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福田正義の国際連帯論
              日本人民の根本的利益として    2007年5月7日付

 福田正義没5周年を記念した論議が発展している中で、今回は福田正義が長周新聞紙上に書いた国際連帯問題の社説、長周新聞創刊8年目となる、1963年に執筆した『8年間あれこれ』の「国際連帯について」を紹介する。現在近隣のアジアをはじめ国際連帯を強め平和で豊かな日本をつくるうえで重要な示唆を与えている。

 人道と平和の立場から全市民の手で送ろう! 
                −中国人遺骨送還運動(1955年9月22日付)

 本紙は、綿密な調査にもとづいて、7月10日付(第10号)の紙面で、下関市有墓地に、戦時中日本に連れてこられて不幸にも倒れた中国人俘虜の遺体が多数土葬されていることを明らかにするとともに、これらの遺体をその本国に送還する運動が起されることを訴えた。この訴えは多くの人人の支持を得、送還のための世論は高まり、日中友好協会下関支部、日本赤十字社、下関仏教同盟、下関市役所などが中心となって、当時の関係者の協力を得て事実の再確認をし、遺骨送還実行委員会を組織して広く大衆的な規模でこの運動を発展させることになり、9月22日の彼岸の日を期して発掘、慰霊祭をおこなう運びとなった。ここにおいて、われわれは、運動をいっそう成果あらしめるために、各界各層の支持を得て、ここに重ねて全県民諸君に訴える次第である。
 すでに明らかにしたように、これらの中国人俘虜は、当時の日本軍閥政府と中国のカイライ政府であった汪兆銘との間に結ばれた協約により、戦時日本の労務に動員されてきたのである。その多くは八路軍もしくは新四軍の兵士で、中国の独立のためにたたかって、不幸にも捕虜となったもので、その他は村や町から強制的に動員されてきたものである。食糧もろくに与えられず、苛酷をきわめる非人間的な取り扱いをうけた結果、すでに日本に着くまでに多くの者が船中で死んで水葬に付され、日本に着いてからもばたばたと倒れていったことは多くの当時の人人の証言が物語っている。下関に埋葬されてあるものは、上陸直前死んだものと、上陸後間もなく死んだもので、大多数はほとんど手当らしいものもうけないまま、戦争も終り近く、長年月にわたってそれ一筋のために苦難に耐えてきた祖国の独立と解放の日を見ることもなく、誰にも知られることなく、10年の間、異国の地に埋められたままになっているのである。親兄弟や妻子たちは、その行方と安否をどんなに案じ、思い悩んでいることであろう。
 戦争が生み出した悲劇ではあるが、それが終れば、長い間生死不明のものの生死を明らかにし、死んだものの遺骨をひきとり、肉親の手で弔いたいと思うのは、民族と国境をこえて誰でも変わらない人情である。そうであれば、それについて便宜のはかれるものは、できるだけのことをしなければならないし、そうすることが人道にかなったことである。
 戦争のすべての時期を通じて、中国とくに八路軍・新四軍は、彼らにとっては日本の軍隊は中国人民に対して残虐の限りをつくした侵略軍隊であったにもかかわらず、日本軍の捕虜に対して、日本の戦争責任者とはっきり区別し、これを真の敵として扱わなかったばかりでなく、中国人民と同じく日本の戦争責任者によって圧迫され強制的に戦争に引き出された犠牲者として優遇したことは、誰でも知っているところである。戦後にも、日本人の遺骨でわかったものは丁重に送り返してくれている。
 これらのことは、人道を尊び、国際的な友好と平和を愛し、民族の誇りをもつものは、誰でもすることである。
 われわれが意見を聞いた限りでは、ほとんど全部の山口県民とくに下関市民は、各界各層を問わず、これらの遺体に礼をつくし、できるだけ広範な人人の手によって、積極的に送還することに賛意を表された。しかし、ごく1部には、非常に消極的な意見があることも事実である。この意見は「自民族へ対する愛情」という仮面をかぶっている。そしてそれは中国、ソビエト同盟に対するいわゆる「抑留問題」とすりかえようとする企みと結びついている。
 中国、ソビエト同盟に対するいわゆる「抑留者問題」は、無謀な侵略戦争を引き起し日本を敗戦に導いた戦争犯罪者たちが、国民を動員し戦争にかりたて、大量の同胞を殺した責任をすりかえようとするものであるだけでなく、これを逆用して中ソ両国民への民族的な反感をあおりたてるための、戦後一貫してとられ、今もとられている悪意に満ちた謀略である。彼らは親兄弟を奪い去られたものの感情に民族的な敵対感情を植えつけ、友好による恒久平和の道を阻害しようとしているのである。そのことは政府自身の発表で「ソ連抑留者37万名」という数字が、いつの間にか「1万数千名」になっていたり、このたびの中国人遺体問題にもあらわれているように、下関だけでなく全国に数千あるのが隠匿され放置されてあることでもはっきりしている。
 このようなやり方、態度は間違っている。人道を主張するものはみずからが人道にかなった道を堂堂と歩まねばならない。もしもウソでもかけ引きでも何でもいい自民族だけの目前の利益の主張以外は考えないという偏狭な立場に立ち、人道に反して、これをかくしあるいは放置するようなことがあれば、ことが他民族との関係にあるだけにわれわれの民族は、道義を尊ぶ伝統をもつ民族としての誇りをみずからが捨て去ることになるだろう。われわれの子供たちは、誇り高い伝統を失うことになるだろう。このことこそ、国内的にも国際的にも、長い将来にわたって民族を傷つける道であり、民族の誇りをみずから捨て去る道であり、したがって自民族を愛することとは反対の道である。
 反対に、形式的に儀礼的にではなく、人道の上に立って、広範な全市民的規模で積極的にこの運動をおしすすめるならば、道義を尊ぶその美しい伝統を誇ることができるだろう。このことは単にそれだけではなく、中国との間に友好関係を国民的な規模で深めることになり、おたがいが平等に、おたがいが利益を分かち合い、平和に共存する関係を発展させることに役立ち、平和の事業をさらに1歩前進させることになるだろう。
 本紙は、このような立場からこの問題を取り上げたし、このことの成功が、わが国民の平和と繁栄の道に通ずるものであると信じてうたがわない。
 すでに今月22日の彼岸の日に慰霊式が行われることが決まり、下関地区労連はじめ、仏教界代表、平和団体、日中友好協会下関支部、日本赤十字社山口支部、山口県華僑総会、県庁、市役所などで実行委員会をもち運動の推進がはかられている。われわれはこれらの団体を中心に、広く全市民的な規模で運動を発展させ、形式的なものに終らせないように訴える。とくに、市役所は、広報などを通じて全市民に運動の進展状況を伝え、各種の言論、報道機関は広く運動が発展するよう援けるべきである。

