長周新聞紹介 |
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《八年間あれこれ》より抜粋 − 1963年 − 福田正義 偏っているか (4月3日699号) 生まれるべき新聞の性格を決定することは、その新聞にとってもっとも基本的なことである。それは、何回となくかえるようなものであってはならないし、何回となく変更しなければ情勢に適合しないとしたら、その新聞の発行者たちは、まず失格であるだろう。 一九五五年、われわれは、基本的に、つぎのような情勢の分析に立った。 アメリカ帝国主義が日本の独占資本を保護育成し、この両者が日本人民を収奪し支配している。それだけではなく、かれらは戦争の傷痕がまだ残っているのに軍国主義を復活して、ふたたび日本を戦争の道へかりたてようとしている。かれらは、植民地的な退廃文化をまき散らし民族を根こそぎ骨ぬきにしようとしている。 そこで、平和を守り民族の独立を勝ちとること、民主主義を確立し、人民生活の安定と向上をはかること、また民族文化の発展のために努力することがなによりも重要であり、そのためには、政党政派、宗教・思想信条、職業をこえて広範な勤労県民が団結することが必要である。 われわれが得た結論は、以上である。そこで、これが定式化されて、長周新聞の『編集綱領』となり、今日までかわることなく一貫して長周の性格を基本的に規定している。 この基本的な路線については今日まで、日本の全体の情勢の発展のうえで、われわれの設定した『編集綱領』が基本的に現実の情勢のうつりゆきと異なっていると思ったことはなかったし、いまも思うことはない。現実に起こってくるさまざまな事件についてそれをとりあげるうえで、『編集綱領』に照らしてみて、戸惑ったことはない。そのことが、長周の全体の記事のとりあげ方、論調を一貫したものにしている基礎である。 長周新聞について、偏っている。一方に偏している、という批判をよく聞く。その偏っているということが、いわゆる守備範囲が狭くて取材源が偏っている、多面性に欠ける、というのであれば、なるほどそうである点はわれわれも認める。しかし、平和を守る、独立を勝ちとる、民主主義を擁護する、人民生活の安定と向上を勝ちとる、民族文化の開花をはかる、ということで、平和と戦争の中間、独立と従属の中間、民主主義と反民主主義の中間、人民生活の安定と破壊の中間、民族文化の開花と植民地的退廃文化の氾濫はんらんの中間、にその立場をおかないからといって偏っていると非難されることは、これはあたらないし、実際にはそういう立場などありえないのである。 『朝日』とか『毎日』とか、その他さまざまの新聞をなにか客観的で公平で偏らないものと考えるのは、これは明らかに誤っているのであって、ブルジョアジーの支配機構にたいする事大主義的な屈服である。 それは、このような新聞が、読者を戦争に導いたことで証明ずみであるし、今日、アメリカと日本の独占資本が合作で日本人民を屈辱の事態におき、収奪し、あざむき支配することを積極的に助けていることでも、疑う余地なくはっきりしている。 これらの新聞は、平和のためにも、独立のためにも、人民の民主主義のためにも、人民生活の安定と向上のためにも、なに一つたたかわないばかりか、反対に、人民の切実な願いをカキ消してしまうことに奮斗努力しているのである。かれらこそ偏っているのである。偏りすぎているのである。 ところが、われわれの『編集綱領』にほぼ同じ立場に立っている人人のなかで、われわれのことを偏っていると批判するものがかなりあるのは、どういうことであろうか。 かくて、偏っていないものが偏っていると評価され、偏っているものが偏っていないと評価される珍妙なさかさまの状態が現出されるのである。 ここのところには、ブルジョア・ジャーナリズムの正体、とくに日本特有のブルジョア・ジャーナリズムのもっている欺まん性のバクロが、きわめて重要だという問題もひそんでいるよ うである。そしてまた同時に、人民のジャーナリズムを創造し、発展させるという課題がさし迫った重要さで、われわれのまえにあることがわかる。 長周新聞の立場 (4月10日701号) 『編集綱領』についてふれたように、われわれは、政党政派や、宗教・思想信条にはとらわれない立場に立っている。 民主政党、民主団体、労働組合であるから、それらの政党や団体のすることは無条件に支持するという立場はとっていない。反対に、民主団体とはいえない組織のすることは、頭から否定するという立場もとってはいない。 長周新聞は、いわばジャーナリズムにおける人民の部隊である。人民のジャーナリズムであり、したがって人民の世論を正しく組織し、人民の要求と意見を正しく反映し、反人民的なものとたたかうことが基本である。 長周新聞はその出発にさいして、労働組合や民主団体の共同の機関紙という立場はとらなかった。もしも、そういう立場をとれば、それらの組織や組織の幹部の制約を受けて、人民の立場から自由に発言することができなくなるからである。組合や団体の執行機関がつねに正しいということはできないし、また組合や団体の決定したことの無条件報道は、それはそれぞれの組織がもっている機関紙でやればよいことであって、長周新聞のようなものがやるべきことではない。 長周新聞は、先にのべたように、平和・独立・民主・人民生活の繁栄・民族文化の擁護という基本路線にもとづいて、人民の統一戦線を発展させ拡大強化することに役立つことを主要な任務としている。