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福田正義の婦人問題社説
              1955年〜60年に長周新聞掲載   2007年4月30日付

 福田正義没五周年を記念した熱のこもった論議が発展している。今回は一九五五年から一九六〇年代にかけて婦人問題について福田正義が長周新聞紙上に書いた社説を紹介する。それは五〇年前の社説であるが、まるで現在のことを指摘しているかのようである。

 母親は力を合わせつつある(1955年8月7日付)
 多くの母親たちが、今日おかれている状態は、たとえようもない苦しみに満ちている。
 収入が少なく、物価が高いという事情は、それらのしわ寄せを、いやおうなく、一家の生計のきりもりをうけもっている母親におしかぶせている。今日では、収入を得るために、非常に多数の母親たちは、すべての家事の負担―食べることから着せること、子供を育てることなどをおいつつ、何がしかの収入を得るために、会社、工場につとめたり日雇いの臨時の仕事をやったり、内職をやったりしている。
 これらの外で働く母親たちに、必要な子供を預ける施設や、授乳のために必要な配慮や、健康を保持するために必要な産前産後の休暇や生理休暇など、一般に母親を守るために必要な社会的な保障はまるでないか、あっても非常に不十分であるかである。とくに、戦争で夫を失った多くの母親たちの、子供を育てながら生きてゆく道はたとえようもなくけわしい。
 だから母親たちは、朝は早くから夜遅くまで、体を休めるいとまもなく、その健康を蝕(むしば)まれつつある。
 それにもかかわらず、どうしようもなくおし寄せてくる生活の苦しみが、しばしば母子心中というどんづまりの悲惨に母親をおいこんでいるのである。
 子供たちの健康を守り、子供たちを強い、教養豊かな、文化的な成人に育て上げたいというのが、すべての母親の心からの願いである。しかし実際には、子供に必要なだけ着せてやることもできず、勉強を見てやることができず、十分に学校へ行かせることができない状態、いや多くの場合には十分に食べさせることすら困難な状態におかれているのだ。
 しかも、物資の欠乏にあえぎ苦しみ、空襲の中を子供をつれて逃げまどい、多くのものが愛する子供や夫を奪い去られた、あのいまわしい戦争の危機が、またしても身近に足音を立てている。
 また、植民地的な退廃の中、愚劣な映画、ラジオ、読物の中に子供はおかれており、子供の将来に深い憂いをもたない母親はない。日本母親大会は、これらの状態を少しでも改めるために、いまだかつて歴史にない全国的な母親の話し合いの場をつくった。
 母親の心が切ないことは、子供が幸せでないことであり、一家が幸せでないことでもある。これらの母親の切ない叫びは、貧困と栄養不良と病気から子供を守ることであり、何にもまして平和を守ることである。
 今や山口県の母親たちは、自分たちがおかれている状態について、みんなで語り合おうとしている。子供を健全に、平和に、幸福に育てることを阻んでいるものの原因を突きとめ、母親全体に共通の要求を明らかにし、よくない状態を取りのぞくために力を合わせようとしている。それは子供たちの輝かしい未来のために、大きな成果をもたらすであろう。

 子供の生める日こそ(1955年11月13日付)
 大独占資本三井は、自分の経営する鉱山で働いている労働者の家族数を、現在20万名いるのを今後20年間に15万名にへらす、という計画を立て、そのために「三井鉱山家族計画委員会」をつくって受胎調節をやると発表した。朝日新聞は「この計画が進めば母体保護だけでなく、実質賃金もまし会社経営にとっても労務衛生管理上大きな合理化になる」(11月3日付)とたたえている。また国際家族計画連盟はその総会で、産業の発展より人口の増加の方が早いので人間をへらさねばならないと決議している。
 これらのことが明らかに示しているように、今日“家族計画”という名でやられている産児制限の運動は、大資本家が「実質賃金をます」つまり賃金を安い状態に釘付けし、また失業の責任をとらず、逆に彼らに必要なだけの人口にしようという計画である。これほど思い上がった、非人間的な、不遜な考えはあるまい。三井の労働者は三井に労働力を売って正当に賃金をもらうのであって、奴隷のようにその家族の問題、とくに子供を生む問題にまで干渉される必要はない。
 今日産児制限が必要なのは、賃金が不当に安く、耐えがたい貧乏の状態にあるからであって、子供がすきなだけ生めるような状態になるまでの、一時的なやむを得ない措置としてやられているのである。誰が考えても、子供は多い方がよいし、国としても人口の多い方が、つまり働き手が多い方が国が富むことはわかりきったことである。問題はそれができないような状態になっていることである。それを「人口が多いから国が貧乏になる」という全く根も葉もないウソの理論をふりまいて、今日の国民の生活の困難の原因を「子供を生みすぎる」「人間が多いすぎる」と思いこませようとすることは、許すことのできないことである。
 かつて日本の支配者は、国民を侵略の道具に使う時は「生めよ殖やせよ」という下劣な言葉で鉦をたたいた。いま同じ支配者が、彼らのみの富のために「子供を生むな」と号令しているのである。
 今日、産児制限のために、母親たちは体も心も傷つけられ、暗い陰気な思いをしている。それはうたがいもなく日本の植民地的従属状態と米日大資本の収奪の結果としての貧困のためである。政府の機関は、産制に必要な措置を無償でやるべきでありウソの説教をやめるべきである。子供が自由に生めそれを豊かに育てることができる日がくることこそ、すべての親の、したがって日本民族の切実な願いであるのだ。

