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外資が土地分捕る第2の津波
東日本大震災1年・現地取材座談会
               農漁業潰すTPP先行実施    2012年3月21日付
 
 本紙は、東日本大震災から1年たった東北被災地に記者を派遣し、現地の実情を取材してきた。現地では1年たっても復興が進んでおらず、歴史的に育まれてきた地域産業が壊滅したまま放置され、建築規制がかけられて人人は身動きがとれない。福島では原発事故による放射能騒動が過熱し、原発周辺では帰るメドすらたたず、農漁業の被害が拡大して全県をマヒさせている。そして、「復興」と称して外来資本が乗り込んで広大な土地の囲い込み、市場化するという残酷な略奪政治が横行している。この驚くべき事態は、アメリカの指図で政府が進める災害便乗型資本主義・ショックドクトリンである。それはTPP体制づくりであり、全国にとっても他人事ではない。取材記者による座談会をもって整理してみた。
  
 宮城も福島も身動きとれず

 A 現地の実情から出してもらいたい。
  宮城県は現地では震災から1年経ってもなにも動いていないという状況が共通している。現地に実際に足を運んでみたら、ガレキが散乱して撤去すら済んでいない地域がかなりあり、ガレキは片付けられていても住宅のコンクリの基礎部分だけ残して広大な更地が野ざらしになっている状況がほとんどだった。
 石巻市の水産加工団地や住宅地などでは、ガレキは片付いているものの、砂利を敷いてカサ上げがされているだけで漁業再生に向けた整備は何一つ進んでいない。更地の中にぽつぽつと持ち主が撤去を望まない半壊した家などが残っているが、復興計画もまとまらないなかで、住宅地にも建築制限がかけられて身動きがつかない。高台移転といっても元の居住地の買いとり価格の査定さえされないから動きようがない。いったいどうしろというのか?という状態だ。生活基盤から切り離されたまま1年が過ぎるなかで、仕事もなく、失業手当が切れることに伴って働き盛りの世代を中心にした人口流失が深刻になっている。
 復旧の進捗状況も地域ごとにかなり差がある。女川とか牡鹿半島の北側など津波で町が丸ごとなくなった地域では、だだっ広い更地の中で重機が2、3台動いているだけで住民は人っ子一人いない。いまだに山が崩れたままだったり、ここにかつて人が住んでいたというのが想像できないような不気味な静寂さだった。宮城県は漁港集約といって小規模漁港を切っていく方針だが、現地ではまさにそれが実行されているという印象だ。
 C 福島県内では避難者がまだ16万人もいる。原発事故の放射能騒ぎのなかで、自主避難も含めてかなりの人が自分の居住区から離れ、震災後の1年で減っていくのではなく増えていった。津波の被害は宮城や岩手ほどひどくないが、原発事故のおかげで1年たって状況がよくなるのではなくて、どんどん悪化しているという歯がゆさがどこでも語られていた。とくに、農水産物の出荷制限や風評被害が広がって農業被害は全県域に及んでいる。漁業はいまだに全面的な漁自粛だ。マスコミによる放射能の過剰な騒ぎと、それにあわせる形で国が規制を強め住民は追い詰められるばかりで打開策がまったく示されないことにみんな苛立っている。
 そのなかで、「国の方針を待っていたらなにも進まない!」と農家などが独自に除染作業を始めている。政府は放射線についてあいまいな基準や対策しか発表せず、被害をくい止める気がない。それなら生産者が動いていかなければ福島全体はつぶれてしまうと気合いを入れてやっている。放射能についての対策も、国の指示通りにしたら裏目に出るばかりで、農家がこの1年の経験にたって集団で果樹の除染作業をやったり、作付け禁止措置がとられた農村部でも試験的な作付けをやってみるなど「福島産の信頼回復」をめざして下から動きはじめている。
 南相馬市では、昨年9月末で「緊急時避難準備区域」が解かれ、人口の65%が帰ってきているが、放射能騒ぎのなかで子持ちの若い世代が少なく、農業は作付け制限、大手企業は出て行くなどで産業も動かず、全市的な失業状態が問題になっていた。さらに医療従事者や自治体職員が大量退職するなど自治体存続が瀬戸際の事態になっている。市をあげて除染計画を立てたりしているが、国が直轄でやるので大成建設や鹿島など原発メーカーと直結したゼネコンが入ってきて独占していく。道路の除染は高圧洗浄機で洗い流すだけだが、1`bあたり240万円もの単価がついている。農地については「こんなところで作った作物はだれも食べない」「永久に使用不能」の烙印が押され、集約してメガソーラー基地や100fの工業団地などに変えていく計画が動いていた。圃場整備やパイプラインによる灌漑対策などをやったばかりだったが、これも壊れたまま放置されている。ここでも地域の生活と密着してきた産業がつぶされ、外来資本が土地を奪っていくというコースだ。
 今のところ「県の姿が見えない」といわれているが、先行する宮城県の復興計画をモデルにしていくのではないかと語られていた。
  