 中国漁業代表の歓迎にあたって(1963年8月21日付)
 この25、26の両日、中国から漁業労働者の訪日代表団が下関を訪れることになって、下関では漁業界をはじめ、日中友好協会を中心に多くの民主団体が歓迎の準備をしている。また安保廃棄山口県民会議も歓迎実行委員会に加わっている。
 下関、戸畑、福岡、長崎などを基地にする以西底曳漁業は、東海・黄海を主要な漁場にしており、したがって、中国との友好親善関係はきわめて重要な死活の問題となっている。
 中国は、一貫した対日友好政策にもとづいて、日本の政府が中国に対して非友好の政策をとりつづけているという条件のもとで、東海・黄海を漁場とする日本の漁業に対して、きわめて深い配慮をしてくれてきたし、いまもしてくれている。日本政府が全く冷い態度でそっぽを向いているのに、民間漁業協定を結んで、国交が正常化している国の関係のような便宜もはかってくれた。その民間漁業協定も、岸内閣の中国敵視政策によって破棄されざるを得ない羽目になったが、しかし、その後も事実上漁業協定が結ばれている時と変わらないほど、東海・黄海における日本側の漁業者の安全な操業を保障してくれている。とくに日本側業界の要求によって避難協定が結ばれて、突然の暴風などのときも日中友好協会を通じて連絡をとれば、中国側の指定の港に避難できるようになっている。これは、海上での突発の異変などに際して、乗組員と船、漁獲物の安全を保障する上で、たとえようもない大きな利益をうけている。
 東海・黄海においては、以上のような状態がずっとつづいているために、日本政府が中国に対して引きつづき冷たい態度をとっているにもかかわらず、日本側の漁業界は安全な操業をつづけているのである。
 こういう関係の中で、昨年の台風期には、遭難した中国漁船員を多くの日本漁船が救助して送りとどけ、中国側から深く感謝されたというような、日中漁業労働者間の友好関係もすすんでいる。
 しかし、全体としての漁業関係での友好はすすんでいるが、日本政府の対中国の態度は一向に友好の方向へは向かっていない。とくにアメリカのキューバ侵略事件以後、ケネディがいわゆる“中国封じこめ”政策を露骨にとるようになって、事態は危険な方向へ突進しつつあるというのが現状である。
 F105D戦爆機の配置は、明らかに中国へ向けられているのであるし、もしもポラリス原子力潜水艦の「寄港」を許せば、これまた中国攻撃を目的として、日本を基地に東海・黄海に出没することになるのである。とくに沖縄は中国侵攻の基地として完全に核武装されている。
 このような危険きわまる中国侵攻政策の元凶はアメリカ帝国主義であり、日本の政府と反動勢力はこのアメリカの中国侵攻政策の片棒を担いで、目下、アメリカの手による日本核武装に必死になっているのである。
 このような状態の進行を許せば、東海・黄海における漁業の安全は根本的に破壊されることはうたがう余地がない。それは、日本の漁業関係者の希望とは全く反対のことであり、また中国側の考え方とも全く反対のことである。
 安保廃棄県民会議に結集するすべての民主勢力は、アメリカと日本の反動勢力のこのような政策に断固として反対してたたかっているし、全国的にも、このようなアメリカの“中国封じこめ”政策に反対し、日本の核武装に反対するたたかいの波は大きく広がっている。先に広島で開かれた第9回原水爆禁止世界大会は、このような情勢を重視し、原水爆禁止の立場からも、反対の統一行動の強化を強く呼びかけている。
 中国漁業労働者代表団の歓迎ならびに同団との交歓は、真に日中友好の1歩前進の立場に立つなら、以上のような日中友好を根こそぎ破壊しようとするものとの共同のたたかいの観点に立つべきであり、それが基本になって本当の血の通った友好となるだろう。そのことが、漁業協定の締結をふくむ漁業関係の1歩前進を保障する前提となるだろう。