 圧迫される働く母親(1957年12月1日付)
 夫婦がともに働くということは婦人の社会的な地位を高め、その平等と同権を実質的に保証するということからも、社会の労働力を高めるということからも、さらには一家の収入を高めるということからも、非常によいことである。
 ところが、日本の場合には、いちじるしい低賃金のために、やむにやまれず共稼ぎせざるを得ないというのが実状であり、それを利して、婦人の賃金はさらにいちじるしく低いものにされているのである。男女を問わず、賃金がほとんどの場合生活給という性格をもっているために、婦人の場合は、同一労働同一賃金という原則がなかなか勝ちとれない。
 100歩を譲って、それもよいとしても、以上のような条件に加えて夫婦が家をあけて働くということを裏づける保証がほとんどないことが大きな問題となっている。家に老人がいるとか、適当な子供を見るものがある場合はよいが、そうでない場合は、まず子供の問題でハタとゆきつむのである。そしてそれが大部分である。乳幼児を安心して預けられるような託児所の施設はほとんどない。したがって子供を生むということが、生活の問題として重大な問題となっていることは、若い夫婦の場合はほとんど例外がない。
 小さな子供を家において、1日中を働く婦人たちは、留守居の子供の安否を働く間中忘れることができないし、留守の間にケガでもした場合の苦汁をのむような思いは、大なり小なり、働く母親の必ず経験することである。
 戦後、婦人は多くの職場に進出した。これは戦後の民主主義の一定の成果であるが、ここにも、戦後民主主義の複雑な様相がからみからんで、婦人の解放をいちじるしく妨げている。それは、1つには子供がいるために働こうにも働けないという施設のない問題、また子供がないかあるいは誰かが見てくれる場合でも、労働がはげしく賃金は安いために、正常な家庭生活と働くということは調和せず複雑な家庭問題を生み出していること、さらにはそういう働く婦人たちを使う側で、ただ単にその低賃金であることが狙いであるために、結婚すればやめねばならないとか、子供ができるとやめねばならないとか、そういう条件のあるものの首を切って独身者に切りかえてゆくというような傾向が露骨にあらわれている。
 婦人が働くことを保証するためには、それにふさわしい裏付けが保証されねばならない。それは単に、家庭内の、たとえば男の側に理解があるかないか、親たちに理解があるかないか、という問題の根本的な解決もふくめて、社会制度もしくは社会保障の点で、国家的な規模で根本的に解決の道がとられねばならない。労働組合の活動は、とくにそれを前進させるだろう。