 被災民の復興妨害 ショックドクトリンの大津波 食い荒らす外資

 A 津波の後にグローバル資本の大津波が襲っている。住民生活の復興はストップしているし、ますます深刻になっている。第2の津波、つまりショック・ドクトリン(災害便乗型資本主義)の津波が押し寄せてきて被災住民を再度ひどい目にあわせている現状ではないか。もともと暮らしていた住民と、それを裏付ける生産の復興が意図的にストップがかけられ、「復興」と称してせっせとグローバル企業の進出がやられている。
 B 気仙沼では、被災した水産加工業者には建築規制がかけられて動けないなかで、三井物産と住友商事が入り込んできて、魚市場のある南気仙沼地区に20fもの水産加工団地をつくる計画を出していた。仙台周辺や東松島では、外食チェーンや日本IBM、原発メーカーのGEまでが出てきて植物工場経営やアグリビジネスのターゲットにしてうごめいている。
  復興需要もゼネコンが独占して道路建設などを優先的にやっているが、グローバル企業進出のためのインフラ整備を先行させている印象だ。震災後も、自動車や鉄鋼、電子製品など輸出産業の供給網であるサプライチェーンは最優先で復旧させた。全部が復旧していないわけではなく、供給網の広い自動車産業をはじめ大企業の工場群は一気に復旧し、五カ月後にはほとんどが震災前の生産水準に戻っている。そして、もともとの住民の生活と密着した農漁業やその関連業を1年以上ストップさせている。これとの対決なしに復興はできない。
  福島の放射能ショックは、全県崩壊につながる勢いだ。原発周辺の警戒区域は、まだ直接被害として補償されるが、そのまわりの全然補償されない部分のダメージが大きい。とくに、中通り地方は阿武隈川流域に広がる農業地帯で全国屈指のコメどころだ。阿武隈川が南北に貫いているため水利もよく、土地が開けている。郡山周辺では明治以降に猪苗代湖から疎水が引かれて水田が発達しているし、土壌も粘土質なので、できるコメも新潟の魚沼産に次ぐ品質といわれる。山間部でも山を切り拓いて田にしたり、桃やリンゴなどの果樹生産、畜産業も盛んで、農業が強いので合併せずに村単位で残っているところも多い。農業がつぶれたらそれぞれの自治体が成り立たず、全面崩壊していく関係にある。
 原発から20`圏内の警戒区域も、この調子で行くと立て直し不能になる。放射線量の増減にかかわらず、住む条件となるライフラインが復旧しないのでコミュニティーが崩壊していく。仮設に入っている年配者たちも「帰っても町がなければ生活できない」と口口にいっていたが、避難解除になっても住民が戻れる条件がない。産業があり、生活物資が手に入る商店、病院や学校など一連の生活インフラがなければどうにもならない。南相馬では、それが崩壊して住民が戻ってこれない。生活基盤のところから無人化が進行している。
  宮城県雄勝でも、漁師の夫婦が津波でなにもなくなった場所に帰ってきてプレハブを建てて魚を売っていたが、2人が仮設から通ってきているだけではコミュニティーの立て直しにはならない。辺りはなにもない異様な光景だった。地域と住民とを断ち切ってしまって復興させようとしない。行政機関がただ放置するだけなら住民が自力で復興させているはずなのに、規制をかけたおかげでみんなが散り散りになった。わざと無人地帯をつくり出している。
  敗戦後、人人は焼け野原のなかから自分たちで廃材を使ってバラックを建てて暮らし、田畑を耕し、魚を捕って復興させていった。東北地方では、昭和三陸地震でも、明治三陸地震でも同じだ。岩手県田老町の老人がいっていたが、昭和三陸のときも住民みんなで炊き出しをやり、翌日から使える材木を引っ張ってきて1年以内で復興させたという。その間は住む場所がないから高台の小屋や学校を借りて住んでいたが、一年以内に元に戻したという。ガレキの受け入れ先がないと騒いでいるが、あれを材料にバラックを建てることもできたし、足りない材料は国が材料を補給すれば、わざわざ仮設を作らなくても自力でやっている。
 「危ない」と称し、「安全、安心のまちづくり」という格好で規制をかけ、その間に別目的をどんどん進行させている。その都市作りが、ゼネコンや商社、コンサルなどの「まちづくりゲーム大会」の様相だ。被災民を蚊帳の外に置いて、被災地では背広組がうろちょろしている。仙台に陣取って日夜被災地に営業で攻め立てに行くというバブル的な空気さえあった。
  はじめから「創造的復興」「高台移転」といっているが、「既存の産業と住民は創造的でないから他所にどいてもらう」という感じだ。そして多国籍資本が好き放題に食い荒らしてしまう。そのためには農漁業はぶっ潰してもよいというTPP推進の先行実施だ。土地が手に入るというのがこの連中には最大の魅力で、失業が蔓延して労働力も溢れている。絶好のチャンス到来と見ている。金持ち天下のひどい世の中だということを認識しなければならない。
  
