トップページへ戻る

礒永秀雄詩祭実行委が発足
没30周年記念
             広く大衆的な集会に    2006年6月26日付
 
 山口県を拠点に活動したすぐれた詩人・礒永秀雄の没30周年を記念して、今秋に詩祭を開催するための第1回実行委員会が24日、下関市の福田正義記念館3階でおこなわれた。実行委員会では、文化人・芸術家からは礒永秀雄の詩と人生を目標にしたいと語られ、教師や高校生、被爆者・戦争体験者からは礒永作品に対する感動と、平和な世の中にしていく期待が出され、詩祭をどのようなものにするのかをめぐってひきもきらず活発に意見が出しあわれた。没後30年という節目にあたって礒永秀雄の作品を広範な人人とともに顕彰し、人人が切望する斬新な文化運動の出発点にしようと、実行委員会は意気ごみ高く活動を開始した。

 10月8日に詩祭を開催
 初めに、礒永秀雄詩祭を呼びかけた13氏を代表して、防府市在住の旧「駱駝」同人・スヤマユージ氏が次のように挨拶をおこなった。「詩人という呼び名は、その人が死んでから、その人をほめる言葉として捧げられるものだと、生前礒永秀雄はいった。その礒永秀雄の心が多くの人の心に伝わって、まさしく詩人という名にふさわしい人であったということが証明されつつあると思う。今年は没後30年ということで、礒永秀雄の心がもっともっと広く、深く伝わるようみなさんのご協力をお願いしたい」
 続いて事務局を代表して長周新聞社の竹下一氏から、とりくみの経過と詩祭の構想などが報告された。6月1日に、13氏による呼びかけが発せられた後、旧駱駝同人をはじめ、各地の詩人・文化人、礒永作品を愛好する人人、礒永作品を教材にして子どもたちととりくんでいる教師らのあいだで呼びかけが歓迎され熱心な論議が始まっている。人人に役立つ作品の創造をめざし、平和運動に貢献した礒永にふさわしい大衆的なとりくみにすること、詩・童話・演劇・音楽・絵画などさまざまなジャンルが一堂に会し、礒永秀雄の世界を創造するという共通のテーマを持った総合的な芸術祭典にすることに強い共感が寄せられている。詩祭は10月8日(日)午後1時から4時まで、下関市の海峡メッセ下関・四階イベントホールで開催する。内容は、詩の朗読、朗読劇、構成詩、作曲演奏、絵本の原画や子どもたちの作品、書の展示、礒永秀雄の思い出や意見発表などとし、今後出演・出品をさらに呼びかけるとともに、全国的に詩人・文化人の賛同協力を呼びかけていく、などが報告された。

 運動へ意欲語る文化人・自らの芸術創造重ね
 引き続く論議のなかでは、参加者の礒永作品との出会いや感動がそれぞれの持ち場から多角的に論じられ、没後30年たってますます生命力を持つ礒永芸術についての熱い思いが会場にあふれた。
 礒永秀雄とともに詩誌『駱駝』で活動した詩人のスヤマユージ氏は、「礒永さんは人間的には非常に純粋で、弱い者を愛する心を持っていた。だから彼の詩とか童話はそのあらわれだと思う。とくにその微笑みは、出会った人が必ず引きつけられるものだった」とのべた。
 劇団はぐるま座の入江光司氏は、礒永秀雄の童話「天狗の火あぶり」「花咲く桃の木の下で」を舞台にして全国を公演して回っている経験を報告した。「カラスやヒバリの小さい命を救おうとする優しさが描かれていて、こんなに優しく美しい詩のような文章を書く礒永秀雄さんにあってみたかった」(愛媛県の主婦)、「戦争での極限の体験から生まれた文学はこれからの日本人としての生き方を教えてくれるもので、大変感動した」(愛媛県の戦争遺児)、「『一かつぎの水』の心からの無償の奉仕の精神に格別の感動を覚えた。現在の世相を見たとき、あまりにも私利私欲が横行し、自分さえよければという風潮が多く、まことになげかわしい。戦後まもなく、戦死者遺家族の農家をみんなで回り無償奉仕をしたことを思い出した」(島根県の戦争体験者)などの反響を紹介した。また詩祭の呼びかけを発送すると、ほとんどの人が賛同し「半年たってもあのときの感動が忘れられない」という反応が返ってきていることや、『礒永秀雄の世界』『おんのろ物語』が約1000冊普及され、学校の授業や母親たちの読み聞かせで活用されていることも報告した。そして「礒永作品が人を変え社会を変える。その力の大きさが、やってみてわかった。詩祭の開催は圧倒的な人が願っていることだ」とのべた。
 5年まえの没25周年詩祭に参加して自作の詩を披露した、下関詩を朗読する会「峡」の野村忠司氏は、「礒永さんが亡くなられた年に “峡” が発足した。25周年のとき自分のふがいなさを詩に込めて発表し、30周年に向けてこの5年間で自分はたくましく成長していくだろうと詠んだ。それには今じくじたる思いもあるが、礒永先生の作品と人となりを目標としていきたいし、今後もずっとかかわっていきたい」と決意を込めて発言した。
 礒永童話を絵本化をめざしてこの日もその原画を携えて参加した、福岡県の桑原嗣子氏(美術グループあらくさ)は、「礒永童話の絵本化を通じて、その作品の奥の深さをしみじみと感じたし、自分の人生を振り返ったり今ある問題を考えたりした。礒永さんの詩論を読むと、詩を絵に置き換えることによって、絵の勉強そのものになり、すべてが解決できる。私の絵の教科書として礒永さんを学んでいる」とのべた。
 下関詩を朗読する会「峡」の川原孝雄氏も、「礒永さんの作品に出会ったのは最近だが、まるでボディーブローを受けたようだった。それまでの詩観が変わってきたし、山口県には金子みすゞや中原中也に負けないこんなすごい詩人がいたのかと思った。自分も礒永さんのような、人を感動させる詩を書きたい」と発言するとともに、「子どもたちに礒永作品の感想文や絵を書かせ展示コーナーに飾るなどして、礒永作品を多くの人が読んだり書いたりし、多くの人が参加する詩祭にしてもらいたい」と期待をのべた。

