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福田正義主幹没五周年に際して
第二次大戦と戦後の真実は何か
             「現代の日本をどう見るか」を再録  2006年12月15日付

 今月23日、福田正義長周新聞社主幹の逝去から5周年を迎える。福田主幹が戦前、戦中を経た戦後50年あまりのたたかいぬいた立場と路線は、現在の日本社会の展望を示すものとして、新鮮な生命力を発揮するものとなっている。峠三吉の原爆展、第2次世界大戦の真実の戦争展はひじょうに衝撃的な反響を広げ、力のある平和運動を激励するものとなった。それは福田主幹の1950年8・6平和斗争の路線を具体化したものであり、福田主幹の第2次大戦評価と体験者の証言を結びつけて作成されたものである。また福田主幹・長周新聞とともに歩んだ礒永秀雄の没30周年詩祭は平和の力を励まし現代にますます新鮮な共感を広げるものであることを証明した。長周新聞社では来年前半年にかけて、没5周年を記念して、福田主幹顕彰の論議を訴えたい。大きなテーマとしては現代の日本社会をどう見るかであり、そのため第2次世界大戦はいかなる性質の戦争であったか、戦後日本社会はどのような性質の社会であり、進歩発展の道はどの方向であるか、戦後61年の大多数の人人の経験にもとづいた論議を深めることを呼びかけたい。そのために、1969年の講演「現代の日本をどう見るか」を、再録したい。

 現代の日本をどう見るか
              1969年の講演  福田正義

 明治維新の性質および戦前日本の根本的矛盾と主要な矛盾について

 われわれの敵はだれか、われわれの友はだれか。これは、革命のいちばん重要な問題である。現代の日本はどんな社会か、その根本矛盾はなにか、その主要な矛盾はなにか、これについてはっきりした認識をもたないと、われわれは正しくたたかっていくことはできない。
 日本は1945年の日本帝国主義の敗北、ここを境として非常に大きく変化した。1945年以前の日本社会と、1945年以後の日本社会では、どんなことが変わったか、またどんなことが変わらなかったか、ここをはっきりさせなければならない。
 周知のように、明治維新は幕藩体制と呼ばれる封建制度に重大な変化をもたらした。幕藩体制下では、農民と封建的支配階級の矛盾、大商人と封建的支配階級との矛盾、この根本矛盾の激化によって、徳川幕藩体制は発生し発展し消滅してゆくという過程をとっている。ところで、幕藩体制の打倒によって、日本には資本主義社会が生まれたが、封建制度がなくなってしまった、あるいはとるに足りないものになったか、というとそうではない。徳川幕藩体制の根本矛盾の激化によって、封建的支配階級の内部矛盾も激化し、武士階級のなかの上層部と下層部、また徳川幕府と王朝時代の遺物である天皇・公卿などとの矛盾も激化してくる。明治維新においては幕藩体制の打倒を推進していった原動力はあくまで農民ならびに勤労人民であるが、これを指導したものは天皇・公卿と結びついた下級の武士階級であった。このことは、明治維新以後に他の資本主義国と異なった状況をつくり出した。
 いったん権力を握った先進的な下級武士は、天皇・公卿という王朝の遺物との結びつきを強化し、農民ならびに勤労人民を裏切り、封建的支配階級の上層部分と妥協し、特権的な専制政府をつくり、新しい支配体制をつくった。このことは1945年にいたる日本資本主義の非常に大きな特徴である。したがって、山口県でもそうであるが全国的に、維新以後非常に激烈な農民一揆が起こっているし、また下級武士の反乱も起こっている。これは、維新革命の裏切りに対する反抗である。このことによって、1945年までの日本社会には、プロレタリア階級とブルジョア階級との矛盾と、農民階級と地主階級との矛盾という2つの矛盾が根本矛盾として作用していった。
 人口のなかの圧倒的多数を占める農民は(資本主義の発展によってプロレタリア化し、しだいに減少していくが)、天皇制絶対主義の権力のもとで、ブルジョア階級と地主階級によって徳川封建制と形は違うが内容は同じかもっとひどい搾取収奪を受けた。このことはまた、日本資本主義の発達のうえで、市場の狭隘(きょうあい)性をつくり出す。プロレタリア階級とブルジョア階級との矛盾と、農民と地主階級との矛盾が、またそれぞれたがいに矛盾しあって、日本資本主義の海外侵略、急速なる帝国主義段階への突入という条件をつくり出す。ブルジョア階級と地主階級は、天皇制絶対主義権力の手厚い保護のもとで、労働者・農民を過酷きわまる搾取収奪のもとにおくと同時に、アジア諸国に対する野蛮きわまりない侵略をやるのである。したがって、1945年以前の日本には、プロレタリア階級とブルジョア階級との矛盾、農民と封建的地主階級との矛盾が根本矛盾として存在し、人民大衆と天皇制絶対主義権力とのあいだに主要な矛盾を形づくっている。