 結束し各地で抵抗 「逃げ場ない」と開き直り農漁業再生へ

  気仙沼は震災後、いち早くカツオ漁を再開させるなど勢いがあったが、その後はストップがかかっていた。商工会議所の人も「宮城県内で事業所の再開率も最低なんだ」といっていた。市の復興計画で出ていたのは、街を海抜五bもの防波堤で囲んでしまうというもので、一番高いところでは八bにもなるという。市民の検討委員会では、避難用のタワーをつくって平地に街を復旧させ、海の見える町にするというものだったが、県などとの絡みのなかで結果そうなったという。
 それで水産加工業者や街の復旧そのものがストップしてしまった。あの辺りの被災した海岸はリアス式で入り組んでいて、総延長したら500`ほどあるというが、そこに防潮堤を作るというだけでゼネコン、マリコンはこの先十数年は食いっぱぐれることはない。そういう利益だけがきっちり確保されている。
 でも住民の側も負けていない。苦労してきた東北人だけにパワーがあり、各地で抵抗している。牡鹿半島とか、女川、南三陸など、上関町の四代のような分散した小さな集落がそれぞれ自活する地域が延延と続いているが、素朴で人情深い人たちが多い。その穏和な人柄につけ込んでひどいことしていると感じた。県は142ある漁港を60にする漁港集約を打ち出しているが、選定外の小さな漁港でも牡蠣の処理場を作るなどの意欲的な動きもあり、そう簡単に応じる気配はない。
  福島でも、土地に根を張った農民は強い。原発事故が起きても逃げなかったのは農民が多く、「被曝しようが逃げるわけにはいかなかった。だから、俺たちがホールボディカウンターで被曝量検査してなんともなければ全員大丈夫だ」と開き直って語っていた。放射能汚染で騒がれても「わしらは逃げる場所も金もない。今さら再就職もできないしこの空気を吸い、水を飲み、この土地を耕して生きていくしかない。“福島県産”というだけで敬遠される事態になっているがマイナスからの再出発であろうが腹をくくって信頼を回復させ、この地で農業を子や孫に自信を持って引き継げる環境をとり戻さないといけない」といっていた。広島、長崎の被爆市民と同じで、逃げるところもないし、地域への愛情も生産者としての誇りもある。なにがなんでも福島県の農業を再生させるという意気込みはどこでも脈打っていた。東電への賠償請求も県やJA任せでは進まないし、全県の農民が一致団結することを訴える人が多かった。
 
