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第二次大戦の真実に強い衝撃
原爆展キャラバン隊座談会
               関西・大阪行動の総括     2007年4月27日付

 原爆展全国キャラバン隊(劇団はぐるま座団員・長周新聞社後援)は4月9日から22日の2週間大阪・関西地域で街頭の「原爆と戦争展」を開催した。キャラバン隊は2004年2月に結成されて以後北は北海道から南は沖縄まで全国各地で展示活動を展開してきた。今回の展示は原爆展活動の中で制作された「第2次世界大戦の真実」パネルを中心に、沖縄戦、全国空襲、峠三吉の原爆パネルを組み合わせた新しい構成でおこなわれた。その反響は、第2次大戦と戦後占領は何であったかという論議とともに、現代の日本社会の真実、そして平和で美しい社会を建設する行動を求める新鮮で激しいものとなった。本紙では行動した隊員4人に集まってもらい、その特徴、教訓などについて語り合ってもらった。

 戦争体験者も若者も深く共鳴
  今回は、大阪市を中心にして関西をまわった。約2週間のあいだに、8カ所・12回展示をした。大阪駅や市役所周辺などの都心部が多かったが、東住吉区の長居公園とか港区の八幡屋商店街にもいった。2日間は都心をはなれて、空襲が酷かったと聞いた堺市と、最終日には阪神尼崎駅前まで足をのばした。あらゆる層の人たちが展示を見ていったが、やはり今回最大の特徴は、新しく作成された「第2次世界大戦の真実」パネルだった。これは激しい衝撃を呼び起こした。
  この間は「原爆と峠三吉の詩」パネルから始まって、沖縄戦、全国空襲、戦地体験のパネルが加わってきた。今回は、並べる順番を「第2次世界大戦の真実」パネルから始めて、沖縄戦、全国空襲、原爆投下、戦後の体験と流れにそって並べた。そこに下関での「六連島戦時訓練」の長周号外や「岩国市民の声」など、現代の問題を加える新しい構成だった。パネルを見れば見るほど腹がたつという人が多かった。激しい怒りであるが、「奥深いですね」という感想が多かった。人人の体験から出発して、アメリカがいかに計画的に、戦後の支配までを含めて抑圧支配してきたのか、日本の上層部がどのようにアメリカにくっついてきたのかということが、構造的に暴かれていったなというのが第1印象だった。
  堺市で展示したとき、前の原爆展も見たという被爆2世の人がきた。感想を聞くと、「今度のパネルで、戦争の全体像のなかで、なぜ原爆が投下されたのかがよくわかった」といっていた。世代によっていろんな体験があるが、自分が経験したところから入って、その前後から戦後まで、1本につながっていくという人が多かった。
  尼崎が1番激しかった。体験者や、現役世代の人も交えて、あのときはあーだった、こーだったという論議がワイワイやられていった。知り合いなのかと思っていたら、全然見ず知らずの人たちが、次次に人の輪ができるという状況だった。いままでほとんど体験を語ることもできなかったような人たちが、すごく触発されていた。
  あるサラリーマンは、「これはすごくわかりやすい。結局戦争が終わっても、支配体制はなにもかわっていないということか」といっていた。
  広島で育って平和教育も受けたという青年は、「部分部分の体験は、かわいそうとか悲惨とか思っていたが、もっと深いところで戦争のことを教えてもらった」といっていた。20代、30代の若い人のなかでは、一断片の戦争ではなくて、なぜ戦争になったのか、上層部はなにを考え、兵隊に駆り出された人たちはどのように殺されたのかということに、「奥深い」という声が多かった。
  戦争体験も語られたが、小泉から安倍政府になり、自衛隊のイラク派遣や国民保護計画とか憲法改定とか防衛庁が防衛省になるなど、じわじわと戦争の方向に向かっていることに対する強い危惧と結びついていた。具体的に戦争準備がされているなかで、一般的な戦争反対、原爆反対をいっているだけではなく、どうしたら日本を変えることができるのか、などの展望がパネルを見ることによって呼び覚まされていったと思う。