 国際婦人デー50周年を前に(1960年1月20日付)
 今年の3月8日は、国際婦人デー50周年の記念日である。この日は、全世界の婦人たちが、婦人の解放を目指して、巨大な統一行動を組織するのである。日本でも全国的に行動が組織されるが、山口県でも各地でさまざまな集会がもたれる。
 国際婦人デーは、1904年―日本では明治37年―ニューヨークでアメリカの婦人たちが「婦人にパンと参政権をよこせ」という集会をもった歴史的な事件を、1910年コペンハーゲンで開かれた国際社会主義婦人集会にクララ・ツェトキンが提案し、以来、この日を国際婦人デーとして、全世界で記念してたたかわれるようになったものである。
 国際婦人デーの50年は、全世界の婦人の解放を目指しての血のにじむような、あるいは輝かしいたたかいの歴史である。この間、婦人たちが完全に自己を解放し、社会的に完全に自由平等である国は、社会主義諸国だけである。したがって、国際婦人デーがはじまって以来、最初にソビエト連邦において、そしてそれにひきつづいて第2次大戦後に革命をなしとげた東欧、中国などにおいて、すなわち世界の3分の1の地域において、婦人はみずからを完全に解放したのであるが、まだ、世界の3分の2の地域においては、婦人の解放はたたかいとられていないし、さまざまな形での屈従が強いられているのである。
 わが国の戦前の婦人の位置がどんなにみじめなものであったかは、都市・農村を問わず、今日、その時代を経験した婦人たちが、骨身に刻まれているところのものである。天皇制の敗戦による、国際的な民主勢力の援助と国内民主運動の高まりによって、戦後、婦人の地位にも若干の変化があらわれた。たとえば憲法は、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない(第14条)」ことを明記して、婦人の参政権平等を明らかにし、また@婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない、A配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない(第24条)として、婦人を奴隷的地位に縛りつけていた悪名高い家族制度を改めて、男女の平等をはっきりとさせている。
 これにもとづいて、多くの点で戦前の前時代的な婦人奴隷は改められたし、婦人の地位は法的にも高められたのであるが、また、ここを基点として婦人の社会的な完全な平等が実現するかのように考えられたのであるが、実際には、それはあくまでも“若干の変化”であって、婦人の完全なる解放にはほど遠いというのが現実である。
 すでに、将来にわたっての婦人の社会的経済的地位が保障されるような職場の窓口はとざされているし、結婚すれば首になるような勤務個所もたくさんあるし、教師のような職業ですら、婦人は男子より早い時期に退職勧告をうけている。また、男女同一労働同一賃金も確立していないし、婦人労働者の低賃金も一般的である。
 また、とくに重要な点は、政治的、社会的無自覚に縛りつけておこうとする支配層の方向として家庭に婦人をとじこめようとする傾向も濃厚であり、また、家庭の民主化ということで、男女同権の問題を卑俗化して、大局的には、婦人を政治的、社会的に無自覚の世界に追いやるような、あるいは戦前とは異なった形で男性の享楽物化してゆくような風潮もきわめて露骨になっている。婦人の解放は政治的・経済的な完全な平等なしにはあり得ない。
 今日、婦人がその地位を高めてゆくには、社会的解放と結びつけつつ1歩1歩解放をたたかいとってゆくねばり強い活動が必要である。

 婦人解放の基礎的条件(1960年2月10日付)
 婦人がどのように解放されているかというその度合いは、その社会の進歩の、あるいは不進歩の度合いを示している。
 婦人の従属の問題は、わが国の場合は、1つは封建遺制としてあるいは慣習として残っている。明治、大正、昭和と、これらの封建遺制は、少しずつではあるが弱められる方向にあった。それが1つ1つ崩れ弱められてゆくには、数多くの先進的な女性のたたかいがなければならなかったし、それらのたたかいは多くの悲劇と犠牲をともなわないわけにはいかなかった。婦人の解放への道程で第2次世界大戦による天皇制絶対主義の敗北は徳川封建制を打倒した明治維新にくらべても、比較にならないほどの大きな変化をもたらした。このことは、天皇制絶対主義こそ婦人にとって最大の敵であったことを証明している。天皇制絶対主義は、婦人に参政権も与えなかったし、婦人に結婚・離婚の自由をも与えなかったし、家督相続上の権利も全く認められていなかった。今日、天皇家の相続を規定している皇室典範が、その第1条に「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」とし、第2条に皇位の順序を「1皇長子、2皇長孫、3その他の皇長子の子孫、4皇次子及び、その子孫、5その他の皇子孫、6皇兄弟及びその子孫、7皇伯叔父及びその子孫」というふうに今日もしていることは、天皇という世襲制の制度の問題がもつ封建そのものの遺制もさることながら、婦人に対する徹底的な軽蔑、身分的な差別を法律としてのこしているほとんど唯一のものとして、今日特筆に値するものである。これらのものは、戦後の新しい情勢の中で天皇制を護持することで旧支配体制を温存しようとした反動勢力と戦後の日本支配のために天皇制を利用しようとしたアメリカ占領者との目的の合致によって合作されたものである。
 こうして、婦人の身分上の解放の問題は、法律的には、1部差別をのこしただけで、大部分においては平等を勝ちとったということができよう。
 ところが、問題は、第2次大戦後の大きな変化にもかかわらず、婦人の地位は、根本的には解放されていないという事実である。われわれはこれらの事実についていくらでも例をあげることができるし、すべての婦人が例外なく語るところである。
 しかし、問題は、家庭の民主化や、男の女に対する態度というところには、根本的にはない。
 婦人の解放を決定づける最大の問題は、今日、つぎの2点にある。第1は、婦人の経済的自立の問題である。婦人が、男子と平等の人間として、働くことによって生活が完全に独立できるという条件が何よりも重要であり、このことを社会が保障することが、婦人解放の基礎条件であろう。第2は、第1と関連するが、婦人が男子の享楽の対象物として、すなわち男子から見て“商品”“売物”視される考え方との決定的なたたかいが必要である。膨大なマス・コミ、映画、ラジオ、テレビから、今日横行している道徳説教のたぐいは、全体として、こういう思想をふりまいているし、アメリカ的生活様式の婦人観は、基本的にこの立場に立っているのである。

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