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5月26日に記念集会開催
福田正義没5周年実行委
                戦争阻止する展望開く      2007年3月26日付

 長周新聞を創刊し、日本共産党(左派)の議長であった福田正義の没5周年を記念する集会に向けた実行委員会が25日午後2時から、福田正義記念館で開催された。実行委員会には、福田正義の生前からのゆかりの人人、この5年余りの間、各分野で運動を進めてきた人人ら約30人が参加。戦後62年を経た今日における福田正義顕彰への熱い思いを語りあい、5月26日(土)に下関市で福田正義没五周年記念集会を開催することを決めた。

 各界各層の熱こもる論議に
 初めに、長周新聞社の森谷浩章編集長が挨拶に立ち、福田主幹が亡くなって以後、多くの人人が注目するなかで、五年間の運動を発展させた経験をふまえて、「戦前からひきつづく福田主幹の事業、理論と実践、路線・思想は、戦後62年たった現在きわめて新鮮な生命力を発揮している」とのべた。さらに、ひきつづき福田主幹に学んで「幾千万大衆とともに、歴史進歩のための運動を力強く発展させる」と決意を表明、没5周年集会を期して独立・民主・平和・繁栄の日本をめざす労働者、文化など各分野での人民運動の展望を明らかにし、大飛躍させることを訴えた。
 つづいて、事務局を担当する長周新聞社から、今年1月に「戦争を阻止して平和で豊かな社会を実現する人民運動をどう建設するか」を中心テーマに、没5周年の大論議を訴えて以後の経緯をふまえ、「今後紙面を通じた投稿、座談会・懇談会などによる活発な論議を進め、明るい未来を切り開く人民運動の展望を明らかにし、記念集会に集約する」ことを提案。現在まで、全国各地から59人が実行委員会に加わっていることを報告した【名簿別掲】。
 福田正義記念館事務局からは、幾千万大衆の事業として3年前に設立された記念館の運営の概要を報告。「この間、全国各地から約8000人の参観・研究者を迎え、図書資料などの寄贈があいつぎ充実した内容となった」こと、展示物への感動が広がり2度3度足を運んだり、よい映画を見る会の活動への期待が高まっていることを紹介。没5周年のとりくみのなかで記念館の資料をさらに積極的に活用するよう訴えた。

 活発な討議 第2次大戦の真実重ね
 討議では最初に、福田正義と親交を深めた実行委員会顧問の頴原俊一氏(武久病院)が、「私も90歳を超えたので老骨にムチ打ってやりたい」と発言、5周年事業への大きな期待をのべた。つづいて、大新館会長の高田美智子氏は、「福田さんが亡くなられて5年。月日のたつのは早い」と感慨深げに語り、「長周新聞のますますの発展」を期待した。
 下関・本行寺住職の藤井日正氏は、「寺に来られた方に、福田記念館を案内しているが、戦争に反対し、戦後もアメリカに異をとなえた福田さんに深い感銘を受けていた。1人でも多くの知人を案内して、福田さんの偉大さを認識してもらいたい」と語った。
 下関原爆被害者の会の伊東秀夫会長は、下関の被爆者の会の再建以来の活動を振り返り「平和な未来のために子どもたちに語りつぐ」方向で団結し、「峠三吉の時代のような原水禁運動に参加していくよう運動を進めてきた」ことを報告。原爆展の開催やパネルの小・中学校への寄贈運動などをめぐるさまざまな妨害活動があったこと、その都度「長周新聞が社説で本質を明らかにしていった」こと、「被爆者の会を乗っ取ろうとする攻撃とたたかい、会を純化することができた」ことを紹介した。また、「原爆展活動が広島など全国に広がっていくうえでは、福田さんの50年8・6の路線の道を進むことが重要だった」と、教訓をのべた。
 劇団はぐるま座の入江光司氏は、劇団として全国各地の人人に実行委員会への参加を呼びかけたところ、多くの人人が感動的に受け止め快諾している状況を紹介。「長周新聞は元気が出る新聞だ。山口県の様子が日本の縮図としてよくわかる。市民の運動も自分たちをいじめているものをはっきりさせたらできるんだ」「今の組合の運動ではだめだ。アメリカと手を切って、日本を変えねばだめだ。“安保”斗争や労働運動の路線について論議する場があればぜひ参加したい」「実行委員会に参加して論議したい」などの意見が共通して出されていることを明らかにした。また、「第2次世界大戦の性質など、福田さんが提起した課題は、少数の者の問題ではなく、大衆的な論議を通じて日本の社会を変えることだと痛感した」と語った。
 山口県甲飛会の安岡謙治氏は、「甲飛予科練の生き残り」としての立場から発言。「同期の70%の者が20歳までに死んでいった。若い連中をなんで無茶苦茶に殺さねばならなかったのか。福田さんは戦争で引っぱり出された苦労を知っておられる。戦友だと思う」と語った。また、「仲間のことを思い、慰霊をしていることを右翼だという者」を批判。「戦後は進駐軍、GHQに危険人物とされた」ことも明らかにし、「私たちが戦争を知っているもっとも若い世代だ。真実を皆さんに伝えて、平和を守っていかねばならない」と締めくくった。