 米国の見方焦点に 62年の欺瞞はぎとり・ほとばしる怒り
  アメリカをどう見るかというのが、1つの焦点になった。大阪はすごく失業者が多い。聞いた話では、日本に2万人いるホームレスのうち、1万人が大阪にいる。そのうちの8割が大阪市内という。戦争で金を儲ける者は儲けるし、まじめに働いている者がバカをみる世の中にされている。生活の貧困化とか福祉の問題、教育の問題、労働者の問題などすべてが破滅の道に向かっているし、このままではいけないという意識はすごく強い。そのなかで、アメリカが戦後62年間でかなり美化されてきた正体が暴かれていった。
  「なぜアメリカにもの申さないのか」というひっかかりとあわせて、真先に国を売った天皇への怒りも激しかった。マッカーサーと天皇が一緒に写っている写真の前にきて、「なんで戦争が終わったときに切腹しなかったのか」とか「ここから日本の歴史が消されていった」とか、戦争の決着がついていないのだという感情がほとばしるように出てきた。
  「アメリカは戦後支配の野望のために虫けらのように殺した」のルメイの発言がのったパネルに人だかりができるのが特徴だった。そこでは、東京空襲で10何万人、その他の空襲で何万人、外地で何100万人、原爆で何10万人とアメリカの残虐性が暴露されている。それとつなげて「なんで天皇がルメイに勲章などをやったのか」「いままで東条英機が悪いといわれてきたが、大元帥だった天皇に1番責任があるじゃないか」と怒り心頭になって語っていく体験者が多かった。
  人だかりでいえば「原爆はなぜ投下されたか」も、アメリカの単独占領の部分も多かった。いままで教えられてきたことと全然違うぞという論議になっている。最後の「六連島戦時訓練」のところでもまた人が集まるというふうで、パネルのなかにもポイントポイントがあった。
  今回は、体験の聞き取りだけでなく現代とつなげて論議と行動を起こしていくといことも重視したが、かなり支持された。憲法改正や自衛隊をどう見るかなど、みんな論議を求めているということを強く感じた。アメリカが敵だということが鮮明になるのと一緒に、「なんとかしよう」と具体的な行動に動き出している。期間中に、協力者が20人近くになったが、これは昨年東京にいったときよりもはるかに多い。東京では、若者が「手伝いをしたい」と協力者になっていたが、今回は老人も行動的で、若者も現役世代もいる。「パネルをかしてもらえないか」という相談もあった。
  京橋でサラリーマンの1人が、憲法9条の会にいって「靖国にまいるのはいいのではないか」というと「おまえは右翼か」といわれる。右翼系の人に「イラク派遣はいけない」というと「おまえは左翼か」といわれる。日本をどうしていくのか論議したいのに、すべて色分けされて、「結局アメリカのいいなりだ」という思いをぶつけていた。そういう問題意識に、こちら側の「アメリカが問題だ」という訴えは、ストレートに応えていく。

 真実を知り行動へ パネル見て高揚・下関の運動も注目
  パネルを見る中で問題意識が発展していくのというのはすごく印象的だった。戦争を体験した父母に、「日本軍も悪いことをしたし、原爆を落とされて戦争が早くおわったのだからよかったではないか」といってきた人がいた。パネルを見れば、戦争を起こす者と戦争で犠牲になるものと、まったく違うということに驚いていた。父母を、戦争犯罪者みたいな扱いをしてきたが、そんなものではないんだと、戦争の性質と歴史の真実に対する激しい受け止めがあった。
  大学生が「この署名で本当に力になるのか」と疑問を語っていたが、50年8・6斗争のパネルを見て、戦後の激しい斗いのなかで、本当に原爆を使わせない力が日本にあったのだということに励まされていた。自分の思いを真実の方向に活かしたいと張り切っていた、そういうのがすごく沢山あった。
  同じ場所で2回、3回と展示したところもあるが、「今日はここでやっているのか」などと、親しみのあるパネルというので受け止められていた。この度のスローガンで、「第2次大戦の真実を受け継いで、本当に平和を実現させるために行動しよう」と呼びかけたが、長周新聞の号外を沢山もって帰る人も多かった。パネルを見て他の人と論議をして、みんなすごく明るく元気になって帰っていくというのが特徴だった。
  山口県からきたということもすごい反響だった。安倍首相が地元の下関で戦時訓練をしようとしているという六連島の号外もすごく読まれた。最初は、号外を配っていたが、あっというまに足りなくなった。パネルに号外を張ったが、その前で論議が起こった。「こんなことをしているとは知らない」と怒っていた。下関の市民運動も関心が高かったが、安倍首相のお膝元で、強い運動が起こっていることがひじょうに励ましていた。
  京橋で展示をしているときに、消防団の団長がきた。「いまから国民保護計画の会合に行くんだ」という。防災だけではないようだが、いったいなんだろうと首を傾げていた。パネルを見て、号外も読んで、「これは戦争じゃないか。こんなことが下関で具体化されているのか」とビックリしていた。勉強をしようと色んな本を買って帰ったが、こういう人たちが、戦時体制をやらされるということが象徴的と思う。
  後半になればなるほど、行動をしていくべきだという声が多くだされた。パネルを見終わった人たちが、すごく元気になって帰っていく。「こういう話ができてよかった」と本当に元気になっていった。

