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第二次大戦パネル、大阪で衝撃 
原爆展キャラバン関西行動
             欺瞞はぎとり激しい怒り   2007年4月13日付

 原爆展全国キャラバン隊(劇団はぐるま座団員で構成、長周新聞社後援)は、4月9日から大阪・関西地域に入り、街頭における「原爆と戦争展」展示を開始している。初日は大阪市役所前の淀屋橋たもと、10日JR京橋駅前、11日東住吉区の長居公園、12日大阪駅前ビルの広場で連続して展示し衝撃的な反響を呼び起こしている。今回の展示は「第2次世界大戦の真実」パネルを中心に、沖縄戦、全国空襲、峠三吉の原爆パネルを組み合わせ、さらに長周新聞号外「六連島で全国初の戦時訓練」や「米軍再編で揺れる岩国市民の声」パネルも加えた展示内容である。とりわけ、パネル「第2次世界大戦の真実」への衝撃は大きい。現在の日本社会の対米従属ぶりにたいする怒りが人人の深刻な体験とともに噴出し、激しい論議が巻き起こっている。

 感情あらわにする体験者 淀屋橋のたもと
 初日、淀屋橋たもとでの展示では、背広姿のサラリーマンや市役所に用のある戦争体験者、散歩途中の人、作業服姿、青年・学生、主婦などあらゆる層が参観した。
 「大阪空襲を体験しているからよくわかる。焼夷弾の火が燃え移ったら消せないんだ。戦後ララ物資で与えられたのは家畜の餌だったよ」と語りかけてきた82歳の女性は、長周新聞号外「六連島」の記事を指さして、「こういうことがおこなわれていることは全く知らされていない! 日本はアメリカの属国になっている。そしてアメリカに感謝させられている戦後世代にははがゆい思いでいっぱい。体験した年寄りは声をあ  原爆展キャラバン隊が大阪で行動開始(10日、京橋駅前)
げるだけじゃダメだ。行動せにゃいかん!」と激しく語り、署名した。そして他の戦争体験者と交流をはじめた。
 「兵隊の飢餓のパネルが胸につまされる。満州へ行った父の家族は5人亡くなった。幸い父は生きて帰ってきたが…パネルを見て本当につらい思いをしたのだと思うと……」といって絶句し、言葉にならず帰っていく60代の男性。「アメリカは人殺しだ! うちの親戚はみな兵隊にとられて、沖縄で殺された。アメリカだけは大嫌いだ!」と、怒鳴るように語っていく男性。
 ネクタイ姿の現役世代は多く感想を語らなかったが、仕事途中の急ぎ足をとめて熱心にパネルに見入っていたのが特徴的だった。
 専門学校の入学式帰りに参観したという18歳の男子学生は、「岩国基地の問題や六連島で戦時訓練がやられる問題など、こういう風に僕らが知らないうちになっていることに驚いた」と、長周新聞の宣伝紙をたくさん持ち帰った。
 神戸から来た20代の女性は、「戦争をどうしたら止められるのかが大事だと思う。祖父母は広島出身だが戦争の話はタブーだった。祖父は両方とも南方で戦死している。こういう活動はぜひ頑張ってほしい」といって、第2次世界大戦の真実の冊子を買い求めた。
 50代の主婦は、パネルの1枚1枚にうなずきながら「日本人はアメリカのやり方にコロっとだまされきっている。政治家や偉い人たちは本当に国民、市民のことを考えないでぬくぬくと暮らしているが、本当は私らの方が力あるのにね。日本を変えていくには、まず安倍さんをやめさせんといけないね。私もあきらめてないでもっと声を大にしていかなあかんね!」と署名し、「子どもたちに見せよう」と全国空襲の冊子など数冊を買い求めた。

