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米国の一極支配破綻した一年
               世界的な反米斗争の力発展    2008年12月19日付

 ブッシュ政府2期8年の最後の年であった2008年は、アメリカ帝国主義が政治・経済の全面にわたって世界一極支配を狙った戦略が無残に破たんした1年だった。強大な軍事力によるアフガニスタンとイラク侵略は、一敗地にまみれた。新自由主義によるグローバル化も、みずからが金融危機、世界恐慌の震源地となり、アメリカ経済を再起不能の危機におとしいれた。世界中で反米斗争のあらしが吹き荒れ「アメリカ帝国の終えん」が共通語として叫ばれるようになった。それはアメリカにとどまらず、世界資本主義体制の崩壊と、それにとってかわる労働者、勤労人民が主人公となる新しい社会へと導かざるをえないものとなっている。
 01年に発足したブッシュ政府がやろうとしたことは、1990年代はじめの米ソ二極構造崩壊後の世界で、衰退したアメリカの世界支配の立て直し、アメリカ一極の世界支配の確立であり、軍事力で侵略と戦争を推進することだった。
 ブッシュ政府は発足と同時に大大的な軍備拡張に乗り出し、「9・11事件」を利用して世界的範囲での「反テロ戦争」を宣言した。国内では「愛国主義」による挙国一致体制をとり、ファッショ支配を強めた。
 ブッシュ政府がまず標的にしたのは、中東や中央アジア・カスピ海などの石油エネルギー資源であり、アフガンとイラクへの侵略戦争、占領支配でその基地をつくろうとした。エネルギー源の確保はまた、基軸通貨としてのドルの地位を守ることとも結びついており、アメリカが世界にたれ流したドルの還流システムを維持するもくろみもあった。
 ブッシュは「おれにつくか、テロリストにつくか」という乱暴な二分法で、アメリカに楯突くものを「自由の敵」と決めつけた。そして「テロリストをかくまった」として、01年10月にアフガン戦争をはじめた。02年の一般教書演説では、イラク、イラン、朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)を「悪の枢軸」に仕立て、武力攻撃、政府転覆を公言した。この3国に中国、ロシア、シリア、リビアを含めた7カ国を対象に核攻撃の計画を策定することを命じ、「アメリカ防衛のため先制攻撃も辞さない」とした。03年3月、イラクの「大量破壊兵器の脅威」の大うそでイラクを侵略し、占領支配した。
 アフガンとイラクへの侵略戦争は、世界の反米・反帝斗争を呼び起こし、なによりも両国人民の独立と自由をめざす武装斗争や大衆運動によって打ち砕かれ、ベトナム戦争末期と同様に米軍は泥沼に足をとられ、叩かれるばかりとなった。
 イラクでは米軍戦死者が4800人、負傷者が約3万人、帰還者の大半がなんらかの精神異常に苦しめられる状態。戦費は公式には約6000億j、専門家によれば3兆jをつぎ込んだ。アメリカ国内では、「アメリカは誤った方向に進んでいる」との世論が圧倒して、ブッシュの支持率は20%を切るようになり、「歴代最悪の大統領」との評価が定着している。「即時撤兵」を要求する反戦デモでは、イラクからの帰還米兵が先頭に立ち、労働者ら各階層が参加して「税金を戦争のためでなく、国民の医療や福祉、教育に使え」というスローガンを掲げている。
 イラク現地では、15万の米軍は一歩外に出れば反米抵抗勢力にやられるため、首都といくつかの都市にある基地に首をすくめている。米軍司令部や、かいらい政府のあるバグダッドのグリーンゾーンも安全ではなく、しばしばロケット弾を見舞われる有様で、侵略者に安全なところはない。
 国連安保理が定めた外国軍駐留期限が今年末で切れるため、先ごろアメリカとかいらい政府とのあいだで米軍駐留とその地位に関する「安全保障協定」をようやくまとめた。かいらい政府と議会はそれを多数で承認をしたが、イラク人民は米軍の恒久占領に反対し、「安保協定」締結に反対する大衆デモをくり返している。
 同協定は、米軍が来年六月に都市部から撤退し、11年末までにイラクから撤退することをうたっているというが、はやくもイラク駐留米軍司令官は来年6月以降も都市部に駐留する可能性があるといい出している。実際の協定は、米軍撤退の期限や基地撤去の期限は明記されておらず、米軍が永久に制空権を握り、軍事作戦の自由を持ち、犯罪を犯してもイラク側に裁判権はないというもので、米軍の恒久占領を合法化している。イラク人民がこんな売国協定を許すはずはなく、反占領斗争が弱まることはない。

