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 <論壇> 大資本が必要とする間しか生きられない社会   2006年6月16日付

 人に気づかれないまま自宅で白骨になっていたというような孤独死が連続している。老人だけではなく、働けない1人暮らしの40代、50代も周囲が気がついたら死んでいたという例が起きている。問題の深刻さは、それが人ごとではなく、多くのものが明日は我が身と思っていることである。徳川時代末期の「間引き」「逃散」とか「姥捨て山」「楢山節考」といわれた時代があったが、現代はまぎれもなくそれ以上の悲惨な貧困社会になっている。
 40代、50代が職を見つけるのは至難の業となっているが、20代、30代の若い世代の多くもパートやアルバイト、派遣などの不安定な使い捨て雇用しかなく将来の展望が描けない。多くの働く現役世代が、年老いた親や職を失った兄弟、子どもの面倒を見る余裕がないのである。こうして寝る家のないホームレスはふえ、自殺者は年間3万人にのぼる。いまや生活苦が尋常ではない社会になっている。
 年金が減らされたうえに税金も医療費も介護保険も引き上げられ、療養型病院や老人ホームからは「社会的入院」といって追い出される。そんなことをすれば死ぬよりほかにないことは分かり切っているのに平気でやる殺人政治になっているのである。現役世代も病気で倒れたら生きるすべがなくなるという、崖っぷちで生きている状態にある。生活保護はまことに厳しく制限され、苦し紛れにサラ金に駆け込んだら、残る道は「自由な自殺をどうぞ」という仕組みである。「生活ができるかできないかは自己責任であり、自殺するのは個人の自由です」という理屈なのだ。
 これらの問題は個人でどうこうできる問題ではない。働く者が資本の使い捨て状態にあり、資本が必要なあいだは生きていけるが、資本にとって必要がなくなったら死ぬほかないという社会構造になっていることが根本の問題である。政府は景気が回復したといっているが、なるほどトヨタなどは二兆円もの利益を上げ、銀行をはじめ大企業は空前の利益を計上している。これはほかでもなく労働者を生きていけないほどに酷使したからである。
 九州にはトヨタが進出して雇用を創出したのだといわれる。しかし「トヨタに入れてよかった」とはいわれていない。体がボロボロになるまで酷使され、30過ぎまでしか体が持たない、その後は悲惨なことにもなるのだといわれている。若い労働力の生き血を吸って莫大な利益をあげているのである。小泉政府は規制改革といって、労働法制の規制緩和を進め、労働者の権利をつぎつぎに剥奪してきた。賃金は後継ぎを育てることをふくめた労働者の生存費といわれるが、いまや生存費以下の家畜のような扱いになっているのである。そして食えなくなった若者は戦争へ、すなわち命を的にすることで食いぶちを与えるというのが、アメリカがやっているコースである。社会を根本のところで担う働くものが抹殺されていく社会が滅亡の道であることは明らかである。
 悲惨な孤独死の問題は、市場原理主義改革といって大資本の金儲け天国をつくり、労働者を家族を養えず食っていけない奴隷状態においていることに根本の問題がある。さらに政府が、国民からますます税金を上げて巻き上げているが、それを米軍や大企業にばかり投入して、国として責任がある社会保障を切って捨てているからである。
 いまや、労働者をはじめあらゆる勤労人民は、人の生き血をすするような大資本天国の政治にたいして、たたかうことによってしか生活することができないことを身にしみて実感するところとなっている。

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