 腹立てる「日共」 米国の別働隊の姿暴露・妨害には熱心
 司会 展示内容にたいして、文句をいうのはどうだったろうか。加害者論などは。
  文句をつける人も結構いたが、大半が「日共」集団だった。戦後「共産党」がアメリカを民主勢力、解放軍とみなしたというパネルにたいして、「あのときはそうかもしれないが、いまは改めてがんばっているではないか」などとワーワーいってきた。
  行動の初日に、9条の会が集会とデモをやっていたが参加する人たちが結構見ていた。そのうちの1人のおばさんが、見終わった後「これ私たち全然反対」とチラシを返しにきた。「どういうところが反対ですか」と聞くと、「話す気にもなれない」といってプンプンしていた。
  統一地方選挙について長周新聞が「国民から遊離する政党政治」と書いていたが、それにも「日共」が文句をつけていた。「日共」を批判するのがけしからんとか、今の日本は政党政治なのだとかいっていた。「あんたらは結局なにがしたいのか」と聞くので、国民の声を代表する新しい運動をつくるのだといったら怒って帰っていった。「こんな展示は見るな!」とか騒ぎながら。
  パネルが、日本軍の加害とか被害とかではなく、アメリカと日本の支配層がお互いの利益のために結託していて、320万人もの人が犠牲になったのだと真実で訴えるから、喜ぶ人と怒る人の反応がハッキリとわかれる感じだった。戦後の「日共」とか社民とかの、いわゆる平和勢力といわれる人たちは、それが受け入れられない。
  初めからけんか腰で文句をいいにきた人もいたが、それは「日共」がやっているんだと思いこんでいた。違いがわかると、態度が変わった。そういうことが何回もあった。今までの「平和勢力」とは違うということが、幟や横断幕をだしてパッと一目でわかるようにしてほしいという意見も多かった。そういう意味で、「誰がなんのために展示しているのか」という質問がかなりあったが、みんなパネルを見て感動して帰っていった。
  中国の温家宝首相の来日もあって、最初は右翼も結構いた。「なぜ中国には文句をつけないのか」といってきた人もいた。「中国に文句をつける前に、アジアのなかでこれだけアメリカに従属しているのは日本だけだ。こんなのが、アジアの国国から正当に見られるわけはないだろう」という話をしたら、これはいままでと違うという感じで、それからなにもいってこなくなった。
  自衛隊のOBがパネルを見ていたが、六連島訓練の号外を読んで、「実態はこれ以上に進んでいる。自衛隊そのものが、アメリカがつくったのだから指揮系統に入れられるのはあたりまえだ」とまわりの人と論議していた。
 編集部 いつでもキャラバンや原爆展を妨害して攻撃するのは「日共・修正主義」だ。逆に右翼はそんなことはやってない。「共産党」の看板を掛けて、もっとも妨害者として現れる。アメリカの別働隊であるし、社会排外主義、社会ファシストなのだ。