 戦後の日本の情勢はどのように変化したか
 1945年以後、この関係はどうなったか。もっとも侵略的であり、もっとも好戦的であった日本帝国主義は、ドイツ、イタリアのファシズムと手を結んで、中国へ対する全面的な侵略を始め、中国の抗日統一戦線によってついに粉砕される。第2次世界大戦は、日独伊のファシズムに反対する中国人民をはじめとする植民地・半植民地人民の斗争、資本主義諸国のプロレタリア階級の斗争として発展し、日独伊に対立する英米仏など帝国主義諸国をもまきこんで、ソ連を中心とする反ファシズム国際統一戦線が形成されてたたかわれた。日本帝国主義はこの戦争で完全に敗北した。
 アメリカ帝国主義は、世界人民の反ファシズム戦争による勝利の果実を、独占し盗みとり、日独伊にかわって第2次大戦後の世界を支配しようとした。日本に対してもそうである。
 独伊が降伏し、日本帝国主義の敗北がきわめて明らかになって、アメリカ帝国主義が、日本本土に対する無差別爆撃を重ね、広島・長崎に原爆を投下したりしたことは、ほかでもなく、日本を彼らの支配下におこうということであり、天皇制政府に反対して決起するであろう日本人民を武力弾圧するためであった。このために、すでに日本帝国主義の敗北が決定的になって、アメリカ帝国主義は日本上陸を急いだ。
 アメリカ帝国主義は、日本に上陸してどんなことをしただろうか。日本人民の敵であり、世界人民の敵である日本帝国主義、その中味である天皇制絶対主義権力に対してどのような態度をとったか、また地主階級に対してどのような態度をとったか、また独占ブルジョア階級に対してどのような態度をとったか。反対に、その対立物である日本人民に対しては、どのような態度をとっただろうか。これらのことは、いささかのあいまいさも許されないもっとも重要な問題である。

 天皇制絶対主義への対処
 まず、われわれは、天皇制絶対主義支配権力に対するアメリカ帝国主義の対処の仕方を見る必要がある。彼らは、天皇制絶対主義の手から権力をとりあげた。天皇・特権官僚・軍閥が形成している絶対主義的特権をとりあげ、政治的発言権をとりあげ、財産を没収し、形だけ残して、議会をつうじて年間3、400万円の扶持をやり、憲法でいう「象徴」なるものにした。なぜ、形だけ残したかといえば、アメリカ帝国主義が、新たなる支配者となったことをあざむくためであり、アメリカ帝国主義にひれ伏してひたすら存命を願う天皇とその側近どもをアメリカ帝国主義の日本支配に役立てるためである。だから、天皇を極東軍事裁判にもかけなかったし、人民の天皇制に反対する斗争は弾圧した。
 今日、日本の売国独占ブルジョア階級や反動派は天皇をいろいろに利用しているし、なにかの機会にはおおいに人民支配の道具に使おうと企んでいることは確かである。週刊誌や婦人雑誌に毎号かかさず天皇一家の宣伝をやっているのもそのためである。彼らにとって天皇の名で人民を抑圧支配し搾取収奪し侵略戦争にかりたてていった味は忘れられるものではない。しかし天皇制絶対主義権力が昔どおりにそのままであると考えると、それは事実に反する根本的誤りである。
 今日の日本の軍国主義復活を1945年以前の天皇制復活という人もあるが、反動派のなかにそのような願望をもっているものがあるとしても、実際の人民支配の権力は天皇にはないことをはっきりしておかねばならない。天皇のかわりに、いったいだれが権力を握って人民を抑圧支配しているのかということが重要であり、天皇という反動的封建的遺物が危険であり有害であると考えるあまり、アメリカ帝国主義が日本民族のうえにのしかかっているというこのもっとも重大な事実について、もしも注意をはらわなかったらこれは大変な誤りを犯すことになる。