 アフガン侵略も行詰り 資源の支配もできず
 アフガン戦争は7年に及んだが、今年はもっとも激動した1年だった。米軍や北大西洋条約機構(NATO)軍は計7万人近くになるが、推定約5000人から1万人のタリバンなど抵抗勢力の襲撃があいつぎ、11月中旬までに死者260人、うち150人余りが米軍となっている。
 抵抗武装勢力の路肩爆弾、待ち伏せ攻撃などは、今年に入ってからいっそう頻繁となり、活動範囲は南部や東部から次第に西部、北部へと拡大、首都カブールも襲われるようになっている。国際シンクタンクのICOS(旧センリス・カウンシル)はこの8日、タリバンが恒久的に存在する地域は国土の72%に及ぶとの報告を発表した。
 しかも米軍への武器・物資輸送は大部分をパキスタンからの陸路に依存しているが、この7日、パキスタン領内の物資補給ターミナル2カ所が反米武装組織の奇襲を受け、160両の大型トラックが積み荷もろとも焼き払われた。先週にもトラック12両が焼かれたり、ジープが奪われたり、輸送路遮断を狙う襲撃が多発し、外国軍への補給路をもっと中央アジア経由にしなければ戦斗ができなくなる状況となっている。
 米軍現地司令官は早くから部隊増派を要求してきたが、NATO加盟国はずっと尻込みしており、派遣した部隊も抵抗武装勢力との最前線に立つことをできるだけ避けて、わりと安全な北部の治安維持やかいらい軍の訓練に逃げている。
 「反テロ」の固い盟友であったはずのパキスタンが米軍の越境攻撃に抗議したり、NATOの欧州各国軍が部隊増派を渋るなかで、ゲーツ国防長官は米軍2万人を増派すると言明せざるをえなくなった。だが、その部隊はイラクから回すもので、イラクの情勢次第ではいつになるかもわからない。このままでは、アフガン戦争に敗れることも避けられないだけに、日本に対してはインド洋での給油などでよしとせず、陸上自衛隊の派遣を迫っている。
 アフガンやイラクの戦争・占領で敗退のすう勢が強まるなかで、ブッシュ政府は今年もシリアやイランへの武力恫喝、政府転覆策動を続けた。だが、イランへの「核疑惑」の宣伝はますます力を失っただけでなく、イランが湾岸諸国などとの関係を強めたり、イラクかいらい政府にも接近するなど全体として中東諸国における地位を高めている。イスラエルは一昨年のレバノン侵攻に失敗したのち、パレスチナ人民の民族独立要求の高まりのなかで、むしろ支配層が内部分裂に陥り、イラン攻撃どころではない。
 NATOの「東方拡大」や中央アジア・カスピ海のエネルギー資源の確保と絡んで、ブッシュ政府は今年、グルジア紛争や東欧へのミサイル防衛システム(MD)配備を策動したが、いずれも失敗している。
 8月のグルジア紛争については、当初ロシアが侵略したと宣伝したが、その後南オセチアを侵略したのはグルジア軍で、ロシア軍が反撃したのが真相となった。このため、アメリカ頼みだったサーカシビリ大統領が政治的危機におちいり、ロシアの方は南オセチア自治州とアブハジア共和国への支配権を拡大することになった。
 東欧のポーランドとチェコにMDを配備する問題では、かつてソ連の基地に苦しめられた経験からアメリカに安全保障はまかせられないと人民の約7割が反対した。両国の政府は反対世論と運動に背を向けて、それぞれ七月と九月にMD配備協定を結んだ。だが、チェコでは政府与党が選挙に敗れ、議会での承認が困難になった。ポーランドでも野党の力が強く、政府も動揺的でまだ議会審議も始まっていない。ロシアとポーランド、アメリカ3国で非公開の協議がおこなわれ、当面棚上げとなる可能性も出ている。

 「テロ国家」指定も解除 朝鮮政策も手直し
 アジアでは、ブッシュから「悪の枢軸」とされた朝鮮の問題がある。朝鮮半島の非核化のための6者協議が続いてきたが、朝鮮が核実験をおこなったことを機に、アメリカは朝鮮との2国間協議に参加するようになり、朝鮮の非核化の見返りにアメリカが「テロ支援国家指定」を解除するところにきた。ブッシュ政府としては1つぐらいは外交の「成果」としたかったのであろうが、核の先制攻撃も辞さぬという敵対姿勢を変えざるをえなかった。
 ブッシュが世界覇権をめざしてアフガンやイラク侵略戦争を進め、欧州の同盟国に対してもそれへの協力を強制する、ロシアには東方拡大などで国境周辺までNATOを拡大するなど、逆らうものはこらしめるという「単独行動主義」を欲しいままにしたが、今やそれが同盟国を含めて各国を離反させ、アメリカ「一極支配」の野望をとげることはできなくなった。