 インチキな運動に強い批判 長居公園でも
  長居公園で展示したとき、テント生活をしている人たちが何人かで「通行の邪魔になるところでやるな!」といってきた。よく聞いてみると、「ここには9条の会などが再再きて、拡声器でワラワラやる。あんなことをして、わしらの気持ちを逆撫でしている」といっていた。私たちは展示をするのだと話をすると、「それならいい」となって熱心に見ていた。「平和運動をやってます」といっても、大衆感情に合わない、むしろ嫌がられている。
  「9の日行動」といってギターを弾いたりでパレードだ。少人数でやっていた。それだけ見ても、ちょっと近寄りがたい雰囲気だ。人を平和運動に近寄れなくする雰囲気だ。
  80代のおじいさんが「私も共産党だがいまの人はおかしい」と声をかけてきた。自分は背が低かったため軍隊に入れなかったが、同年代はみんな戦争で殺された。だから、戦後日立造船に就職して「共産党」に入り、ばんばん労働運動をやってきたという。「いまだに共産党にいるが、やはり政党政派に関係のない運動でないと、日本を変えることはできない。あなたたちに頭が下がる」と涙を流していた。
  「戦後何もないところから復興してきたのは、アメリカのおかげじゃないんだ」という意見も多く出ていた。「確かにアメリカは物資を持ってきたかもしれないが、日本の復興は日本人が自分たちの力でやってきたんだ」と。日本人の魂をもう1度取り戻さないといけないとか、「安保」でいかにも守られているような見せかけだが真実は違うんだと話しになった。
  40代の男性は、「自分たちが学校で教えられてきたことがまったく違った。教科書はアメリカを美化しているが、日本人を散散苦しめたのはアメリカだ。ペコペコする必要はない」と。日本民族としての誇りとか、美風、生き方というのを取り戻そうという気概がすごく出ていた。
 編集部 大衆のところの現状変革の思いが、パネルを見ることによって一気に発動されている。どうしてこんな世の中になったのか、何とかしたいと行動的になっている。それを発動しているのが、いまの社会の基本構造、こんな世の中に誰がいつからしたのかという真実が、インチキを突き破って鮮明になっていったことだ。日本人民の体験として第2次大戦は何だったのか、戦後社会はいったいどういう社会であったかということだし、部分、部分の体験が全体像としてつながっていった。

