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独立世論喚起する原爆展運動
原水爆禁止全国実行委員会
                安保法制反対の高揚に貢献     2015年9月23日付

 原水爆禁止全国実行委員会は19日、下関市内で全国会議を開き、今年の8・6集会を頂点とする原水爆禁止運動の総括論議をおこなった。被爆70年目を迎えた今年の原水禁運動は、安保法制をめぐって国会前をはじめ全国各地で大衆行動が盛り上がるなか、核廃絶・戦争阻止、独立・平和の展望を求める全国的な世論と行動を推進する運動として大きな成果を収めた。論議では、今年の原水禁運動が「安保」を焦点に勢いよく発展する大衆運動の高まりに大きく貢献したことに確信を深め、東京キャラバン隊の教訓に学び街頭での原爆と戦争展を軸に全国でさらに旺盛な運動を展開する方向を確認しあった。
 
 東京キャラバンの反響も報告

 初めに事務局の川村なおみ氏が今年の運動の到達と課題について、次のように報告した。
 今年の8・6広島集会は、被爆者がアメリカのために若者の命を奪う戦争を命をかけて阻止すると力を込めて訴え、その思いを受け止めることを決意する大学生・高校生、小中高生平和の旅の子どもたち、また教師や、米軍の新基地建設や極東最大の出撃基地化に反対する沖縄・岩国の発言、各地での原爆と戦争展や、平和公園キャラバン隊の報告がおこなわれた。集会は、この十数年来追求してきた峠三吉の時期のような私心のない運動こそが安保法制に反対する運動の軸となっていることを体現し、参加者に大きな展望と確信を与えた。
 この成果は、被爆者、戦争体験者の新鮮な怒りを共有して原爆と戦争展運動を各地で進め、アメリカの原爆投下の目的と戦後の対米従属をあばき、日本を原水爆戦争の廃虚にする策動とともに、アメリカを賛美する共犯者を暴露して大衆が本来の力を発揮できるよう手助けする活動を追求することによって勝ちとられた。集会参加者は「この運動にこそ未来がある」と不動の確信を共有しあうことができた。
 「安保法制反対」の全国民的基盤をもった政治斗争は70年代前半の沖縄斗争以来であり、戦後史の転換点、新しい時代の始まりをはっきり示している。このたたかいの真っ直中で原爆と戦争展をくり広げることが、戦争を阻止し日本社会を再建する巨大な力を築く最大の保障だ。
 討議では最初に、東京キャラバン隊のメンバーが現地のいきいきとした状況をあらまし次のように報告した。
 国会前行動から駅頭や公園などで展示したが、どこでもパネルを並べ始めると、あっという間に人だかりができ、パネル冊子がどんどん求められた。原爆と戦争展パネルと長周新聞がこれほど求められているというのを実感した。
 駅前での展示では、東京空襲で父が焼き殺され、母と二人で貧乏のなか生きてきたという人や、親族四六人が殺されたという人、学童疎開中で親が死に孤児になった同級生がたくさんいるなどの体験が語られた。なぜいまだに慰霊碑がないのかという声とともに、GHQの抑圧への怒りが出された。十数年来、広島市民からダカツのごとく嫌われてきた原水禁・原水協の路線と一線を画してやってきたが、東京でも共犯者が「日本軍が重慶を空襲したから東京がやられた」という論調をふりまくなど、悪い役割を果たしていることを痛感した。
 パネルは人人の体験を掘り起こし、アメリカと日本の支配層への怒りを引き出すものになっている。原爆と戦争展でのやりとりを通して、国会前行動での発言や空気も変わってきたことを痛感する。原爆と戦争展キャラバンはどんな地域でもできることを学んだ。
 続いて広島の活動家は、今年の広島「原爆と戦争展」は、安保法制が動くなかで1週間で1900人、最終日には1日で650人が訪れるなど、数年間でかつてない規模となったことを報告。被爆者が自身の体験と合わせて「安保法制、戦争を止めないといけない」と熱を込めて語り、20代から40代の現役世代からもいまだにアメリカの支配下にあることへの意見が出され、「このパネルこそが戦争阻止を伝える」と、強い共鳴を呼んだとのべた。
 また、小・中学生に被爆体験を語る場でも、中学生が「安保法制について聞かせてほしい」と質問し、感想文で「世の中を変えていくのは私たちだ。今できるのは被爆体験、体験者の思いを真剣に学ぶことだ」と書くなど内容が変化していることも紹介した。「秋にも10校の申し込みがあり、原爆展を参観した20代から60代までの人人が今後スタッフに参加しようと語るなど、かつてない状況になっている」ことを明らかにした。
 次に沖縄からは、「広島集会に参加した人人が8・6平和斗争の路線に大きな確信を持った」こと、サイパン戦の体験者が広島に学ぶ小中高生平和の旅の子どもたちの姿に、「この子たちが大きくなったら日本の将来を担う若者に成長するだろう」と感動していることを報告した。
 さらに、安倍政府の安保法制強行とあいまって、沖縄でも辺野古への新基地建設を巡り政府と沖縄県民の激突状況が続くなか、「安保法制と新基地建設、先島諸島への自衛隊配備は一体のものだ。戦争を阻止し、新基地建設を断念させよう」「全国の人たちと団結した力で安保法案を葬り去ろう」「安倍をやめさせろ」という世論が急速に広がっていったことを報告。「沖縄と本土を分断させる路線を打ち破って、本土との連帯団結が急速に進んできた」ことを強調した。
 また、八重山や沖縄市などでの原爆と戦争展には約1000人が参観。戦争体験者はもとより小学生、20代から40代の若い世代の反応が際立ち、「自分もなにか行動したい」「原爆展活動を手伝いたい」という若い世代が登場していることを紹介し、「情勢に対応して多くの人と結びつき、運動を広げ、来年を見据えて運動主体を着実につくっていきたい」とのべた。

