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新しい時代の胎動を確信
長周55周年集会第4回実行委
             戦争阻止へ今からが本番   2010年6月7日付

 長周新聞創刊55周年記念祝賀集会の第4回実行委員会が6日、下関市田中町の福田記念館で開催された。5月16日に開かれた祝賀集会が、全国の実行委員、読者、支持者の奮斗によって大きな成功をおさめ、戦争を阻止し独立・平和の新しい日本をつくる出発点として熱気溢れるものになったことを確認した。さらに、運動の到達や人民言論紙としての今後の課題について自由闊達な論議がかわされた。
 はじめに挨拶に立った柳田明実行委員長は、「日本の骨格が見えてきたように思う。めまぐるしく情勢が動くなかで、創刊60周年、戦後70年に向けて良いスタートになった。いまからが本番だ。このままいけばアメリカの盾になって戦争の渦中に放り込まれかねない。たいへんな時代だからこそ、高杉のように歴史を開いていく勢力が必要だ。そこに長周新聞らしさや役割があると思う」とのべた。
 長周新聞の森谷浩章編集長は、集会の大成功と実行委員の奮斗に感謝すると同時に「戦後65年たち、アメリカは引き揚げてもらい、人民大衆が主人公の独立した平和で豊かな日本をつくろうという意志が溢れた集会だった。自民党、民主党、革新政党などあらゆる政治勢力がアメリカ擁護の勢力となり、あてにならないなかで、それを突き破って新しい運動が始まっていることが大きな喜びとなった。人民の言論機関として、真実の報道に徹し、日本社会の進歩発展のために大衆世論を導く、非常に大きな役割を持っていることが浮き彫りになった」とした。
 そして、今後の課題について文化芸術運動で指導的な役割を果たすことや労働運動を再建すること、青年学生の運動を強めて若い力を結集し、読者を全国に広げることに本格的にとりくむことをあげた。「沖縄では55周年の参加者によって長周支局を開設しようという話が進んでいる。広島、長崎の支局開設も早期にやらなければならない。そのための人材育成も重要だ。読者拡大は経営の問題としても全力をあげて解決しなければならず、新しい勢力を結集する課題として力を入れていく」とのべた。

 全国的な力結集へ気迫

 安村直行事務局長から「実行委員会活動についての報告」が提案され、会計報告や長周新聞社への記念品である腕章50本が紹介されたのち、討論に移った。
 実行委員からは55周年祝賀集会に参加して、「元気をもらった」「昔からの知り合いが集ったような親近感だった」「どうしてあれほど盛り上がったのだろうか」などの感想が多く出された。
 下関原爆被害者の会の男性は「広島、長崎からも多数参加されて運動が発展していることに喜びを感じた。熱気に溢れていた。多くの発言者が平和運動について触れ、心強く感じた」とのべ、同会の婦人会員は「45、50、55周年と3回参加させてもらっているが今回が一番盛況だった。長周新聞が発展していることがうれしい」と語った。
 原爆展を成功させる広島の会の80代男性は「55周年会場の熱気はどこからきたのだろうと思う。帰りのバスのなかでは何度もみんなで“がんばろう”を歌い、盛り上がった」と当日の様子を語った。そして、「広島の地で引き続き若い世代に語り継いでいきたい。ただ、体験者は高齢で10年先にはいなくなる人も多い。次世代に何としても伝えなければならないし、そのために養成していかなければと思う」とのべ、運動を若手に引き継いでいくために奮斗していることを語った。
 戦争体験者の男性は「祝賀会が終わって3週間のなかでも、世の中ではさまざまな出来事があった。とくに沖縄の基地問題にたいする政府の対応は何と情けないことかと思う。どうしてアメリカにたいして突っ張ることができないのか。戦後65年もたっていまだに属国で、こんなバカげたことはない。海外に米軍基地を広げ、日本国内にも基地を広げるのは戦争をやるためにほかならない。長周新聞を代表にみんなで固まって力にしていこう。沖縄だけでなく、全国的な力をつなげて出ていかせないとダメだ」と気迫を込めて語った。
 長周新聞と劇団はぐるま座の関係について触れる意見もあった。下関市内の退職教師の男性は「原爆被害者の会が原爆展をとりくみ、長周新聞がバックアップして、さらに劇団はぐるま座がいなければ『原爆展物語』は出来なかった。一致団結して結実したのがあの芝居だ。感動した人人をどう組織していくかがいまからの課題だ」とのべた。
 劇団はぐるま座の代表は「会場のみなが旧知の間柄のような雰囲気で、気持ちが一つになり心意気に満ち満ちていた。日本社会を国民の力で変えていかなければという迫力を感じた。劇団活動も現実の外側ではなく、真実の舞台を描いていくかどうか、社会の真っ只中で芸術でどう勝負していくかが問われている。『原爆展物語』は広島、長崎はじめ、秋には沖縄公演を予定している。来年には東京にも出て行ければと思っている」と報告した。
 元山電労働者の男性は「55年の重みを感じた。10年がかりでやってきた全国キャラバンが芝居に結実したことに感銘を受けている。長周新聞社の活動と切り離すことはできないし、50周年から55周年にかけての大きな発展が、あの芝居や55周年集会に体現されていたと思う。長崎の被爆者の方が“お腹一杯原爆で苦しんで、人の思いがわかる”といわれ、今度こそ戦争をさせないと立ち上がっておられる姿に感動した。真実一筋の長周新聞を全力で拡大していきたい。ジャーナリズムが支配者の側に使われているが、それに対して人民言論紙である長周新聞には政治、経済、文化にいたる各方面で日本社会の方向を示してもらいたい」と期待を込めた。

