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福田正義記念館が5周年
参観者のべ1万3000人
              平和・文化の砦の力発揮    2009年5月15日付

 下関市の中心地に位置する福田正義記念館が5月16日で、創立5周年を迎える。この間、各界各層の多くの人人が記念館を訪れ、集積された豊富な資料の研究、平和や文化の諸行事、映画鑑賞など多面的な活用が促されてきた。記念館の資料は、とくに社会科学、文学、教育を中心にした図書資料が飛躍的に拡充され、その存在は社会的に注目されるようになっている。福田記念館の5年間の足跡はまた、記念館の事業が福田正義顕彰運動を軸にした大衆運動の力強い発展と緊密に結びついて進展したことを浮き彫りにしている。
 福田正義記念館は、2001年12月に逝去した福田正義・長周新聞主幹の戦前戦後にわたる経歴・業績を展示し、その思想・精神を伝えるために、関連する資料を整備、閲覧できるようにしようと、各界から1000人以上の拠金と資料の提供による大衆的な運動として建設された。
 この間記念館を訪れた参観者はのべ1万3000人を数える。また図書の蔵書数は当初3000冊程度であったのが、3万2000冊を超えるまでに増大した。図書を含めて館内に収められている資料のほとんどが寄贈によるものである。
 福田正義記念館の建設にあたって発足した各界代表による呼びかけ人会は、「幾千万大衆とともに、社会進歩のために無私の精神で奮斗努力してきた福田氏の生涯を顕彰することは、戦前、戦後の日本の歴史を顕彰し、日本人民の斗争の歴史を顕彰すること」であり、「記念館はたんなる個人の業績をたたえるというものではなく、多くの人人が自分たちの記念館として親しみを持ってつどい、文化運動をはじめさまざまな運動の拠点となり、福田主幹の歩みに自分の歩みを重ね、現在から未来へむけて展望を見いだすものにする」ことを訴え、「若い世代、研究者が学習、研究する助けにし、社会進歩の事業の継承者を育成する場にする」ことを掲げて出発した。
 福田記念館はこの方向にそって建設され、「福田正義の生涯」のメイン展示とともに、「礒永秀雄の世界」展や「福田正義ゆかりの人人」「道岡香雲・長周新聞新年号の書」「明治維新発祥の地・戦前の下関」を常設展示し、古今東西の優れた映画を収集、音響設備をそなえ、展示ギャラリー、研修室などを併設した多目的施設として発展してきた。
 また、記念館の3階には「原爆と峠三吉の詩」原爆展が常設展示され、この間に沖縄戦、下関・全国空襲、第2次世界大戦の真実のパネルなどが加えられ、「原爆と戦争」展が常時参観できるようになっている。
 記念館の資料収集は開館後、図書資料を中心に本格的に進められてきた。その大部分は4階の図書資料館に所蔵され、主要書籍の一部が、2階のメイン展示場の書棚に配列されている。昨年から今年にかけて、図書寄贈の呼びかけに積極的に応えた大量の書籍が、相次ぎ届けられており、登録作業を待つ状況となっている。「ゆかりの人人」のコーナーの書棚では、寄贈者ごとのおもな蔵書を展示する作業も進められている。
 現在、記念館に所蔵されている図書は、マルクス主義や各国の革命運動に関する書籍をはじめ、国内外の政治・経済、文化・芸術、教育・思想などの各分野、労働、教育、婦人などの人民運動、原爆・第2次世界大戦、明治維新などの歴史関係、またプロレタリア文学や日本と世界の文学作品などが重点的に配置されている。これら幾千万大衆の血と汗の結晶、文化的遺産を集めた記念館は他に類を見ない専門図書館として、各分野での権威と信頼を強めている。

 研究・学習で活用進む
 この間、全国各地の大学・大学院から学者・研究者、学生が、また芸術・文化、教育関係者らが調査・研究のために記念館を訪れた。その調査の対象は児童画教育、在日朝鮮人運動、中国人遺骨送還運動、50年8・6斗争、豊北原発反対斗争、礒永秀雄や金子みすゞの顕彰などであった。研究者は豊富な資料に感嘆し、記念館の存在を広く知らせることの必要性を強調、みずからも積極的に記念館の存在を紹介している。
 各分野の人民運動を再生、発展させるために福田記念館の資料の活用が呼びかけられ、長周新聞バックナンバーなどの資料を研究する努力が活発におこなわれてきた。それはまた、記念館の「平和と文化の砦」としての機能を高めてきた。
 記念館は、平和運動や市民運動の会合や連絡、行事の場として使われるとともに、福田型の路線を導きに文化、教育、婦人、労働などの分野の運動を発展させるために奮斗する活動家や青年の学習の場として活用されてきた。
 下関原爆被害者の会と原爆展を成功させる会が共催する「原爆と下関空襲展」「原爆と戦争展」や小中高生平和教室、教師の戦争体験を学ぶ会なども記念館を会場に開催され、記念館は平和運動、平和教育の新たな発展と全国への波及の拠点としての役割を果たしてきた。また、働く者の立場からリアリズム美術の創造をめざす美術グループあらくさの作品展も2回開催され、記念館を拠点にした美術運動発展の展望を開いてきたといえる。
 さらに、明治維新革命の真実への関心が高まるなかで、記念館の資料提供と活用への協力と熱い期待が寄せられてきた。劇団はぐるま座の『動けば雷電の如く』の創作と普及に記念館が活用され、全国で好評を得たポスターの原画が2階に展示されている。
 よい映画をみる会ではチャップリン、小津安二郎など福田正義が評論した作品を中心に、毎週土曜日の映画上映会を継続してきた。集団的な上映鑑賞会はすでに200回を超えている。よい映画をみる会の活動を伝えるニュース(月1回発行)は、57号を数えた。
 またこの間、会員の共同購入による記念館所蔵のDVDが増え、内外の優れた映画300本(邦画150本、洋画150本)を所蔵するまでになった。映画関係者からも「質の高い映画をこれほど保存しているところはない」という声があがっている。会員による映画批評では、人人の生活と気分、感情を社会的歴史的にとらえて彫り深く描かれているかどうかを基準に定着し、さらに大衆的な運動にする意欲が語られている。
 今年3月、記念館で開催された「吉本幸子さんを偲ぶ会」は、下関の被爆者運動、原爆展運動が福田記念館と切り離しがたく結びついて発展してきたことを示すものとなった。また、吉本氏が体現した「政党政派に関わりなく、私利私欲なく奉仕する」という活動が1950年8・6斗争を組織した福田正義の精神への共感と重なって、下関はもとより全国の被爆者の運動につながり発展したことを明らかにした。
 それは、福田正義の『市政論』『婦人論』に学んで下関の市民運動の先頭に立って奮斗し注目を集めてきた下関市民の会の活動家集団に共通するものである。福田記念館がとくに若い世代に福田正義の業績とともに、その路線と精神を継承し、こうした福田型の新しい活動家集団が全国的に形成されるよう、さらに役割を果たすことが期待される。
 福田正義記念館の事業を大衆的に支え、発展させるうえで、「福田記念館の運動の大衆的な母体組織」として設立された福田正義顕彰会の役割が決定的であった。新生の平和運動、労働運動が台頭するなかで、若い世代の福田正義顕彰会への参加が見られるが、このすう勢をさらに発展させることが、顕彰会の課題になっている。

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