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江島市長のぶざまな放り投げ
下関市長選巡る記者座談会
              市民がやっぱり主人公   2009年2月20日付

 下関市の江島潔市長が19日、2週間後に告示を迎える市長選挙への出馬を断念すると表明した。18日に最終判断を下したといい、理由については「整理がついた段階で明らかにしたい」と明確にしなかった。4期14年におよぶ安倍代理の江島政治は名実共に破産した。選挙戦は、友田有、中尾友昭、香川昌則氏の3陣営による3つ巴となることが濃厚となったが、市民から蛇蝎の如く嫌われ破産した江島政治を継承するのか、転換して市民の要求に基づいた下関の郷土愛にたった市政を進めて行くのかが最大の争点になる。選挙情勢について論議してみた。
  19日の議会で冒頭に不出馬を宣言することになった。前日の紙面で「泣きっ面を見てみたい」と書いたが、翌日には実行してくれた。市民はどんな受け止めをしただろうか。
  まず出たのが、「江島が出てこないと選挙戦がおもしろくないではないか」「市民の力で江島を落選させたかった」と残念がる声だ。市民のなかでは、直接に市民の投票行動で叩き落としたいという気持ちが強かった。その力が、あの傲慢な江島市長をお手上げにさせたのだ。市民をもてあそんできた江島市長をとうとう引きずり下ろしたという喜びがわき上がっている。
  それにしても終わり方としては無様すぎることが各所で話題になった。放り投げだし、敵前逃亡だ。今はやりではあるが。先月までは再選は当たり前の気分で、来年度予算は骨格予算どころか本格予算を組み、投票日の前前日には全国市長会への出席を予定し、告示の2週間前まで出るとも出ないとも言わずに散散選挙妨害をやり、そのあげくにお手上げとなった。選挙操作をすればどうにでもなると思い上がっていたが、万策尽き果てた。野たれ死にだ。国政への転出とも言われていたが、このザマではその芽もなくなった。
  下関は明治維新の地だが平家滅亡の地でもある。江島氏は明治維新嫌いだが、平家派だったわけで、「おごる平家は久しからず」を地で演じてくれたわけだ。「聞く耳のない市長」で突っ走ってきたが、やはり市民に逆らうものはやっていけないことを証明した。安倍代議士に抱えられた4期14年の暴走政治は破綻したということだ。
  議会の側は、16日にはじまって下関駅開発利権など箱物満載の「本格予算」をせっせと審議していた。19日の不出馬表明を受けて、さすがに格好がつかないので、関谷議長が江島暴走の本格予算案を否決する意向を発表した。暫定予算を来月組んで、その後市長が選出された後に政策的な予算を編成していくようだ。
  議会としては江島市長を懲罰しなきゃいけんだろう。16日からの議会で4日間もムダな審議をさせた。議員たちには1日出てくるごとに3000〜5000円の交通費が支給されている。これも捨て金となった。何より、昨年来から「本格予算」を組んできた職員の労力など吹っ飛んだ格好だ。現職が告示2週間前まで出るとも出ないともいわない選挙妨害だし有権者の冒涜だ。市議会はこういうことをいまからも容認していくのかどうかだ。
  この安倍代理の新自由主義・江島市長を倒したのは市民の力だということをはっきり確信する必要がある。江島市長は、対抗馬をつぶすなら当選は間違いないし、有権者のことなど考えないでよいと思い上がっていた。選挙操作でどうにでもなるとたかをくくっていた。しかし主人公はやはり市民の方なのだ。