 世代越え強い意気込み・高校生や被爆者も
 それを受けて教師や高校生から、詩祭当日の構想に関する意見を含めての発言が続いた。
 小中高生平和の会の代表・今田一恵氏は、たくさんの教師が、礒永作品の朗読にとりくんだり、劇にしたり、感想画・感想文を書かせたりしていることに触れ、「そのなかでクラスの子どもたちの顔つきが、ギスギスしたものから優しい顔に変わると、先生たちがいっている。クラス全体が団結していくようになるし、これからどう生きていくかに一石投じてくれる」とのべるとともに「ある音楽の教師は、礒永さんの童話を読むと曲が浮かび上がってくるといい、すでに3曲つくっている。詩祭当日に子どもたちや、会場のみなさんと一緒に歌えたらよい」「詩祭の企画として、子どもの作品募集(礒永作品の感想画・感想文)を広くおこない、それを当日展示してはどうか」と提案した。
 高校生の古川理郁さんは、平和教室で幼稚園の年長の子から高校3年生までが班に分かれて礒永の詩の朗読にとりくんだ経験を報告し、「迫力があり、よしやるぞという気になる」「温かい気持ちになる」と口口に感想を語っていたとのべた。
 被爆者や戦争体験者からも発言が続いた。下関原爆被害者の会の吉本幸子氏は、「礒永さんのどの詩のなかにも童話のなかにも “平和” が入っている。激戦のなかを生き残って帰ってこられた戦争体験者のみなさんの日本を思う心が入っている。各地の反響を聞いても、礒永さんの詩には大きな存在感があると思う。詩というと固いイメージがあるが、だれでも気軽な気持ちで参加できる大衆的な詩祭にしてほしい」とのべた。同じく升本勝子氏は、25周年のとき生まれて初めて舞台で詩の朗読をした経験を思い起こし、佐野喜久江氏は「礒永さんの詩をつうじて、若い人たちに人の痛みのわかる人間になってもらいたい。戦争のない平和な世の中になってもらいたい」と期待を込めた。藤井日正氏は、太平洋戦争の硫黄島で戦死した父親と礒永秀雄とを重ね、「礒永秀雄の世界」を読んで学んだことを文章にして、「歩きながら書いた真に実践的革命的詩人」と読みあげた。

 礒永の世界浮き彫りに・地域で運動を広げ
 さらに下関有料指定ゴミ袋を値下げさせる会の柿田多加子氏が「私たちの両親の時代まではあった日本的な生き方が、戦後はだんだんなくなって、悲惨な子どもの事件が毎日のように起こるようになってきた。私たちの生き方が子どもに反映していると思う。今の社会をどうにかしないといけないという人は多いし、これを機会に礒永さんの作品を広げ、まず私たち大人がよく読んで心をくみとって子どもたちに伝え、本来の日本の姿を取り戻していきたい」と発言した。下関市民の会の兵頭典将氏も「小泉政府のこの5年間で日本はデタラメな社会になり、生活していけない人が増えた。しかしこの5年間でゴミ袋値下げ運動をはじめ市民の運動が発展している。礒永さんの詩にあるように、人間太鼓の行列つくって、この道を胸を張って歩いていこうという気持ちを込め、『さて』という詩を朗読したいと話しあっている」と発言した。
 その後、どんな詩祭にするかをめぐって発言が相次いだ。「先日の会社の花見で『鬼の子の角のお話』をペープサートでやったのが好評だったので、詩祭にも会社の仲間でなにかやりたいと話しあっている」「礒永の童話を子どもたちの劇にするとりくみを、クラス単位、学年単位、学校単位でやって、子ども、父母、祖父母の三世代で詩祭に参加したい」「展示コーナーには作者と交流したり感想を書けるスペースを」「舞台装置や展示も芸術祭にふさわしいものにしよう」「礒永の詩や童話を圧倒的多数の人のなかに広めるため、簡便なリーフレットをつくって大量に普及しよう」などの意見が次次に出しあわれた。
 実行委員会は、呼びかけの趣旨にもとづいて今後、出演・出品をさらに呼びかけるとともに、詩祭全体として礒永秀雄の世界が浮き彫りになるように基本骨子を煮つめ調整する作業を進めていくこと、チラシ・ポスター・チケット・リーフレットで大宣伝してそれぞれの職場・学校・地域で運動にしていくことを確認。「今回の詩祭を、長年の文化・芸術運動の衰退を打ち破る希望の見えるような、新しい芸術運動の基点にしよう」と呼びかけられて終えた。

トップページへ戻る