 徳川幕府式の鎖国主義(1957年12月15日付)
 “日本は四方が海だから取締りがしにくい”と海上保安庁や警察は嘆いている。何という馬鹿げた嘆き方であろう“日本は四方が海だから”広広とした海洋を利用して、諸外国との行き来を自由闊(かっ)達にし、広く世界に発展することができるのである。
 一方では国が狭すぎるといい、資源を海外に求め、同時に海外へどんどん商品を売らねばならないといいながら、他方では、海外との人や物の交流を極度に妨げ、揚げ句の果ては何100という漁民の漁場を奪いとって、何の目的か六連島周辺のように各地に海中レーダーを仕掛けたりする。20世紀の今日、人の行き来や貿易を、徳川幕府的なやり方で人為的に極度に制限し、そこから必然的に起る“密航”“密貿易”の取締りのために何万という人と莫大な国費を浪費しているなどということは、常識のあるものの考えることのできない気狂いじみたことである。李ラインの非常識を罵倒するが、日本の周辺にはりめぐらされている世にも時代錯誤の日本人の自由を金縛りにしているラインはいったい何ラインなのか。李承晩の非常識と50歩100歩である。そのくせ、頭かくして尻かくさずで、アメリカからは無数のジラード君(注・同年に群馬県で農婦を射殺した米兵)が自由自在に出入国し、日本中に軍事基地をはりめぐらされ、日本人は手も足も出ないことになっている。
 こういう政治のやり方こそ、わが国の慢性不景気の原因になっている。ソビエトとの間でやっと通商協定ができたが、中国も朝鮮も日本とどんどん貿易もし、文化交流もし、おたがいに共存共栄でゆこうといってきているのを、対ソビエト関係をふくめて、日本政府がそれを妨害しつづけているのである。それは日本国民の切実な要望を裏切っている。もしも、これらの隣接諸国との自由な交流の障害がとり払われたら、日本全国はもちろんだが、わが山口県の産業は色めきだつことだろう。
 われわれは、このような時代錯誤の鎖国主義に絶対反対である。それは日本の繁栄を踏みつぶす道であり、日本を世界における永久の孤児とする道だからである。日本の独占資本は、アメリカと結託して、日本人民の犠牲によって自分たちだけの繁栄を考えており、岸政府がそれに忠実に従っているために、今日、このような誰が考えても馬鹿馬鹿しい政策がとられているのである。“戸閉りをしなければ泥棒が入る”と最初にいい出したのはダレスであるが、それを吉田内閣以来の歴代自民党内閣が馬鹿の一つおぼえのようにいって今日の鎖国状態をつくり上げた。その間にも、日本はどんどん後退し、大独占資本だけが肥え太っているのである。われわれは大多数の人民の繁栄すなわち国の繁栄のために、鎖国の鉄鎖を断ち切らねばならない。

