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街頭原爆展の全国展開を決定
原水禁全国実行委
              戦争止める大衆の力を確信    2014年9月8日付

 原水爆禁止全国実行委員会は7日、下関市内で全国会議を開き、今年の8・6広島集会を基点とした原水禁運動の総括論議をおこなった。戦後69年目を迎えた今年の原水禁運動は、アメリカの意を汲んだ安倍政府の戦時体制づくりが段階を画すなかで、広島・長崎の全市民を基盤に、全国的な独立と平和を求める世論を結集して大勝利を収めるものとなった。論議では、この運動の反響を集約し、全国の大衆の世論と行動のかつてない高まりを確信し、「原爆と戦争展」運動を基点にしながらさらに旺盛な運動を展開して、戦争を押しとどめる全国的な活動家集団を結集していく課題に向かって奮斗することが確認された。
 
 全広島代表した8・6集会

 初めに事務局の川村なおみ氏から今年の運動の概況と反響の特徴が報告された。
 報告では、今年の8・6広島集会は、峠三吉の時期の活動を継承する日本の原水爆禁止運動の本流が、昨年にも増して広島市民と全国の人人の熱い期待と支持のもとに前面に登場し、被爆地広島・長崎を代表する最大勢力として圧倒的な存在感を示して成功したことを明確にした。
 一連の広島行動は、日本全国で沸き立つ核廃絶と戦争阻止の世論を大きな力として束ねていくものとなり、「アメリカは広島、長崎への原爆投下を謝罪せよ」「アメリカは核も基地も持って帰れ」「峠三吉の時期のように、被爆者の新鮮な怒りを共有し、全国民的規模でたたかおう」という呼びかけは、広島に集まった人人の大きな共感を集め、このような勢力を押し広げるなら、巨大な全国民的基盤をもった平和運動が急速に発展する確信を強めるものになったことを明らかにした。
 とくに安倍政府による集団的自衛権の行使容認など戦時国家体制づくりに暴走するなかで、かつての戦争で肉親や知人を奪われた被爆者、戦争体験者が「二度とくり返させぬ」と渾身の思いで体験を若い世代に訴え、若い世代はその熱意とともに知らされてこなかった戦争の真実を真剣に学ぶ大交流となったこと、「貧乏になって戦争になった」という戦前の経験と現在のアベノミクスによる国民生活の疲弊を重ね、TPPによるアメリカの収奪や日本社会の解体、そして「アメリカのために死んでこい」という集団的自衛権行使容認は、第二次大戦におけるアメリカの民族絶滅作戦と、負けるとわかっていながら戦争を長引かせた天皇制権力による民族的利益売り渡しの延長線上にあることが論議になり、現役世代、大学教員、学生など幅広い層の人人がパネルを購入したり、行動を求めて運動に参加していった特徴をのべた。
 集団的自衛権の行使容認まできて全国的に高まる憤激の根底には、320万人もの国民が殺され、「家族、親戚、知人の中で戦争の犠牲にならなかった者はいない」というほど深刻な犠牲を強いられた第2次大戦の痛切な体験があり、これらの人人の新鮮な怒りを共有していくこと、そして戦争体験者を「戦争協力者」「加害者」といって平和運動から排斥してきた既存の「革新」潮流と明確に一線を画して、大多数の人人の体験に根ざしてアメリカとその共犯者の犯罪を正面から暴露していくことで、広島・長崎をはじめ全国的、国際的な共感を集め、行動全体への合流が強まったことも明らかにされた。