 全国で共通の問題 下関や大阪でも 市民生活潰し外資の為の街作り

  現れているのは全国共通の問題だ。国民の生命財産はどうなってもいいというグローバル資本の残酷な論理だ。「復興」といってグローバル資本が土地を奪い住民を追い出していく。下関では農林水産業を寂れさせた上に大企業が撤退・縮小して市民生活は困難の極みになって、大津波が来たのと同じ状況だ。この一方で、千数百億円を投じて人工島とそのとり付け道路を造り、市庁舎や駅舎の建て替えなど大散財している。アメリカ・グローバル資本が要求する軍港づくりのために下関を寂れさせるという政治だ。「大阪都構想」というのも周辺市町の予算を巻き上げて、グローバル資本の都合のいい街をつくろうというものだ。それはTPP推進の政治だ。東北の復興問題は全国の問題だ。
  宮城県の村井知事などは、「もっと強権でやるべきだ」と主張している。復興会議も知事が東京に出て行って商社の会議室で開いていることにも批判が強い。宮城県の復興会議アドバイザーの野村総研は株式の四割が外資だという。破たんしたリーマン・ブラザーズを買いとらされた野村ホールディングス本体の格付けが下がり、野村不動産や野村総研など国内事業そのものを売り払う計画も出ている。かなりの危険水域にきている。
 気仙沼では、三井・住友銀行の同一資本のグループ商社が動いているが、復興計画の策定は、気仙沼も南三陸もパシフィック・コンサルタンツだ。ベトナムやタイなど発展途上国のインフラ整備と同じ調子でやっている。進出するグローバル資本にとってなにが必要かという調子で、住民そっちのけで新しい地図を白紙に描き始めている。

 核廃棄物処分場を意図 放射能ショックも

 A 福島の放射能ショックによる被害はまだまだ進行していくということだ。農業や地域生活がまだまだダメージを受けていく方向に動いている。要するにあの広大な土地を欲しがっている。原発周辺の自治体では、政府による買いとりが既定事実として進んでいるが、広大な核廃棄物処分場の土地を手に入れることが最大の狙いだ。全国の原発に溜まり続けている使用済み核燃料も集められるし、海外輸出した原発の放射能ゴミも受け入れたら売り込みに有利という算段だろう。アメリカも国内に最終処分場がなく、原発ビジネスを拡大するために日米共同でモンゴルに作ろうとしていたが今回の事故で頓挫した。日本に作れたら、アメリカも原発ゴミの受け入れを要求してくるだろう。
 飯舘村でも、十数年前から核廃棄物の最終処分場の候補地としてボーリング調査までやっている。浜通り側と違って岩盤が強く、地震の影響はほとんどなかった。ここを「帰還困難地域」として買収し、さらに放射能騒ぎで全県的に離農者が増えれば、廃炉に数十年かかる被曝労働者も調達できるというものだ。
 中通り地方の平野部も含めた全域の農地も奪いとる方向だ。再生エネルギーを口実にしてメガソーラー敷設の土地をせしめたら、あとは土地投機ができる。不動産投機の大チャンスになるし、何年か経ったら「もう放射能の影響はありません」といって、いつのまにか企業型の農場などになっている可能性もある。
  再生エネルギーがどっちを向こうが地元にとっては関係ない。それ以上に基幹産業を立て直さなければ地域が持たない。自治体も税収不足で次次破たんしていく趨勢だ。石巻市も財政の見込みが立たない。市税収入が例年は175億円前後で推移していたのが、来年度はマイナス70億円の105億円で計上しているといっていた。
 C 南相馬市も職員が140人近く退職するが、新規雇用ができない。課長が1人で何課も兼務したり、職員も倒れないと休めない状況になっていると嘆いていた。市立病院も看護師や医師不足だが、財政が組めないので人員が集まらない。経営改善といって独法化が流行だが、あの状況下で独法化すれば逆に給与水準が落ちるのでますます地域医療の崩壊が進行するといっていた。国のバックアップもないなかで、効率化、民営化路線では自治体そのものが維持できない状態になっている。
 