 文化・市民運動でも 路線継承し運動発展へ
 美術グループあらくさの桑原嗣子氏は、「右も左も近代史の見直しをいっている」なかで、「実際体験と結びつけて階級観をもって真実性に迫ることが重要だ」と指摘。「美術が商業主義に毒されている。技法は出尽くしている。テーマ性は新しい技法というより、その時代の人間しか描けないものだ」「大衆におもねるということに、大衆として腹が立つ。それをいう本人の価値観の問題だ」とのべ、真に「大衆の側から描く」方向で作品を創造していく決意とあわせて、絵本『天狗の火あぶり』の創作過程について紹介した。
 下関市会議員の兵頭典将氏は、新しく議会活動をはじめた経験から、「議会は支配するための道具だということがよくわかった。さらに、長周新聞のバックナンバーに学びながら、実践に役立てたい」と決意をのべた。
 山口市の活動家・池田義雄氏は「下関の原爆と戦争展で明らかにされた第2次世界大戦の真実を集めて解明された日本民族の敵と味方、戦略方向を鮮明にする」ことが、人民のすべての運動を発展させるうえで決定的になっていると指摘。とくに、労働現場の搾取・収奪がかつてない奴隷状態を生み出しているなかで、「第2次世界大戦後の米日支配階級の合作で、植民地支配され、対米従属構造がつくられている。米日の支配層とたたかうか、屈服するのかが問われている。この日本社会の実際から離れた状況で、どんな社会をつくるのか、だれと団結して、だれとたたかうかという戦略観点を喪失して労働組合の旗を掲げ、戦争反対といっても人民の死活の問題を擁護してたたかうことはできない。福田さんの反米愛国の思想と路線を宣伝し、具体化していけば発展する」と発言した。

 教育関係者も発言 戦後教育の欺瞞と決別
 教育の分野からはまず、小中高生平和の会を指導する今田一恵氏が「第2次世界大戦と戦後の日本社会をどう見るかを学ぶことによって、戦後受けてきた民主教育が、いかにでたらめだったかがはっきりしてきた」とのべ、それを「アメリカと、日本の支配階級が結託してやってきた」ことを指摘。この問題をはっきりさせることで、「子どもたちをどう育てていくかの財産を得た」こと、「“民族の子として育てよう”という福田さんの論点が、多くの教師に真剣に受け止められている」と紹介した。
 北九州市の教師・肥後容子氏は、第2次世界大戦の真実について学ぶなかで、「戦争に行った親たちが、連れて行かれた、駆り立てられていったという実感を強く持つことができ、戦争体験者の思いがわかるようになってきた」とのべ、「戦争が近づくなかで、どんな教育をするかが問われており、いじめ教師問題などで長周新聞の記事が感動的に受け止められている。多くの先生が抑えられてきたことから、本当のことを語らねばと思っている。この力と結びつけて5周年をとりくみたい」と語った。
 下関市民の会の徳村進氏は、市内の学校教育費の父母負担の問題についてふれ、「学生服や上靴などが買えないために、仮入学で学校に行かない子どもや母親がいる。PTA、母親、先生がいっしょになって運動をする」課題を明らかにした。同じく市民の会の柿田多加子氏は、「長周新聞には、私たちの知りたいことがよく書かれている。1人でも多くの人人に長周を読んでもらうことだ」と発言、「六連島の問題は、中学生でもまずテロにあわないようにしなければいけないといっている。反対しなくてはいけないと強く思う」とのべた。
 人民教育同盟の黒川謙治氏は「第2次世界大戦の性質がはっきりしてきたことで、なぜ学校でこんな教育を押しつけてくるのかが、いまの対米従属の社会構造のなかで解明されてきた」とのべ「支配階級と子どもの関係を実際から出発して教育運動を発展させる」課題を提起した。
 長周新聞社からは5年間を振り返って「六連島の避難訓練でも、市民のなかでそれを要求するものはだれもいない。また、会社あっての労働者だというが、労働者がいるから会社があるというのが真理だ。人民のなかにこそ社会の真実がある。そこに足を置いて客観的な真理を代表して、支配階級のインチキを暴露するという長周の創刊精神が重要だった」と発言、さらに活発に討議が深められた。