 地主階級に対する対処
 つぎに、アメリカ帝国主義は地主階級に対してどう対処しただろうか。彼らは、「農地改革」ということで、地主の土地を小作農民に買いとらせた。これは農民による土地解放とは根本的に違う。彼らは、なぜそうしたのであろうか。徳川幕藩体制下では、農民は基本的には自作農であり、死なない程度に収奪をするというにあったが、明治以後は土地の売買を認め制度として小作化を促進し、領主とは異なった形の寄生地主を発生させてきた。アメリカ帝国主義は、日本を占領支配し、日本に投資し、日本人民を搾取収奪するには、寄生地主の存在は障害であり、農民を直接かれらの収奪の対象としなければならなかった。かれらは山林はそのままにした。しかし、山林における関係は、封建的な土地所有と生産関係ではなく、独占資本主義的な人民収奪関係としてあるのである。
 したがって、かれらの「農地改革」はいささかも社会進歩の観点からなされたものではなく、独占ブルジョア階級による直接の無慈悲な収奪のためである。そのことは戦後の短期間に農業就業人口が3分の1に激減している事実がものがたっている。権力の座から落とされた地主階級のなかのかなりのものは、古い封建的な思想をもっており、昔からの力の基礎のうえに立って、県市町村議会とか農協など農業団体で力をもち、農村においてさまざまな形で政治支配の片棒をかつぎ、手足となり、反動派の一翼をなしていることは事実である。しかし、それはかつての地主と小作農民という関係とは異なっており、権力を握っている支配階級そのものではない。

 日本の独占ブルジョア階級に対する対処
 最後に、アメリカ帝国主義は、日本の独占ブルジョア階級に対して、どのような態度をとりどう対処しただろうか。かれらは、いわゆる「財閥解体」をやった。当時、持株整理委員会をつくり、財閥の持っている株の調整をやり、「独占禁止法」なるものもつくった。彼らは、日本を強大財閥が独占支配しているのを解体するといった。しかし、それはまったくのでたらめであった。彼らはまずアメリカ帝国主義に降伏しひれ伏した日本の独占ブルジョア階級に一定の圧力を加え、日本財閥の特徴である同族主義をある程度解体して、アメリカ資本が自由に投入できるような近代コンツェルン型にし、彼らに降伏した日本独占ブルジョア階級を、彼らの目下の同盟者にした。
 いったん、帝国主義段階に達した日本資本主義は、明治維新以来のその特殊性のゆえになおさら、国家独占資本主義体制としての人民に対する抑圧、搾取、収奪の高度に発達した体制をもっている。アメリカ帝国主義は、日本の独占ブルジョア階級を彼らの手下にし、この体制をつうじて日本人民を抑圧支配するという方法をとった。この点はきわめて重要な点である。1945年以来、東久邇、幣原、芦田、重光、吉田、池田、岸、佐藤といった歴代政府は、みな、この方向にそって、アメリカ帝国主義と独占ブルジョア階級のためにもっとも忠実にやってきたのである。
 天皇を形骸だけにして、日本の現状は基本的にはそのままであり、「民主化」だけをやったというふうに見せかけて、アメリカ帝国主義がその暴力装置をもって権力の最高の座に座り、日本の売国独占資本をその目下の同盟者にして、日本人民をひき続き抑圧支配してきたし、いまもしているというのが、1945年以後の日本の変化の根本的な特徴である。このことを見誤ってはならない。

