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事務局長、理事長が退任
独法化4年の下関市大
               役人天下りの私物化抜本的に改めよ  2011年3月4日付

  下関市立大学の大学崩壊が問題になるなか、同大学で経営トップとして采配を振るってきた松藤智晴理事長、植田泰史事務局長の退任が正式に発表された。“公立”から切り離して民間的経営を導入する独立行政法人化が小泉改革のもとで推進され、下関ではその突破口になった市立大学だったが、この間、教育や学問についてわからない天下り役人が「経営者」になるなかで、学問研究、教育の自由が目に見えて圧迫され、大学の機構や教育的な質が格段にレベル低下しはじめて問題になっていた。「理事長、事務局長に権限が集中する仕組みそのものを抜本的に改めよ」「教育への無責任体制をやめよ」の声が大学内外で高まっている。
 2日に開かれた経営企画会議で2人が退任挨拶したことについて、大学関係者のなかでは「松藤理事長、植田事務局長の辞職を求める機運が大学内で盛り上がり、臨界点に達していた。2人が辞めて別の天下り役人が同じ事をやり始めるなら元の木阿弥。独法化によって理事長や、事務局長の決裁権が大きくなったこと、学長すらしのぐ権力を握ってきた体制・定款を見直さなければいけない」「大学運営をめぐる不明朗なお金の流れや、職員への未払い賃金の問題など未解決なままで、400万円の退職金をもらってさようならでは済まない」といった厳しい声が相次いだ。
 教授の一人は「1月末に労基署の臨検(臨時検査)が入ったことが表沙汰になると、“誰がしゃべったのか!”と逆に事務局職員のスパイ捜しが始まり内部は緊張していた。教育についてわからない者が“効率”経営だけを追い求めてボス支配をやり、職員をただ働きさせて人件費を浮かせたり、授業料を安易に値上げして学生が遠のいたり、逆効果なことばかりしてきた。大学は教育機関で、素人役人が退職後の余生を過ごす場所ではない。市の監督が薄れつつ、実は市長が任命した者が好き放題をやりはじめるのが独立行政法人化の正体だった。1600万円の天下りポストそのものが無意味で、理事長は学長が兼務すれば済む問題だ」と話していた。

 学費値上げで志願者が激減 国公立で最低水準

 独立行政法人化して4年。この間、市立大学は管理運営、教育内容に至るまで大きな変貌を遂げてきた。最大の変化は、文字通り市から切り離れたことで、監督責任が薄れる一方で、「経営者」として乗り込んだ天下り役人の私物化が進行したことだった。それまで大学の管理運営と教育研究のあり方は、教授会の討議を通して合意形成にあたり、下から積み上げていく方式で最終決定され、それを学長がまとめてきた。ところが補佐機能にすぎなかった事務局が権限を握りはじめ、逆らう者への処分や降格人事がくり返され、修羅場と化した。
 下関市から派遣されていた公務員はみな引き揚げ、学問研究機関をサポートしてきた事務局は、十数人の正職員を除いてほとんどが短期雇用の嘱託、アルバイトに任されるなど、事務職員の非正規雇用化もいっきに進んだ。専門的な実務が継承されず、試験業務や図書館業務の滞りなど、各所にシワ寄せが顕在化した。
 大学関係者の一人は「効率経営」がもたらした弊害として、大学の質が変わったこと、全国から学生が来なくなった点について指摘する。学生が来なければ大学ではなく、本末転倒な事態が起きていると問題視されている。
 この数年間で下関市立大学への志願者は激減し、国公立で最低水準にまで転落。昨年度の入試実施状況を見ると、志願者が前年度に比べて半減し、ほぼ全入に近い。その要因になったのが学費の大幅な値上げだった。来年度は53万5800円で、4年前と比べて6万円以上もアップする。
 もともと安い授業料で勤労子弟が入学できる大学として全国的にも知られるようになり、かつて29〜30倍の倍率をつけた時代には、全国ニュースで「全国二位の志願率」ともてはやされたこともあった。学問レベルもしっかりしていたため、公立のなかでは「東の高崎経済大学、西の下関市立大学」といわれる地位を築き、全国から優秀な苦学生たちが集まった。
 それが独立行政法人化後の値上げで、全国平均よりも約2万5000円程度安かった魅力が薄れ、「庶民の大学」とは縁遠い存在になった。不況下で国公立の出願が伸びる中で、よそに比べても極端な出願者の減り方となってあらわれている。利潤を得るためにてっとり早く学費を上げた結果、学生が集まらず、受験者の数を増やすために基礎学力がなくても入学できるようにし、レベル低下につながっている。
 「悪循環にはまっており、早急に以前の授業料に戻すべきだ。目先の収入アップで学生に負担をかけた結果、学生そのものが敬遠するというバカげた事態になっている」と指摘されている。
 2200人の授業料が6万円アップすれば約1億3000万円の収入増になる。そして人件費削減に血眼になる一方で、箱物への支出は無制限になったのが、大学を支えてきた人人の怒りに火を付けた。「年間1億5000万円の黒字を豪語しながら、4200万円のグラウンド整備がやられたりする。学生の教育を中心に大学経営がなされるのではなく、効率化とは名ばかりの散財が横行した。教育そっちのけだから、こんなことになるのだ」と話されている。
 下関市立大学は学生数に対して教員数が全国平均の5分の1に満たない。少ない教員が多くの学生たちを担当し、成長に力を注いできた。2200人の学生がいることで下関市には5億円の地方交付税が入るのに、一銭も大学運営には回らないという異常な運営形態が数十年続いてきた。しかし悪条件のなかでも教授会の結束やモチベーションの高さが威力を発揮することで、全国的にも恥じないレベルを維持してきた。
 独法化後に直面してきた市役所退職者の大学私物化と大学崩壊に対して、「首がかわっただけでは解決にならず、大学運営の体制そのものを抜本的に変えよ」の声が大学内で渦巻いている。教職員が協力する体制を回復し、人間育成の場として立て直すことが急がれていると同時に、理事長の任命権者である中尾市長と議会の責任が問われている。

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