 国際連帯について −『8年間あれこれ』より(1963年4月21日付)
 長周新聞は、民族の独立と平和を主要な課題とする以上、民族的なものへの攻撃、圧迫、とくにアメリカが日本人民に加えている民族的迫害と戦争政策にたいしては、断固としてたたかってきたし、いまからもたたかいつづけるだろう。
 それと同時に、それをたたかううえで、きわめて重要なことは、国際的な連帯の問題、つまり自民族の独立をたたかいとることをめざす以上、他の諸民族の独立斗争を支持し、反革命に反対し、侵略戦争に反対し、独立戦争を支持する、ということである。このことは1つのことであって、矛盾するものではない。
 長周新聞が国際問題をあつかう場合はこの観点からであって、それ以外ではない。
 たとえば、長周新聞は、ソ連にたいする領土問題、つまりハボマイ、シコタンを返還せよという日本の反動派のブルジョア民族主義的要求と復讐主義的宣伝カンパニアにさいしては、何回となく世論を組織し、大衆的に訴えた。それは、遅れた反動的民族意識を扇動しつつ、事実は日本をアメリカ帝国主義の戦争の道具にかえようとすることにほかならないからである。
 また長周新聞は、ハンガリー事件にさいして、まっ先に、これがアメリカ帝国主義の陰謀による反革命武力戦であることを明らかにして訴えた。あのとき、あれを、官僚主義支配にたいする民主化斗争であるようにブルジョアマスコミは印象づけようとし、一定の影響を与えつつあったからだ。官僚主義の問題と反革命の問題は根本的に異質のもので、それを巧みにまぎらわしつつするアメリカ帝国主義の社会主義転覆の陰謀を成功させることは、断じて許せないことである。
 長周新聞は日朝人民の友好の問題をしばしばとりあげた。在日朝鮮人との友好の問題では、とくに多くとりあげてきた。日朝両人民のあいだに残っている民族的偏見、とくに帝国主義時代の残存意識を一掃することは、両人民の平和と友好のうえできわめて重要であるし、同時に、日本の平和と繁栄のうえで重要であるし、さらに、日朝両人民の共同の敵とともにたたかってゆくうえで重要であるからである。
 日中友好の問題で長周新聞が終始一貫、多くのスペースをさいてきたことも同じ観点である。
 だから、日「韓」会談というような、アメリカ帝国主義のいわゆる“中国封じこめ”政策であり、朝鮮の統一破壊政策であり、日本反動派のこれらにたいする加担政策には、断固として反対せざるをえない。キューバ問題についても同じである。
 以上の観点は、日本の独立と平和、民主と繁栄の観点であり、どこかの国の観点などというべきものでは断じてない。反対にこの観点を貫くことが、外国軍隊による18年間もの半占領という歴史上かつてない屈辱から日本を独立させる唯一の道であるからと思う。

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