 アメリカ帝国主義と売国独占ブルジョア階級の人民への支配
 実際に人民の斗争が高揚すれば、2・1ストはじめ多くの労働者の斗争、農民の強権供出反対の斗争などではアメリカ軍が直接出てきて弾圧したし、またさまざまの直接の干渉もした。当時、共産党は、アメリカ帝国主義侵略軍を「解放軍」と規定し、日本人民の敵は「天皇制絶対主義権力であり、特権官僚であり、寄生地主階級であり、独占ブルジョア階級である」という誤った観点に立っていた。戦略つまりわれわれの敵はだれか、われわれの友はだれかという革命の1番重要な問題を誤ると、結局、敵を助け味方に大損害を与えることになる。これは1つの痛ましい経験である。
 また、「アメリカは日本に来て、軍事基地をおき、ベトナムその他に侵略をし、また日本の対外政策などに干渉している。それはよくない。しかし、1面日本に対して民主主義的措置をやり、半封建的遺制をとり除き、講和後は日本を独立国とした。この結果、日本にはかなりの変化はあったが、日本社会には根本的な変化はない」こういう考え方もある。それでは、アメリカ帝国主義の日本民族に対する支配は、どういうふうにやられているのか。
 ほかでもなく、そのもっとも中心になるものは、アメリカ帝国主義の軍隊、軍事基地であり軍事支配であり、もう1つは、その暴力装置のもとでの、日本の国家独占資本主義体制をつうじての政治的、経済的、文化的な支配である。アメリカが日本においている軍隊の数はあまり多くはない。なるほど軍事基地は百何十あり、日本人民の反米愛国の斗争が激化すれば軍隊を送ることはできる。
 1つの例をとってみよう。日本帝国主義が中国の東北地方を侵略したときどうしただろうか。数10万の関東軍を常駐させ、偽「満州国」政府なるものをでっちあげ、日本から何万という官僚を送って実力部分を握り、「満州国」軍隊・警察なるものをつくってその実力部分を握り、鉄道、運輸、通信、鉄鋼その他の重要産業の重要管理支配部分はすべて日本人で握り、農村にはいわゆる「開拓青少年義勇軍」なる武装した青少年を送りこんで定着させた。このように何10万という軍隊・警察、また何10万という官吏、産業管理者、「武装」青少年を送りこんで、辛うじて侵略支配をやっていた。それとこれには根本的に大きな違いはあるが、発達した資本主義国であり、歴史上いまだかつて外国帝国主義の侵略を受けたことのない日本が、アメリカ帝国主義のわずかの軍事力で支配ができるのはなぜか? このことは深刻に考えてみなければならないことである。
 発達した資本主義国が外国帝国主義の侵略を長期にわたって受け入れているという例は日本しかない。第1次大戦後ドイツは、連合国によるいわゆる「ベルサイユ体制」下におかれた。しかし、これはまもなく別の状況になった。第2次大戦後のドイツは、東西に分裂して東は独立し、西はいくつかの帝国主義国が連合して戦後管理をやったという状況のもとで、いくつかの国はたがいに競合しあうという関係にあるため、完全な従属国にすることができない。
 日本の場合は、アメリカ帝国主義1国が侵略支配し、日本の売国的な支配階級を屈服させ目下の同盟者にしているという状況のもとで、日本全体をアメリカの従属国にしているのである。これは日本の特殊性である。日本はアジアにおける1億の人口を擁するただ1つの発達した資本主義国である。アメリカ帝国主義は、日本の1億人民を抑圧支配し、搾取収奪すると同時に、日本をアジア侵略の兵器工場とし、拠点として使うという「任務」を課している。
 それでは、1945年以後の日本社会の根本矛盾はなにか。日本社会の性質を規定づけているプロレタリア階級とブルジョア階級との矛盾は、ひき続き一貫して存在している。農民と半封建的地主階級との矛盾は根本矛盾としては消滅した。そして、新たなるものとして、日本民族と、アメリカ帝国主義との矛盾という根本矛盾が発生したのである。この2つの根本矛盾の作用によって、1945年以後の日本社会の発展は規定づけられている。このことは戦後23年間の諸斗争を見れば、意識するとしないとにかかわらず、すべてこの2つの根本矛盾の作用によってひき起こされていることがわかる。したがって、われわれがこの根本矛盾をはっきりとつかんで研究し、現在の日本における打倒すべき敵がなにものであるかを明らかにし、味方を団結させてたたかえば、われわれの斗争をすばらしく発展させることができるだろう。
 すなわち、この二つの根本矛盾によって、日本人民を一方とし、アメリカ帝国主義、売国独占ブルジョア階級を中心とする反動派を他方とする主要な矛盾を形成しているのである。アメリカ帝国主義と日本の独占ブルジョア階級とのあいだにも矛盾はある。われわれはこの矛盾も利用しなければならない。しかし、彼らは、帝国主義が全面的な崩壊にむかい社会主義が全世界で勝利にむかう時代、世界各国の反動派がアメリカ帝国主義の庇護(ひご)を受けて生きのびようとしているとき、しかも、第2次大戦後の日本における特殊性によって彼らのあいだにもさまざまな矛盾があり、対立もあるが、日本人民に対立する面、アジアにおける諸民族に対立する面では、まさに彼らは運命共同体的な間柄にある。この点もまた、戦後23年の事実がはっきり示している。日本人民がアメリカ帝国主義と決定的な斗争に立ち上がったとき、売国独占ブルジョア階級が日本人民の側に立ち、アメリカ帝国主義に反対するなどと考えることは1個の幻想であろう。

