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「米国の手下」と日本が標的に
アルジェリア人質事件どう見るか
              「日米安保」で友好関係潰す     2013年2月1日付

 アルジェリアで日本人が人質にされて殺された事件は、親日で友好的といわれてきたアラブやアフリカ諸国で日本人が標的にされている現実を示し、アメリカの「核の傘」のもとで企業の海外進出を保障してきた「日米安保」とはいかなるものか鋭く問う問題となっている。本紙ではこのアルジェリア人質事件をどうみるか記者座談会をもって論議した。
 司会 まずアルジェリア人質事件をめぐる市民の受け止めから出しあいたい。
  セネガルやモーリタニアでタコをとっていた大洋漁業の関係者は「以前は労働現場でも飲み屋でも日本人はアメリカに戦争で破壊されたのを復興させたということで欧米人より尊敬されていた。それが“日本人はどこか”と探され、真っ先に標的にされ殺された。アメリカの手下になっているからそんなことになる」と怒っていた。モロッコやオマーンで水産大学をつくる援助をしていた教官たちも、今回の事件まできて「安保があるから日本はアメリカと一体とみられ標的になる」と語っていた。
  海外でプラント開発に携わる関係者は「今回は完璧に日本人が狙われた。海外は日本と米欧人が狙われる。だから自分たちも海外に行くときは命がけだ」と話し、日揮については「中小企業と格が違うエリート集団で英語もフランス語もペラペラの社員がほとんど。外国の危険な紛争地帯は危険手当が付くから、月給は軽く100万円を超す。リスクが高いところに入りこみ、ボロもうけする企業だ」といっていた。「アフリカ現地は暑いから仕事は朝五時頃から昼頃までしかできず重労働だ。日本人はだいたい現場監督で派遣され作業員は現地で雇うが、給与は日本人が100万円以上で現地の人は5万円以下。この軋轢はすごい。みなが平和に生活しているところに外国から突然やってきて建物を建て、その施設を軍隊に守らせて鉱物資源を略奪していくのだから喜ばれるわけがない。中国や韓国で仕事をするときも、そうした反発はよく感じる。自衛隊を派遣したらもっと恨まれて標的にされる」と話していた。
 元通信兵の男性は「国内で食えないから海外でもうけて仕送りしようと考えて海外に行くが、現地で総反発をうけて殺されたりする。すると“邦人警護”といって軍隊を派遣しずるずる戦争に入り込んでいく。日中戦争のときとそっくりだ。当時も食えなくなった農家の子どもたちを中国へつれていき強制的に開墾させ、現地で反抗されたら軍隊をつれていって制圧し泥沼の戦争に突入していった。こんなことを二度と許してはいけない」といっていた。
 C これまでは一般的に「巻き込まれたら危険」というのはあるが、日本人が狙われて殺されるところまで来て、大衆のなかで「今までと違う」という実感が強い。とくにアラブは親日で友好的だった。アメリカの原爆投下のなかから復興してきたことへの同情もあった。それがガラッと変わっている。「なぜこんなことになったのか」という問題意識が強烈に動いている。
  青年海外協力隊の関係者も「派遣できる場所が減ってきた」と話していた。「受け入れ態勢がない」「電話が通じないから」などいろいろ理由はあるが、日本が標的になり危険というのが根底にあるようだ。「イラク戦争で陸上自衛隊を派遣してから大きく変わった」と共通した実感を語っていた。

 日揮も米国企業の下請 ハリバートンと密接

  日本は民間企業も含めて全部アメリカの手下だと見られている。日揮もアメリカのハリバートンと関係が深く、下請と見なされている。ハリバートンといえばイラク戦争を始めた米副大統領だったチェイニーが重役を務め、石油・ガスの採掘事業や米軍の護衛・輸送、戦後の復興事業をやる多国籍企業だ。イラク戦争前はつぶれかかっていたのに、イラク戦争が起きると軍事支援でもうけ、その後も復興事業でもうけ、一気に息を吹き返した。あまり表に出ないが、日揮の中枢幹部はレセプションなどでオバマ大統領と握手するような関係だ。海外の事情は日揮の組織ルートの話のほうが外務省より具体的といわれている。CIAのような情報部隊の性質も持っている。
  外航船に乗っていた人が9・11テロ事件後、アメリカがイラク戦争に突っこんでいく時期に「イラン・イラク戦争のとき、出光が経済制裁をうけているイランの港にタンカーをつけ、米第7艦隊も出し抜いて油を積んで北海道の港につけて取引を継続したことが、中東では“さすが日本だ”とみなが語ってくる」といっていた。「原爆を投げつけられた日本と、欧米から痛めつけられてきたアラブの歴史を重ねて同列の仲間という意識や連帯感情があるし、韓国から来た出稼ぎ労働者とも扱いが違った。半端ではない親日感情があった。イランは、世界的に制裁をうけているとき取引を継続してくれたことを恩義に感じ、アザデガン油田の採掘権も日本に回してくれた。自衛隊を派遣するとそのような関係が全部パーになる」と強調していた。だがそういった国民世論を無視してイラク戦争でアメリカにいわれるままに自衛隊を派兵していった結末が現在だ。