 選挙主導する市民の力 万策つきた江島市長
  昨年の秋口までは無投票気配が漂っていた。対抗馬が出ればたたきつぶされるという空気だった。満珠荘存続を求める署名が6万人集まっても聞く耳はないし、学校統廃合は父母や地域が猛反発するなかごり押しで動かしはじめるし、角島保育園の廃園にせよ、諸諸の箱物利権にせよ、いくら市民が署名をやっても突っ走っていった。
  転機となったのは、満珠荘存続の署名だった。「日共」江原議員などが「江島市長は何を言っても聞かないから、あきらめて民間委託方式で」といって、満珠荘利用者の会を乗っ取り運動をやめさせようとした。これを拒否し、「6万でダメなら10万集めていうことを聞かせよう」と利用者の会や市民の会の人人が、運動に力を入れはじめた。それは短期に8万人を突破、すでに9万人近い署名が集まっている。市民の方も「江島打倒の署名だ」と力が入っていた。この運動が軸になって、唐戸などが活気づいた。市役所移転なども「無謀な中心市街地の食い潰しをやめろ」「不況の折りに箱物ムダ遣いをやめろ」と建て替え撤回を求める集会のボルテージは最高潮に達していた。「無投票には絶対にさせるな」「なにがなんでも市民派を担ぎ出せ!」の世論に火がついていった。
  11月には自民党安倍派から友田氏が「江島市政は地域の力をつぶした」といって出馬表明。12月には同じく安倍派1年生市議の香川氏が「江島市政は市民との対話が欠落している」といって出馬表明した。今年1月に入って、市民が担ぎ上げる形で中尾氏が出馬表明した。こうして選挙戦になって市民は喜んだ。
  1月26日の記者会見で江島市長は「2月5日に表明する」と自信を見せていた。市役所隣接の選挙事務所も業者が入って整備をはじめていた。その数日前の1月23日には市民の会の新春の集いが開かれたが、中尾選対が選挙を取り組ませないという態度に出たことで市民運動と決裂の様相となった。江島市長の自信はそれとも関わっていた。しかし市民の会は、中尾依存ではなく中尾を使って江島市政を打倒することが第1義であることを確認。独自の後援会申込用紙をつくり、宣伝カーでの全市の宣伝を開始し、唐戸商店街のど真ん中に市民交流センターを開設した。
 これは選挙常識を超えたもので、市民に大歓迎された。中尾氏の政策や姿勢はどうも期待はずれだが、どうすればよいかという市民に歓迎された。一気に安倍派の他の2人はダミーだの声が全市に広がった。江島市長のダミー作戦は崩れていった。2月5日の出馬表明のキャンセルは、こういう想定外の市民運動の進行に泡を食ったことは明らかだ。
  2月5日の会見でも、まだ「マニフェストは準備した」などとし、「出処進退は後日明らかにする」といって引き延ばした。最後は「江島は出ない」と吹き込み、中尾選挙を市民から離れて、林派や創価学会に依存する側に追い込み、突如「出る」とやって中尾選挙を立ち直れなくさせるという作戦だった。これも暴露されて頓挫。現職が態度表明を逃げて選挙を振り回し、有権者をもてあそんでいるという非難もごうごうとまき起こり、とうとう万策尽き果てたという経過だ。
  この過程で市民の会の果たした役割は大きい。市民をひじょうに激励してきた。

