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大学祭で反響呼ぶ原爆と戦争展
下関市立大学
             日本の進路重ね学生が論議    2008年11月3日付

 下関市立大学の学園祭で、1日(土)から3日(月)まで原爆と戦争展が開かれている。同大学の学生をはじめ、宮崎大、広島大学院、流通科学大学(兵庫県)などの学生も参観に訪れ、真剣にパネルに見入っていた。また、下関原爆被害者の会の被爆者も交代で会場につめ、学生と交流を深めた。
 宮崎出身の女子学生は自分の祖父も宮崎空襲を体験しているが、あまり多くのことを語らなかったことを話し、「今日話を聞いて、祖父も苦しい思いがあったんだということに、気付かされた。今までアメリカが大きく見えていて、しょうがないかなと思っていたけど、しょうがないで済まないと思う」と涙をこらえながら話した。
 パネルをじっくりと見て回った女子大生の3人は、「アメリカはひどい。一般の市民を平気で殺しているし、原爆は落とす必要がなかったと思う」「日本はなんでもアメリカのいうことを聞いて腹が立つ。高校時代に公民の先生が、近い将来戦争が起こるといっていたけど、やられるのは日本じゃないですか」「東京大空襲も一番先に爆撃したアメリカ兵が、アメリカで英雄になっている。日本がバカにされている。こんな悲惨なことが、本当にやられているとは知らなかった」と口口に話した。
 市大を卒業し、広島大の大学院に通う女子学生は、「出身が広島で“平和教育”を受けてきたけど、自分が習ったこと、原爆資料館で見てきたものとは違うことが書いてある。いろんな人の思いが書いてあって、勉強になった。アメリカが原爆を落とした本当の理由が分かった」と話した。また、高杉晋作に興味を持っており、今から下関市内の史跡を回りたいと思っていることを語った。「今まで下関の大学にいながら全く知らなかった。明治維新で、下関から社会を変えていったことはすごいと思う」と話し、広島でも活動に参加したいと申し出た。
 福山から子どもの大学祭を見に来たという男性は、小学校のとき原爆資料館に行って以来、原爆や戦争の展示は見る機会がなかったことを語り、「こんな悲惨なことは、世界中どこにもない」と話し始めた。「南方の戦場で船ごと沈没させられることを分かっていながら、兵隊を送り出した天皇、軍部、財閥の考え方は許し難い。無駄な命を沖縄や特攻隊で殺したことは理解しがたい」と語り、「戦後、アメリカに守られていると思っていたが、アメリカの盾になっているようなものだ。米軍基地はなくしていかんといけん」と語った。
 20代の男子学生は、「本当に何が真実か、どう考えたらいいのか、何をしたらいいのか考えさせられる展示だった。真珠湾攻撃も9・11とかぶるところがある。今のアメリカのやり方と、当時が全く同じだと思う。日本をこれからどうしていくか、学生も含めて1人1人が考えていかないといけないと思う」と話した。一緒に来ていた30代の女性も「初めて知ることが多く、本当のことが何なのか考えるいいきっかけになった」と語り、「今から日本はどうなっていくのかと思う。もし被爆者や戦争体験者の方が亡くなって話す人がいなくなると大変なことになると思う。今の大学生にもっと見に来てほしいし、いろんなところで展示してほしい」と話した。
 1日、2日の2日間でアンケートが学生を中心に51枚寄せられた。学生のなかでは、被爆者の積極的な行動に心を動かされ、「また何かあったらお手伝いしたい」「何かしないといけない」という声があいついだ。また長崎や広島の学生の行動も話になり、「第2次大戦の真実を伝えていこう」と積極的に行動意欲が語られた。
 原爆と戦争展は3日午後5時まで開かれている。

