざした産業、経済の発展、平和と市民生活を守ろうという、共通の思いに結びついたものとなっている。

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