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福田正義没5周年の訴え
第2次世界大戦の性質はなにか、
             戦争阻止する運動どう建設するか   2007年1月15日付

 昨年12月23日、長周新聞を創刊し、日本共産党(左派)を結党しその議長であった福田正義主幹の逝去から5周年を迎えました。この5年間、福田正義の戦前、戦後を通じた全生涯の人民解放の事業は、戦後62年たった現在、平和で豊かな新しい社会の実現をめざす人民大衆の運動を力強く促す、ひじょうに生命力を持ったものであり、それを継承することは、日本社会の命運がかかったひじょうに大きい意義があることを証明してきました。
 長周新聞社では没後、福田正義の戦前、戦後の業績について改めて調査、研究をして新聞紙面で紹介し、13冊の著作集を発行、そして読者・支持者のみなさんの拠金によって全国1000の公共・大学図書館に寄贈をすることができました。さらに2周年の年には多数の読者・支持者のみなさんのご協力によって、下関市のどまんなかに堂堂とした福田正義記念館の開館を実現しました。記念館では、福田正義の業績や関連資料を展示・閲覧できるようにするとともに、展示場では何度かの原爆展が開催され、寄贈された貴重な資料による、図書館も併設され、またさまざまな研究者が訪れるとともに、若い世代を教育する大きな役割を果たす、まさに「砂漠に生まれたオアシス」「平和の砦」となりました。
 なによりも、長周新聞が福田正義の事業を継承して役割を果たしうるかどうかは、多くの人人に大きな注目をされるところとなりました。この五年間、長周新聞の活動は、福田正義の事業を学び、それを具体化する努力を通じて発展をはじめたし、福田正義の立場から離れたら発展はないことを証明してきました。
 長周新聞社では、福田正義が組織して日本ではじめて原爆反対の火蓋を切った1950年の8・6平和斗争の経験と路線を継承する立場から、峠三吉の原爆展を取り組んできました。それは下関からはじまって広島、長崎の被爆市民の圧倒的な支持を受けました。その原爆展運動は沖縄県民の体験した沖縄戦の真実の声を引き出し、さらに全国の空襲体験者の真実の声、そして戦後まるで箝口令を敷かれていたような戦地に送られた戦争体験者が、第2次大戦の真実をほとばしるように語りはじめることに貢献することとなりました。
 とりわけアメリカや天皇・財界が平和と民主主義者であったかのような欺瞞のベールを剥ぎ取り、その戦争目的を明らかにし、極端な貧困社会とものをいう場のない圧政国家、そして現実に戦争をはじめる事態となったアメリカに隷属した戦後社会の基本構造を多くの人人が直視するところとなりました。それは、アメリカ占領軍が再編した戦後社会の改革の正体を明らかにし、平和で豊かな日本を実現するためには、誰と団結し誰とたたかえばよいか、を明らかにしその力を激励することとなりました。
 この仕事は、福田正義が一貫して貫いてきた第2次世界大戦の性質についての評価、戦後社会の性質についての評価を導きにし、それを多くの人人の実際体験と結びつけることによって、大衆自身の運動として発展したものです。福田正義の評価が、戦争を体験した日本の大多数の人民の実際体験を集中したものであり、戦争を引き起こした敵が振りまいてきたさまざまな欺瞞を取り払って、多くの人人の認識を整理させ、平和で豊かな社会を願う大多数の人人を激励するものであることを証明しています。それは、戦争を阻止するたたかいを勝利させようとするなら、福田正義の事業を継承する以外にないことを示しています。
 さらに福田正義の事業として、敗戦後の社会を支配する売国、反動、貧困、戦争の流れに対して、独立、民主、平和、繁栄の日本を実現するための、さまざまな戦線の人民運動をどのように力強いものにしてきたかについて、継承すべき豊富な実践があります。福田正義が組織したさまざまな戦線の運動の歴史的な経験を生き生きとよみがえらせるとともに、その実践を導く立場、路線、理論はどういうものであったかを大論議することはきわめて重要な意義を持っています。
 現在、ひどい貧困社会となり、ものもいえない抑圧と戦争、売国政治が横行するなかで、原水爆禁止運動と戦争反対の運動を軸として、やはりこの社会の生産を担い最大の政治的力量を持っている労働者の運動をどう再建するか、そして青年や婦人、農漁民や中小業者、教師や文化人、知識人の運動など人民の統一戦線をどう力強いものに再建するかは、ひじょうに切望される問題です。多くの人人が、60年安保斗争のような運動が起きなければならないと語っています。福田正義が指導する長周新聞は、独立、民主、平和、繁栄をめざした反米愛国の60年安保斗争を1958年から準備しました。山口県の安保斗争は全国的にもひじょうに強力なもので、継承すべき質を持っていました。この60年安保斗争はいかなる斗争であったか、それをどのような立場と路線で組織していったかは、今日継承すべききわめて重要な内容を持っています。