 JR京橋駅前 米国の見方巡り論議に
 10日のJR京橋駅前では、人の往来が激しいなかで人の群れが途切れず、時間をかけてじっくり見る人が多かった。とりわけ、戦後のアメリカの日本占領を書いているパネルへの反響は大きく、「アメリカをどう見るのか」で論議をしていく人が多かった。また終戦前日に京橋が焼かれた空襲体験を激しく語っていく人も多かった。
 海軍飛行予科練で訓練中に終戦を迎えたという80歳の元教師は、「これは本当にあった事実、真実だ。今まさに危険な世の中で、真実を隠そうとするものがおる。私たちの世代は子どもの頃からお国のため、天皇陛下のためと教育されて戦争に連れて行かれた。天皇グループが生き残るために国民が数え切れないほど殺された。今も同じで、安倍政府は、何も考えないで戦争に連れて行きやすい人間を作ろうとしている。教え子を戦場に送るなとやってきた心が、今の教師から抜きさられている。いつの時代も庶民の金と命をぶったくるのが日本の政府だ。今はアメリカも上に乗っかっている! 日本はアメリカに守られているという人もいるが、冗談じゃない。自分の足でしっかり立たなあかんのや」と激しく語った。そして第2次世界大戦の真実と全国空襲の冊子を買い求め、もう1度もどってきて多額のカンパを寄せた。
 「戦争は絶対あかんのや」と語りかけてきた84歳の女性は、「兄はラバウルで戦死。弟は中学卒業してから満蒙開拓に行ったまま未だに生きているのか死んでいるのかもわからない。私は大阪空襲で一家焼き出されて、一体だれを憎んだらいいねや! 声を大にしても何になるのかと思っていたが、黙っていられないよ」と、アメリカと日本の支配層への怒りをぶつけた。
 パネルをじっくり見てから静かに語った60代の女性は、「今の政治のあり方はおかしい。みなが右といえば右を向いてしまう。だれがそれを止めるのかと危惧(ぐ)していたが、こういう形で国民に意識づけしてくれることに感謝したい。問題はアメリカです!」といって、家族全員の署名を記し、すべての冊子を買い求めた。
 元自衛隊という60代の男性は長周新聞号外の六連島のパネルを見て、「日本はアメリカの植民地だ。自衛隊に長いこといたがアメリカのために自衛隊がつくられた。本当に日本が独立するにはどうしたらいいのか!」と、長い時間話し込んでいった。
 大学3年の女子学生は、「実際に原爆を使わせない力が日本にあったことは初めて知った。私はまず友だちにこのパネルを見せたい」といって第2次世界大戦の冊子を買い求めた。
 また、「多くの人に知らせてほしい。また、大阪に来るときには協力したい」という70代の女性や、「本当の歴史を知らせていきたい。日本人の誇りを取り戻したい、協力したい」といった20代の郵便労働者など、ともに行動しようという意欲が示されたのも特徴だった。

 東住吉区・長居公園 独立求め世代越え交流
 11日の東住吉区の長居公園では、看板を出したとたん数人が集まり、公園に散歩に来た年寄りや子ども連れの若い母親、買い物途中の主婦などが参観した。
 「まったくこのとおり! 日本ばかりが悪くいわれるが、アメリカの方がもっと悪いんだ!」と語り出した70代の男性は、「戦後進駐軍の兵舎横を通って学校に通ったが、米兵からは火のついたたばこを投げつけられたり、熱いコーヒーをかけられたり、さんざんな屈辱をあじわってきたんや。アメリカは絶対許せん」と激しく語った。
 海軍江田島兵学校にいたという82歳の男性は「呉にいたので8月7日から市内に救援に入ったが、10日からは高知の須崎で人間魚雷「青がえる」の試運転をしていた。私は日本は負けるとずいぶん前から思っていた。輸送船はないし潜水艦もない。戦艦大和が出航するとき荷物の積み込みもやったが、2カ月後には沈められてしまった。戦後日本はアメリカのいいなりや! 戦争を知らん安倍に何がわかるか。国会で話し合っても、物事を何か1つでも解決したことがあったか! 日本が独立していないことが1番問題だ。アメリカに出て行ってもらうことがこれからのためだ」とだんだん言葉に熱が入り、「若いものには戦争のことも知ってもらいたいし、どうしたらいいか考えてもらいたい!」と第2次世界大戦の真実を買い求めた。
 長崎出身の男性は「戦争に負けて日本軍は弾薬を海に放ったが、戦後その箱を拾って遊んでいた同級生が爆発で6人死んだ。アメリカは勝つためには手段を選ばん自分勝手な国や! いうことを聞かん国はつぶしてしまいよる。日本もアメリカの属国になっている。戦争をしたいのは金儲けがねらいや」と、参観者と激しく語り合い、ポケットに入っていた小銭を全部カンパしていった。
 パネルを見てしばらく言葉にならなかった60代の女性は、「私の主人の父は海軍で何度も沈められて、やっとたどり着いた島では食べるものがなく最後は餓死だったと聞いている。本当に何のために殺されなければならなかったのか。今は平和ボケしてしまって、戦争の問題も政治も教育も社会がいろんなことで揺れているのに、それがわからなくさせられている」と語った。
 学生時代に安保斗争をたたかった74歳の男性は、「労働運動はなんで足腰がたたなくさせられたのか悔しい。どうして今の体制に逆らう組織勢力ができんのか。アメリカに対する潜在意識はみなもっているのに。私は安保斗争のようなたたかいが起きるのを今でも望んでいるが、今日このパネルの活動を知って少し希望が見えてきた」と強い共感を語った。別の、70代の男性も「日本人は魂の立て直しをせないかんのや! とにかく今の政治家を変えるには、私ら1人1人の力だけではあかん。必ず組織にしていかな! こうやってみんなの気持ちが一緒だってことがわかって嬉しいな」と、期待を込めて署名した。