 沖縄・岩国も強い共感

 岩国の男性は、「今年の8・6集会には40代から60代を中心に、新しい人が参加した」こと、40代の2人の母親が「この集会は素直な人間の正直な気持ちをあらわしている。みな純情で美しい心を持った人ばかりだと思った」「九条の会、原発反対の会とばらばらに行動しているが、今日はすべて一緒になって国が悪い方向に行くのだから頑張るぞという気持ちが見えて大変よかった」と熱い感動を語ったことを紹介した。安保法案の可決後は「子や孫の将来のためにもう引き下がれない」という自営業者や職場に報告集を持ち込む市民など積極的な行動が始まり、「子や孫たちに郷土・岩国の空襲の歴史を伝えなければという機運が高まっている」ことを明らかにした。
 岡山の活動家は、全市民を対象にした運動をしていく立場を打ち立てて原爆展運動を進めるなかで、九四歳から大学生まで、大衆自身の動きになっていったことを報告した。「多くの大衆の要求、経験に立って奉仕する路線でやれば小集団主義を打ち破ってできる」という確信を語った。
 北九州市の男性教師は、「今年の平和の旅は子どもたちが多く、シュプレや詩の朗読も迫力があった。親たちの平和に対する強い思いが子どもたちの背中を押した」とのべた。旅の報告集に母親たちが感動して感想を寄せており、「被爆体験や戦争体験に学ぶことが子どもたちの成長に大きく影響している。それは平和集会や体験を学ぶ授業でも同じだ。そこを基点に教育荒廃を打ち破っていくことが戦争に反対する教育運動だと思う」とのべた。
 北九州市の女性教師は、「父母たちは安保法案と重ねて子どもたちを旅に送り出しており、非常に感謝された」と報告。五年生の子どもたちに安保法案の話をすると、「戦争に行くくらいならデモに参加したい」「デモというのは安倍が戦争しようとするのをやめてくれということだ」と友だちと話すなど、家庭で父母の論議を聞いて政治的課題に敏感になっている状況を紹介し、「教師が大胆に子どもたちに働きかけていくことが必要だ。先輩教師の教え子を戦争に送った痛苦の思いを受け継いでいく」と決意を語った。
 大阪の高校教師は、文化祭でのパネル展示と被爆体験を学ぶとりくみが校長、教頭を含めた学校全体の運動となったことを報告。「とりくみのなかで、被団協などのアメリカを正面から暴露しない路線との違いをはっきりさせることが重要だった。そうすることで、安保、アメリカとたたかわないといけないという意識が強くなっている」と教訓をのべた。
 劇団はぐるま座の団員は、『原爆展物語』八・四公演を広島の会や賛同者とともにとりくみ、安保法制まできた気迫が高校生や若い世代を発揚していったことを報告。大阪など全国からも職場でカンパを集めて8・6に代表を送り出すなどの動きとなり、「こういう質の運動を労働者が担っていかないといけない」と語りあわれていることを紹介した。また、「こうした8・6斗争の到達や教育、被爆者の運動の発展と連携しながら、11月の『礒永』下関公演を成功させたい」と決意をのべた。

 民族の怒り引出す展示

 論議は、安倍政府が安保法制を強行するもと、圧倒的な大衆が野党をあてにせず、私心のない運動を切り開こうとするなかで、東京キャラバン隊がその真っ直中で原爆と戦争展を積極的に展開し、人人の深部の要求を感動的に発揚していった活動に学び、全国民的基盤をもった運動を勝利に導く立場と課題を鮮明にする方向で意見が交わされた。とくに、具体的な実践課題として、全国の主要都市の街頭で原爆と戦争展を旺盛に展開していくことが、幾千万大衆に求められており、それに応えることで奉仕していくことを確認しあった。
 愛知の活動家は、「アメリカが東京空襲の慰霊をさせなかったことが報告されたが、豊川空襲の体験者もみな死者の思いを背負って生きてきており、慰霊の思いは深い。しかしそれをさせないことから、人人とのすごい対立がある。だが、修正主義・社会民主主義はアメリカを正面から暴露しない。人人のなかには“だれがこんなバカな戦争を起こしたのか”という思いがある。それをパネルを通じて引き出すことができる。原点に立ち返ることが大事だと感じる」とのべた。
 東京キャラバン隊のメンバーは、「駅頭などであれだけパネルにひきつけられる人人がいることに驚いた。アメリカが日本を単独占領するために原爆や空襲などで虫けらのように殺したことなど、戦中・戦後の体験や怒りが引き出されていく。当初、国会前の集会ではアメリカの暴露はほとんど聞かれなかったが、行動を終えてパネルの方に来る人たちは当然のようにその思いを持っている。駅前でも国会前と変わらず非常に活発に論議された」と実感を込めて語った。
 さらに、「キャラバン隊が東京に行ってから、ツイッターでも学生の発言は戦争体験と結びつけたものが増えていき、街頭原爆展の力を感じていた。討議を通じて確信を持てた。街頭での原爆と戦争展をやっていかねばならない」(北九州・小学校教師)、「戦後日本がなぜこうなったのか、アメリカに従属・支配されて今日の日本があると、たたかいのなかで本質的に迫ってきている。これをさらに発展させていくのがパネルだ。人人のなかで本気になってとりくんでいくことが必要だ」(山口県・退職教師)、などの意見が交わされた。


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