 戦後社会の欺瞞破り 戦争阻止の力大結集へ
 とくに、「被爆者のなかでも、原爆と下関空襲展、原爆と戦争展を通じて、また小泉政府の5年間の政治を経験して、第2次大戦とはなんだったのかについての論議が深まり、反米愛国でいかねばという論議になっている」「アメリカは民主的で、戦後は民主化されてきた、戦争体験者は軍国主義者で反動的だという思いで、戦争未亡人である母親が父の慰霊をすることにも反発してきた。こういう戦後つくられた嫌悪感がひっくり返されてきた。ここを明らかにしたら力になる」「戦死者は自分で喜んで死んだのではない。押しつけられやむをえず行かされた。自分も特攻隊で死ぬ覚悟だった。特攻隊の人人のことを思わずにはいられない」など、第2次世界大戦と戦後社会をおおってきた欺瞞を暴露する発言があいついだ。
 学徒動員体験者は、「関門海峡にB29が飛んできて空中戦も展開され、下関は戦場だった。戦後、平和になって、子どもができた。戦争当時の苦しさを子どもたちに味わわせたくないという思いで育てた結果、平和ぼけ、性根が入らない状況をつくったという反省がある。孫たちに徴兵検査、兵役義務が来るのは目の前に迫っている。私たちの子ども世代である父母といっしょになって、これを食い止めたい」と語った。
 さらに、元電力労働者は、「以前、フィリピンの労働運動に学ぶ活動をしていたとき、福田さんから日本に経験がないのかといわれた」ことを紹介。つづけて「山口県には大きな教訓がある。最近、下関の中国電力の斗争についての報告会を持ったが、やる前には“左”ではという意見もあったが、参加者は山口県の斗争は職場で敵と1寸の土地も争うという気概でたたかわれたこと、今それをやらねばという感情ですっきり一致した」ことを報告し、労働運動の再建にむけて運動を転換する方向を提起した。
 実行委員会では、福田正義没5周年記念集会を5月26日(土)午後4時から7時まで、下関市のシーモールホール(シーモール下関4階)で開催することを確認。実行委員長には柳田明氏(川崎市在住、医師)が就任した。
 記念集会は、意見発表やビデオ上映、朗読、歌声など福田正義顕彰にふさわしい創意的な形態をイメージして具体化を進め、次回実行委員会で定めることも確認された。

 福田正義没5周年記念集会実行委員会名簿
顧問
頴原俊一 下関武久病院
福田槐治 福田正義記念館館長
吉武邦敏 下関文化芸術懇話会名誉会長
吉本幸子 下関原爆被害者の会顧問
実行委員長
柳田 明 川崎市・医師
実行委員会
池田義雄 原水禁広島集会山口地区実行委員会
礒永天志 京都市在住
伊東秀夫 下関原爆被害者の会会長
今田一恵 小中高生平和の会
入江光司 山口・劇団はぐるま座
宇都宮六男 大分県農民
海原三勇 元下関市中学校PTA連合会会長
大下ユキミ 原爆展を成功させる広島の会
大西 浩 香川県・丸亀市職員労働組合現業評書記長
大矢野種幸 京都・美術グループあらくさ
柿田多加子 下関市民の会
鎌倉孝夫 埼玉大学名誉教授
川村なおみ 婦人解放新聞社
北山 武 香川県・丸亀市職現業労働者
栗栖吉三郎 広島県安芸太田町民
黒川謙治 人民教育同盟中央本部委員長 福田正義顕彰会会長
黒田義C 愛媛県松山市 ・元陸軍水上特攻隊員
桑原嗣子 福岡県・美術 グループあらくさ
源河朝陽 原水禁広島集 会沖縄県実行委員会
坂口雅弘 和歌山・神戸坂口クリニック
佐々木 仁 人民の星岩国支局
佐藤公治 宇部・小学校教師
重力敬三 原爆展を成功させる広島の会会長
高田美智子 下関・大新館会長
高橋新一 新潟県・柏崎市会議員
高橋 匡 原爆展を成功させる広島の会
田上博之 熊本県・山都町教育委員会
竹垣真理子 防府・小学校教師
辻 英俊 福田正義記念館事務局長
徳村 進 下関市民の会
富岡 昭 埼玉県小川町・陶芸家
西田政治 宇部・戦争体験者
西堀 幸 徳島県阿南市・戦争体験者、退職教師
日置輝夫 大阪・高校教師
樋口妙子 愛媛県東温市・退職教師
肥後容子 北九州・小学校教師
兵頭典将 下関市会議員
平松昭子 愛媛県東温市・主婦
広中克己 下関元労働者
藤井日正 下関・本行寺住職
藤本収三 富山県・原爆展を成功させる会事務局
古川 薫 下関・作家
本田和人 人民の星社
宮竹政広 石川県加賀市・弁当屋
森永俊彦 熊本県八代市・高校教師
森脇 保 日本共産党(左派)中央委員会
矢神 繁 名古屋・原爆展を成功させる会
安岡謙治 山口県甲飛会会長
安村直行 原水禁広島集会山口地区実行委員会
屋宜恒一 沖縄フィリピン協会会長
矢部忠夫 新潟県・柏崎市会議員
山宮 綾 山口・劇団はぐるま座
山本幸児 防府・労働者
和田 剛 新潟市・商業
 (3月25日現在、59人)

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