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学生や若者が強い行動意欲
シーモール下関・原爆と戦争展
              力こもる被爆者の誇り   2009年4月27日付

 シーモール下関2階のシーモールギャラリーでは、25日から原爆と戦争展が開催されている。シーモールでの開催は昨年に続いて3回目となる。主催者である下関原爆被害者の会は、原爆展運動の先頭に立ち、会全体を引っ張ってきた吉本幸子前会長の遺志を継ぎ、発展させようと、とりくみを進めてきた。知人に参観を呼びかけ、会場に交代でつめて参観者と交流・論議を深めている。会場では毎日200〜300人の人人がパネルの前に足を止め、じっくりと参観する姿がめだつ。アメリカ発経済恐慌の影響が深刻となるなかで、戦争体験世代をはじめ、就職を目前に控えた学生や若い世代の切実な問題意識と強い行動意欲が語られており、体験を語る被爆者にも力がこもっている。
 防府市から、就職の面接のために下関を訪れているという大学4年の男子学生は、1枚1枚時間をかけてパネルを見て『原爆と峠三吉の詩』パネル冊子を求めた。「こんな写真は初めて見た。教科書では日本がこれだけ発展したのはGHQのお陰だと習ったが、実際は日本人が必死で働いて経済大国といわれるまで発展させたんですね」と驚きを語った。「今、不況で就職先がなく、同級生もみな大変な思いをしている。前の戦争もそうだったと書かれていたが、こういうときに戦争でもうけようとする人たちがいる。自分が面接を受けようとしている会社も無関係ではないが軍需産業の網はものすごい」と話す。
 「今、草なぎの事件に政治家までが口を出して騒いでいるが、その陰で海賊法が国会を通過したり戦争に向かう準備が進んでいる気がしてならない。日本が“海賊個人を攻撃した”といっても、海賊の故郷である国はそう受け止めるだろうか? この法律でこれからは北朝鮮の漁船が領海内に入ってくると“海賊だ!”といって攻撃することができるが、攻撃された北朝鮮はどう思うか。わざと挑発しているのではないかと感じる」と話した。
 「もしアメリカが戦争を始めたら真先に狙われるのは日本だ。岩国はもちろん、交通の要衝の下関も、軍艦の寄港地になる瀬戸内海も例外ではなくなる。防府市だって自衛隊があり、岩国の米軍が動き出せば巻き込まれることは目に見えている。これを止めることができるのは、こういう人人の行動ではないだろうか」と問題意識を語った。
 下関市立大学の女子学生も1枚1枚パネルを見て、被爆者の体験を聞いた。被爆者の婦人は「アメリカは今も平気で“アメリカが来たから日本はこんなに栄えた”というが、アメリカは上から憲法をつくったり、政治家を動かしただけ。日本人が一生懸命働いたからこそ今の繁栄がある。今の若い人はアメリカがいい国だと教えられているから、戦争したという実感もないだろうが、聞いた話を忘れず、今度戦争を始めようとしたときには1番に反対してほしい」と強い思いを語った。
 話を聞いた女子学生は「まだあと2年下関にいるので、一緒にやっていきたい」と応え、『擬制経済下の人間・人間関係破壊』と『原爆と大戦の真実』を持ち帰った。アンケートには「戦争のことを知ることは、社会の仕組みや経済とつながっている。昔からアメリカのいいなりになっている日本の状況は現在も全く変わっていない。日本で戦争は起きていないにしても、日本の会社や働く人や、その下にいる消費者や私たちみんながアメリカの影響を受けている。日本のルールや政策は実はアメリカとすごくつながっている。自衛隊のこと、アメリカ軍基地のこと、核のこと、イラク戦争のこと、もっとよく考えないといけない」と記した。
 別の20代の男性も「大学をこの春卒業したが、就職できず親の世話になっている。本当に仕事がない。今からの世の中どうなっていくのだろうか。僕だけでなく、たくさんの人が就職がなく困っているなかで、だんだん軍事化していますよね」と話し、連絡先を残していった。

 激しく語る戦争体験者 「真実伝える責務」と
 何度か原爆と戦争展を参観したという下関空襲の体験者は、「戦地の方でも戦艦大和から放り出された人たちをアメリカが機銃掃射したことなど、知らなかったことが書いてあった。下関空襲でもたくさんの人が蒸し焼きにされた。アメリカはすました顔をしているがやることは残酷だ。オバマが核廃絶といっているが、広島と長崎に来て謝罪もしていないのに本気なはずはない。日本政府がアメリカに対してなにもいえないという足下を見られている」と憤りを語った。そして「グアム移転に何兆円とか、思いやり予算もふんだんにアメリカに出し、上関原発も岩国基地の増強も、国民をだまして進めようとしている。国民が黙っていてはいけない。戦争の真実を知っている私たちが若い者に伝える責務がある」と語った。
 79歳の男性は、パネルを指さしながら「終戦が近づくと食料確保のためにみなで満州に渡った。満州では奴隷のように働かされ、1日働いてコウリャンおにぎり1つしかもらえず、いつもお腹を空かせていた」と話した。父は南方へ兵隊を運ぶ護送船を運転する途中にシンガポール沖で沈められ、帰って来なかった。「実際にはこんなに負けていたのに、大本営はラジオで“勝った、勝った”といって本当のことは伝えなかった。しかしすべて計画通りだったんだ。広島でも長崎でも南方でも沖縄でも、死ななくていい人がたくさん死んだ。そのなかで天皇だけはちゃんと残して、日本を占領するためだった。今の政治家も昔の大本営も同じ。これまでだまされてきたんだ」と激しく語った。
 親子連れの姿も多く、祖母と訪れた小学校4年生の女子は、昨年もシーモールで参観し、今年も開催されることをポスターで知り見に来たという。「下関でもこんな空襲があったなんてびっくりした。29日が休みなので、友だちも誘って来たい」と話していた。
 宇部市の小学校6年生の男子も、熱心にパネルを見て、被爆者の体験を聞いた。母親は「勉強ができるかできないかより、こういうことをしっかり考え、人の痛みや苦しみがわかる子になってほしいと思って育ててきた。また変な動きが起こっているが、自分自身も戦争体験がないので、当時のことをもっと知りたい」と話し、連絡先を記して帰った。

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