 TPP路線と対決 対米従属下の金融資本主義に根 全国斗争が力

 B 道州制をやるうえでも、宮城県が進める復興特区が目玉になっている。被災地に新規進出する企業には五年間無税、被災者を雇えば1人あたり225万円の人件費が3年間は国から助成される。震災を乗り越えて頑張っている既存の企業には出さない。新規企業だけに出す。自動車や電子部品など八業種が対象で、設備投資費用も税金から控除される。トヨタなどにとってはパラダイスで、新興国のタイなどでやっていることと変わらない。わざわざ法人税減税などやらなくても、東北をモデルに全国に広げたら大企業にとっては万万歳だ。機械などを再投資した場合は五年の無税期間がさらに延びる仕組みになっている。
 5年でさんざんもうけて「復興に貢献した」などといってさっさと撤退もやりかねない。
 工業もだが農漁業も企業化する方向でTPPの先取りだ。商社などが乗り込んで個人経営を駆逐する企業型の農漁業形態が出てきている。4月から食品に含まれる放射線セシウム基準値が現行の500ベクレルから100ベクレルに引き下げられるが、宮城では「100ベクレル・ショック」といわれている。魚の場合は、50ベクレルで反応が出たらゲルマニウム検査に回されるし、目方分量が圧縮される加工品では25ベクレルで基準に引っかかる。石巻ではすごい危機感だった。少しでも規制値を超えて出荷制限されたら、トロール船など個人でも経営規模が大きいところはすぐに経営が回らなくなる。そこを企業化して大きな法人が乗り込んで三陸漁場を制覇する動きだ。
 三陸沿岸は海の豊かさが違う。牡鹿半島で10月に種付けしたワカメを2月から水揚げしていたが、メカブなども下関でみるメカブの倍ぐらいのボリュームがある。たった数カ月でワカメがあれほど大きく育つし、牡蠣の身の大きさも段違いだ。切り立った山から注ぎ込む栄養豊富な水に加えて、沖には黒潮と親潮が流れる。それだけみても世界3大漁場といわれるのがわかる。雄勝もまったくの放置状態だが、船で雄勝湾を出るまで30分かかり、出たらすぐに金華山周辺の好漁場という好位置だ。漁業進出を狙う商社にとっては、よだれが出るほど欲しい地域だ。
  漁民を海岸から追い出してリゾート化したスマトラや、住民を追い出して公共機関を民間に売り払ったカトリーナと同じショック・ドクトリンで、震災に便乗してこの三陸の漁業基地を漁場ごと奪い取るということだ。これとの斗争をやらなければ復興にならないし、日本中が同じようにされる。企業なら地域の世話をしないから、地域共同体は崩壊する。
  福島の農業者も農家の果たしている社会的な位置を強調していた。農家は作物が売れてはじめてお金が入るが、水路の手入れや草取りなど金に換算されないたくさんの仕事をしている。昨年、放射能騒ぎで河畔の草取りをしなかっただけでカメムシが大発生して他の作物も食い荒らされたという。農業用水路が崩れたら、一般家庭の下水も含めて町全体の水はけが悪くなる。
 霞ヶ関の役人は、「賠償金をもらえるなら作らなくてもいいではないか」というが、農家が畑で働くことをやめたら田畑が荒れ、地域全体が人が住めなくなっていくということがわかっていないのだといっていた。「農業というのは地域全体とのかかわりのなかで無給労働が大半を占めている。隔離された建物内でやっているわけではない。企業が金もうけのためだけに参入しても地域の発展にはならない」といっていた。
 原爆で福島よりもはるかに高い放射能被害にみまわれた広島や長崎の被爆者が「自分たちは避難せずに、被爆地に留まって水を飲み、野菜を食べて復興させてきた。福島も必ず復興できる」といっていることを伝えるとものすごく共感がある。マスコミはまるで「人が住める場所ではない」かのような報道を繰り返し、NHKの特番でも「逃げる場所がないので人人は悲嘆に暮れて生活している」かのように描いているが、現地では立ち向かっていく気概の方が圧倒的に強い。東京のような浮遊都市の感覚なら絶望しかないが、土地に根を張って生産を支えている地方は郷土に誇りがあるし、そんなことでへこたれておられない。
 A 全国共通のTPP路線のあらわれだ。復興を妨害している要素は、震災をチャンスにしてグローバル資本の市場拡大をやろうとしていることにある。これが全国的にやられているTPP路線だ。国民を難儀させてきて、そのうえに消費税を上げたりTPPをやり、米軍再編もやる。大企業には200兆円もの内部留保があり、100兆円もアメリカ国債を買い支えている。対米従属下の金融資本主義とたたかうという全国的な斗争が伴わないと復興にならないという関係だ。東北の人人と同じ立場に置かれている全国各地の農漁業者、商工業者、労働者が共通の政治的課題に向かって全国的な行動を起こしていくことが大きな課題になっている。



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