 独立意識尊ぶアフリカ 植民地支配に抗し

  日本が米国による原爆投下のなかから復興してきたことへの深い親近感と、その信頼を裏切って完全にアメリカの側に立って行動することへの激しい憎しみの根底は一つのものだ。それはアフリカやアラブの歴史とかかわっている。独立意識を生命の様に大切にするという感情が歴史的に強い。
 A アメリカはインディアンを皆殺しにしたあと、その労働力はみなアフリカから奴隷貿易で連れてきて南部のプランテーションに送り込んでいる。その数は、4世紀で5000万人ともいわれる。そういった欧米列強と絶え間ないたたかいのなかで、アフリカの独立意識は形成されている。
  アルジェリアの歴史をみると第1次大戦ではフランス軍兵士として召集されたくさん死んでいる。第2次大戦のときも現地指導者は拒否するが、強引にフランス軍に召集している。第2次大戦で戦争に投入したフランス軍兵士17万6000人に対し、アフリカから原住民が28万人動員されたが、このうち15万人がアルジェリア人だった。そして、アフリカ軍兵員の戦死者の半分以上がアルジェリア人だったと記録されている。それは今の米軍と自衛隊との関係も示唆している。
 今も「集団的自衛権」といっているが、それは自衛隊を米軍の傭兵にするものだ。米軍そのものは金がないから自衛隊がなりかわって中東やアフリカに出て行く。それで殺される。しかしアメリカからみればフランスからみたアルジェリア人兵士と同様に痛くもかゆくもない。その関係とそっくりだ。
 植民地的支配をどう突き破るかは日本自身の問題でもある。
 フランスから独立を勝ちとるまでの132年にわたるたたかいのなかでアルジェリアは何度も反抗し、最終的にアルジェのたたかいのような民衆蜂起の形で噴いている。その過程ではフランスなどが支配してきたアフリカ全体との歴史ともかかわるが、アラビア語を大事にするとか現地で頑強な抵抗を1世紀以上やっている。
  19世紀末から植民地分割をやる。それまでは労働力として使ってきたのが産業革命後、資源の略奪に乗り込んでいく。アルジェリアは20世紀に入る前後から真っ先に独立斗争を始める。フランスの対岸でもっとも激しく収奪したところだからだ。五四年から八年間アルジェリアは独立斗争をたたかっている。それがアフリカに波及して独立国がたくさんできた。当時は社会主義が陣営として存在していてソ連があり中国で革命が勝利したこともアフリカには大きな支えとなっていた。

 自衛隊派兵で段階画す 人質事件も相つぐ

  転機としては米ソ2極構造の崩壊が大きい。アメリカが1極支配で、91年の湾岸戦争で日本に「金だけでなく血を流せ」とやり自衛隊海外派兵の道筋をつけていく。この年に自衛隊の掃海艇をペルシャ湾に派遣することを決定し、翌92年にはPKO協力法を成立させてカンボジアに自衛隊をPKO派遣部隊として行かせ、カンボジアで国連の選挙監視をしていた日本人ボランティアが殺される。
  9・11テロ事件後の小泉のときから段階を画した。米軍がアフガニスタンを空爆すると、自衛隊が米軍を後方支援するためのテロ特措法を成立させ、アメリカがイラク戦争を開始し「ショウ・ザ・フラッグ(旗を見せろ)」と脅すと、すぐに有事関連3法やイラク復興支援特別措置法を成立させ自衛隊の海外派兵を可能にした。そして、インド洋沖で自衛隊に米軍艦船への給油をさせ、サマワに陸上自衛隊を派遣し、イラク都市部では自衛隊の輸送機を使って米軍の物資輸送を公然とやり出した。
 人質事件や日本人が殺されだしたのはそれからだ。イラクでは日本人外交官が殺され、ボランティアや報道関係者が人質になり、旅行していた青年が首を切られて殺された。アフガンではペシャワル会などのメンバーも殺され、そして今度の事件だ。海外で仕事をする企業関係者は「日米安保で日本人が守られているというが逆だ。日米安保で自衛隊を海外に派遣するから日本人が狙われる。日米安保があるから日本が標的にされる」と強調していた。
  今安倍は「憲法を変えて集団的自衛権を行使する」「邦人警護で自衛隊法を変える」といっているが、「改憲」をする前から、安保を再定義して範囲を拡大し、「周辺事態法」で自衛隊が米軍の後方支援をすることを決め、有事になると全国の港湾や公共施設をすべて提供することを決めていった。その根拠が安保だ。クリントンと橋本による安保再定義のとき、地球的規模に支援を拡大することと「対テロ」を強調していた。その当時からアメリカは世界へ権益を広げるグローバル戦略にもとづき、日本を手先として使う準備を進めていた。