 米国の支配を覆す熱気 純粋な運動に信頼

 続いて、各地の活動家から反響の特徴が報告され、論議が展開された。
 広島からは、今年の8・6にいたるまでの小中学校での体験証言から被爆者の意気込みがかつてなく熱いものであったこと、「命ある限り語り継ぐことが自分の使命」「この子たちを絶対に戦争の犠牲にさせてはいけない」と戦争阻止の思いを強め、その熱意を子どもたちが受け止めて「集団的自衛権や改憲について反対だと明確に書き、自分たちが平和をつくっていくと率直に被爆者と心を一つにしている」とのべた。
 原爆と戦争展では、「一般参加者がどんどん体験を語っていき大論議になっていった。戦争体験が今の情勢と重ねて語られ、のべ50人の体験者が語って戦争反対の共通の熱意が響きあった。大学生や現役世代、被爆2世、母親などが宣伝活動から原爆展スタッフまでのべ60人が参加したが、集団的自衛権の閣議決定まできて“自分が体験を聞いて終わりにしてはいけない”と今後も活動への参加の意志を強く持っている。活動や街頭原爆展を通じて多くの人人の願いを掴んできたことがより確信になっている。中国人留学生も“母国では教わらなかった日本の人人の苦しみがわかった”“平和を望む両国人民の架け橋になりたい”と国際連帯の思いで参加している」と報告した。
 長崎からは、「戦争体験者の真実を語ろうとする思いと、原発事故を経て“知らされていない戦争の真実を知らないといけない”という若い人たちの強い思いがつながって、“今が戦前になっている”“体験者がいなくなるなかで受け継がなければ”という意識がかつてなく高まり、大学教授や学生、外国人も原爆展運動へ強い関心をあらわしている。市民世論の高まりが、慰霊式典で安倍首相を正面から批判する動きにもなったと喜ばれている」とのべた。
 また、「原水禁や原水協などの既存の勢力が、市民とかけ離れた遊び感覚の年中行事や自己主張をヒステリックに叫んでいるのとは対照的に、圧倒的な市民とともに真実を伝えていく運動はこちらの勢力しかないという意見も多く語られている」と反響が語られた。
 沖縄の活動家は、「デモ行進で若い人からも手を振ったり、拍手したり、温かい目で見ているのを見て広島市民のなかへの浸透を感じた。前日の全国交流会では、戦争反対の熱気が溢れた。一緒にいった沖縄戦体験者も“被爆者や特攻隊経験者と交流でき、戦争反対で一致できた。私も火炎放射器で体半分焼かれたが、原爆で焼かれた広島市民のことを思うと心が痛い”と互いの体験を共有しながら高揚した思いを語っていた」とのべた。
 沖縄では、集団的自衛権の閣議決定に続いて、政府が辺野古への新基地建設のボーリング調査を強行していることに全県的な怒りが沸騰しており、沖縄市役所での原爆と戦争展には、60年代の復帰斗争の世代が続続と参加して協力者になっていったこと、ある母親からは「普天間高校では閣議決定後、全校生徒に自衛官募集のチラシが配られ、息子が“自分たちが戦争に行くのか”と語ってきて、まるで召集令状をもらった気持ちだった」と語られたり、広島の沖縄県出身者からも今後の協力の申し出があるなど、戦争反対、基地撤去運動が原爆展運動と連動して盛り上がっていることが報告された。
 岩国の活動家からは、今年の8・6集会後、岩国での原爆と戦争展に参加した主婦が「広島、長崎だけでなく日本各地がアメリカ軍による犠牲になっていたことを知り言葉がない。アメリカの考え方は昔も今も変わらず、日本の上層部も同じだ。これ以上アメリカの好き放題にさせることは市民として断固やめさせなければいけない」と語り、積極的に活動に参加していること、11月には岩国市美和町での開催が準備されていることを明かした。
 人民教育同盟の教師からは、今年の平和の旅がかつてない子どもたち自身の成長を感じさせる統率のとれたものになったことに触れ、「広島、長崎の被爆者が命をかけて“今語らなければならない”という情熱を子どもたちにぶつけられ、子どもがそれを受け継いで友だちや親と団結して頑張ろうという心の琴線が響きあった。それが子どもを成長させ、上宇部実践で追求してきた働く父母の後継ぎとして育てる資質、さらに、アベノミクスで苦難を強いられている父母たちの時代意識がつながって大きな教育運動として発展してきた」とのべた。
 「子どもたちは旅から帰って親にいきいきと報告し、その成長を喜んだ親たちがその後の教育集会にも参加していった。戦争と教育は不可分の関係にあり、昔は学校から子どもたちを戦場に送ったが、今も情勢に対して無自覚であれば“仕方ない”といって再び同じ事をくり返す時代になっている。ある母親は“昨年まで、なぜ戦争反対と体育実践が結びつくのか? と思っていたが、友だちと力を合わせて諦めずに努力することが今からの平和な世の中をつくっていく人間になることなのだとわかった”といい、“被爆者の話を聞いて、自分も安穏としてはおられなくなった”と戦争反対のとりくみに参加する決意を語っている。このような教育運動が広がれば展望は明るいと喜ばれる状況が生まれている。文句をいうだけの組合主義ではなく、子どもたちを平和の担い手として育てる実践にこそ無限の可能性がある」と確信を持ってのべた。
 劇団はぐるま座の団員は、「広島公演は、昨年とは様変わりのとりくみになった。体験者を中心に命がけの気迫があった。高校生たちも“自分たちが戦争を押しとどめなければいけない。その力を大きくしていきたい”と実行委員会に参加し、その輪が各学校に広がった。原爆展から公演に来て、八・六集会にも参加した若い母親は、“これまで関心があってもうさん臭い団体ばかりでかかわりたくなかったが、この公演をみて、疑問になっていたことが一つにつながった。一部の人たちの金もうけのためにすべてが犠牲にされる構図がよくわかった”と語り、“ これまで声を出せないでいる人たちをつないでいく活動を一緒にやりたい”とかかわりを深めている」とのべた。
 若い人からは、『原爆展物語』のエピローグに描かれている、活動家が多くの市民に学んで自分の認識を変えていく場面に対する共感がとくに強く、「これから活動していくうえで自分たちの指針になる」「勇気を与えてくれる」と語られている特徴も明かされた。
 また、来月からは沖縄県内で『礒永秀雄の詩と童話』『動けば雷電の如く』の小中高校の学校公演などが準備されており、新たな軍国主義教育に対してどのように立ち向かっていくかという関心や「被害者意識から自己主張するのではなく、徹頭徹尾子どもに愛情をもっていくことの重要性はどこでも同じ課題だ。沖縄でも県民不在で自己主張して、運動を分断していく潮流がある」と論議されたり、「人間的な成長を伴わない学力アップは新たな軍国主義教育であり、みんなのためにがんばる人間を育てることが重要だ」と全県団結をつくっていくうえで強い期待を集めていることも明かされた。