したがってそれを妨げるようなことについては、たとえそれが民主政党であろうと労働組合であろうと、それを批判することは躊ちゆう躇ちよしない。もちろん、それにたいする態度は、労働運動を前進させるという立場からであって、批判のための批判、あるいは運動の前進に役立たない批判などをやることではない。 われわれは、『編集綱領』にもとづいて、人民の統一戦線を発展させるという観点から、無数の問題をとりあつかってきた。われわれの決定的な基準はこの観点である。われわれのすべてが「正しかった」などとうぬぼれてはいない。しかし、この観点からはずれてものごとを処理したことはない。 ところが、政党や労働組合や民主団体の幹部のなかには、自分たちのすることは全部正しく、長周新聞のような民主新聞はそれを無条件に支持しなければならない、というふうに考えているものがずいぶんある。それらの人人は、批判に耳を傾けようとせず、批判的な意見があると、たちまち敵対的な姿勢になるものすらある。われわれは、そういう考え方に組みするわけにはいかないし、組みしたこともない。 かくて、人民のジャーナリズムをめざしてやる新聞事業は、きわめて困難な経営上の波をはてることなくくぐらざるをえない。人民に依拠し、人民の支持を受け、人民に支えられるよりほかには、それを成り立たせるなんらの保証もなかったし、いまもないのである。人民の利益を非妥協的に守りぬいて、前記の『編集綱領』に立ってたたかうということは、とりもなおさず、全支配機構とのたたかいである。しかもわれわれは、あくまでも読者と結びついているだけで、それ以外のいわゆる「組織」をもっているわけではない。反対に、しばしば「組織」からしめ出されたり、冷淡なあつかいを受けたりするのである。 高度に発達した「国家独占資本主義のド真ん中で」ともかく八年間この新聞が正確に発行されてきているという事実は、広範な、さまざまな人人の支持以外のなにものでもない。われわれには浮袋はないのである。 偏っていること (4月14日702号) 安保斗争は、長周新聞八年の歴史のなかで、もっとも感動的な事件であった。長周は、まだ安保斗争の波が音をたてない時期から、この日本の独立と平和の課題をかけたたたかいにとりくんだ。われわれは、したがって運動が全国的に高まってゆくのとともに高まり、全人民的に広がってゆくのとともに広がっていった。 斗争の波は、地鳴りのように毎日、毎日、全国を揺り動かし、引くことも知らなかった、しかも毎日、毎日、運動は新しかった。このような大規模なたたかいは、だれも経験したことのないものだった。それは、まるで、巨大な生きもののように、うねりを打って高まり、広がった。 われわれは、歴史の波の音に耳をくっつけ、それこそ、すべての毎日を、感動をこめて新聞を編集していった。 わたしは、安保斗争については、いずれ詳しく書かねばならないと考えているが、ここでは、それにふれようというのではない。ここでいっておこうということは、われわれが「偏っている」という点、そういう批判を受けるような傾向が、安保斗争以後強くなって、現在も尾を引いている、ということである。 人民の生活とたたかいをいきいきと描き出し、人民の意見を正しく伝え、そこに流れている世論を反映し問題を提起することは長周新聞のおもな任務である。われわれが「偏っている」という点は、そういう本来の活動が弱まって、民主団体の活動をその面からとりあげている部分が多いということである。 安保斗争のような重要な人民の斗争は、偶然に起こったものではない。そのような人民の怒りが爆発してゆく素地が積み重なっていたし、われわれは、そういう現実についてあつかってきた。安保斗争が盛り上がってからも、かならずしも政治的な高揚の側面だけをあつかってきただけでなく、それらの基礎をなす現実の諸矛盾についてもふれてきた。あのような大衆の高揚した行動は、当然にも紙面の大部分を占めないわけにはいかなかったし、とりわけ、あの斗争のなかで組織されていった多くの大衆組織の活動は、新聞に強く反映されざるをえなかった。また、それらさまざまの組織は、大衆と結びついていきいきと活動した。 この時期の長周新聞の活動形態が、そうでない情勢のなかで、尾を引いていることがいちばん大きな問題であるし、いわゆる「偏っている」ということになるのである。 大衆組織 つまり民主団体の動きにはふだんに注意を払わなければならないが、そこにだけ主要に注意を払っていると、新聞は「偏る」ことにもなるだろうし、その機能は弱まらざるをえない。 われわれは「大衆組織に」ではなく、直接「大衆の中へ」もっと広く深く入ってゆくことに主要な努力を傾けねばならないし、そうして、そこに働いている世論を映し出さねばならない。そのことが、今日、長周新聞の編集スタッフが負っている最大の任務である。 これは、長周新聞だけがそうなっているのではない。安保後に展開している新しい情勢に十分に適応できない弱点を、さまざまな組織がもっている。人民の敵どもは、きわめて入念に情勢の転換をはかった。わけても知識層の分裂、総評など労働組合の右傾化、戦線の分裂には力をつくした。攻撃の網の目も強化した。この問題は、とてもこういう欄で書ききれるようなものではない。しかし、いま、諸組織と運動が、新しい情勢に歯車をあわせているとはいいがたいものがあるのは事実である。 問題は、長周新聞のようなものが、たち遅れてはならないということである。 |