 また福田正義と長周新聞がかかわってきた下関と山口県を拠点にした労働運動は、今日の腐敗につながる一切の労資協調、経済主義潮流の枠を突き破った強力なものであり、全国的に突出した位置にありました。福田正義は戦後すぐに、全国ではじめての占領軍労働者のストを組織しましたが、下関の戦後の労働運動の基礎を築き、60年代には私鉄の三池といわれた山電の61年斗争、市内の中小企業労働者全体の待遇を改善した中野書店斗争、大丸やタクシー、中電などの階級的で革命的な労働運動、そして全県的な労働戦線統一のキャンペーンなど、ひじょうに生命力を持った運動が組織されました。それらの運動について、体験者の方方に大いに語ってもらうとともに、長周新聞のバックナンバーなどを研究して、その経験と路線を継承することは、現在の労働運動を再建するうえでひじょうに有意義であることは疑いありません。
 福田正義、長周新聞とともに芸術活動をすすめた詩人である礒永秀雄の没後30年の詩祭が昨年開催されましたが、戦争体験者から文化活動者、小中学生までひじょうに広範な各層の心を深く揺り動かすものとなりました。長周新聞創刊後の1950年代に、礒永も参加して白熱して論議された長周文芸座談会の方向が、現在きわめて生命力を発揮することを示しています。商業主義が大手を振ってまかり通り、文化の荒廃が深刻になるなかで、人民の健康で発展的な文化を再建するうえで、福田正義の文学・芸術路線を継承することは今日ひじょうに待ち望まれていることを示しています。
 教育の荒廃は深刻なものとなり、若者を戦争の肉弾に駆り立てる動きも強まるなかで、民族の宝としての子どもたちを、平和で豊かな社会の担い手に育てる教育斗争が、切望されています。教育斗争は60年代の下関学園斗争をはじめ、一貫して取り組まれ、指導的な役割を果たしてきました。また創刊後に取り組まれた、豊関児童美術展は子どもの発展的な要素を発揚し、全国的に大きな影響を与えるものとなりました。この教育運動の経験を継承することも大きな力になることは疑いありません。
 国際連帯運動も、創刊直後の中国人遺骨送還運動や日中漁業協定問題、日ソ、日中国交樹立運動など、広範な日本人民の根本的利益の問題として、生命力を持った運動を組織しています。アメリカ追随一辺倒で、朝鮮、中国、イラク、アフガンなどへの、排外主義があおられるなかで、国際的な友好連帯の世論と運動を強めるうえで、これらの経験は重要な意味を持っています。
 さらに福田正義の一貫した姿勢として、一切のインチキな日和見主義、修正主義と一貫してたたかい、真に人民に奉仕する思想を貫き、大衆の先頭に立って勇敢にたたかう献身的な政治勢力の結集に力を入れてきました。戦後の、労働運動を分裂させ、資本に売り飛ばすダラ幹潮流と一貫してたたかい、とくに日本共産党中央を占拠した宮本顕治を代表とする修正主義裏切者潮流と断固としてたたかい、日本における新しい型の革命党の建設を目指しました。人民大衆が権力を持った敵とたたかって勝利するためには、さまざまな弾圧、謀略、攻撃とたたかって大衆を団結させていく献身的な政治勢力が不可欠です。そのような遠くを見通した意識的な政治勢力を結集することなしに、全国の人民を統一戦線に結集することはできません。
 この点とかかわっては、戦前において、戦争に突き進み、人民がもっとも苦難のなかにあるときに、敵の弾圧もあるが前衛党が崩壊してしまい、人民の役に立つことができなかったこと、しかしあの広大な中国ではたちまちにして全中国を解放してしまったこと、それはなぜかという問題意識をもったと福田正義は語ってきました。それは人民に奉仕する思想に徹していること、大衆路線の道を行くことだといっています。人民に奉仕する思想を貫くこと、自力で刻苦奮斗する思想を堅持すること、このような思想・立場は、再び戦争に向かう厳しい情勢のなかで、新しい時代を切り開くか敗北するかの分かれ道になるものです。
 福田正義没5周年にあたって、戦争を阻止して平和で豊かな社会を実現する人民運動をどう建設するか、を中心テーマとして、読者・支持者のみなさんの大論議を起こすことを訴えます。それは第1に、先の第2次大戦はどのような戦争であったのか、敗戦後62年たった戦後社会の基本構造をどう見るかであり、第2に、独立、民主、平和、繁栄の日本を実現する各戦線の人民運動をどう建設するかであると考えます。それを福田正義とともに人人はどのようにやってきたかの論議を進めることです。そのなかから、明るい未来を切り開く人民運動の展望を明らかにすることです。
 そのために、充実した資料がそろった福田正義記念館を積極的に活用すること、とくに長周新聞のバックナンバーの研究を進めること、そして長周新聞紙面ではそのような内容の紹介を進めながら、紙面をつかって読者・支持者のみなさんの投稿、座談会・懇談会の開催などで活発な論議を展開し、各戦線の運動の展望を明らかにしていきたいと考えます。
 長周新聞の編集・発行を担当する勤務員は、以上のような読者のみなさんの論議に学ぶとともに、福田正義が組織したような新聞活動をやるように、みずからをさらに鍛え、大多数の人民の役に立つよう、この5周年を期して活動を大飛躍させていくことを決意するものです。
 そして、読者・支持者のみなさんによって、実行委員会を持ち、福田正義没5周年記念集会を開催したいと考えています。読者・支持者のみなさんの福田正義没五周年にあたっての大論議を訴えるものです。
                                        二〇〇七年一月
                                                  長周新聞社

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