 米日2つの敵についての誤った見解への批判
 宮本修正主義集団から右翼社会民主主義者に至る労働貴族どもは、この日本の現状についてどういう態度をとっているだろうか。彼らに一致していることは、人民大衆とりわけ労働者の目がアメリカ帝国主義の方にむかないように努力することである。彼らは一様に、経済主義を煽って、人民の斗争が反米愛国の斗争に発展することを極力妨害して、米日反動につかえている。宮本修正主義集団は、口では「米日2つの敵」というが、実際にはズブズブの経済主義であり、最近では「議会において安保終了通告をすればよい」という、完全な議会主義への転落を暴露している。宮本修正主義集団から右翼社会民主主義者どもが、アメリカ帝国主義と売国独占ブルジョア階級による日本人民抑圧支配の事実に対して、欺瞞のベールをかけてきた。それをひきはがすことは、日本人民の斗争、とりわけ労働者階級の斗争を発展させるうえでは、きわめて重大な戦略的意義をもっている。
 ところで、われわれは現在の日本の現状認識のうえで、いくつかの正しくない観点を指摘しておく必要がある。
 ある人は、日本にはアメリカ帝国主義と日本民族との矛盾が主要矛盾としてあるだけであって、独占ブルジョア階級のなかにも愛国的で反米的なものがたくさんある。したがって、すべての斗争は反米だけにしぼるべきであり、反米、反独占というのは誤っている、といっている。それらのなかのある人は、もしもプロレタリア階級が反米1本でたたかわなかったら、独占ブルジョア階級が反米愛国の旗を握り、日本を、ふたたびファシズムの国にするだろう、とさえいっている。
 また、ある人は、日本帝国主義は完全に復活している。反米などはナンセンスだ、反独占1本でたたかうべきである、といっている。宮本修正主義集団の「安保終了通告論」も、その根拠はこの観点への接近である。またある人は、日本はアメリカ帝国主義に対して従属関係にはあるが、すでに帝国主義国として自立している、といっている。
 また、ある人は、これらの意見のあいだをいったりきたりしている。
 これらの見解は、1面的であり、実際に即していず、結局のところ、日本人民の敵の姿をあいまいにすることになる。とりわけ、アメリカ帝国主義だけが日本人民の敵だと主張する人人のなかには、実際には、アメリカ帝国主義の日本人民抑圧支配の面を軽く見、アメリカ帝国主義の日本以外のアジア侵略の面だけを重く見る傾向がある。また、日本帝国主義自立論を主張する人人のなかには、現在を1945年以前の天皇制絶対主義の復活と見る人が多いし、とりわけ、第2次大戦後の世界情勢のいちじるしい変化を見ない人が多い。
 文化、芸術、教育、イデオロギーの分野でも、このような混乱、誤りがあると思う。戦後、アメリカ帝国主義がもちこんだ腐りきったブルジョア民主主義、ブルジョア個人主義の思想が帝国主義侵略のイデオロギーであることに気がつかないか、あざむかれている傾向もまた存在している。