 初めて知る真実に衝撃 2日間で参観者500人超す・北九州大でも共感
 北九州市立大学(北九州市小倉南区)の大学祭では、11月1日(3日まで)から本館1階フロアで「原爆と戦争展」が開かれた。大学生や、同窓生、教官、地域の市民がとぎれることなく訪れ、2日間で参観者は約500人を超す盛況となった。主催は原爆と戦争展を成功させる会・北九州(代表・増田幹)。原爆と峠三吉の詩、沖縄戦の真実、戦争体験者の証言をもとに作製された第二次大戦の真実パネルなどが展示され、常時待機した被爆者や戦地体験者が若い世代に体験を語った。
 友人とともに展示を見ていた北九大3年の女子学生は「写真が衝撃だった。赤紙で無差別に戦争に連れて行くようなことは絶対に許せない。このような体験を目の前でしていたと思うとどれだけ辛かったかと思う」と話した。そして「展示を見て、あの憲法九条を手に入れるまでにこんなに多くの犠牲が必要だったのかと思った。自分の友達が戦場に行かなければならないなんて、絶対に耐えられない。死ぬのが分かっているのに送り出すなんてできない」と感想を寄せた。
 集団で来た九州栄養大学の女子学生たちは「私の祖父も戦争のことをよく話していた」と話しながら参観。「修学旅行などで長崎と沖縄には行ったことがあり、戦争について勉強したつもりだったが、展示を見て改めて戦争の悲惨さを感じた」(男子学生)「パネルの文や写真などで戦争のむなしさや悲しみが伝わってきた。今まで知らなかったこともたくさんあり勉強になった」(男子学生)、「小学校のころ感じた恐怖が思い出された。広島出身だが最近遠ざかっていたので貴重な体験になった」(女子学生)、「小学生以来、戦争の恐ろしさを学んだ気がする。もう少し積極的に戦争のことを伝えていかなくてはならないと思った」(女子学生)など厳粛な思いを込めて感想を寄せる学生の姿が目立った。広島大学や広島県立大での原爆展を報じた長周新聞紙面にも関心を示し「いろんな大学でがんばっているんですね」と持ち帰った。他の学校でもやりたいという申し出もあった。
 20代、30代の現役世代が親子で訪れ、子どもとともに原爆展会場への呼び込みを手伝ったり、時間をかけて見入り被爆者や戦地体験者と話し込む姿も多かった。
 1時間以上かけてパネルを見終えた20代のカップルは、被爆体験を聞くコーナーで被爆体験を聞き、「戦争はテレビや映画・教科書でしか知らなかったが、展示を見て自分より年下の人が悲しい体験をして死んでしまったことがつらい。過去の日本にこんなむごい現実があったことを忘れずにいたい」と記し運動への協力を約束していった。
 30代の母親は「パネルにある被爆者の体験の話が心にしみた。戦争のとき何を思っていたのかが伝わってきた。今の生活も苦しくなっているし、戦前の生活と重なる。よくテレビでおもしろおかしい番組をやり、わざとのように“政治など興味ありません”という若者ばかり出すけど、これで本当にいいのかと思っていた」と話した。わが子を広島、長崎、鹿児島の知覧などに連れて行き戦争について教えていると語り、「自分が子どもの頃にこのような話を聞き、大人になり、母になり、思いもまた変わってきた。体験者の方がずいぶん減ってしまい、これから先のことを考えると不安になる。よく考えなければいけない」と感想を寄せた。
 台湾から訪れた非常勤講師の女性(30代)も「戦争がない世代で生まれたが、様様な資料で当時のことを知ることができた。戦争の怖さ、人間の大切な生命、自由、尊厳、家族を失うこと、本当に心が痛んだ。生生しい写真や手紙を見て思わず涙が溢れた。当時私の母国台湾も日本の植民地だったので、日本人の方方と同様に日本兵の一員として1枚の赤紙で生命・自由を失うと思うと、言葉が出ないほど悲しい気持ちだった。平和の大切さ、戦争を2度と起こさないことはどれほど大事なことであるか改めて認識し、痛感し、自分も何か平和のためにできることを願う」と感想を寄せた。
 30代の女性教師は「原爆症で苦しんでいる人人を“診察はするけど治療をせず”というアメリカの姿勢には激しい怒りを感じた。オレンジ計画という国民の(自国の)気持ちを利用して日本を攻める戦力にするという汚い手を使っていたのか…」と衝撃の気持ちを記した。
 アンケートでは「楽しい催し物の中にこんな大学らしい企画があるのは本当にすばらしい。戦争の悲惨さと現代の不況を戦争前夜に近いものとしてとらえているのを知らせる姿勢もいい。学園祭だって平和だからこそできるのだ!」(50代・男性)などの感想も寄せられた。
 原爆と戦争展を成功させる会・北九州では、こうした若い世代で語り合う場として今月16日(日)に被爆者・戦争体験者との交流会(小倉南生涯学習センター・午前10時から12時)を開くことにしている。

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