 詐欺が破綻し権威失墜 ドル支配も崩壊
 今年9月の「リーマン・ショック」を機に表面化したアメリカの金融危機はブッシュ政府にとって大パンチとなり、アメリカ帝国の権威を失墜させ、世界経済支配の野望を打ち砕いた。それはここ20年以上にわたってアメリカが世界各国に押しつけてきた、規制緩和、自由化、市場万能の新自由主義の大破産であった。
 昨年夏、低所得者向け住宅融資(サブプライムローン)の破たんが表面化していたが、今年九月にはウォール街を襲った。リーマン・ブラザーズなど大投資銀行から米最大の保険会社AIGの破たんへ拡大、危機は金融恐慌へと発展した。アメリカの株価暴落は英、仏、独、日などに波及、そして中国、ロシアにも波及して世界的な株価大暴落となった。
 ブッシュ政府と連邦準備制度理事会(FRB、中央銀行に相当)は、7000億j(約70兆円)の公的資金を投資銀行や保険会社に注入。さらには商業銀行救済の法案も、下院でいったん否決したのち修正可決した。こうした政府の無能と混乱がさらに株価を暴落させた。
 新自由主義と市場原理主義の名のもとにウォール街は近年、繁栄を謳歌してきた。経営者らは巨額の報酬をとり労働者は低賃金でこき使い貧富の格差は大きな社会問題となっていた。「金持ちを救済するために、国民の税金を使うとは何事か」と憤まんが爆発した。
 住宅金融の破たんを出発点に、なぜ金融恐慌までいったのか。それは銀行からの住宅貸付金が証券化され、それを金融工学とやらでさらに加工し、さまざまな金融派生商品にして投資家に売った。アメリカのみならず世界中の銀行や機関投資家がそれを買っていたからである。
 その原因となったのは、アメリカが1970年代以降に過剰生産になって企業の投資先がなくなり、ありあまったカネが金融や証券部門に移ったからだった。
 金融商品を開発して投資家に売っていたはずの投資銀行が、そのリスクをかぶって大損失を受けた。ふたを開けるまでは、自分の損失も分からない。だから銀行同士が取引しなくなり、そこから信用不安が生まれて金融恐慌へと突入した。
 サブプライムローンはもともと家など持てない貧困層を対象にはじめ1、2年は低金利で、3、4年ごろからは高金利で貸したものだった。それは住宅価格が必ず上がるからと騙して貸したもので、掛け値なしの詐欺商法であった。住宅価格は下がる一方となり、借金は焦げ付き、多くの貧乏人が建てた家から追い出された。
 金融恐慌はアメリカをはじめ先進国、新興国を問わず実体経済に波及し、1929年の世界恐慌に匹敵するものになった。
 これらはブッシュ政府の破たんを意味するだけでなく、80年代以来のアメリカを支配してきた新自由主義の崩壊をものがたっている。
 戦後、アメリカ一国支配体制のもとで戦後復興、経済成長をとげて、黄金時代を築いたかに見えた。だが、70年代後半、ベトナム戦争によるドル危機、75年の世界同時恐慌で危機に陥ったアメリカで登場したのが新自由主義だった。イギリスでは国有企業の私有化、アメリカでは規制緩和、金持ちへの減税、社会福祉の切り捨てだった。日本ではアメリカのいいなりに規制緩和を軸とした構造改革であった。レーガン、サッチャー、中曽根がその推進者であった。
 慢性的な過剰生産でドルがジャブつくなかで、アメリカを筆頭に投資ファンドやヘッジファンド(国際投機集団)が金融商品を使って株高を煽った。その破たんは98年のLTCMの倒産、01年のエンロン、02年のワールドコム倒産で顕在化していた。80年代の日本の土地バブル、97年のタイ、インドネシア、「韓国」の通貨危機、98年のロシアとブラジルの通貨危機もそうだった。アメリカを先頭に「カジノ資本主義」の暴走を続け、今日の金融恐慌、世界恐慌に至ったのである。
 恐慌は一握りの独占資本と何十億の労働者、被抑圧民族の世界的範囲での対立構造を一段と明らかにした。新自由主義に対する怒りが、資本主義を変革する力となって高まっている。

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