 大阪駅前 熱心に見入る若い世代
 12日は大阪駅前のビル群の間にある広場で展示した。黒いスーツ姿の会社員など若い世代が熱心にパネルに見入っていた。だまって署名やカンパをしていく人、協力者として名のり出る人、チラシや号外をもらいにくる人など、積極的な反響が大きかった。
 時間をかけてパネルに見入っていた60代の男性は、「自分は昭和21年生まれだが父も戦争で南方へ行った。私はまじめにきかんやった。むしろ、“戦争がはやく終わって良かったやないか。日本も中国に攻めていって悪いことしたんやし、あの戦争は間違っとったんや”と、学校で教えられていたからすっかり信じて母にいった。母はものすごく複雑な悲しい顔をしたんや。この展示を見ていたら、なんで母があんな悲しそうな顔をしたのか少しわかるような気がした。父も母も死んでしもうたけど、申し訳なかったな、もっと大事にしてやればよかったな…」と絶句した。そして、「今も安倍さんは防衛省にしたり、イラクに派兵したり、こうして戦時訓練したり。もっとしっかりした目をもたな、またいつの間にか戦争になっていたとなってはあかんわ」と静かに、力強く語った。
 25歳の男性は、「祖父が海軍だったので家に当時の資料がある。自分たちは戦後の歴史を教わっていない。本当は1番教えるべきことなのに、これもアメリカの圧力だろうか? もっと若い者が関心をもってほしい。もっと勉強したい」といい、第2次大戦のパンフや「戦争はなぜ起きるか」などを買い求めた。
 30代の会社員は、「アメリカはえげつない国だよね! こんなにひどいことをやってきた事実が今はまったく知らされていない。原爆を落として戦争は終わった、と英雄気取りだ。だから未だに日本に対してえげつないことをしている。国内でも国外でも自分たちの儲けのためなら何でもする海賊みたいなものだ。そのアメリカの真似を今日本がしている。僕ら若者は考え方までアメリカにならされている。もっとみんなで行動しよう!」と長周新聞などをたくさん持ち帰った。40代の男性は、「イラクの人がいっていたが、日本はアメリカにさんざん痛めつけられたのに、アメリカべったりなんや。このパネルを見て、なぜなのかがよくわかった」と語った。
 パネルを見ながらとなりの参観者と論議をしていた79歳の男性は、「日本国家はさんざん国民をいじめておいて自分たちの戦争責任は覆い隠す。国民と国家はわけて考えんといかん。なぜ、今頃になって天皇が中国との開戦に反対した平和主義者だったなどというのか。ウソや! 共産党もあの時、アメリカが日本を助けたというたんや。こいつらは肝心なところでいつも問題をうやむやにしている!」と激しく語った。
 目を真赤にしてパネルを離れてきた70代の男性は「戦争で家族はばらばらや! 父はフィリピンで戦死、母は最近まで遺族年金で生きてきたが死んでしまった」と絶句し、「ほんまに悔しい!」と噛みしめるように語り、もう1度戻ってきて「がんばってな!」とカンパを寄せた。

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