 「日米安保」で全て規定 米軍下請で日本動員

  安保条約は51年に締結され52年に発効する。「日本は独立した」というサンフランシスコ講和条約とセットだった。しかしそこから日本は独立どころかもっと政治・経済・文化など全分野にわたって対米従属の鎖に縛り付けられた。「独立の見せかけによるアメリカの占領」の始まりだったし、それを保障したのが日米安保だ。
 安保条約には最初、極東条項と内乱条項があった。日本の人民運動の弾圧にアメリカが任務を負う内容が明記されていた。それを60年の改定で「日米対等のパートナーシップだ」といって「戦争が起きたらどちらもが防衛の義務を負う」と変える。米軍の防衛に自衛隊をかり出すということだ。そして「貿易の自由化の義務を負う」という経済条項を加えた。この義務を負っているから日本の首相は牛肉やコメの輸入自由化もTPPも「できない」とは絶対にいえない。アメリカは「反対することなど論外。条約違反だ。寝言をいうな」という立場だ。
 そして70年安保の自動延長は高度成長が行き詰まり恐慌に入っていく時期。アメリカがベトナム戦争での敗北が濃厚になり、ニクソンショックも起き、世界的に行き詰まるなかで日本に「火中の栗を拾わせる」方向へ進んだ。反米欧が強い地域には日本を前面にたてて経済的に侵出させる。アジアから手をつけ、その後アラブやアフリカに権益を拡大していく。そのために「アジア人同士をたたかわせる戦略」を実行した。
 結局、日米安保とはアメリカの「核の傘」のもとで海外進出してアメリカの権益のために侵出する日本の独占資本を自衛隊が守るし、企業が海外に出て行って貧困化していく国内の日本人民の反抗を抑えるのと一体になっている関係が暴露されている。
  このもとで「自衛隊法」を変えて自衛隊を派兵するというのは、世界中で公然と自衛隊に米軍の肩代わりを実行できるようにするものだ。
  周辺事態法にしても自衛隊法改定にしても、憲法を変えなくても個別法を変えて合法性を与えどんどん実行してきたのが実際だ。
 憲法が「安保」に従属しているところに主権が奪われた植民地の屈辱がある。一国の独立した憲法がその国の最高法規であって、そのもとでよその国との条約が結ばれる。それがまったく転倒している。
  ここまでくれば「日米安保」の性質がはっきりしてきている。米国の核の傘のもとで商売するということだが、国内はぶっ潰すし、出て行くと日本がまるごとターゲットになる。すべて友好関係でうまくいっていたものをぶっ潰したうえに自衛隊まで派遣するなど破滅の道でしかない。
  核の傘で守られた大企業もタイ、ミャンマーなどに奴隷を買うぐらいの感覚で出ていっているが、強烈な搾取をやるから中国の反日デモではないが工場のストライキや反抗が起きる。この海外で搾りとる大企業は、日本国内の労働者をぶち切った企業だ。この資本と労働者の矛盾は日本でも世界でも貫いている。日本企業といっても日本のトヨタ、日本のソニーというだけでなく、多国籍企業化して日本がどうなろうと、社会的利益がどうなろうと関係ない、資本だけ生き延びればいいといって海外を荒らし回る。この反社会的なグローバル資本の海外権益を守るのが安保だ。
 B そういう面で3000人もいた下関のMCSの労働者を工場閉鎖でぶち切って海外進出してもうけていく残酷さは全世界でも共通しているし、その横暴な海外進出企業の権益を守るための「日米安保」と対決することは日本全国の労働者の死活問題となっている。世界中を飛び回って略奪して回る日米欧企業に対する怒りはアフリカだけでなく世界中で充満している。この反抗をたたきつぶすために、米軍の下請で自衛隊を派遣し、日本を総動員するのが日米安保だ。人質事件はアメリカにだけ付き従って世界中の民族や労働者と敵対するような日米安保があることで、日本が標的になる現実を突きつけた。全世界の労働者とも連帯して日米安保を破棄し独立・平和を勝ち取っていくしか日本の未来はないことを示している。

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