 「安保」斗争の様に 口口に語る体験者・政治斗争に展望
  学生時代に「安保」斗争をたたかったという74歳の男性が、「労働運動がどうしてこんなに足腰立たなくなったんだ。悔しい。どうしていまの戦争に逆らう勢力が現れないのだろうか」と語っていた。アメリカが悪いという潜在意識はみんな持っているのに、どうしてそれがバラバラにされているのか。もう1度「安保」斗争のような運動が起きることが切望されていると強調していた。キャラバン隊がそういう勢力だと見なされていた。
  労働運動を体験してきた別の男性も、「いまのような日本を変えるには、必ずみんなをまとめる組織がいる。団結しないといけない」といっていた。労働運動OBのなかで、そういう意識が強まっているのだと肌身で感じた。
  独立要求と思う。命がけでアメリカに反対するような人間を作らないといけないという声は多かった。既存の枠の中でどうこうなるものでもなく、昔の吉田松陰や高杉晋作のように、迫力や気概をもってやることが大事といわれていた。
  労働現場の現状を語っている人がいた。高知から出てきたという50代の男性で、駐輪場の管理会社に勤めていた。指定管理者制度で入札制になり、「規制緩和で職場が殺伐としてきている。失敗したり休んだりするとけなしたり、人の成果を自分のものにしようとしたり、弱肉強食がひどくなった」といっていた。団結したくても団結できない。だけど力を持っているのは労働者だ。「規制緩和をもちこんだのはアメリカだからあいつらをどうにかしないと変わらない」といっていた。
  元NTTの労働者は、「労働組合が会社に飼い慣らされて、そのために労働者がバラバラにされた。労働組合の幹部が労資協調をやるのもアメリカのやり方だ」と話していた。いかに労働者が首を切られていったのかを語っていたが「わしらはいつでも立ち上がれるように力を持っておかないといけない」といっていた。
  安保をたたかった人だが、「自分は鉄鋼関係の組合で運動をやってきたが、組合幹部がゴルフに行ったりしはじめて、あそこからおかしい。労働者ではない。雇われ人だ」と指摘していた。自分の狭い視野を広げて世界の中の日本がどうなっているのかを見ないといけないといっていた。キャラバンを見て、「まだやる者がいるじゃないか」と喜んでいた。
 編集部 労働運動の問題意識が語られはじめたのは今回の大きな特徴ではないか。労働者の境遇からしても、賃金奴隷制の社会という実感がありありだ。その怒りは単に雇い主でなしに、社会の構造に向いている。アメリカが敵であるし、そのもとに隷属した独占資本集団だと。そういう大きな敵との政治斗争の展望を感じて明るくなるのではないか。1番元気がよかった労働運動は「安保」斗争だし、50年8・6斗争をたたかった労働運動だ。労働者の任務は、反戦反帝斗争と国際連帯が第一義で、日常斗争、経済斗争はそれに従属させるという論議が白熱的にやられ、それで中国地方の労働者がたたかったといわれている。
 これが60年安保斗争以後、経済主義が強まって政治斗争が破壊されていき、いまでは労働組合は会社の労務のようになり、労働官僚による労働者支配の道具になっている。ブルジョア労働運動路線に支配されている。しかしこの社会で最大の政治的な力を持っているのは労働者だ。それが団結すればこの社会を動かす力になるが、それを組織する先進的な政治集団がいる。
  京橋でであったおばあさんは、慎ましくささやかな運動をやっていてもどうにもならないという思いを語っていた。朝鮮戦争最中にそれを押しとどめた運動があったというのが衝撃だったようだ。
  大学生も興味はすごく旺盛だった。「自分も戦争は人ごととは思えないし、沖縄や広島に勉強に行っている」といったり「何かやるのだったら僕らも力を貸したい」と積極的だった。大衆的で勇敢な組織を作らないといけないという思いは切実だし、そのような勢力として堂堂と行動しているというのが激励になっている。
  キャラバン隊のメンバーもはじめは体験を聞き取るのが中心だったが、現代の問題意識とつながらないと論議がかめないというのがわかってきた。街頭で回を重ねるごとに反響を見て、後半からは現代的な問題でストレートな論議が多かった。どの世代も現代への思いが基本であるし、対米従属のことや安倍政府への怒りが溢れた。
  この展示を日本中でやりまくれば、力になるし必ず形になっていくと思う。今回、協力者になった人たちも具体的にどう行動したらいいのかなど待ち望んでいる。8・6広島集会に結集するなど、どんどん呼びかけていく必要がある。

 政治勢力大結集へ 工作者の側研ぎすまし
 編集部 全国的に政治勢力を結集していくことが求められているが、工作者の側のレベルをもう1段あげていく必要がある。このパネル展示がどうして大衆を発動するのかという法則だ。パネルは人民大衆の歴史的な経験を集中している。それを第2次大戦をめぐる敵と友の矛盾関係で描いている。それが大衆の中に抑圧としてあった欺瞞を取り払い、部分、部分の体験が全体の体験と結びついて真実を認識し発動している。
 工作者の側が、そのパネル作成の立場と同じ観点で働きかけたら、意識的なものになる。よくある「パネルがよかった、よく話がきけてよかった」など、自分だけが喜んでいるだけでは全然運動にもならない。あらゆる大衆のなかにたたかう力があることを確信すること、それを抑圧する欺瞞を破り、大衆の感性的な認識を理性的にする論点を提起すること、そして行動力にしていくことだ。
  体験を語る側も、いまの現実をどうすればいいのかという問題意識から語っているし、それが第2次大戦からつながってきてそうかと発動されてきている。やはり、第2次大戦パネルは威力がこれまでとは全然違う。原爆だけではなにか人ごとという雰囲気もあったが、戦争全部がすべて関係している。この体験者は多いし、みなが自分たちの問題として論議が起こっている。
 編集部 戦争情勢になっているが、この原爆と戦争パネルの街頭展示を全国で大大的に展開する意義は非常に大きいと思う。キャラバン隊を何隊も派遣したいところだ。そして本物の政治勢力を結集するのが重要な任務だ。今回のキャラバン活動は非常に画期的だったと思う。
 司会 大変お疲れ様でした。

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