 各戦線地域で大運動へ

 集会のこれまでにない質への感動と合わせて、敵が鮮明であることと同時に、人民が主人公であることへの確信、新しい時代の担い手が登場していることへの実感も共通して出された。「いまからが活動の本番だ」「(集会は)日本を新しく作り変えていく号砲だった」「集会参加者と同じ機運が日本全国に脈打っている」と意欲にみなぎる発言も相次いだ。
 防府市の小学校教師は「司会席から心を一つに楽しそうにしている参加者を見ているのが楽しかった。先日、防府市内で原爆と戦争展をしたのだが、日本中どこでも戦争を阻止する機運があるし、どこでもこの運動はできると確信した。主催したのは民生委員児童委員協議会で、教師や父母らが力を合わせて取り組んだ。沖縄、岩国、広島、長崎だけでなく、みんなが絶対に平和な社会にするのだという思いを強くしていると思う」と実感を語った。
 人民教育同盟の代表は「55周年集会に参加して、人民が主人公になって社会を変えていく胎動を感じた。古い支配の力が崩れていくのと同時に、人民運動の高揚があるのだと思う。自分をもう一度焼き直さなければダメだと思った。山口市で『原爆展物語』の準備を進めるなかで40代の教え子やその母親世代と話してみて、みなが戦争のきな臭さを感じているし、日本社会の現状やアメリカ支配について語る状況がある。五五周年にあらわれた人民世論の高揚はどこにでも存在していると思った」と語り、大衆のなかに入っていくなかで、確信を深めている状況が出された。
 長周新聞からは「アメリカより人民が偉いという主人公としての意識が強まっている。国民世論の言うことを聞かずに権力者が突っ走るが、鳩山辞任を見ても、別の方面から見れば国民を動員できない、つまり統治能力がないことを示している。大衆のなかに全ての知識の源泉があるし、そこに真実がある。大衆のなかから大衆のなかへの活動をもう一段強めていけば活動はさらに発展すると思う」と意見が出された。
 下関市民の会の婦人は「お金も権力もないけれど、私たちには運動を粘り強く継続して広げていく力がある。日本からアメリカの基地をなくすたたかいも、途中で投げ出すのではなく、みんなの力でやらないといけない」とのべた。
 岩国から来た実行委員は「岩国では11回目の原爆と戦争展が開催された。7月の『原爆展物語』公演は1000人の市民に見てもらえるよう奮斗したい。基地問題は沖縄や全国民との連帯が要になっている。長周新聞や我我の運動の後継者をいかにたくさんつくるかが課題であるし、やり遂げたら日本中でうねりを出せる」と発言した。
 さらに今後の課題としては、「読者拡大をしなければ」の認識も強く出された。下関原爆被害者の会の婦人は「下関市政のことはもちろん、全国の政治についても長周新聞を読んでいたらよくわかる。しかしいくら良い記事が書いてあっても、自分だけ読んでいるのではダメで、もっとたくさんの人人に読んでもらわないともったいない」と思いをのべた。下関のPTA関係者は「全国の人人の意見を聞いて思ったのは、みなさんの思いの強さだった。一人でも多く読者を増やし、思いを伝えて力を結集していきたい」と語った。
 決算と実行委員会活動についての提案が拍手で承認された後、柳田明実行委員長が「55周年運動のなかに次の時代への萌芽があった。真実を貫き、長周新聞の全国化に向けて明日からがんばろう!」と呼びかけて会を閉じ、実行委員会の任務を完了した。5年先の創刊60周年の勝利に向けて各戦線、各地域で運動を発展させること、日本を変える決意を新たに健闘を誓い合う実行委員会となった。

 

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