 江島政治と市民の斗い 各候補の政策に注目
  江島氏が出馬断念となったが、選挙戦の争点は江島政治の継承か、転換かだ。市役所移転とか、学校統廃合とか、満珠荘再開問題とかあるし、駅前開発、中央病院を独立法人化して旧市内に総合病院がないようにする問題とか、また市町村合併で散散に寂れるままにした旧郡部はどうするのかなど具体的にたくさんある。江島市長という人間はいなくなったが、江島政治は生きている。
 また江島市政というのは、江島氏個人だけのことではなく、安倍代議士がおり、それに隷属した形の林参議院議員がおり、公明、連合、「日共」集団はじめ各政治勢力、そして箱物事業推進の山口銀行をはじめ三菱、神鋼、JRなどの大企業、また安倍・江島関連企業などがいる。大きく小泉、安倍からつづく国政の支店長的位置だし、そういう体制の代理人、コマとして江島市長がいた。人がかわっても同じ政治をやったのでは下関は変わらない。
 江島市長が倒れたというのは、そういう政治が市民によって拒絶されたということだ。この間進めてきた新自由主義、構造改革というものが、本場のアメリカで大破綻し、その言いなりで進めた日本も破綻した。規制緩和の旗振りをやったオリックスの宮内、経団連会長のキヤノン御手洗などの悪事が暴露されており、麻生政府はヨレヨレになっているが、その市政版である安倍・江島市政が時代遅れになっているということだ。
  候補者は安倍派の友田、香川の両氏と中尾氏に絞られた。これが江島市政とたいして違わない政策しか言わない。江島市長が見放された政策の後追いをやろうという姿勢が強い。これまでは江島市長打倒で中尾をおし出すというので市民は盛り上がっていたが、江島氏が消えて、中尾氏の存在感がいまのままでは薄い。
  友田氏は安倍代議士の側近であるし、安倍派の勢力、つまり江島市長を推してきた勢力というのは友田氏につく要素が大きいし、江島市政の継承そのものだろう。江島利権から「ワシの利権」への移行という見方で一致している。しかし江島市長が新自由主義なら、こちらは旧式自由主義といったところで、建設業界を筆頭に市民の評判は良くない。新しい時代にあった政治への転換のイメージは乏しい。安倍氏は江島市長をごり押ししても嫌われるが、友田氏をごり押しした場合も傷を受ける要素が大きい。
 香川氏は市民票集めでやっているようだ。大学時代に安倍事務所で秘書見習いをしていた経歴の持ち主で、安倍晋三代議士が推薦人になって自民党に入党。実兄が江島市長の秘書課長補佐を長くやっていて、数週間前に課長ポストに昇格するという異例人事も発表された。
  中尾氏は立候補したことで江島打倒に貢献した。しかし江島市長を打倒したのは中尾氏ではなく、中尾氏を使った市民の力だった。この間の流れでは、林派や創価学会、各党派の議員集団に認められようとして市民と離れていく方向を志向してきた。政策としては、安倍派2人が新庁舎の建て替え移転を推進しているのにたいして、中尾氏が建て替え撤回を掲げていることが唯一の違い。学校統廃合などは安倍派が白紙撤回。中尾氏は「地元同意がとれた場合のみ実行する」と江島市長と変わらない主張。
 中尾氏が江島市長の支持基盤に売り込みを図っても自滅の道となる。江島市政との違いを鮮明にし、下関のため市民のためにどうするのかをはっきりさせなければ、市民は魅力を感じない。「江島市長を倒すため」では、もう消えてしまったので通用しない。江島市長の政治との違いが必要だ。
  中尾陣営について、集会で陣営関係者が「市民のみなさんが担いだのだから、皆さんの責任ですよ」などというから「バカじゃないのか?」とビックリしている人は多い。自分が全責任を持って下関を担うという姿勢でなく、責任転嫁の乗っかり根性を宣伝しているようでは市民は興ざめする。

 活気ある市どう作るか 市民の中で大論議を
  江島市長の放り投げまできたことは、江島政治を市民は認めなかったということだ。市民の世論が勝っている。この状況で、なお後継でいくのか、各候補はよく考えなければならない。市民の側からいうと、各候補の模様眺めだけしていたのでは、しらけ選挙になって、組織票を有する安倍事務所・創価学会など既存の政治勢力が牛耳った選挙になってしまう。ひきつづき市民運動の力として、候補者に江島市政から転換する政策を掲げるよう圧力をかけることが大事だ。
  大型箱物事業で市外大手の無競争入札、大型店の野放しで、わざわざ下関のカネを市外に流す。市内業者はダンピングでつぎつぎに首つりや夜逃げに追い込まれる。若者には職がなく、少子高齢化は全国ダントツ。利権優先で市民生活は放り投げ。破綻した新自由主義市政による食い潰しで、下関はガタガタに寂れた。再び利権で食い荒らすのか。ここまで寂れた下関をどう立て直すのか、市民のなかで政策論議を一段と強めて、候補に実行を約束させなければならない。
  下関の市長選は市民が主導権を持って展開している。各陣営はこれを思い知らなければならない。14年の江島市政と市民の対立点と、活気ある下関をどうつくるかについて市民のなかで大論議をやり、選挙を主導し候補を縛ることだ。市長選の展開は、衆議院選挙と直結している。ひじょうにおもしろくなった。

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