 戦争体験者の怒り共有 大衆の斗う力を激励

 各地の報告を受け、この運動の到達をもたらした路線上の教訓、さらに運動を全国展開していく具体的な実践課題について論議は発展した。
 愛知県の活動家は、8・6集会の参加者がその後の教育集会にも参加し、「子どもたちが指示待ちでなく自分から動いている。クレーマーのような親が子どもの成長をみて変わっていったのは衝撃だった」と感動を語り、「特攻隊経験者の男性が全国交流会での沖縄戦体験者の強烈な訴えに対する感動を語り、他の戦争展との違いを強調していた。それは、戦争体験の重みに対する受け止め方の違いだと思う。別の参加者も、原爆の威力の宣伝ではなく、被爆者の肉声による訴えが力になると強調していた。戦争を起こす元凶である帝国主義勢力と渡りあうためには、この圧倒的な人人の戦争体験を共有することが決定的だということだ。320万の犠牲を背負って戦後を生きてきた人人の立場に立って、戦後垂れ流されてきたアメリカ民主主義の欺瞞と一線を画していくことが重要だ」と強調した。
 岡山の活動家は、玉島地域の原爆と戦争展のとりくみで住民のなかに入っていくことで次次に協力の輪が広がり、「初めは一人でも、実践するなかで人人の強い支持を受け、住民に付託された事業だということが実感できて宣伝に力がこもった。戦争反対の世論は普遍的なもので一人また一人と協力者が生まれ、戦争体験から原発事故、集団的自衛権まで来て、みんな腸が煮えくりかえる思いを持っている。学校長が車で道案内してくれたり、自治会や医師会も心血惜しまず支援してくれ、チラシ、ポスターの九割強は住民の手によって配布された。自分一人の頭のなかだけで考えるのではなく、これこそが情勢だと思う」と確信を持ってのべた。
 教師たちからも「組合主義に濃厚な高見に立って専門用語で情勢を説教することではなく、生の戦争体験や声のなかに人人を動かす力がある。下関の被爆者が“初めは語れなかった体験を学校で語れるようになった。心が解放された”と語っていたが、そういう状況をつくることが教師や活動家の役割だ」「教師交流会を積み重ね集団で戦争体験を学んだことが大きい。そこで教師が体験者と同じ立場に立って教育実践をやることで親からの支持が大きくなった」と教訓が語られた。
 はぐるま座の団員は「小集団の利益を追求するとどんどん視野が狭くなり、大衆に相手にされなくなる。市民の方がはるかに深い歴史的経験と怒りを持っている。自分の狭い枠内から情勢を見て没落していく社民潮流の側ではなく、それと常にたたかって、社会の主人公である大衆のたたかう力を激励していく立場に立つことだ」と語り、来月の沖縄公演の準備過程では、11月の沖縄知事選に向けて与党勢力が全力を挙げて県民の分断政策を持ち込んでくるなかで「日米安保という根源に向かって全県民が団結する力にできる」と公演への意気込みが語られていることをのべた。
 大衆のかつてない行動機運の高まりの一方で、小集団の利益を求めて社会の片隅で充足する雑多な「革新」潮流がおしなべて大衆から不信感をかって没落している情勢について明らかにされ、「大衆の持つ力に確信が持てなければ、安倍政府の暴走が恐ろしくなって、オバマの方が平和主義者に見えてくる。このような自己保身でしかない流れが戦争情勢が苛烈になればなるほど大衆を憎悪して戦争協力者になっていく」「戦争も知らず浮き草のような安倍など一掃しなければいけないというのが大衆のなかで沸き立っている。大衆が主人公ならなにも恐れるものはない。広島の宣伝行動には右翼の街宣車に乗っている人まで署名していくなど、だれも弾圧できない運動になっているが、活動家の一部にある不確信を一掃してより深く大衆と結びついて旺盛な活動を広げなければいけない」と路線上の教訓が語りあわれた。
 8・6広島集会の到達に立って、運動の全国的基盤をさらに広げていく具体的な実践課題として、全国キャラバン隊方式で全国の拠点都市で街頭「原爆と戦争展」を展開し、原爆展運動を担う活動家集団を結集していくこと、「原爆と戦争展」パネル、同パネル冊子を増刷して全国隅隅に普及していくことが提起され、来年の被爆70周年の節目を迎える原水禁運動の飛躍的な発展を目指して全国で活動をくり広げていくことが一致された。

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