 米軍岩国基地工作の経験が教えるもの
 いま、山口県下の革命的青年労働者、農民、学生は米軍岩国基地にたいする工作をやっている。これは、昨年の12月以来、すでに6次にわたっておこなわれている。これらの人人はみな、いままで何回となく岩国米軍基地、自衛隊基地撤去の斗争に参加し、勇敢にたたかってきた人たちである。いまやられている斗争の特徴は、これらの活動家が広範な岩国市民のなかに入って行き、意見を聞き、工作するという活動を重ね続けていることである。1回1回の工作が終わるたびに、岩国市民が戦後23年間にわたって、直接アメリカの軍隊からどのような民族的な抑圧と屈辱を受けてきたか、そして、それに対して岩国市民はどのような怒りを心のなか深くもっているか、あるいはどのようなたたかいをやってきたかということを学び、それを工作者全体で総括し、アメリカ帝国主義が日本をどのように実際に具体的に抑圧支配しているか、という事実を学んでいる。
 そのことによって、現在、これらの活動家たちがたたかっている生産点において、一見日本の独占ブルジョア階級と反動政府だけが抑圧支配しているかのように見えるが、その根本はアメリカ帝国主義とその暴力装置にある、アメリカ帝国主義の日本民族抑圧支配にある、ということを事実をつうじて学んでいる。そして、労働者の当面している「合理化」その他に対する斗争において、単純に独占資本なり日本の政府なり警察なりその他さまざまな反動派の抑圧だけにあるのでなく、それを保障している根源はアメリカ帝国主義であり、その軍隊と軍事基地という暴力機構であり、その暴力機構のもとに、日本のひとにぎりの独占ブルジョア階級と反動派が、国の根本利益を売り渡して屈服し、グルになって、日本人民を抑圧支配しているということを身をもって学んでいる。これが、もっとも重要な点である。それによって、それぞれの生産点において、アメリカ帝国主義の支配と結びつけて大衆の中で暴露し斗争の発展をめざしている。これは、山口県の人民を立ち上がらせて、アメリカ帝国主義に反対し、売国独占ブルジョア階級に反対し、宮本修正主義裏切り者集団に反対する斗争を発展させてゆく、実践に基づいた新しい方向である。

 革命的大衆斗争の嵐をまき起こそう
 1945年以前の日本が、1945年以後、どのように変化したか、このことについて認識を統一することはきわめて重要なことである。この認識の統一のもとに、正しい政策、行動の統一を勝ちとっていかなければならない。
 われわれの戦略課題は、アメリカ帝国主義とそれに従属している売国独占ブルジョア階級ならびに売国反動派を打倒することであり、そのためには、これに反対する一切の勢力と団結してたたかうことである。これがわれわれの政治路線であり、革命の路線である。それをやってゆくためには、われわれはだれに依拠し、なにから出発するかということをはっきりさせなければならない。
 日本のプロレタリア階級は、農民をはじめ広範な日本人民を団結させて、アメリカ帝国主義と売国独占ブルジョア階級を打倒する斗争の道を進みつつある。この途上で、当面する政治的中心任務は、日米「安保」条約を粉砕し、沖縄返還を勝ちとる斗争に全人民の斗争を合流させ集中することである。この任務を成し遂げるには、日本における戦略の問題――われわれの敵はだれか、われわれの友はだれか、という問題を広範な人人のなかに、明らかにしなければならず、宮本修正主義集団から右翼社会民主主義者に至る労働貴族のまやかしを徹底的にうちのめさなければならず、生産点を基礎に、指導骨幹を組織して下から断固たる大衆斗争の嵐をまき起こさなければならない。


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